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異世界魔王が強すぎて  作者: new1ro
勇者編
8/31

エルミロイ要塞防衛戦 (1)

村への滞在は4日間だった。


2日目から、日が昇る前後にはいつも通りラキリと朝の修練を行い、日中は遠征の任務として『三つ首の獅子』がほかにいないか探索を続けたが、結局見つけることはできなかった。


滞在期間中は、このまま空気のきれいな田舎をうろうろして過ごして美味い飯を食って過ごせる、と期待していた。しかし4日目の夕方、エルミロイの兵士が村へ駆け込んできて状況が変わった。


兵士は怪我を負っていて、曰く魔族の軍とワイバーンの襲撃を受けたという。村への滞在は6日間の予定だったが、ラキリの判断で切り上げ、夜のうちにエルミロイへ向けて出立することとなった。


月明かりの中、4騎でエルミロイの要塞へと急ぐ。索敵用の魔法をいくつか展開しているが、待ち伏せは特になくスムーズに道程を進めている。馬車や徒歩での移動と違い、騎馬での移動中は会話がしづらく各自黙々と馬の手綱を握っている。いやそれよりも、これから敵に攻めに入ろうとしている緊張感からなのかもしれない。


要塞を陥落されかねない規模の魔族の侵攻があるのは、俺がこの世界に来てからは初めてだ。これまでも山脈の南側で魔族との戦闘に参加したことはあった。しかしそれは魔族同士の争いに破れ山脈を越えて落ち延びてきた敗残兵や、食うに困ってオルストロ山脈の北側からやってきた山賊だけだ。組織として統率された魔族軍との戦闘は経験はほぼないといっていい。野盗を相手にするのと、装備を十全に揃え士気の高い軍隊を相手にするのとでは難易度がぜんぜん違う。


まったく今回は楽な遠征のはずだったのに……。なんでこう、タイミングが悪いんだ。それにワイバーン。嫌な記憶を思い出してしまう。


"勇者"として2回目の遠征は、ドラゴンの討伐だった。いまとなっては2回目の任務でドラゴン退治を課せられるのがどれほど無茶だったのかはわかるが、当時は「ドラゴン」というキーワードにワクワクしてすらいたことを覚えている。早く見てみたいと。無邪気に。観光気分で。


最初の勇者パーティは、いまと同じ4人構成だった。


竜騎士・ロズワール。40代の巨漢で、飛竜を乗りこなしいくつもの戦場で名を馳せた古強者だった。


魔法使い・キルステン。ヒュームだが魔法により350年余り生きているおじいさんで、いかにも魔法使いという風貌。


回復士・イリストリア。国教会のユグラシフェルトにおける最上位の役職である司教の姪で、現在は帝都で回復士の統括を務める立場となっているエリートだ。


ロズワールとキルステンは、短い間だったが俺の先生でもあった。この世界で俺が召喚されたロジェ=トルメは歩兵としての訓練は受けていたので、騎士としての訓練は騎馬術・騎竜術にてこずったくらいで比較的すんなりと習得をしていったが、問題は魔術だった。魔術についてはロジェ=トルメもまったく学んでいない分野だったので、最初のころはなかなか発現させることができず相当手こずった。


俺がいま、戦闘で魔法を扱えているのは、キルステンの指導によるところが大きい。転生ボーナスとして得た膨大な魔力量と、魔法を扱う感覚・回路の未発達さとのギャップにより生じていた不具合をすぐに見抜いて、教科書どおりではない魔法・魔術習得の指導を行ってもらった。


この世界では、誰しも生まれながらある程度魔力を持っていて、魔術を習得しなくても本人の身体機能を拡張する形で魔力を使っているらしい。例えば腕力が強いとか、怪我の治りが早いとか、睡眠をあまり取らなくてもいいとか。


ちなみにこの世界で「魔法」や「魔術」を示す言葉は俺が知る限り3つはある。そのときどきに俺が脳内で適当に翻訳している。どっちが上とか下とかいうわけでもなく、よほど魔術に精通していなければ3つの単語を厳密に使い分けている者は少ない気がする。そのせいで俺は厳密な違いを認識できずにいるが、おおざっぱに「魔術」にあたる単語は自覚的に魔力を使う技術や学問をなど狭義で、あとの2つはもっと広義で「魔力行使」などと表現するのが本当は適切かもしれないが、おおざっぱに「魔法」と脳内変換している。


キルステン曰く、俺の抱えていた問題1つ。無自覚に魔力を使う「魔力行使」の感覚を持たないまま、「魔術」として技術や学問だけを学ぼうとしていたことだということだった。


日常生活を送り、コップを落としてしまったときに手を伸ばして受け止めるという反射や、筋肉痛が早く治ればいいのに、というぼんやりとした欲求を自覚し、その動作や反射や欲求に、自身の魔力が自然に使わていく身体感覚を得ることが俺には必要だった。キルステンに言われるとおりに魔術の訓練は中断し、騎馬や戦闘の訓練と一般教養の座学のみこなしながらのんびり過ごしていると、自然に魔術を使うことができるようになっていた。


