魔王軍最強の剣士 (4)
ソニタリオスに撃ち落とされた空中艦から火の手が上がった。空中艦につながれたままの飛竜が、炎に巻かれて暴れているのが見える。一緒に落下した魔術師が仮に生きていたとしても、もう助からないだろう。
魔術防壁の向こう側で聞こえていた帝国軍兵士たちの悲鳴が止んだ。ソニタリオスは土煙の中で姿を潜めていてどこにいるかはわからないが、次にどこに現れるかは読める。
防壁の内側に立つ、"勇者"の後ろ姿を見る。
魔術防壁の内側、ヨルが生じさせた"勇者"である俺の姿に、きっと敵は襲いかかってくる。ヨルの魔術の精度は高い。自分自身ですら、自分の身体が視認できない。
魔力感知がやや不得手な俺でも、あれだけ強大な敵の接近に気が付かないほど未熟ではないはずだ。ラキリなら尚更。しかし近づいてこないことはわかっても、どこにいるかは、俺にはわからない。
さっきまでは、魔術防壁の向こう側で聞こえていた悲鳴がある程度敵の所在や思考を知らせてくれていた。しかしそれがなくなってしまい、兵士たちには悪いが不安になる。
敵も警戒しているのか。あるいは、自分で提案した作戦だったが、防壁の目の前にわざわざ立っているというのも相手から見るとあからさまだったかもしれない。罠だと気付かれたか? もう少し別の方法があったか?
……いや、余計なことを、いまは考えなくていい。先手はこちらが打った。まったく何の足がかりもない状況でどこから襲ってくるかわからない状況よりは、まだ選択肢を奪うことができているこの状況のほうがマシだ。
敵も何かしらの反応を示すはず。近づいたらわかる。一方でこちらは姿を隠している。敵にしてみると、見えない敵から襲われるのだ。即応できるはずがない。それに敵の剣は1本。2方向からの攻撃を同時には防げない。この前提は変わらない。
集中。
目はどこにも焦点を合わせずに、視野を広く。耳も同じく。皮膚も大気のゆらぎを感じることができている。目の前のデコイだけでなく、上空も背後にも意識を張り巡らせる。そのうえで、どの方向から攻撃があっても対応できるように身体に余計な力を入れない。うまく脱力できている。いつでも動ける。
沈黙が続いた。
前方から攻撃がくることが、目で確認する前に俺にはわかった。
ソニタリオスの攻撃が、ヨルの魔術により現れていた俺の幻影を貫通した。
魔術防壁は一撃では破壊できないよう何層も用意されていたはず。「飛ぶ斬撃」での攻撃がある場合は、外側で何層かの魔術防壁が破られてからあとだと考えていた。しかし一撃。一撃で貫通したということは、本人が突進してきたということか?
いや、そうではない。本人ではない。
「飛ぶ斬撃」ではなく「飛ぶ刺突」だ。こんな技もあったのか。貫かれた俺の姿が地面へと倒れていく。ヨルが状況に即応しうまく描写してくれている。俺にはリアルに見える。まだ敵にはバレていないはずだ。どうする? 直接乗り込んでくる敵を迎え撃つつもりだったがまだ敵の姿は現れていない。計画が狂った。
無意識にラキリの方を見ると、そこにはラキリの姿があった。魔術で姿を隠しているはずなのに。まさか自分で解いたのか?
再び魔術防壁が破られた。今度は見なくてもわかる。巨大な魔力。ソニタリオス自身が突進してきていた。敵は、姿を現したラキリに向かって一直線に向かっている。俺は反射的に敵と味方のもとへ跳躍していた。
ラキリは最初から、そのつもりだったのか?
いや、きっとそうだ。なぜならまったく同じようなシチュエーションを想定した訓練を、俺や魔法騎士たちは受けていたからだ。つまり一方が盾となり、もう一方が仕留めるという、この状況下の訓練を。
ソニタリオスは、明確にラキリに狙いを定めていた。姿を隠している俺の存在に敵はまだ気付いていない。死角から襲えば殺せる。いや、殺す。
ラキリを助けることはしない。敵を殺すことだけを考える。
ラキリの胴体を、ソニタリオスの剣が貫いた。ソニタリオスは次の標的に意識を向けて剣を引き抜こうとするが、ラキリはソニタリオスの剣と腕を掴んで離さない。同時に魔力反応光。ラキリが何かの魔法を使おうとしている。
腕の自由を不意に奪われ、がら空きとなった敵の背中に狙いを定める。これ以上ないほど集中できている。訓練どおりだ。この攻撃は当たる。そう確信できた。
しかし。
ソニタリオスは、ラキリの胴体に突き刺さった剣を、ラキリの身体ごと横に薙ぎ払った。ラキリの身体は宙に浮き地面に叩きつけられ、転がった。再び腕の自由を得たソニタリオスの剣は、今度は背後の俺へと迫った。
その剣筋が、俺には見えなかった。剣を握る俺の右腕が断ち切られて宙に飛んだのは見えた。ソニタリオスはそのまま剣を切り返し、今度は俺の脳天を狙っていることがわかった。
え? 見えていないはずなのに、なぜ俺の頭の位置がわかる? 姿の見えない敵に対しては、横薙ぎに剣を払うはずだと予想して左右からの攻撃に備えていたのに。なぜ、敵は縦に剣を振っている? それは、俺がどこにいるのかが見えていなければできないはずの剣の軌跡だ。
敵の姿はわずかに笑みに歪んでいた。最初からお前らの考えていたことはわかっていた、とでも言いたげな、勝利を確信したような笑み。
あれ?
