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異世界魔王が強すぎて  作者: new1ro
勇者編
18/31

特訓

もう嫌だ、日本に帰りたい。訓練がキツすぎる。


ユグラシフェルトに戻ってからの訓練が、いままでよりハードになることはわかっていたし、ラキリも負荷を上げるから覚悟しろと言っていた。しかし、これは常軌を逸している。話が違う。いや言葉の上では予告どおりなのかもしれないけど話が違う。ラキリは頭がおかしい。


まず立ち会いの訓練では木剣を一切使わなくなった。実際に戦闘で使う剣や槍、もちろん模造刀なんかではなく本物の刃物が付いた武器を用いて互いに相手の身体に突き刺し、切り落としている。すぐそばに回復士が待機していて、重症を負った者はすぐに治癒・回復されて再び訓練に戻る。訓練は屋外で行われているが、訓練が終わるころには当たりは血しぶきだらけとなっている有様だ。


一緒に訓練をしている魔法騎士との手合わせ中に、俺が相手の隙を見つけたものの剣を突き立てることに躊躇したことがあった。それを見抜いたラキリは、後ろから俺を斬りつけ「なぜ殺さない!」と怒鳴りつけた。いや殺すわけないだろと思ったが、この怒号はほかの魔法騎士たちにも効いてしまったらしく、訓練に参加する魔法騎士たち全員が次第に死物狂いでかかってくるようになった。俺が唯一褒められたのは腹に槍が突き刺さって、攻撃をやめずに前進して相手の胴体に槍を突き立てたときだけだ。


治癒魔法・回復魔法がなければ何回死んだかわからない。痛覚を軽減する魔法をかけてはもらってはいるものの、生きたまま自分の身体が焼ける匂いを嗅いだり、自分の腹から内臓がボトボトと地面に溢れ出る感覚や光景は完全にトラウマだ。


一緒に訓練を受けている魔法騎士のうち顔を出さなくなった者も何人かいる。そりゃそうだと思う。回復士たちは基本的に全員1回以上は嘔吐していて、半分くらいは2日目から顔を出さない。


それだけでも十分、音を上げるだけの理由にはなるだろう。しかし俺にはこれに加えてもう1つ、周りの魔法騎士にはない苦労があった。剣や槍を振るいながら、魔術を発動させることだ。俺はまだ、この2つを同時に扱う訓練を行っていなかった。素早く動いたり、剣の切れ味を増したり、といった類の身体機能の強化・拡張といった類の広義の魔法、魔力運用は当然できている。しかし炎を出したり、魔力を光線のように放つ魔術攻撃などの狭義での魔法・魔術を、武器を用いた立ち会いの中で自在に発現することができなかった。ラキリを含めた魔法騎士たち全員が当然のように習得している技術を、俺だけがまだ身につけていない。


剣と魔法を同時に扱う行為だけでも十分に脳がパンクしそうな難易度だと俺には感じられているのに、気の狂った上官にいつ後ろから斬りつけられるかわからないというプレッシャーの中でこれを習得するのは至難だ。


目の前の敵の剣や槍を防ぐことに集中すると魔術防壁が発動せず遠距離からの魔術攻撃で身体を焼かれ、魔術防壁の展開に集中すると剣で手足をちょん切られる。こちらから魔術攻撃をしかけても発現までのタイムラグで距離を詰められ心臓に槍を突き立てられる。とにかく序盤は特に苦戦し、文字通り痛い思いを何十回もしていた。


身体を動かしながら魔術を発動し続ける難しさや、そのときの頭脳への負担のかかり方がどれほどのものなにか説明することはとても難しい。


現代日本での話を例にしてみよう。社会人になればすべての人間が経験する徹夜・深夜残業・デスマーチを例に挙げると、あるいはわかりやすいかもしれない。前世で睡眠時間が十分に取れない状況で仕事に打ち込んでいると、目の前の現実とは別に、映像というのか物語というのか、夢みたいなものが頭の中で流れたことがあった。おそらくあれが白昼夢というのだろう。まあ夜中だったりするので必ずしも「白昼」ではなかったのだが。


――で、魔術を行使するためにはその白昼夢のように、これから具現する結果をイメージする必要がある。自分の内側に潜り込んで、できるだけ具体化したイメージを現実世界に持ってくる、引っ張ってくる感覚だ。


