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異世界魔王が強すぎて  作者: new1ro
勇者編
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勇者召喚

コンビニで立ち読みしていると、突然目の前のガラスが破裂し、金属の塊とともに襲いかかってきた。それが、俺が生前に見た最後の光景だった。


ガラスが割れる音、そして突っ込んできた銀色の何か――、いま思うとあれはプ○ウスだ。絶対にそうだ。どこかの公務員とか大企業とかのおじさんが、あるいはその奥さんが、アクセルとブレーキを踏み間違えてコンビニに突っ込んできたんだ。


運良く希望通りの就職先が決まった矢先のことだった。最悪だ。全然ツイていない。


思い起こせばいつもこうだ。中学のころ、親父の経営する小さな会社が軌道に乗ってテレビに取り上げられたと思ったら、台風で川が反乱して工場が水没し倒産、親父は自己破産し、俺は叔母の家に引き取られた。


一念発起して勉学に励むようになり、模試の偏差値を上げに上げて、高1のころからすると考えられないレベルの大学を狙えるようになったのに、インフルエンザに罹り、センター試験で実力が出せず志望校を断念。滑り止めで入学した大学で美人の彼女ができたと思ったら、友達と二股をかけられていたことが発覚。彼女と友達を同時に失った。


就活では、大企業と気鋭のベンチャー企業、両方から内定が出て悩んだ末に安牌の大企業を選んだ。安全な道を選んだはずだったのに上司のパワハラに遭って1年半で退職。しかしそのわずか2カ月後に、別の社員が労基に通報したとか、上司が会社の名前を語って別会社の仕事をしていたのがバレたとか何かで、上司は懲戒免職され、残った同期に聞くと超絶ホワイト企業化したとのこと。


後悔しながらアルバイトでしばらく食いつないでいたら、新卒のときに内定の出ていたベンチャー企業がさらに業績を伸ばして事業拡大すると知った。悔しがっていると偶然そのタイミングで、すでに入社していた大学時代の先輩に声をかけてもらい、トントン拍子に内定をゲット。都心へ引っ越しをしようかという矢先、コンビニでプ○ウスに特攻されて死んでしまった。


何か良いことがあれば、それを上回る悪いことが起こって全部を台無しなっていく……。思えばずっとそんな人生だった。つくづく嫌になる。最悪だ。なんでこんなにツイていないんだろう。前世で何かしたのか、俺は?


そんなふうに自分の人生を振り返り、恨み言を頭の中でつぶやいると、いつの間にか、やけに天井の高い部屋、ひんやりとした空間に寝かされていることに気づいた。


周囲に人がいるらしく、ざわざわ、と何かしゃべっているようだが、音が反響して何を言っているのかわからない。物が二重に見えるし、鼻腔や頭も痛い気がする。


床に手を付きながら、頭を持ち上げてみた。くらくらする。ざわつく声が一気に大きくなった。騒がしい。部屋はやたらと広かった。病院ではない? 視界がぼやけているし、目眩がしている。


「xxxx! xxxx!」


俺の隣には、白髪でヒゲモジャのおじさんがいる。何やら俺に話しかけているらしい。話しかけるというか、叫んでいるようだ。顔にツバが飛んでいる。


白髪ヒゲモジャのおじさんが、俺の肩をつかんだ。相変わらず、何か喚いている。頭、というか目の奥が重く痛い。肩を揺すられることで、痛みが余計に広がっている気がする。


何だ? なんと言っている?


「ユーシャサマ! お気づきですか? ユーシャサマ!」


え、何? どういう状況? 喋ろうとしたが、声が出ない。とにかく、頭が痛いので揺するのをやめてほしい。意識が朦朧としている。


突然轟音が響き、地面が揺れた。目眩かと思ったが、向こうの方に光と煙が見えた。爆発? 耳鳴りがする。


いきなり身体が浮かび上がった気がした。横腹のあたりに硬いものが当たっている。どうやら誰かが俺を担ぎ上げているようだ。


俺を担いだ誰かは、階段を駆け下りている。


かなり急いでいるようで、一歩一歩が荒い。段を降りるたび、横腹が痛んだ。


担がれたまま、階段を降りていくと、階段の上の方が騒がしいことに気づいた。人間の声……、悲鳴だ。事故なのか?