もしかして、これで終わり?
最後の最後で、絶望的な実力差を思い知り死を予感した瞬間、目の前が真っ白になった。
轟音。
そして甲高い音が頭の中で鳴響する。束の間、それ以外のすべての感覚が消し飛んだ。
何が起こったのかわからないまま、いつの間にか身を覆っていた魔術防壁が解かれるのと同時に耳鳴りが止んだ。ぞうきんで拭われるような、雑な回復魔法。この感覚はヨルだ。視界は視野の中心がわずかに開けつつあった。その僅かな隙間にソニタリオスの姿が見えた。敵は体を硬直させて、地面に倒れようとしている。重力加速は、ソニタリオスの動きの鋭さに比べたら無いようなものだ。まるで静止して見える。
千載一遇の隙。腰にしていた予備の短剣を左手で抜いて振りかぶる。そのまま敵に詰め寄ると、ラキリはすでに俺と同じように剣を振り上げていた。ラキリがソニタリオスの胴体を、俺がソニタリオスの首を。言葉を交わさなくても互いの剣の役割はわかった。それぞれ最大限の魔力を込めて振り下ろしたので、敵の身体が地面に叩きつけられた。
胴体から切り離された敵の生首に、ラキリが魔術弾を打ち込むが、敵の魔術防壁で弾かれた。すぐさまラキリが襲いかかり、頭部に直接斬撃を加える。剣は頭蓋にめりこみ、生首は地面に再び叩きつけられた。
俺は胴体に炎の魔術を放ち、命中。ソニタリオスの胴体は、炎に包まれて、それでも剣を振るっている。
下手に近寄るのは得策ではない。距離をとって見ていると、胴体は地面に転がり、振り続けていた剣の動きも炎の中で止まった。
ラキリのほうに目を向けると、敵の頭部には間違いなく剣が突き立てられていた。ラキリも俺と同じように、生首から距離を取ろうと後ずさりをしているところだった。ラキリも俺と同じように、剣が刺さった魔族の生首に炎を魔術を放った。
「倒せた?」
「ああ。いや、おそらく。」
強敵の、胴体と頭を切り離された姿を前に、それでも警戒を解くことができない。それほどまでに、ソニタリオス=グラディオは強かった。
しかし。
しかし、俺たちは勝った。
目の前で首と胴体を分断されて炎で焼かれている敵の姿を目の当たりにして、自身に言い聞かせることでようやく危機を脱したことが次第に実感できてきた。
急に、脈打つように右腕が痛みだす。緊張が解けてしまったらしい。ソニタリオスに斬られた腕から鮮血が滴り落ちている。とりあえず止血しなくては。左手でベルトを抜く。ひっかかって抜けないので力任せにズボンの布を引きちぎって抜き、腕に巻き付けた。失血でのめまいはまだない。しかし経験上、急に倒れることもあることを知っているので気を抜かないようにする。
目の端で、ラキリが倒れるのが見えた。くそっ、そうだ。ラキリは腹を割かれている。俺よりもよっぽど重症だ。
ソフィアが駆け寄ってくるのが見えた。
「ラキリを先に!」
ソフィアに指示を伝えながら、同時にラキリの胴体の鎧を外す。左手だけだが、失敗せずに1つめの留め具を外したところでソフィアが到着した。手際よく残りの留め具を外していく。
ラキリの胴体は中央から右腹部にかけて大きく裂けて、黒い血があふれていた。ソフィアはよどみない所作で傷口に手を突っ込んで、傷の状況を確認しながら深部の内蔵と血管を修復し、出血を止めていく。
「よかった、骨は異常なし。」
傷口に右手の指を2本だけ残して抜き取り、損傷した部位の修復を続ける。左手は腹部の表面を触診して、ほかに治すべき箇所がないかを探している。傷口はまだふさがっていないが、これまでの経験から、ソフィアさえいれば、ラキリが助かることは俺にはわかった。
「トサカ、もう少し待ってて。身体に異常は?」
「腕だけ。まだ大丈夫そう。」
「もう少しだからね、大丈夫だから。待ってて、待っててね。」
あぐらをかいて座り直すと、ヨルが俺の腕を持ってきて地面に置いた。傷口が土に触れる感じの雑な置き方だったので、脚の上に右腕を置いた。
ヨルはソニタリオスの死体に目を向けて、警戒をしているようだった。
「もう死んでるよな?」
「ああ。魔力反応ももうない。死んでいる。火で焼かれているし復活はしないだろう。」
深く息をついた。そうか、やはり倒すことができたのか。改めて俺も自身の目で確認する。首と胴体が断ち切られ、その両方に火を付けられた敵の死体は、どんどん焼けていっていることがわかる。
強大な敵の死を確認するために、その死体を眺めていると、炎の勢いが増した。ヨルが何か魔術で炎の勢いを操作しているらしい。
もうこれで大丈夫だ。完全に殺せた。俺たちは、魔王軍四天王の一角・ソニタリオス=グラディオに勝利することができた。