あとから聞いた話、勇者召喚を行なった国や教会側からすると、魔術習得の訓練をサボってダラダラと過ごしているように見えていたらしい。早く勇者に魔術を習得させろという声は、軍部から強く挙がっていたらしく、帝国全土で名の知れる魔法使いの指導でなければ到底許されないアプローチだったようだ。


いやもしかしたら、このときの軋轢が、あとに影を落とす顛末へとつながる一因になったのかもしれない。いまになって、どうしてもそう考えてしまう。


ドラゴン討伐の任務が下ったのは、空中に火球を出したり、魔力の防壁を短時間だけ展開できるようになったというころだった。対人の戦闘ではまだ使えない程度の魔法の実力しかない、そんなとき。


ロズワールもキルステンもその指令には反対していたが、この任務が決定された。功を焦った教会側の動きからなのか、教会側を責める口実を得ようという領主や軍の思惑からなのかわからないが、とにかく何らかの政治的な応酬の結果だ。


自信はそれなりにあった。魔術はまだ使えなかったけど、戦闘時の魔力行使、つまり剣に魔力を込めて威力や切れ味を高める技術や、魔力を身のこなしの疾さや腕力の強化に使う訓練は積んでいたからだ。


不安よりも、自分の実力を試したいという冒険心のほうが勝っていた。俺は言われるがまま、ドラゴンの強さと恐ろしさを知らないままに討伐へと赴くことになる。


その結果、俺自身は瀕死の重傷を負い、その俺を護るためにロズワールとキルステンは命を落としてしまった。


事前の情報と異なりドラゴンの数は1体ではなく3体だった。そして戦闘開始早々に俺が重症を負い、その時点で回復士であるイリストリアが、教会側の仕込んだ転移魔法で戦場を離脱してしまった。そういった想定外の事態が重なったらしい。そんな状況下でロズワールとキルステン、2人の先生が最後にどう戦ったかを俺は知らない。俺は気を失ってドラゴンの眼前に倒れていたからだ。目を覚ましたのは城郭に運び込まれたあとだった。


考えたら、俺が死なずに済んだのは、キルステンの魔術で俺の命を救ってくれたからだろうし、そうするとロズワールは1人でドラゴン3体を相手にしたことになる。せめて俺が、役に立たないまでもキルステンの手を煩わせさえしなければ、あるいは未来は違ったのかもしれない。


帝国全土に名のしれた魔法使いを失った事件は、これもあとから聞いたところによると、帝都とメルトグラニア辺境領との間の関係性に影響を与えかねないような事態へと発展しかけていたそうだ。俺はしばらく昏睡状態だったから直後の様子はわからないが、それでも病み上がりからしばらくは、領主や貴族たちからの視線は冷たかった。まともに会話をしてくれる人自体、ほとんどおらず、俺の周りだけ、静かだった。


そんな時期を経て、ラキリを中心に帝国軍主導で再編されたのが現在の勇者パーティだ。ラキリが俺への訓練を厳しく行なっているのは、そのときの失敗を繰り返さないためでもあると思うし、教会主導で行われていた勇者パーティの運用を軍主導に切り替わったことをアピールするためなのかもしれない。


ラキリが仕切るようになってからは"勇者パーティ"から死者は出ていない。だけど竜類の討伐のたびに、苦い記憶として2人の姿が頭をよぎる。いまがまさにそうだった。


沈んだ気分のまま、エルミロイ要塞へ到着した。


そのせいだろうか。俺は要塞の間近に近づくまでその異変に気付くことができなかった。


夜はまだ明けていない。しかし空が赤く、明るかった。両陣営側の焚き火で要塞の周りが明るく照らされているのか……、悪く想像すると、要塞から火の手が上がっているのかもしれない。


状況を確認するために更に歩を進めようとときに、今夜初めて、ヨルの索敵魔法が敵の姿を捉えた。一気に現実に引き戻される。


要塞を望む小高い丘の上だ。見張りとしては押さえておきたい場所。見張りを配置するほど軍隊としてきちんと機能している魔族と出会うのは、あまり経験がない。今回の相手は油断できない。敵に気付かれる前に、こちらが敵の存在に気付けたのは幸いだった。


「敵の数は?」


ラキリがヨルに訊く。


「敵影5つ。うちゴブリンが3体、残り2体はよくわからない。混血かもしれない。どれも魔力はさほど高くない。」


「斥候か。それにしては数が多いが。……いまはとにかく急がなければならない。トサカ、攻撃可能な距離まで近づいたら殲滅しろ。ヨルは周囲を警戒しながらトサカに追従。」


4人とも馬を降りる。俺とヨルは徒歩へと切り替えて移動。


ラキリとソフィアを残し、鎧を外してヨルと2人で敵に迫る。落ち葉を踏みしめながら、ゆっくりと。虫の声が大きくてよかった。足音は紛れているはずだ。しかし風向きが悪い。姿を隠す魔術を使っているが、匂いに敏感な種族ならそろそろ俺たちの存在に気が付くかもしれない。