頭に何か被せられているのに気付いた。ヘルメットだろうか。目眩がする。気持ち悪い。意識が途切れる。


また爆音。意識が戻った。ガラガラと、何かが崩れる音がする。変な匂いがして、激しく咳き込んだあとしばらくしてまた意識が途切れた。


再び意識が戻った。暗闇だ。今度は甲高い動物の声がした。音が反響している。人間の叫び声も混じっているのを聞いて、また意識が途切れた。


……今度は何だろう、水の音? バシャバシャと、冷たい飛沫が顔にかかる。暗い。真っ暗だ。また意識が途切れる。


なんだか脚が痛い気がする。いや、痛い。目を開けると、青空と、雲と、木が見えた。


「――xxxx! xxx xxxxx xx xxxxxx!」


身体がベタベタする気がする。隣にいる人が、俺に対して何か喋っているようだった。


「ユーシャサマ、お目覚めですか? 私の声が聞こえましたら、右手を握ってください。」


言われたとおり、右手を握る。誰かの手がある。


「おお、お気づきですね。どこか身体に痛みはありますか?」


痛み? さっきよりは頭はあまり痛くないけど……。痛っ、左脚痛い。伝えようとするが、やはり声が出ない。強く咳き込み、口の中に出た痰をそのまま飲み込んだ。


「脚が痛い……。」


「ここまで逃げ延びるさなか、折れてしまいましたので、処置しています。あまり動かないように。そのほかは?」


やっぱり骨折しているのか。はっきり言われると、余計に痛みを感じてきたような気がしてきた。目を動かすと、眼球の裏側のあたりに鈍痛が走った。だけど我慢できないほどではない。


いま気がついたのだが、左目には布か包帯かが巻かれている。


「そのほかには、特には。……痛みはないです。」


「それは何より。また何かあればお申し付けください。治療のできる者は神殿に取り残されましたが、応急処置はできます。腹は空きませんか?」


「腹は……。」


片目の焦点が合ってきて、隣にいる人の顔の形がわかるようになってきた。外国人のようだ。金髪で、銀色の服を着ている。いや、銀色の服ではなく鎧? 金属製の鎧を着ているようだ。


違和感を覚え、周囲を見渡してみる。まずここは病院ではない。外だ。


地面に布か何かを敷いて、その上に寝かされている。木陰にいて、足元の方向から水が流れる音がしている。林の中にいるらしいが、木の形を見てみるとあまり馴染みのない種類だということがわかった。


実家の周りの山の中にあった木とも違うし、いま暮らしている埼玉の家の周りの木とも、形が違う。あと雑草は見当たらず、地面は枯れ葉が覆っていた。


「――ここはどこ、ですか?」


「ユグラシフェルト辺境領、城郭からは2クローツほど離れた地点です。」


え、何? どこって?


「平時であれば本日中に城壁内へ戻れる距離ですが、追手を警戒し迂回しますので、翌日までかかる見込みです。」


理解が追いつかない。そう思って俺に話しかけている外国人の顔を見た。


「しかし城郭側からも味方が索敵している模様で、城壁に近づくにつれ敵の数は減っておりますし、敵兵の遺体も転がっています。夕刻には本隊に合流できそうです。」


鎧姿の金髪外国人は、非常に美人だった。モデル、というか映画かなにかの女優か。だとしたら初めて見る。今日はツイているなぁ。


――いやいや、違う。そうではない。


映画だって? わかっている。そんな、映画のエキストラの募集に申し込んだ覚えはない。そうなのだ。いま俺が体験しているのは、あれではないか。近頃流行りの、あれではないか。


