魔王軍最強の剣士 (2)
第12号作戦は、魔王級・准魔王級の単体戦力の打破を想定して策定された作戦で、"勇者"を含む隊の隊長、つまりラキリの判断により、他とは独立して実行することが定められていた。
簡単な話、これより先はラキリと俺とヨルと、魔法騎士たちとで魔王軍四天王に奇襲をしかけることになっている。
ユグラシフェルト側の戦力として左翼側は壊滅状態。中央と右翼側はまだ健在だが「飛ぶ斬撃」で前面の兵士たちの数は削られている。地上だけに目を向けると死屍累々といった具合で絶望的なように見えるが、ユグラシフェルトにとっての切り札である空中艦は健在だ。上空からの連結魔法の成否がこの戦いを左右することは間違いない。
しかしこの空中艦、全軍の戦術行動から独立している俺たちや、左翼側の兵士たちにとっては命の危機をもたらす脅威でもある。こちらへの合図は送る取り決めにはなっているが、退却が間に合わなかった場合、ソニタリオス=グラディオもろとも自軍からの高威力の魔術攻撃を浴びてしまうことになるからだ。
ソニタリオスに気取られないよう魔術で姿を隠しているため、味方である本隊にもこちらの正確な位置は伝わっていない。いまのところ上空に魔術攻撃の気配はないが、ソニタリオスとの交戦が始まるまでは上空にも意識を向けなければならない。
いちおう上空からこちらの動きは観測できるはずで、交戦中であればただちに連結魔法を放つことはないと聞いているので、信用することにする。
早くソニタリオスのところにたどり着かなければ自軍からの攻撃を受けてしまう。しかし単身で軍隊を相手にできるような異次元の戦闘力を持つ敵の目の前に早く到着したいとは思えない。そういうジレンマ。
この期に及んで、まだ、どうにか敵との衝突から逃げたいと思ってしまっている。くそ、あれだけ訓練したのに。
深呼吸しながら自分に言い聞かせる。帝国兵を惨殺する敵を俺が必ず止める。早くたどり着けばそれだけ死ぬ人を減らせる。もし奇襲に失敗すれば、いよいよ白兵戦だ。仲間を全員殺されて俺1人になっても敵を殺す。身体を剣で貫かれても敵を殺す。
ソニタリオスの攻撃は周辺の魔術兵や、ヨルが作り出した囮の飛竜に向けられていて、その次は地面を掘削しながら進む魔法騎士たちの存在に気付くはずだ。
敵はまだこちらの姿を捉えてはいないように見える。いまならまだ第12号作戦の通り、奇襲が可能だ。まずはここに集中。
目標まで200トルーブ――、およそ300メートルの地点。ラキリから進行停止の合図。もちろん無言でだ。あとは攻撃開始の合図を待つのみとなった。
攻撃に使用する魔術の選定は、ラキリとヨルとであらかじめ済ませていた。重視するのは魔術の種類だ。できるだけ相手の想定の虚を突くようにしているとのことだ。
すべての攻撃を完璧に防ぐ魔術防壁は存在しない。何から身を守らなければならないかを見極め、脅威に応じて防壁を使い分ける必要がある。では魔術攻撃に対応するために、あらゆる魔術防壁をすべて習得しなければ戦場に出られないかというとそんなことはない。
帝国軍式魔術をはじめ、破壊を目的にした魔法・魔術はどうしても火や熱など特定の種類に偏る。また広義には魔法の一種に分類される「魔力運用」により身体機能を強化した攻撃を想定しても、殴る、切る、射る、ぶつける、潰す、といった、人の身体で成し得る行動の延長でしかなく、やはり偏りは生じる。
攻撃の手法に一定の偏りが存在し、そして時間が有限である以上、必然的に修めるべき魔術防壁の種類にも優先順位が生じる。
敵の戦闘スタイルを見る限り、魔術に特化しているとはとても考えられない。だから時折確認された魔術防壁は、帝国軍の魔法騎士たちのように規格化された最低限の魔術か、もしくは何らかの魔道具により自動的に生じている可能性が高い。