しかし戦闘中に、頭の中に思い浮かべた妄想を現実に持ってくるということにだけ集中していると、当然剣や槍や矢や牙や、あるいは魔法に対して無防備になってしまう。だから身体は動かし続けなければならないのだが、そうしていると頭の中でイメージを作り込むことができず、いつまで経っても魔術を発現することができない。


この矛盾する2つの方向への意識の集中は、想像よりはるかに神経がすり減り、脳への負荷となる。相対するラキリや、そのほかの魔法騎士たちが難なくこなしている姿は、俺にとっては信じられない。


そんな過酷な状況下で、ずっと俺と同じ被害者だと、仲間だと思っていた魔法騎士たちにも変化が生じていた。


この過酷な訓練から逃げずに生き残った魔法騎士たちは、日に日にラキリの鬼のような指導方針に染まっている。目がみんなギラギラと嫌な光を帯びて、訓練なのに平気で殺しにかかってくるようになっていった。唯一、首を切断すると治癒や回復の成功確率が著しく下がってしまうのでこれを禁じ手としているはずなのだが、明らかに首を狙って剣を振るわれたのも一度や二度ではない。そしてラキリはそれを咎めず、むしろそんな隙を生じさせた側を叱責するし、ほかの魔法騎士たちも、そして最近では気づけば俺も、ラキリの発言を受け入れてしまっている。全員、完全に狂っている。


考えてみれば俺はずっと休憩無しなのに、相手の魔法騎士は交代しているので、それはこちらが明らかに不利なのだ。……などと言い訳ができれば、自身の正当性を主張できるのかもしれないが、魔法騎士たちはともかくラキリはきっちり俺と同じ量の訓練をこなしているから、その言い訳すら封じられている。


訓練中、背後から忍び寄った地ワニが腹に食らいついて振り回されて気を失い、魔法で復活させられたあとまだ訓練を続けるよう命じられた次の日、訓練に行くのが嫌すぎて朝ベッドの中で泣いているところをメイドさんに見つかってしまったが、恥ずかしいとも思わない。抱きしめて慰めてもらったので感謝している。好きだ。2人でラキリや魔族のいない土地に逃げてしまいたい。……冗談だけど。


……。


以上が、早朝から昼までの訓練だ。


こういうと、同じような地獄が昼以降も続くと誤解されてしまうかもしれないが、幸いにも昼からの訓練は、朝のと比べると全然マシだ。というのも昼から訓練は、帝国軍兵士たちとの合同の戦闘訓練となっているからだ。実際の軍隊に混ざっての訓練なので、少なくても獣類や竜類に突然襲われたり、背後から斬りつけられたり、といった、死の恐怖からは解放される。そんな頭のおかしい訓練を帝国軍の一般の兵士たちにも強いるわけにはいかない。


当初、帝国軍の偉い人から受けた合同訓練の説明によると「"勇者"には精密な魔術制御が要求される」とのことだった。戦場では魔術攻撃をするにあたり味方を巻き込んでしまわないようにする必要があるため、精密な制御を行う必要があるという主旨だ。しかし威力を保ちながら、魔術の発現位置の精密さを両立するのは難易度が高く、とても神経を使う。早朝からのラキリとの訓練で消耗したあとにそれを行うのは余計に疲れたし、うまくいかなかった。


その俺の様子を見たからなのか、ラキリからは威力はほどほどでいいと指示された。中途半端に威力を制御してしまう癖を身に着けてしまっては実戦で役に立たなくなるから、威力は自覚的に思い切り手を抜いてしまって、制御にだけ集中しろとのことだ。


珍しく手心を加えてもらった気がする。もしかしたら帝国軍の中央とラキリとはこの訓練の必要性に関しては意見が対立しているのかもしれない。ラキリも合同訓練にはほぼ毎回参加しているが、朝の訓練ほどは鬼気迫る様子でもないからだ。昼間の帝国軍の偉い人が列席する合同訓練において、ラキリは一兵卒・魔法騎士としてではなく、軍隊を統率し運用する側として参加しているから、クールダウンしているのだと信じたい。


そうでなければ、だ。


ラキリが本腰を入れていないように見えるのは、朝の殺し合い、――もとい朝の訓練を、本来は一日中行う心づもりだったのに、上からの命令によりそれが叶わず、嫌々昼間の合同訓練に参加しているからだ、と解釈することができてしまう。つまり、例えば「合同訓練には参加しなくていい」という命令が下されたとすれば、俺たちは一日中、頭のおかしい殺し合いをし続けなければならなくなる……。いやいやいやいや、冗談冗談。ウソウソ。ああ、びっくりした。そんな恐ろしいことはいくら何でもあるわけがない。うわー、駄目だ、駄目だ。我ながらジョークのセンスがなさすぎてびっくりする。


あり得なさすぎて、逆に笑えてきた、そんなわけないのに。あはははは!


