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異世界魔王が強すぎて  作者: new1ro
勇者編
29/31

エピローグ - ただの異界人

ディビステラム魔王国に囚えられて20日程度。飛竜により首都・キアピタルへと連行された俺は現在、天井の高い石造りの部屋の中で、頭に角の生えた魔族の男と向かい合って座っている。


といってもメルトグラニア帝国の情報を聞き出そうと尋問を受けてたり、拷問を受けたりしているわけではない。


「――そうすると、『クラウドハンディング』に出資した者の見返りは?」


頭に角の生えた魔族の男は、俺の話したクラウドファウンディングについて詳しく知りたい様子だった。俺もあまり深くは知らないながらも、地球で得ていた知識を伝える。


「クラウドファウンディング、です。インターネットを使った資金調達。僕もよく理解していないんですが、成功報酬のような形と思ってます。もらえるものも、必ずしも金銭ではなくTシャツとかだったりします。」


「『ティーシャツ』とは、衣類のことですよね?」


「あ、はいそうです。」


「金銭でない、ということは株の配当とも違う?」


「プロジェクトが実現すること自体が見返りだったりするのだと思います。アイデア――、構想自体に魅力を感じていて、それが実現すること自体が出資者の利益になるというか。そのほか、出資者自身に利益はなくても応援するような動機もあるかと。ヨーロッパやアメリカ――、U.S.では、もともと寄付の文化が根付いていると聞いたことがあるので、それが土壌になっているのかもしれません。」


「なるほど……。しかし当然、うまく出資者が集まらない場合もあるわけですよね。」


「ああ、それは当然。うまくいく人と、そうでない人はいます。」


「その差は何ですか?」


「これも難しいですね。知っていたら、僕がやってましたよ。ははは。まあ、ただSNS、……えーっと、ソーシャル・ネットワーク・サービス、をうまく活用できていると出資者は集まりやすいはずです。うまく支持者を増やすことができれば、それだけ支援も受けやすくなります。」


「なるほど。ここでも『インターネット』ですか……。……ん? 物理的な制約がなく出資者の数を増やすことができるということは、ごくごく少額でも出資することは可能、なのでしょうか?」


「そうです。必ずしもたくさん資金を持っていなくても、少ない額でも出資できます。とはいえ、運営元、胴元に支払う手数料が必要となるので最低いくらというしかけは当然あると思いますが。」


「興味深い。いえ、あなたのお話もそうですが、似た話がこの大陸にもありまして。数百年前、西方のイェルミュラントゥムという小国での逸話です。疫病が流行り、王侯貴族の多くにまで死者が出てしまい統治機構が破綻してしまった状況下、ある村落だけが立て直した。どうしたかというと、税とは別に、民から少しずつ蓄えや金銭を徴収し、全滅してしまった家の蓄えはすべて徴収し、その資金を研究者や魔術師たちへ与えた。結果的に疫病の原因菌や対処法を突き止めたという。」


「へぇ、そんなことが。まあでも、同じようなことだと思います。違いは――」


「世界中のすべての人類から集めることができる。」


「そうそう、そういうことです。」


「……すごいですね。ヒュームの寿命でそれほどの技術革新を目の当たりにする機会もそうそうないでしょう。」


「そうですね。説明していると、改めてそう思います。こんなことなら、もっと真面目にいろいろ勉強しておけばよかった。」


「いえいえ、いまのままでも十分興味深いお話が聞けていますよ。……しかし私もこの仕事をして50年ほど経ちますが、直近のあなた方の技術革新の様子には驚嘆せざるを得ません。我が国でも……、いやこの大陸でもこの子星のどこであろうといまだに『コンピュータ』を作ろうという動きはありませんからね。」


「まあ、結局、魔術が便利ですからね。電気や半導体の専門家が多く転生してくれれば、そういった流れになるのかもしれないですが。」


「それも時間の問題でしょう。あなた方の世界で、これほど急速に拡大している分野なのですから。その技術を持った方がこの星に現れる確率も上がるはず。」


頭に角の生えた魔族の男は、手元の紙に俺から聞いた内容を筆記していく。魔族共通語だろう。ヨルだったら読めるのだろうか。紙の質は、明らかにディビステラム魔王国の方が質が良さそうだ。紙の縁がよれたり、繊維がそのまま飛び出していたりしない。