いずれにしても、攻撃手法として選択されがちな魔術に対しては対策がなされていると考えるのが自然なので、そこでカバーしきれていないマイナーな種類の攻撃を行うことができれば、敵に有効な魔術防壁を発動させずに済む。相手の想定の虚を突く、というのはそういう意味だ。加えて系統の異なる攻撃を短期間に立て続けに与えることにより、魔術防壁の切り替え時に生じる隙を狙う意図もある。
この目論見を実現するための工程は3つだ。
第1工程は魔法騎士たちによる矢や槍での一斉攻撃。矢尻や槍の穂先には、事前にヨルが酸を生成する魔術を施しており、敵の目前で液体の酸を浴びせかける仕組みとなっている。魔術が通じない相手に毒を使うのは味方にも被害が及ぶため敬遠されがちだが、規格外の相手に対してはそうも言っていられない。先に効果がないことが確認されたのは神経毒だったので、今回は種類を変えてみるとのこと。
第2工程は爆発だ。爆発自体は俺が魔術により引き起こし、その効果を最大化する補助をヨルと魔法騎士たちとが行う。まずは前の工程で生成していた酸と、あらかじめ土中に生成しておく硝石とが混合することで強力な爆薬とする。更に爆発と同時に敵に蓋を被せるように魔術檻を形成し、爆薬で強化した爆発のエネルギーを逃さず圧縮する。この2つで爆発の威力を最大化するねらいだ。
ちなみに先のエルミロイ要塞防衛戦のとき同様、ヨルは魔術を効率的に扱うためのしかけを土中にしていたらしく、高度な知識がなくても魔力を流して簡易な呪文を詠唱するだけで魔術が発動できるようにしていたらしい。そのためヨルは魔法騎士の中から魔力量の多い者を見繕い担当として割り当て、硝石を生成する役割を任せていた。それは魔術檻も同様で、こちらはヨルが担当することになっているのだが、魔法騎士たちは手が空き次第、加勢するよう指示が出ている。
なぜなら第3工程では敵の窒息を狙うからだ。爆発ではとにかく酸素を燃焼させて、代わりに二酸化炭素だか一酸化炭素だか、とにかく人体に有毒な気体が充満する空間にソニタリオスを閉じ込める。大気中に酸素が欠乏している状態を切り抜けるための魔術を敵が用意しているとは考えにくい。そして燃焼の結果生じされる有害物質は大気中に存在するものも多く、敵の魔術に「毒」だと識別されない可能性もある。
加えて敵を閉じ込める魔術檻にも当然工夫を加える。魔術檻と魔術防壁の仕組みはほとんど同じで、おおざっぱにいうと効力が外に向くか内に向くかの違いしかない。ソニタリオスは魔術防壁をいとも簡単に破っているからその手は通じないように思われたが、ヨル曰く「破壊に時間がかかるよう調整した」とのことだった。
曰く、絶対に破られない硬い壁を作るのではなく、柔らかくまとわりつく自己修復する壁をつくるとのこと。爆破の衝撃にも耐え、内側に閉じ込めた敵を逃さない……、かどうかは検証がまだ足りないらしいが、様子を見る限り、魔術檻についてはかなり自信があるようだった。そしてその魔術檻を2層使う。全く同じものを2つではなく、性質にはそれぞれ違いを設けるらしい。
敵の視点に立ち、どのように防御するかを考えると、矢と槍という硬く鋭い固体から身を守る防壁と、液状の酸から身を守る防壁、その次に爆発や熱から身を守る防壁という3種の魔術防壁を的確に使い分ける必要があるし、最後は酸素の欠乏と有害な気体の除去という、科学と魔術両方の知識がなければ対応できない局面を切り抜ける必要がある。