もう少しで攻撃圏内だ。目視で敵の姿を捕捉した。ヒュームよりも明らかに背が低い。ゴブリンだ。


揃いの武装をしている様子、やはり、これまで相手にしてきた野盗のような集団ではないようだ。魔族の正規軍――、魔王軍というやつか。


あと少し、というところでヨルに引き止められた。木の陰に2人で身を隠す。


気付かれたわけではなさそうだ。息を殺し、目を宙に向け、様子を探っている様子だ。尖った耳がわずかに動いている。2人だと木の幹から身体がはみ出ていないか不安だ。夜陰に紛れてじっとしているので、気付かれることはないだろうが……。


ヨルの吐息が漏れる。様子を見るに、どうやら敵に気付かれていないが確認できたらしい。よかった。ちょうどヨルの吐息が耳にかかる位置でじっとしていたので、危うく身じろぎしそうだった。


「この位置から、狙えるか?」


ヨルが、闇の中に視線を向けながら問いかけてきた。


「もう少し先まで進みたいけど。打ち漏らすかもしれない。」


「おそらくこのあたりが限度だね。鼻の利くやつがいるらしい。」


「俺たちが近づいていることがバレているのか?」


「匂いを偽装しているから、確信は持てていないようだが、何かいることには気づいているようだ。よく訓練されている。」


派手に攻撃しては他の拠点の見張りに気付かれる。隠密に、手早く済まさなければならない。5人か……。時間の制限がなければ、魔法で催眠をかけて無力化することも選択肢にあるが、そうもいかない。


「無理なら、私が攻撃を代わるが?」


「いやそのままいく。攻撃しながら近づく。外したとしても2発目で倒す。多少騒がれるかもしれないが、いまは、短時間での制圧が優先だ。周りにほかの見張りがいないか、集中して探ってくれ。」


「わかった。範囲を広げよう。」


方針は決まった。木の根に埋まった石を掘り起こし、ひと呼吸。魔力を身体に込めて、力任せに右の上空へと投げる。投げ方はめちゃくちゃだろうが、魔力を腕力に変換しているのでオリンピック記録は軽く超えているだろう。森の中で石を投げるなんで競技は存在しないが。


落下した音は、まだ届かない。


ラキリは、広範囲の索敵魔法の展開に向けて準備を始めていた。


俺も魔力を右手に集中する。『キメラ』では弓と矢を使ったが、今回は空気中の水分をそのまま氷にして飛ばす考えだ。


落下音が林の中に響いた。敵は音のした方向を見て、探っている。


思惑通り。敵を目がけて駆ける。見えているのは3体。ゴブリンだ。的が小さい。氷の針を発射。2体に命中、1体は外した。刹那だけ時間があき、かん高い悲鳴が林に響く。


くそっ、やはり狙撃は苦手だ! 頭と胴に1発ずつ、という狙い方はやめる。今度は氷の矢を20! 疾走の速度を乗せて飛ばす。木の陰からもう1人出てきた。今度は、さっき撃ち漏らした1体と合わせて身体を吹き飛ばした。音は大きかったが、悲鳴よりはマシだ。


そして残るもう1体を見つけた。木の上だ。剣を抜きながら跳躍。敵もこちらの姿には気づいていて、剣を抜いていたが関係ない。押し通る!


わずかな瞬間だけ、かん高い声が発せられたが、すぐに首を落としたので悲鳴は途切れた。少し遅かったか? いや、反省はあとだ。


幹に腕を回して速度を殺す。思いのほか疾く走っていたらしく、危うく崖から落ちそうになったが……、ギリギリ踏みとどまった。


すぐさま魔力感知。5体の魔族以外は、この辺りにはいなさそうだ。敵の様子を探る。2つの息の根はまだあったが、止めを刺さなくても氷の魔法が身体を侵食して胸部に達し、心臓の鼓動は止まった。


身を伏せて、耳を澄ませる。


無音のまま制圧することはできなかった。近くに同じような拠点があれば気づいているかもしれない。


……、動きはなさそうだ。見張りはここだけか……?


身を伏せながら、要塞が目に入った。悪い想像が当たってしまっている。要塞の一部から火が上がっていた。


空にワイバーンが飛んでいるのが見える。そうか、空から、火のついた何かを落としているのか。要塞にも魔術兵は配備されているが、長時間防壁を貼り続けることは無理だ。魔力が持たない。上空への防御は司令所の周辺にしか機能していない状態だろう。


魔族でも、組織として意思を持った攻撃ができることを知り、背筋が寒くなった。いままで戦ってきた魔族と、明らかに兵器や戦術のレベルが違う。


「周辺には気配はない。」


ヨルが追いついて言った。ひとまずは安心だ。振り返ってヨルを見る。彼女も要塞の姿に予想外のものを感じているようだった。


合図を送り、ラキリとソフィアも追いついた。ソフィアはわかりやすく動揺している。


ラキリが要塞を望みながら言った。


「敵は飛竜をうまく手なづけている。よく持ったほうだが、このままだと時間の問題だな。……やはり急いで正解だった。」


思考を巡らしている様子だ。ラキリの指示を待つが、なんとなく予想ができた。


「我々で対処可能と判断した。このまま突破し要塞へ入る。」

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