魔族の男は文字を書きながら、ぶつぶつと、魔族公用語で何かをつぶやいている。会話はメルトグラニア帝国の公用語で通じているが、やはり普段の言葉は魔族公用語のようだ。


「……伝統的に、短命種の人類は、長命種の人類に劣るとされてきました。しかし長命種は世代交代に時間がかかりすぎて技術革新が遅いという指摘も古くからあります。短命種の人類だからこそ、この速度で成長させることができているのかもしれませんね。世代交代の早さはやはり驚異です。わずか数十年で、ここまで大きな変化が生じるとは。」


頭に角の生えた魔族の男は、書類を書き終えると今日の聞き取り調査が終わったことを俺に告げた。まだ日は高いものの、今日の俺の仕事は終了だ。


部屋を出ると、護衛兼見張りの兵士が待っていた。いちおう捕虜という立場なので自室までは付き従ってもらうが、部屋に戻ったあとは夕食までダラダラ過ごしておけばいい。


昼夜を問わない尋問を受けることなんかないし、「あいつは敵国から来たやつだ」と差別されたりもしない。魔王軍に捕まったら激しい拷問を受けると聞いていたのだが、そんなことはもちろんない。いまの生活を考えると、メルトグラニア帝国でラキリ鬼教官のもとで訓練を受けていたときのほうがよっぽど拷問だった。


ディビステラム魔王国は、地球からの転生者・転移者を重用し、その知識を得ることに積極的な国であるということがわかった。俺以外の地球人も何人かいて、久々に地球の言葉で会話することができた。日本語もそうだが、英単語1つか2つだけでも、ジェスチャーを交えれば案外、意思疎通できる。魔族共通語や帝国公用語ではない言葉で会話できるのは嬉しかった。


言語については、当然ながらメルトグラニア帝国の公用語は基本的には通じない。もっぱら魔族共通語や、それぞれの種族や地方で使われている俺の知らない言葉が用いられていた。ヨルはもともと古代エルフ語を扱えていて、言語として似ている魔族共通語、オルストロ山脈の北側でいう「大陸共通語」をすぐに習得していったようだったが、俺はなかなか覚えが悪い。


勇者召喚の儀式でロジェの身体に転生したあとには、彼の知識がそのまま使えたため言葉に困ることはなかったが、ヒュームの世界から魔族の世界へ連行される過程ではそのようにはいかず、転生ボーナスの1つを失ってしまった感覚だ。望めば魔族公用語を教えてもらえるそうなのだが、しばらくダラダラしたいので「保留」と返事をしている。


俺が共通語を習得する気にならないのは、ディビステラムでの待遇の良さにあった。日本で自然に得ていた知識を、メルトグラニア帝国の公用語で話すだけで喜ばれた。彼らの関心がある事柄は、科学知識とそれを応用した工業製品やサービス、インフラ設備、そして行政や軍事とそれらの歴史などのようだった。意外なことに大学や会社や、日常生活などの日々の暮らしについても話すと喜ばれ、どういう仕組みで日本での生活が回っているのか、知っている限りの知識を披露するだけで、俺はこの世界で生活ができている。


ディビステラムの都に連行されて驚いたのは、インフラが整備されている点だった。道路の凹凸も少なく、仕組みはわからないが街灯もある。上下水道が整備され、トイレはなんと水洗で、嫌な臭いがすることもない。ユグラシフェルトの城郭内では嫌な匂いに悩まされることもあったので、この点は非常に助かる。魔術についても、科学知識と組み合わせて運用されることで、メルトグラニアで目にしたものよりも高度に発達しているように見えた。それに食事についてもディビステラムのほうが格段に旨い。ディビステラムは多種族が寄り集まった国家であるため料理の種類も多彩で、俺は捕虜の立場でありながら、いろいろな種類の料理を味わうことができている。


