三つ首の獅子 (1)
ツイているのか、ツイていないのか。村へ到着する前に、「三つ首の獅子」を発見できたのは時短になったのは間違いない。
勇者パーティ4人のみでエルミロイ要塞を出発し、騎馬での移動中、逗留する村の間近に迫ったところだ。林を抜けた丘の向こうに獣の姿が見えた。クマやオオカミよりあきらかに大きい。
ラキリに促され、望遠鏡を覗き込んだ。ライオンの頭と、ヤギの頭、しっぽがヘビ、の生き物がいた。この生き物は、前世で見たことがある。あれは『キメラ』とか『キマイラ』とかいうやつだ。
ゲームだともう1つ、ドラゴンとかワシとかの頭が追加されていたり、羽が追加されたり、かっこよくアレンジされているけど、もともとは確かあんな感じだ。Wikipediaで調べてがっかりした覚えがある。ただ、元となる神話でも火を吹く能力は持っていたはずだ。
現世でのゲームや漫画で得た知識や、ネットで調べた記憶は意外に役に立ったりするので、知っている情報をラキリに伝える。ラキリは再び望遠鏡を見て確認していた。
「火か……。近づき難いな。トサカ、どう攻める?」
「元の世界の神話だと槍とか弓とかで倒していたはず。遠距離での魔術使用が得策かと。」
「君、あの距離に届く魔術を何か使えるか?」
魔術と聞いて、ヨル先生が口を挟んできた。
「弓矢がある。もう少し距離をつめてから、時差で発動する魔術を使ってみようと思う。この前教えてもらったやつ。」
「なるほど妥当だね。もし君が外したら、私が仕留めてやるから、安心してくれたまえ。」
ヨル先生はいちいちマウントを取ってくるな……。「じゃあ最初からお願いします」と言いたくなるが、遠征は"勇者"である俺の訓練の意味合いもあるので黙っておく。
「20トルーブまで距離を詰めたら、そこから矢を放つ。魔術の種類は冷却系、凍結させて仕留める。効いていないようなら切り替える。あの程度なら、俺1人で問題ないはず。」
「よし。ではトサカ、貴様に任せる。行動開始。」
上官の命令に従い俺1人で『キメラ』に近づく。まずは標的の視覚に入るべく丘を下る。
獣を仕留めるときは距離を詰めることが重要だ。正直なところ、討伐対象として今回の『キメラ』は、いまの俺の実力からするとさほど強敵でもない。現在最も気を払う必要があることは、取り逃がしてしまうことだ。どうやっても、人とそのほかの動物とでは移動速度が違うので、一度逃げられると数日は見つけられないこともザラにある。
討伐対象を目視し、危険度がそれほどでもないとわかったいま、獣を討伐するときの手順を、俺がきちんと実践できているかを確認するのがラキリの目的となっているはずだ。
それに加えて、あまり得意ではない弓と、習ったばかりの魔術の時差発動を実践で初めて使うという、この2つのしばりを加えることで難易度としてトントンになると俺は見込んでいる。そのほうが訓練になる。
……『そのほうが訓練になる』だって? すっかりラキリ鬼教官の思考に洗脳されてしまっているのに気付いて嫌になった。
丘を迂回し岩場へと進む。急斜面になっており姿を隠しやすい。草食動物であるヤギの頭はキメラの左側にあり、その対角にあたる右後方から近づいている。風下でもある。加えてヘビの頭は、キメラの背中で弧を描いて高い位置で前方を向いていた。望遠鏡で姿を確認した際、ヘビの頭が後ろ側を向いていたら死角がなくなるので近づきにくくなりそうだと危惧していたが、なぜかそうはしていない。高い位置から遠くを見るためだろうか。とにかく好条件が重なり、楽に距離を詰めることができた。
もうそろそろ、弓の射程に入る。そのための準備として次の岩陰の位置を確認し、キメラに視線を戻した。――そのとき。いつの間にかヤギの横顔がこちらを向いているのに、俺は気が付いた。
人を相手にするときと、獣やドラゴンを相手にするときの一番のギャップとして感じるのは、動きのモーションの少なさだ。