はは……。


……。


ちなみに、この昼間の合同訓練にはヨルも参加している。ヨルは魔術兵なので魔術での中距離・遠距離の攻撃が主体だが、それでも実際に戦場の、それも前線に配置されることが多い立場だ。もともとは兵士としての通常の戦闘訓練もある程度は受けていたのだが、"勇者パーティ"に加わってからは、ラキリの取り計らいによりその戦闘訓練を免除され、平時は魔術研究に時間を割くことを帝国軍から許可されていた。


しかしディビラステラム魔王国からの宣戦布告を受け、その権利は一時的に剥奪されてしまっている。ヨルはこの決定がとにかく不本意らしい。


訓練中、とにかくため息と舌打ちが多かったし、「時間の無駄」とか「意味がない」とか「無能どもが」とか、ボキャブラリー豊富にあらゆる悪態を連発。訓練のため自軍の兵士たちに魔術攻撃を放つ際はその鬱憤を晴らすように、手加減なしであらゆる手法の攻撃を加え、訓練相手の魔術兵たちを苦しめていた。朝の訓練で俺と魔法騎士たちが、ラキリ教官の鬼のような恐ろしさに震えて泣きながら、心を殺して、一緒に訓練を受ける仲間に刃を向けているというのに、なぜヨルはナチュラルにそれができるのだろう。人格に異常があるのだとしか思えない。


昼の合同訓練には、ユグラシフェルト中の回復士たちが参加していたのだが、フル稼働に近い状況で、死人が出たとか出ないとかいう噂が漏れ伝わってきている。本当なら正式な経路で情報が伝わってくるはずなのであくまで噂だと信じているのだが、そういた問題行動を起こせば訓練から離れられるとでも考えているのだろうか。


しかしそんな血も涙もない魔王のような振る舞いをするヨルの姿は、いまはなくなっている。ユグラシフェルトでの合同訓練が始まり最初の休息日が明けると、ヨルは訓練には顔を見せなくなっていた。


「敵軍に甚大なる打撃を与える魔術兵器開発に奮励」するため合同訓練参加の日程を繰り上げ、城郭内の帝国軍工廠へ籠もっているらしい。なんでも軍上層部へ兵器の試作品を持っていき直談判したそうだ。帝都での会議に反する内容だったのだが、ラキリをはじめとする魔術に明るい士官・将校を味方につけて決定を覆したとのこと。まあ、もしかしたら、現場の兵士たちからの嘆願があったのかもしれない。先の「血も涙もない魔王ような」という表現は、兵士たちが話しているのを俺が引用した。


まったく、自分の欲求に忠実なやつだ。だけどその行動力は見習うべきなのかもしれない。俺は行動を起こすことができず、そのまま辛い訓練の中で疲弊してしまっているのだから。


……。


ああ、あと、この昼間の訓練を終えて夕方になると残った魔力をすべて使い切るまで魔法を放つ訓練を行う。上空はるか高くで大爆発を起こす。コンディションによるが3〜4発で魔力が空となり、そのあとはフィジカルな体力だけで走って城郭に戻る。朝の訓練に比べて精神的には辛くはないが、毎日体力の限界まで使い切きるので、夜の診察を受けたり食事をしたりする際にそのまま気絶してしまい、ベッドに運ばれていることがたびたびある。


別の話だが、体力を限界まで使っているので、当然のようにロジェの身体の一部は若さを主張していて、これも毎朝2人のメイドさんに見られているはずなのだが、それについて恥ずかしくも嬉しくも、何も思わないくらい、俺の精神はすり減ってしまっている。


……。


魔王軍四天王の何とかという……、えーっと……。名前何だっけ? そいつが、魔族の軍勢を率いて攻めてくる前に俺の頭がどうかしてしまって2度目の転生をしてしまう可能性もあるな。ははは。


我ながらジョークのセンスがなさすぎてびっくりする。

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