都にある図書館の建物は、連行されるときに上空から紹介してもらったがメルトグラニアの帝都のものよりも大きかった。ヨルはどうにか図書館の利用ができないか交渉しているらしい。


逆に意外だったのは、医療に関しての魔術はメルトグラニアほどは普及していないことだった。厳密にいうと、王族・貴族や金持ちは医学や魔術による高度な治療を受けることができるのだが、高額であるため一般庶民はほとんど医療を受けることができず、極端な話、虫歯で死んだりすることもあるようだった。メルトグラニアでは国教会が庶民に対しても治癒魔法や回復魔法を行使していたが、この国ではそうはなっていないらしい。


これは治癒魔法と回復魔法の仕組みに起因する。


比較的魔力消費の少ない治癒魔法を扱うためには、その生き物の身体のことを医術・魔術の両面から熟知している必要があるそうだ。ディビステラムは様々な姿形の種族が寄り集まった国家だ。種族ごとに異なる物理的な構造や機能に加えて、魔術的側面についても頭に入れる必要がある。もう一方の回復魔法は、医学的知識などをあまり必要とせず、治癒魔法と異なり欠損した四肢や臓器の復活といったものまで実現可能なのだが、魔力消費が莫大でそもそも扱える者が少ない。そして術者と被術者の種族が異なれば魔術の効能が大幅に減ってしまうとのこと。つまり「ゴブリンやオーガを診ることはできるものの、ヒュームに対しては応急手当しかできない」というような事情が、術者ごとに生じてしまうのだ。


そのあたりの事情を、俺はディビステラムに連れてこられてから尋問を通じて知ることになった。メルトグラニアにおいて魔術による医療行為が発達しているのは特異な例らしく、それは大半をヒュームという単一種族が占める国家で、一部存在する異種族も、エルフやドワーフなど生物学的に近縁の種族だったために、魔術による医療行為が発達できたのだそうだ。


そういう特殊な事情のない、多種族を抱えるディビステラム魔王国では、一般には怪我や病気の治療には魔術ではなく医学に重点を置いて発展してきた。金さえあれば、ある程度の医療を受けることはできる。そのためそもそも重用される転生者の中でも、医者は別格に重宝され、特別な待遇を受けていると聞いた。


メルトグラニアにいたころの俺なら、同じ転生者なのに扱いが違う、と聞いてうらやましいと感じたかもしれない。ただ俺は、そういった話を聞いても軽く受け流すことができている。


なぜなら俺は十分、いまの生活に満足しているからだ。半日くらい、ダラダラとおしゃべりをしていたら喜んでもらえて、衣食住と身の安全が保証され、訓練も勉強も仕事もしなくていい。娯楽は若干少ないように思えるので飽きてきたら共通語でも勉強しようかと思っているくらい。そして何より、"勇者"なんていう重責も背負わずにいられるのが身軽で、とても良い。


メルトグラニアにいたころよりも、いまの生活のほうが楽で満ち足りている。だから俺はこれ以上を望まないしメルトグラニアに戻るつもりがなくなっている。


と、このようにだけ言い切ってしまうと、自分のことだけしか考えていないように思われるかもしれない。ヒューム世界に迫る魔族や魔王の驚異はどうするんだ、と。しかしその点は安心してもらいたい。それは、俺がディビステラム魔王国に囚えられて一番の衝撃だったことなのだが、曰く、そもそも魔族世界の各国は、本気でヒューム側へ侵攻しようとは考えていないのだという。


ディビステラム魔王国にしろ北海魔王国にしろ、ライバルは他の魔王であり、山脈を挟んだ向こう側のヒュームの小国に関わっている暇がないのだそうだ。メルトグラニアに攻め込むのは、あくまで魔王同士の攻防の中で飛び火することがあるかも、くらいにしか考えていないらしい。


俺は魔族側のその主張を最初から信用したわけではなかったし、飛び火であれ何であれ、ヒューム世界に魔族が攻めてくる可能性がある以上、"勇者"としては看過できないと考えていた。


しかしそれもこの世界の地図を見せてもらうまでだった。端的にいって、俺がヒューム世界で見た地図と、ここディビステラム魔王国で見せられた地図とでは、サイズ感がまるで違ったのだ。


