帝都招集 (3)
帝都での訓練や座学は日頃のラキリとの訓練に比べると楽で、反面、学びが多かったように思う。
戦場における軍隊・集団としての魔術の運用方法については俺はほとんど知識がなかったので、戦場でどのように振る舞うべきか以前よりも見えてきた気がする。
しかし座学はヨルにとっては退屈な内容らしく、どこか上の空。時折、木板や布や紙などに走り書きをしたりするが、座学の内容とは無関係のようだった。興味がないことをあからさまに態度で示してしまっているので、隣に座る俺からすると気が気ではない。
訓練では魔術の実地だけではなく、跳んだり走ったり、殴ったり殴られたりという内容も含まれていて、俺にとってはこれも楽だったのだが、ヨルは普通に大変そうだった。魔術兵であるヨルは、もともとは最低限の体術や身体的な訓練を受けていたはずだが、"勇者パーティ"に引き入れられてからは免除され長らく身体を動かしていなかったからだろう。
高慢な態度で日頃イラつかされている俺としては、そこで溜まった鬱憤が晴れるような気もしたものの、ヨルにとって、そして今回の作戦にとって本当に意味あるのだろうかという疑問は生じた。まあ偉い人たちの決定に俺が意を唱えるほどのことでもない。
同じ訓練に参加しているのは貴族出身の士官ばかりで、意外ということもないのかもしれないが、彼らには一様によくしてもらった。ユグラシフェルトでの例もあったため、帝都の貴族の子弟というからには、外面だけのいい性格のねじ曲がった陰険な策略家ばかりなのだろうという偏見を俺は持っていたがそんなことはなかった。
あり体にいって、帝都の貴族はみんな良いやつだというように俺の目には映った。みな国教会の信徒というから、まあ納得できた。
そんな彼らと仲良く参加していた訓練も2日後には終わる。ユグラシフェルトへ戻ることが決まった。どこか寂しさを感じながら、俺は帝都での最後の休息日を自室でダラダラと過ごしていた。
昼前に部屋の外に出てみると、家令や使用人たちが忙しそうにしていた。ここ数日はずっとこうだ。夜にはユグラシフェルト領主の邸宅で酒宴を行うことになっているのでその準備だろう。
邸宅の中にいても邪魔になりそうなのと、何もせずに座っているのはバツが悪いので庭に出てみた。
庭には、よく貴族の人たちがお茶会をしているような、屋根付きの建物――、西洋風東屋とでもいうのか、そういうのがあってそこの椅子に腰掛けた。フラースは「1人で考えごとをしたいから」と伝えたので少し離れた位置にいる。
考えたら、1人になるのは寝るとき以外は久々だ。帝都ではずっとフラースが脇にいて、いろいろ……、いや本当にいろいろな世話や手配をしてくれたし、帝都での訓練では数日だけだったが帝都の士官たちと一緒にいた。普段より気を張ったところもあったけど、帝都はおおむね楽しくはあった。
そういう風に帝都での生活を思い返していると、ソフィアが近づいてきているのが見えた。小さく手を振っている。
「掃除するから外に出てろって?」
フラースたちが見ている手前、というのもあり、俺は立ち上がって椅子を引いた。ソフィアが腰を掛けたあとで再び座る。
「そんなことないですよ。いい天気だったので。」
「……明後日までだね。ここにいるのも。最初は帝都の貴族連中と一緒に訓練受けると聞いて身構えていたけど、いいやつばっかりでさ。俺ももうしばらくはいたいと思うよ。訓練楽だし。」
「ふふふ、ラキリに言いつけますよ?」
「いや、ラキリが教官としてそれだけ熱心ってことだよ。そっちは?」
「そうですね、大勢の方に訪ねてきてもらって、退屈はしなかったです。お屋敷のみなさんとも仲良くなってきたところだったから、寂しいです。もう少し居たかったなぁ。」
普通、修道士が帝都に逗留するなら、教会か国教会の持っている屋敷が充てがわれるらしいのだが、"勇者パーティ"の一員としての回復士・ソフィアは領主の館に世話になっている。そのせいで最初は行き違いもあったようで、ソフィアを訪ねる人はみな教会へと向かってしまっていたらしい。
ソフィアを訪ねてくる人がどういう者かというと、国教会や帝国のお偉方はもちろんなのだが、ユグラシフェルトで彼女に命を救われた者やその家族もちらほらいる。