剣を主体としたソニタリオスが、ここまで器用に魔術を扱えるとは思わないし、ここまで予見して魔道具を作ることのできる魔術師もいないだろう。そもそも発現する魔術防壁の切り替えや多重展開は非常に難易度が高いし、すべてを防ごうとすると魔力消費は莫大なものとなる。
うまくハマればこれで敵を倒すことができる。あとはやるべきことをやるだけだ。
ソニタリオスの周りには、自軍の兵士たちがまだ存在している。俺の魔術によりその生命を奪ってしまうことになるが、そのことについてはもう躊躇がないことが、自分自身の胸の内で確認できた。
確実に、ここで仕留める。
都合よく中央と右翼の陣から味方の魔術攻撃が連射された。ソニタリオスの注意がそちらへ向いたように見えた。ソニタリオスが飛ぶ斬撃を数発振るう。
その隙を見たラキリの合図をする。魔法騎士たちが槍や矢をソニタリオスに向かって射出する――。
その瞬間。ソニタリオスの片目がこちらを向いていることに気付いた。音も魔力も完全に遮断しているはずなのに。いつからだ? 背筋が凍る。どれだけ距離があってもわかる。竜や獣が獲物を捕捉し攻撃に転じる直前に放つ気配。
矢と槍が放たれるが、俺にはそれが失敗に終わることが直感できた。爆破魔法をしかける。これまでにないほど十分に集中できた。これまでにないほどに完璧に魔術を行使することができた。内心にわずかに生じた動揺は、俺の魔術の発現後だったから、爆発自体には影響はないはずだ。
爆発まではタイムラグがある。まだ槍と矢が届く直前に、ソニタリオスがこちらに手をかざすのが見えた。こちらへの攻撃か? しかしそれは攻撃ではなかった。槍と矢が、やつの身体を避けて飛んでいくのを見た。酸が宙に撒かれるのと同時に、ソニタリオスは地面を蹴ってこちらへ跳躍した。次いで、ソニタリオスの背後で爆発が生じる。
爆発と同時にヨルの魔術檻が敵の姿を覆い隠す。魔術檻は、爆発の衝撃を逃さず閉じ込めそのまま敵へのダメージとする、はずだった。ソニタリオスが檻の内側に閉じ込められたのを俺は確かに見た。しかしその直後壁に亀裂が生じ、爆炎が俺たちの方へ襲いかかった。誰かが咄嗟に炎熱に耐える仕様の魔術防壁を展開したものの、その後に急襲する「飛ぶ斬撃」を、それだと防ぐことができなかった。魔法騎士の何人かが「飛ぶ斬撃」の餌食となった。
何が起こったかを理解した瞬間、第2波が迫っていることを俺は察知し身構えた。直後に強大な魔力の気配が近くを通り抜ける――、俺はそう錯覚したが、それは「飛ぶ斬撃」ではなかった。
俺が、その疾さから「飛ぶ斬撃」だと誤解したそれは、ソニタリオス本人だった。やつの姿は俺たちの背後にあり、端を守っていた魔法騎士の4人が身体を切り裂かれて宙に舞っていた。
魔術による攻撃は失敗した。しかし俺は、自身でも意外なほど冷静に、敵の動きに反応できていた。
ここからは白兵戦、俺の役割だ。俺がここで動かなければ。前に出る。前に踏み込む。紙1枚分でも疾く、剣を振り下ろす。
俺の剣は空を切ったが、すぐに切り返す。敵の剣を避けることと、次の一太刀とを同時に思考する。敵の剣は確実に俺の身体を狙っている。首だ。どう避ける? 決まっている、前だ。
同時に、後ろから魔術の気配を感じた。俺の側面を通り抜けてソニタリオスに襲いかかったそれは、味方の魔術攻撃だった。
敵は攻撃を的確に見切って最小限の動きで躱し、再び俺を狙う。間合いはわかった。ギリギリで躱して……、いや「飛ぶ斬撃」が来る。敵の剣の軌道から身を逸らすと、予感したとおり斬撃が飛んだ。後ろにいる魔法騎士に命中するのがわかったが何もしない。そんな余裕はない。ソニタリオスの腕を狙って剣を振るうが、軽く躱され、勢いそのまま敵は攻撃に転じた。俺の胴体に剣が刺さることがわかったが、関係ない。そのまま剣を振り下ろす。