バサバサと、音を立てて数十羽の鳥が飛び立った。彼女の視線が、音のした方向に向く。


「任せた。」


金髪美人の言葉に、「何を?」と俺が問う前に、周囲から複数の男の返事。ほかにも人間がいたのかと気づいたときには、木の葉が巻き上がり鎧姿の金髪美人は姿を消していた。


鎧姿の男たちが俺の周りを囲んでいる。何が起こっているのか理解できずにいると、少し離れた場所で獣の甲高い鳴き声が響いた。どうやら、何かの動物に襲われそうになっていたのを、彼女が出ていって防いでくれたらしい。


横になったまま、鎧姿の男たちの様子を見る。鎧で顔が隠れているが日本人でないことは確かだ。ガタイが良すぎる。イノシシか何かが襲ってきたとして、この人数いれば多分大丈夫だろう。


それよりも槍の反対側についている尖った装飾が、こっちに刺さらないかが気になった。この人たち、間違えて転んで俺に刺したりしないよな……? これだけ密集していると押しつぶされて怪我しそうな気もする。


そんなことよりも、だ。考えるべきことはある。


何の変哲もない、いち社会人だった俺が、だ。


何の変哲もない一般人の俺が、事故に巻き込まれて命を落とし、どうやらいま、中世ヨーロッパ風の異世界にいるらしい。


これはつまり、「剣と魔法のファンタジー世界で、暴虐武人の限りを尽くす魔王を倒すために勇者として召喚された俺が、仲間と共に冒険に旅立つ」といった、例のあれじゃないのか、これは。いや魔法はまだ出てきていないし、魔王がいるとも限らないのだけど。兵士たちの会話に耳をすましてみる。


「――魔力感知にはひっかからなかったのか。」


「今回の作戦には、魔術兵の数が少なかったうえに、神殿での敵襲によって大半が脱落しまったからな……。」


「そもそもオークの魔力はヒュームに劣る。感知しにくい。」


「オークか……。今朝はゴブリン、昨日はこともあろうにヒュームだった。かの魔王も、勢力をよほど広げているな。」


なるほど、どうやら魔法もあるし、魔王もいるらしい。よしよしよし。ステータスを見てみよう。何か超絶すごい転生スキルが与えられているかもしれない。


……。あれ、出てこない。念じたら出る、とかではないのだろうか。レベルとか特殊スキルとか、そういうものはない感じの世界なのか。さっきの金髪美人が戻ってきたら「自分のスキルを見る方法」を質問してみよう。


「ご心配おかけしました、勇者さま! 敵は無事、打ち取りました。」


男どもの向こう側から、美人が声を投げかけてきた。近くにいた兵士が、彼女に俺の無事を伝えていた。


ああ、そういえばこういった類のラノベでは、俺TUEEE系かリアル系かは問わず、とりあえずちょっと癖のある女の子がなぜか周りにうろうろしていていい感じのハーレム的な関係を築けるのも鉄板だ。そういう意味では金髪美人さんはなかなか期待できる。


落ち葉を踏みしめる音が近づいてきた。ハーレム要員の一人が帰ってきたようだ。男どもの壁に阻まれ足元しか見えないものの、彼女は俺に話しかけているようだ。


「ご心配おかけしました。どうやら此奴も山脈の向こうから逃れてきた手合のようです。」


と、金髪美人が、手に持っていたものを地面に投げ捨てた。


落ち葉の上に転がったそれと、俺は目が合った。


……グロっ! 気持ち悪い! 見たことのない動物の生首。生首は兜をかぶっていた。開いた口からはだらりと舌がはみ出て、口と鼻からもドス黒い血が流れている。「目が合った」と表現したが、片方の目は明後日の方角を向いている。


「命乞いをしているようでしたが、少し隙を見せてみるとたちまち飛びかかってきました。まったく、魔の者は油断なりませんな。」


闊達な口調で語りかける美人の顔面や鎧は、おびただしい量の赤黒い色の液体で濡れていた。


それはそれは頼もしげな血まみれの笑顔のなかで、彼女の歯だけが白く爽やかに輝いていた。

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