つい先日も、ユグラシフェルト領主の邸宅に務めていたという老婆が訪ねてきて、涙を流し手を握りながらソフィアに感謝の言葉を伝えていた。聞けば、エルミロイ要塞で北海魔王の軍勢と対峙した兵士の中に彼女の息子がいたらしく、ソフィアの魔法によって命を救われたのだという。
ユグラシフェルトでは彼女の名は知れ渡っていて、街で一緒に出かけると「あなたに命を救われた者です」とか「夫の病を治していただきありがとうございます」とかいう言葉をかけられることもしばしばだ。しかし帝都でも聞きつけてくる人がいるとは。改めてソフィアに感心した。
「いや、でもみんなちゃんと自分の役割をこなしているよな。ラキリもヨルも、ソフィアも。……俺は特に何もしていなかったな。」
「トサカも、市中の病に罹った方々を助けているじゃないですか。立派なことです。」
よけいに心が痛む。ごめんソフィア、癒やされているのは俺のほうなんです。結局あのあと2回は我慢できずに通ってしまいました。
「訓練きつすぎて、普段は嫌だと思ってるんだけど。こうもダラダラしていると不安になってくるよ。……いや駄目だ、ラキリに洗脳されてる。ああ、もっと帝都でダラダラしていたかったなぁ!」
「もう、またそんなこと言って。」
頃合いを見て、フラースがお茶を淹れて持ってきてくれた。ちょうど口さみしいと思っていたので助かる。ソフィアでも食べることのできるお菓子もある。さすがだ。
お茶をすすりながら、再びボーッとしていると、ソフィアが再び口を開いた。
「トサカは、怖くはないんですか?」
「ん?」
「もうすぐ魔王との、魔族との戦争が始まろうとしているのに、トサカを見ていると普段どおりなので。……私、怖くて。」
そうか、今回の戦争では、戦況によってソフィアも前線に出ることが決まっている。戦闘向きの能力を持っていない彼女はより怖いはずだ。いや、他人事のようにいっているが、怖い怖くないでいうと俺もソフィアと同じはずなのだが。
「何でだろう、まだ実感がないのかも。」
ソフィアの表情は暗い。返事もないからそのまま続ける。
「四天王――、いやディビラステラム魔王国・東部方面軍首領だっけ。書面でのやりとりだと、当初は俺と、そのソニタリオスとの1対1の殺し合いをして、それで手打ちにしようという話だったんだよな。なぜだかそれを断ってしまったから、全軍で相手しなければならなくなったと。死ぬ人間の数はそっちのほうが多いはずなのに、何でそうしなかったのかな。上も何を考えているんだか。」
会ったこともない軍や帝国の上層部への悪態をついてみる。
「それは、いまトサカを、……勇者を失うわけにはいかないからです。」
「まあ、まだ頼りないと思われてるんだろうな。いや、俺としては助かるけどさ。」
「そんな……。トサカは立派に、勇者としての役割を果たしてます。エルミロイでもそうでした。」
ソフィアはほとんど口をつけていないお茶の入ったカップを見ながら、言葉を続ける。
「アルレアの勇者が、討たれたという話は聞きましたよね?」
「ああ、ラキリがそう言っていたね。大した戦果も上げずに死んでしまったんじゃないか、とか何とか。」
「それが、どうやらアルレア側の主張のとおり、北海魔王の国での遠征ではそれなりの戦果を上げたようなんです。」
「へえ、そうなんだ。」
「アルレアの勇者は、トサカ、あなたより5年前に召喚されました。非常に聡明で、強く、兵を率いるに足る方だったと聞きます。」
ソフィアは、目を伏せながら言葉を続ける。
「近ごろ山脈のこちら側で、特に海沿いの集落が魔族に襲われているという話を聞いたことがありませんか? その犯人が北海魔王の手勢だということがわかったため、アルレアの勇者は精鋭の仲間と一緒に北海魔王討伐のための遠征に出たそうです。その結果、山脈の向こうで実際に北海魔王配下の強敵を何人か討滅できたみたい。」
「それでも、敗けた。」
「そう、魔王に辿り着く前に。トサカより、ずっと前に召喚されて戦場で活躍していた方が、です。」
「いや、恐ろしいね。魔王は。とても勝てる気がしないよ、ははは。」
「私もそう思います。」
「え……、そんな直接言われると、それはそれで傷つくんだけど。」
ソフィアは答えない。フォローもなしか……。え、何これ俺をディスりに来たのか?
