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魔皇伝  作者: もす
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序章 異界からの手招き

 気がつくと青年は、緑の草原の上で寝転がっていた。

 何とも言えない清々しい風が肌をくすぐっていく。

 ああ、これは夢だ。

 自分の生きている世界はこんなところではない。

 暗雲の下、薄暗い時間が延々と続くだけの世界。

 荒れ果てた荒野、干からびた大地。吹き荒れる風は生き物の腐った臭いに塗れている。

 それに比べてここは、何と美しい世界だろう。

 水も空気も大地も、すべてが澄んでいる。

 このまま、この世界にいられたらどんなにいいだろう。

 だがそんなことは願うだけ無駄。

 なぜならこれは夢なのだから。

 それならせめて、覚めてくれるな。

 もう少し、もう少しだけ、この世界を感じていたい。

 そう願って、青年は静かに目を閉じた。



     ☆     ★     ☆



 少女は追っ手を振り切ろうと、あらん限りの力で走っていた。

 右手には、すでに抜刀された剣を握っている。

 年の頃は十代の後半。身形からして旅の剣士のようである。しかし、その冷ややかな美貌と流れるような金髪は、どこぞの貴族の令嬢を思わせる。

 決して戦いに身を投じるようには見えないが、その剣は意外にもしっくりと少女に馴染んでいた。相当の修練を積まなければこうはならない。


 と、少女は振り向きざまに剣を一閃させた。キィン、と鋭い音が響き、銀色に光る何かが地に落ちた。

 短剣だった。

 少女の反応が一瞬でも遅れれば、短剣は間違いなく少女の背に深々と突き刺さっていただろう。

 防がなければ致命傷を、防いだところで足止めになる。追っ手からすれば、まさに一石二鳥の攻撃。

 少女とてそれがわからないわけではなかったが、避けるには体勢が悪かったのである。


「……」


 少女は、再び走ろうとはしなかった。そんなことは無駄だとわかっていた。

 追ってきた5人の男たちを鋭く睨む。短剣もそのうちの1人が放ったのだろう。


《この短剣、それに今の投剣術。……ただの殺し屋ではない》


 少女は覚悟を決めたように息を静かに吐くと、剣を正眼に構えた。男たちもまた、無言で剣を構えた。


 ぴうんと、弦を引き絞るが如く、空気が張り詰めた。


 男たちは左右にばらけながら、ゆっくりと間合いを詰め始めた。

 少女の技量がいかに優れていようが、5対1では話は別。1対1を5回繰り返すのとは訳が違うのだ。差しの状況を作り出そうにも、こう広くてはそれもできない。

 まさに絶体絶命。


《ここが、私の最期となるか……》


 そのとき、だった。

 まさに少女のすぐ隣に、何かがどさっと落ちてきた。それも、かなり大きな何かが。

 少女はもちろんのこと、男たちも全員、落ちてきた何かを凝視した。


「なっ……!」


 少女は驚きの声を発していた。

 いつの間にか、銀髪の青年が仰向けで大の字になっているではないか。しかもかなりの美形であるが、そんなことは今は瑣末なこと。

 少女も男たちもそんなことより、ある疑問を共有していた。


《どこから、落ちてきたんだ?》


 辺りは見晴らしのよい草原。街道から遠く離れているため人気もない。上には空があるだけである。どこかから落ちてきたなら、もといた場所があるはずだが、そんなものは見当たらない。空を飛んできたとでも解釈しない限り、説明のつかない状態である。

 しかし、この青年が誰でどこから落ちてきたにしろ、この間は少女にとって千載一遇の好機だった。


 少女は反射的に動いていた。

 相対する右側の男との間合いを一瞬で詰めると、瞬く間に切り伏せる。男は糸が切れたように崩れ落ちた。驚くべき剣の冴えである。


「貴様!」


 我に返った4人が、少女を斬り殺そうと一斉に迫った。


《くっ、ここまでか。志半ばで逝くことになろうとは……無念だ》


 少女が死を覚悟した瞬間、その声は聞こえた。


「うるせえなぁ」


 男たちはまたもや、足を止めた。いやとめざるを得なかった。今度は先ほどのように驚いたからではない。その声に宿る妙な威圧に気圧されたからである。

 全員の視線が集中する中、声を発した本人は、ゆっくりと身を起こした。

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