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魔皇伝  作者: もす
14/19

十三章 任務

 翌朝、まだ夜が明ける前にセリアは目を覚ました。


「……」


 あまり眠れなかった。

 久しぶりにふかふかのベッドで寝たということもあったが、何よりこれからのことが気になって仕方がなかった。

 一言でレイザードの解放と言っても、果たして上手くいくのだろうか……。

 具体的な方法は?

 こちらの兵力は?

 軍資金は?


 考えたらきりがない。

 セリアは服を着替えると、剣を腰に提げた。

 思えば傭兵生活は、剣と共にあった。

 剣を手放さず眠ったときも幾度となくあった。

 そんな生活のせいで、いつの間にか剣を身につけていないと落ち着かない体質になってしまっていたのだ。

 しかしこれからは、剣士としての腕前よりも、王族としての器が必要とされるであろう。皆の希望に応えられるだけの資質が、果たして自分にあるだろうか。


 部屋には、いかにも高貴な衣服がいくつか置かれていた。

 昨晩イリウスに、好きな服を着てくれて構わないと言われていたが、今はまだ、着る気にはなれなかった。


 窓の外がやや明るくなってきた。もうすぐ夜明けだろう。

 そういえばイリウスやマリベルに、青年のことを話さねばなるまい。

 さて、何と話したものやら。


 などと思案しながら、セリアは何気なく窓の外を見やった。その瞬間、目が点になった。思考が停止して、目の前が金色になった。

 やっとのことで、残った理性を総動員させて意識を覚醒させると、一度目をぎゅっと瞑り、そして再び見やった。


「っ!!!」


――窓の外には青年がいた。

 我ながらよく叫ばなかったと自分を褒めてやりたい。


 セリアは、どうしてここがわかったのだろう、とか、この部屋は屋敷の三階だから、地上からかなりの高さにあったはずだ、とか、よく見れば青年は宙に胡坐をかいていないか、とか、色々と、とにかく色々と言いたいことはあったが、とりあえず窓を開けてこう言った。


「おはようございます、ルイ」

「おう」




「どうぞ、座ってください」

「ん」


 何とも劇的な登場を果たした青年は、セリアに促されて椅子に座った。セリアもまた、対面にある椅子に腰を下ろした。


「……あ……えっと」


 言いたいことは色々あるはずなのだが、言葉が出てこなかった。


 しばらくの間、沈黙が続いた。何かを言おうと言葉を探しているセリアを面白そうに見つめていた青年は、やがて口を開いた。


「上手くいったか?」

「あ、はい!」

「そうか。よかったじゃねぇか」

「はい。……ですが、これからが始まりです。それであの、ルイのことを皆に紹介しようと思っているのですが」


 ルイは、ふむ、とやや考える素振りを見せた。


「まあ、そうしたいんなら別に構わんが、部外者が介入することを嫌う奴もいる。俺のことは話さない方がいいかもしれんぞ」


 この戦いは独立戦争でもある。つまり、レイザードの人間で解決すべき問題なのだ。したがって、こういった戦いに参集する人間は、レイザード以外の人間の介入をあまりよく思わない可能性がある。それが原因で内部に亀裂が生じたならば、解放どころの話ではない。