ヒュームや魔族は、どうやっても剣を抜いたり、矢を構えたり、攻撃するときに手順があるのでこちらも身構えることができる。しかし獣には予備動作がなく、いつの間にか気がついたらこちらに突進してきてしまっていることがあり、慌てて対応しなければならないこともある。
動いているのは目で捉えているはずなのに、脳の認識が遅れることがある、と言い換えてもいいかもしれない。
それが、いままさに目の前で起きていた。ヘビの方に気を払いすぎていたかもしれない。正面を向いていたヤギの横顔が見えたような気がして、気のせいだったかもと逡巡していたときにはすでに、獅子が全速力で丘を駆け下りてきてしまっていた。
胴体は上下しているのに、3つの頭は微動だにしていない。完全に標的として捕捉されている。そのあたりにいる獣より、やはり速い。
最初のころだと先手を取られた時点で頭が真っ白になり、身動きがとれず、何もできないまま深手を負ってしまうこともあっただろう。しかし今は違う。
突進してくるのなら動きはむしろ読みやすくなるということだ。そして向こうが距離を詰めれば、それだけ弓の的としては大きくなる。
冷静に矢籠から矢を1本だけ抜き出し、弓につがえながら引く。十分な魔力を込めた矢を放ち、矢は獅子の脳天に命中。次の1本は空振り。落ち着いてもう1本、今度はヤギの首元に命中。ダメ押しに、ヘビの頭でありしっぽの付け根を狙ったもう1本も運良く命中。弓を手放し、剣の柄に手をかける。『キメラ』はもう目前だったので、衝突に備えるためだ。しかし俺は結局剣を抜くことはなかった。
獅子の頭に刺さった最初の矢が、そのまま致命傷になっていたのだと思う。『キメラ』は突進するスピードをそのままに、盛大に転んでゴロゴロと丘を転がっていた。時差で発動した冷却の魔術により『キメラ』の身体は凍りついていたので、3つの頭も、4本の脚も、部位ごとにバラバラに砕けて丘の斜面に撒かれた。
よし、予定通り。矢を1本無駄にしたが目標すべてに命中させたし、時差発動の魔術も実践できたし、まずまずだ。
3人が、近づいてくるのが見える。到着の前に『三つ首の獅子』の死亡を確認しておく。ヘビの頭を探すのに時間がかかったものの、氷漬けの頭を無事発見できた。ラキリがうるさいので、同じく氷漬けとなった胴体の、心臓にあたる部分を剣で貫いておく。
「よーし、どうですか? 今日は。文句なしでしょ。ちゃんと頭と心臓の両方、破壊しておきましたよ。」
ラキリ教官の講評タイムだ。超絶辛口評価のラキリに、いつも重箱の隅をつつかれるようにダメ出しされているが、しかし今日は難癖のつけようがないはず。
「まずまずだ。弓も上達したようだな。」
「心臓へのとどめも完璧でしょう。」
「よし。前回のような油断もないわけだ。」
「……首級としては、3つの頭でいい? 俺、ヘビ苦手なんで、誰か持っていってほしいんですけど。」
討伐を証明するため、倒した敵の首を持って帰る習慣がこの国にはある。今でこそ慣れてきたが、死体の首を切断するのもなかなかグロテスクで好きな作業ではない。
「ああ、その3つでいい。……その獣が、『三つ首の獅子』ならな!」
返事をしたときには、ラキリは持っていた槍を投げていた。上空にだ。槍が飛んでいく先を見上げる。
……何だあれ、怖い!
モコモコした毛並みのキング○ドラのような生き物が空にいた。翼をバタつかせてラキリを回避したその生き物の3つの頭がライオンーー、獅子であることを俺が認識したときにはすでに、跳躍したラキリがその生き物の首を3つとも切断していた。
胴体と、切り離された首が地上へと落下する。切断された首のうち1つから、炎が上がるのが見えた。咄嗟にソフィアを庇いながら魔術防壁を展開したが、すでに大きな半球状の防壁が展開されたあとだった。幸い炎はこちらには届かず、生き物の3つの首と、胴体はそのまま地面に落ちた。
「残念だったね、君。今日も『勇者失格』。」
ヨルが、意地の悪い笑みを浮かべていた。