ヒュームの国・メルトグラニアで見てきたこの世界の地図は、オルストロ山脈の北と南がだいたい同じくらいの大きさとして描かれていた。だから俺は、世界の半分はヒュームの領域で、もう半分は魔族の領域だと思い込んでいた。しかし、ディビステラムで見た地図の上では、メルトグラニア帝国は、巨大な大陸の東の端にくっついている半島くらいの大きさしかなく、大陸の大きさからいうと20分の1かもっと小さいくらい。

周辺に巨大な魔王がひしめいてしのぎを削っている状況下、魔族――、とはこの国では呼ばないが、魔族側からすると、わざわざオルストロ山脈を越えて侵攻するほどの魅力や優先度はない土地なのだという言にもうなずけた。


ヒュームへの脅威である魔王を倒すために、俺はこの世界に"勇者"として召喚されたのに、当の魔王や魔族たちに会ってみると、彼らはヒュームの国に関心を持っていなかった。そして魔族は魔族同士での熾烈な戦国時代を生き残ることに必死で、ヒュームの小国になんか構ってられないのだそうだ。


急に肩透かしをくらったように俺は感じた。彼らにとって俺は優れた科学技術をもたらしてくれる異界人でしかなかった。俺は俺の知っているだけの地球で得た知識を話し、敵国へ協力しさえしなければ身の安全は保証されている。そして俺は、ほかの魔族の国へ行くことは禁じられているが、ヒュームの国・メルトグラニアへ帰ることは禁じられていない。


「用が済んだら好きにしたらいい」と、俺は魔王に直接言われた。魔王、というのはあのオーガだ。俺を瞬殺したオーガ。正直なところ戦力差がありすぎるのと、もはや再び戦おうという意思はない。魔王がメルトグラニアを侵攻する意思があればまだわからないが、「ヒュームの小国に関わっている暇がない」というのは、魔王から直接聞いた言葉だ。俺には、魔王が嘘をついているようには見えなかった。


ラキリやソフィアのことが気がかりではあるけれど、俺は魔王から言い渡された役割を終えても、ディビステラムにしばらく残ってみようと考えている。ヨルとも相談済みだ。ヨルにとってはむしろ、存在するだけで忌避されてしまうヒュームの国に戻るよりもディビステラム魔王国にいたほうが居心地はいいらしいし、知的好奇心的にも数年はこの国で魔術や科学を学びたいようだった。俺がメルトグラニアへ帰ったとしても、ヨルはこの国に留まりそうだ。


そんな俺の心中を知ってか知らずか、俺の尋問の担当官は、俺に対して仕事の斡旋をしてくれてもいる。地球で得た知識を話すといういまの役割を終えたら、軍人や傭兵的な仕事をしてみてはどうかと。もちろん捕虜という身分ではなく、ディビステラム魔王国の一員としてだ。


魔王に瞬殺されたので、俺の戦闘能力もディビステラムでは大したことはないのかもしれないと自信を失っていた。しかしそれは魔王が別格に強いだけで、そして俺が東部方面軍首領・ソニタリオス=グラディオを倒した"勇者"だということはすでに広く知られているために、戦闘能力においては一応、一目置かれているらしい。


倒したといっても、数万の兵士とラキリ・ヨル・ソフィアをはじめ、魔法騎士たちと束になってようやくだったと俺は思っている。過大評価されている気がするので、予防線を張るためにいちおう謙遜はしている。最初のころは俺よりも強い誰かに復讐されるのではないかとビクビクしていたのだが、どうも魔族側の文化として、「強い者は偉い」「勝者は正しい」という価値観が強烈に根付いているらしく、ソニタリオスを倒したという事実は、敵意というよりは、ある一定の尊敬の念すら生んでいるように思われたのでその点はよかった。


「敵ながら天晴」というやつなのだろうか。確か日本の戦国時代でも、主君を討ち取られても、討ち取った側のことを恨んだりはせずに新しい主として鞍替えしたり、夫を討ち取られた妻が、討ち取った武将の側室に迎え入れられたりした、という話を聞いたことがある。本当かどうかはわからないが、もしかしたら戦国時代を生き抜く上ではそういう価値観が生じることもあるのかもしれない。