俺の剣筋をソニタリオスは再び躱したが、やつの剣も俺には届かなかった。味方により防がれた。ラキリだ。飛ぶ斬撃を聖盾で受けながら突進してきていた。俺とソニタリオスの間に割って入った勢いのまま、敵に斬りかかる。おしいところまでいったものの、敵は後ろに跳躍して逃れられてしまった。
俺とラキリとで更に追い込みをかけようとした瞬間、地面から黒い壁が立ち上がった。ラキリと俺は急制動し、敵と逆の方向へ退避。
黒い壁は半球状のドームとなり、外の様子が見えなくなる。そして壁の向こうでヨルの魔術が作動した。電磁波で水分子を振動させて熱を発するという、この場所で実験してみせた例の魔術だ。
やっと息を継げた。2、3回、呼吸をすると、黒い壁の向こうから数多の悲鳴が聞こえた。帝国軍兵士たちの悲鳴だ。断末魔の叫びを聞きながら、ラキリとともに味方の位置へと戻る。俺とラキリが戻るのに合わせて、黒い壁の内側に魔術防壁が何層もできあがっていく。
魔力感知。ソニタリオスの姿はない。
「退却するか?」
ヨルが、ラキリの判断をうかがう。
「いや留まる。逃げたところで追いつかれる。ここが勝負どころだ。」
ヨルはラキリの返事をそのまま受け入れたようだ。おそらく返事の予想はついていたのだろう。
「私が盾となる。トサカ、ヨル、両名でソニタリオスを討て。」
ラキリが、黒いドームの向こう側の気配を探りながら言う。
「いまのところ魔術での攻撃はやつにすべて看破されているが、トサカの剣は届く。……ヨル、貴様もだ。1撃、与えることができれば形勢は逆転すると見た。……残っている者は援護。敵の隙を作れ。」
その場にいる全員がラキリの指示に応じようとしたとき、魔術による信号が各自に届いた。自軍からの合図だ。空中艦からの連結魔法攻撃を知らせていた。
「……我々は運に恵まれたらしいな。前言撤回、一時撤退する。ヨル、この黒い防壁を出したままにしておけるか?」
「できる。なるほど、この防壁を囮にするわけだね?」
「そうだ。死人は置いていく。怪我人は……、いないな。会敵した場合は撤退を中止し足止めを行う。トサカ・ヨルの2名のみ離脱を許可する。残りは死守だ。」
ラキリの命令に魔法騎士たちは即答した。
「では各自撤退用意! ヨル、防壁に穴を開けろ。……外の魔術は解いておけよ? ケシュルブになるのはご免だ。」
ラキリは口角を上げながらヨルの顔を見て言った。
「当然。」
ヨルも同様だった。魔法騎士たちも、悲壮な顔を浮かべてはいなかった。
いまは敵に出会わないことを祈る。うまくいけば、空中艦からの連結攻撃魔法で敵を葬り去ることができるのだ。ソニタリオスの「飛ぶ斬撃」は、無限にどこまでも攻撃できるわけではなくある程度の距離に達すると消失していた。空中艦はその距離の外へと高度を上げて雲の中に潜んでいる。
接敵されれたとき、魔術兵や魔術師は弱い。魔術に集中できなくなるからだ。しかし空中艦ではそのような心配はない。ユグラシフェルト辺境領や、帝都で名を馳せた魔術兵や魔術師たちが各自の研究を持ち寄って編み出した攻撃魔法を、敵の攻撃が届かない上空で心置きなく集中して繰り出すのだ。
俺たちや、帝国兵士の奮闘もありソニタリオスの視野は平面上に向いていて、上空への注意は手薄となっていることも期待できる。死角からの今回の戦争における最大威力の攻撃。一気に決着をつけることはできるだろうし、仮に命を奪うことはできなかったとしても無傷では済まないだろう。魔術防壁で身を守ったとしても相応の魔力量を削ることができる。そして魔力が尽きれば現在ほどの疾さは失われる。
やっと、この戦いに勝機が見えた気がした。だから俺は、いまだけは敵と遭遇しないように祈らずにはいられないのだった。