「魔族について、トサカはどれだけ知っていますか? ……私はラキリから聞きました。ラキリは、昔山脈の向こう側へ遠征したことがあるそうです。」
初耳だ。
「少人数で偵察が主なお仕事で、魔族と戦ったりはしなかったと言ってました。それで、魔族同士の戦争が行われた場所を見る機会があったそうなのですが――。」
ソフィアは、言いよどみながら言葉をつなげる。
「『山が1つ無くなっていた』って、言ってました。ドラゴンの死骸も数多く混ざっていたと。」
「山が無くなるって……。おおげさに言っているんじゃないの?」
「ちょうど丸く、山の形がえぐれていて、ラキリたちが到着してからも、少しずつ崩れていたそうです。火山の噴火では、あんな形にはならないと。」
何だそれ、ビームか何かで山に穴を開けたということか。
「トサカは強いです。魔力の量だけなら、ラキリよりも、ヨルよりも、何倍もあります。遠征でも、最近は全然怪我もしなくなってきました。……だけどまだ、山を1つ無くしてしまうような桁違いの強さに対抗できるほどの力は持っていない。今回の敵は、これまでとは違います。魔王に次ぐような強い敵が、魔族の軍隊と一緒に攻めてきます。そういう戦争です。そして敵は、おそらく勇者を狙ってくる。」
「だったらなおさら、俺1人を差し出して手打ちにしたらよかったのにな。そんな強い連中がいるんだったら、何千人、何万人の兵士で戦争なんかしなくたってよかったのに。そのほうが人が死なずに済む。」
ソフィアの顔がこちらを向いた。
「いや、俺1人の命でどうにかなるなら、得な取引なんだと思うけど。最悪、俺1人の犠牲で帝国全体が守られるのならさ――」
「か、軽々しくそんなこと言わないで!」
珍しく怒ったような表情だが、目が潤んでいる。
「自分が犠牲になれば、なんて。私は――、……あなたの周りにいる人はそんなことを望んでません。勇者としての務めは、死んでしまうことなんかじゃ……。」
「いや、俺も別に死ぬ気はないけどさ。」
「そうです。そのはずです。だから、冗談でもそんなこと言わないで。……こんなところで、終わっては駄目です。もっとずっと生きてみんなと……、いえ、勇者として成すべきことがあるはず。」
ソフィアはどうにか言葉を選んでいたが、この世界に来てこんな想いぶつけられたのは初めてだった。「身命を賭して勇者としての務めを全うします」と皇帝や教皇の前で宣言したばかりだ。帝国軍のなかにいるとそれは尚更だ。帝都にいる間はラキリの下での激しい訓練を逃れられて嬉しい、なんていうことを思いながら、頭の片隅にはこれが最後になるかもしれないから、悔いの残らないようにしておこうという気持ちもあった。
だけど改めて、実感できたかもしれない。
「俺は別に死ぬつもりなんかないし、諦めているわけでもないよ。エルミロイでも勝つことができたし、まあ、ラキリに従っておけば大丈夫でしょ。ユグラシフェルトに戻ってからは、たぶんこれまでより訓練がキツくなるだろうから、いまのうちに頭を空にしてのんびりしておこうと思ってさ。だけど少しダラけすぎていたかもしれない。」
ソフィアが鼻水をすすり始めたので、ハンカチを渡す。ラキリのマネだった。いつだったか、泣いている女の人にハンカチを渡して、その晩いい関係になっているのを見て「いつか俺も」と思い持ち歩くようにしていたのだが、こんな場面で役に立つとは。
俺1人が死ねば、なんて俺も本気で言ったわけではなかったが、ソフィアの涙の前に馬鹿なことを口走ってしまったと後悔した。
帝都で放蕩三昧な暮らしをして、もしかしたら薄らいでしまった"勇者"としての自覚がもう一度芽生えたような気がした。いや、それよりもソフィアのために、仲間のために、俺は生き残らなければならない。
魔王を倒す、その日まで。