話が逸れた。再就職先だ。再就職先として列挙してもらっているものは、こまごまと数が多く、内容がいまいちピンとこないものもあった。そのため選びかねて尋問官の男に訊ねてみたところ、待遇面から考えると候補は3つ、ということだった。


1つ目、西部方面で、他の魔王が治める国との戦争に参加し前線で戦う。実力主義のディビステラムで存在を認めてもらうには最適。


2つ目、北部方面で、巨獣や巨竜を討伐しながら国を開拓。働き次第では領地を拝領し、貴族の地位を得ることも可能。


3つ目、東部方面、東の大陸と交易を行う商船の護衛の仕事。せいぜい海賊を相手にする程度で、戦争の前線に参加するほど命の危険は少なく、その割に稼ぎは悪くない。


わざわざ魔王同士の戦争の前線に加わるなんて戦闘狂のすることなので西部方面の仕事はまず候補から外した。巨獣や巨竜を討伐して土地を開墾していくという北部方面の仕事は○ンスターハンター的だし、ファンタジー世界っぽいワクワクを味わえそうで迷ったが、「領地を拝領する」というのも責任が重くなりそうだし、いちおう"勇者"としてヒューム世界に召喚されたので、魔族社会でどんどん出世していくのもなんだかな、と気が引けた。


結果、俺は東部方面での商船の護衛を選ぼうと思っている。魚が旨いらしいし、メルトグラニアに近い場所にいたほうが、ラキリやソフィアに再び会うことのできる可能性が高そうだとも考えたからだ。


付け加えるとしたら魔王や東部方面軍が考えを翻してヒューム側を攻める決断をしたときに、近くにいたほうが何かと動きやすくもあるだろう、という考えも一応、ありはする。


それが"勇者"としてロジェの身体を借りてこの世界に召喚された俺のせめてもの役割なんだろうな、と。


ただこれもいざとなったらどうなるか、自分でも、もはやわからない。ディビステラム魔王国で、捕虜というより客人に近い扱いで過ごしている間に、この国での快適な暮らしに慣れてしまいつつあるし、このまましばらく暮らしているとユグラシフェルト辺境領やメルトグラニア帝国への愛着もだいぶ薄らいでいくことが目に見えているからだ。


ラキリに従い、ヨルと、ソフィアと一緒に過ごした日々は、確かに懐かしくはある。"勇者パーティ"の仲間に会いたいという気持ちはそのままだ。ふとした拍子に、自分自身の魔族世界へ順応するのが早すぎるよう不安を感じたとき、俺はラキリとソフィアのことを思い出して確認している。


俺がまだ人として大事な何かを失ってはいない、ということを。


そして仲間は絶対に守る。仲間には絶対に刃を向けることはない。この決意だけは揺らいでいないということを。


魔族側に残るという決断は、あくまでその前提の上に立つ。


ヨルと今後についてどうするか相談しながら、自然に自身の考えが言語化された。「仲間は絶対に守る」という前提を確認しただけで、自分でも驚くほど、すとんと、割り切って決断をすることができた。


この順応の早さには自分でも驚いている。もう少し葛藤したり、"勇者"として魔王に倒された悔しさみたいな感情に苛まれると思っていたのだが、そういう感情は全然ない。


この世界に勇者召喚されたころは、地球との価値観の違いに苦しんだり、現代倫理観を振りかざして無双するなんてこともあるのかと想像していたが、ついに1度もそういう機会は訪れなかった。必死だったというのもあるだろうが、勇者召喚の儀式でこの世界に転生していらい、たいていのことは「そんなもんか」と受け入れることができた。


自覚していなかったが、俺の一番の長所は環境への適応能力だったのかもしれない。


「そうか、俺は、環境が変わってもうまく切り替えて順応できる人間だったんだな、よかった。」


なぜかそんな、自分に言い聞かせるような独り言が口をついて出ていた。

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