「でも、ですから今の内に紹介しておきたいのです。後から、それこそさらに同志が増えてからよりは、今の内に済ませておいた方がいいと思うのです」

「……そうか。まあ俺も、この町の領主とは一度話したいからな」

「イリウス殿とですか?」

「イリウスってのか。さっき外から見てきたが、性格の悪そうな顔してやがるな」

「ふふ」


 何となくわかる気がして、セリアは小さく笑った。が、すぐに青年の言葉に疑問を感じて尋ねた。


「イリウス殿はもう起きていたんですか?」

「部屋から明かりが漏れてたからな。何か考え事をしてる感じだったが、あの分だと寝てねぇな」

「そう、ですか……」


 セリアは押し黙った。

 やはりレイザード解放の困難さに頭を痛めているのだろうか。

 しかしそれならば、なぜ自分に何も言ってくれないのだろう。


「イリウス殿は、一人で悩まれているんだと思います。私が不甲斐ないものですから……」

「あの男がどんなことで悩んでるのか知らんが、それをお前に言わないのは、お前が不甲斐ないからじゃないと思うぞ」

「そう、でしょうか。ですが、それならどうして」

「単なる男の意地だな。セリア、お前だったら、一回りも年下の子供に自分の悩みを相談するか?」

「それは……」

「少なくとも、お前が不甲斐ないからとか、頼りないからっていう理由はないと思うぞ。意地か、あるいは――」


「あるいは?」


 青年は椅子から立ち上がり、窓の側まで歩いていった。それと同時に、廊下を誰かが行き来する気配がし始めた。恐らく使用人たちが起き出したのだろう。


「ルイ?」


 青年は静かに窓を開けると、


「――あるいは、お前には言えないような内容か、だ」


 やや沈んだ声色で語った青年に疑問を覚えたセリアだったが、それを問う前に、青年がさらに続けた。


「また後でくるわ。今度は正面からくるから、俺のことを話すんだったら話しておいてくれていいぞ」

「あ、はい、わかりました」


 セリアが返答すると、青年は、じゃあな、と言って外へ飛び出した。すぐにセリアが窓へ走り寄ったが、そのときにはすでに、青年の姿はどこにもなかった。




 それからしばらく経って、部屋に運ばれてきた朝食はちょっとしたご馳走であった。

 あっさりとした温かなスープをはじめ、肉と野菜を詰めたパイ。たっぷりと熟成させたチーズ。そして新鮮な果物。空腹というわけではなかったが、温かな料理が醸す匂いに食欲を掻き立てられ、すべて平らげてしまったセリアである。そして使用人が再びやってきて、食べ終わった食器類を持っていった。


 マリベルとアテルがやってきたのは、それからちょっと後のことであった。


――トントン


 扉がノックされ、


「姫様、マリベルです。入ってもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」


 扉が開かれ、マリベルが姿を現した。大鷲の紋章が刺繍で施されたローブを着込み、一流の魔術師たる風格を醸している。ちなみに大鷲の紋章を身につけられるのは、全十五階梯から成る魔術師の階梯の内、十階梯以上の者のみである。


「よくお眠りになられましたか?」

「ええ、大丈夫です。それより、昨日は本当に助けられました。アテルにもお礼を言いたいのですが、昨日は何分、まだ自分の中で整理がついていませんでしたので」

「姫様、私どものことはお構いなく。それより、イリウス様がお伝えしたいことがあるそうです」

「わかりました。実は私も、皆に話したいことがあります」


 部屋から出るとそこには、眠そうな目をしたアテルがいた。どうやら朝が弱いのは変わっていないらしい。


「おはよぉ」

「おはようございます、アテル。昨日はありがとうございました」

「いいよ、そんなの」


 アテルはぷいっと目を逸らす。

 セリアは微笑みながら、


「では、行きましょうか」




     ☆     ★     ☆




「まずはこれを、ご覧ください」


 そう言ってイリウスがテーブルに広げたのは、一枚の大きな羊皮紙であった。

 それは、レイザード国内の地形が詳細に記された地図だった。

 山や川、森、町、街道などをはじめ、どの貴族がどれだけの土地を治めているのかなどについても記載されている。

 イリウスは静かに、地図上の一点を指差した。


「……ゼナン……バルト騎士団ですか」


 イリウスは素直に尊敬の眼差しを送った。


「さすがに、慧眼ですね」


 一呼吸置いて、イリウスはさらに続けた。


「ご存じの通り、このシャトリナから西へ三日も行けば、ブエティノ卿が治めるゼナンがあります。このゼナンの解放を以て、つまりブエティノ卿の居城の制圧を以て、解放戦争の狼煙を上げます」

「ブエティノ卿……?」


 聞いたことがない名前だった。少なくとも二年前までは、ゼナンの領主はその者ではない。

 セリアの疑問を察したマリベルが言った。


「ブエティノ卿は、カルファラからきた執政官の一人です」

「……なるほど」

「殿下、正直なところを申し上げますと、現状の我々の戦力だけでは、ブエティノ卿と真っ向から戦っても勝ち目は薄いでしょう。兵の数だけで言えば敵は倍以上です」

「……」


 戦は兵の数だけで決まるものではない。しかし、自軍の数倍もの敵と相対しながら、恐怖心を抱かずにいられる兵が果たしてどれだけいるだろう。一たび恐怖に飲み込まれたなら、それを振り払うことはまず不可能。そしてその恐怖は、他の兵に伝染する。

 結果、敗走は必至である。

 また、ゼナンは見晴らしの良い草原地帯がほとんどの割合を占めている。したがって、伏兵や別動隊、あるいは奇襲といった戦術がとりにくい。


「そこで、殿下に一つ、お頼みしたいことがあります」


 イリウスが切り出した。


「何でしょう?」

「まず私の私兵が、真っ向からブエティノ卿の居城を攻めます。恐らく両軍が激突するのはルベア大草原になるでしょう。殿下はその間、密かにゼナンに潜入して騎士団を動かしていただきたいのです。そしてブエティノ卿の軍を背後から急襲してください」

「潜入には私が同行します」


 二人の視線の先で、しばらく熟考していたセリアだったが、やがて、


「わかりました。参りましょう」


 イリウスは無言で頭を下げた。


「本当なら、このような危険な任務を殿下にお頼みすること自体間違っているのですが、私やマリベルでは、騎士団は動きません」

「私にそのような気遣いは無用です。――ただ、私からも一つだけお願いがあります」


 イリウスとマリベルは互いに顔を見合わせた。

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