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異世界魔王が強すぎて  作者: new1ro
勇者編
12/31

エルミロイ要塞防衛戦 (5)

高校の世界史の授業を思い出す。


第一次世界大戦は、戦車・潜水艦・毒ガス・機関銃などの新兵器が初めて大規模に投入された戦争だったと、そういう説明をしているときに、そのなかでも最も残酷な兵器は「鉄条網」だったと先生が語っていた。機関銃などその他の兵器と組み合わせることで甚大な死者を生み出してしまったからということが、何かの本に書いてあるらしい。


当時はいまいちピンとこなかったが、いまになって理解できる。


遠距離での攻防の最中、こちらは位置を特定されずに敵陣の戦力を削ることができていたが、埒が明かないと踏んだのか、魔族の歩兵や騎兵が散開した状態での進撃を始めた。頃合いを見てヨルが魔術を発動すると敵の足場の地面が液状化し、彼らの身体の半分が沈んだあたりで再び固まった。


魔族の敵兵の半身が地面から生えているような地帯が、サッカー場5枚分くらいの広さで続いている。エルミロイ要塞を訪れるたびに、ヨルがコツコツと、魔術発動のための装置を埋めて用意していた仕掛けらしい。逃げられなくなった兵士たちは、ワイバーンに襲われてその身体を食いちぎられている。


要塞で捕まえたワイバーンはまだ健在で、いまは敵陣と俺たちの間の上空を旋回し、狂乱の音を出し続けている。敵もワイバーンを狙って遠距離の魔術攻撃を加えていたが、攻撃はすべて空振りとなっている。きっとヨルが何かをしていて、攻撃が当たらないようにしているに違いない。敵もそれを察したのか、上空への攻撃はもう止んでいる。


空中と地上、2つの標的をわけることによって攻撃を分散させることをヨルと俺は目論んだが、敵は現状、空中を捨て、地上に狙いを絞っているらしく、俺とヨルへの遠距離での魔術攻撃が相次いでいた。


しかしヨルが作り出したドーム状の魔術防壁はそれらすべてを通さない。魔術防壁にはじかれた攻撃は彼らの味方だけを殺していた。


阿鼻叫喚の中を、ヨルは悠然と歩き、俺はそれに追従する。防壁の外に出てしまったら、まともに攻撃を受ける。だからヨルから離れないように注意をしているが、正直こいつのそばから離れたくて仕方がない。


「――敵の魔術防壁の練度は確かに高いが、軍隊としての警戒が魔術による直接攻撃に偏りすぎているのが問題だな。少しだけ正攻法でない手段を使うとこれだ。ハハハ。おかげで実験がいくつもできるから感謝しなければね。おい見ろ、あそこにいるのは竜人か? まだ動いている。さすがにしぶといな。フフフフ。熱への耐性があるからなのかな? 天幕ではないだろう、あれは。やはり耐性だろうな。うん、うん。あとで調べてみよう。それで……、魔力の力場への干渉の妨害を大規模展開する術式は、ヒューム側では仮説もなかったが、魔族側は実現にまで到達していることがはっきりした。私の防壁にも1層追加できるが、指向性の問題は残るな。そのあたり、敵がどのように運用しているのか。術者を複数名用意して、遮断と出力の役割をわけているのであれば魔力消費が激しすぎるからあまり賢い方法とは思えない。何かうまい手があるのだろうが、しかし魔族側の魔術師の層の厚さを考えると力押しでそのような運用をしていることも考えられないでもない。まったく恐ろしいね? ハハハハ。あと一歩のところで発現できなかった防壁での魔力吸収の課題も、解決の糸口が見えた。いやこれは論文1つには収まらないよ! フフフ、帰ってから忙しくなる。」


ヨルは興奮した振る舞いで、延々と言葉を発する。ご丁寧に魔法が命中したときの爆音は、ヨルの術式によってノイズキャンセルされ小さくなっているので、声はずっとクリアに聞こえている。魔族側とヒューム側とでは、魔術研究に関する交流がほぼなく、それぞれ独自に進化発展しているらしい。だから敵方の魔術について、ヨルはとにかく関心があるようだ。


未知の魔術運用を前にした探究心と、そして自身の考案した殺戮のための魔術がどれだけ通用するのか実践できているのが嬉しくてたまらない様子だ。そのテンションのまま彼女の中でも考えがまとまっていない状態で思いついたそばから喋っているから、いつもより輪をかけて話題の脈絡がなくなってしまっている。だいぶ前から話の内容を頭に入れてはいないものの、それでも聞かされる側としてはもう、うんざりしている。


ただ、延々と聞きたくもない魔術の講釈を聞かされているということが、ヨルから離れたい理由ではない。


周辺で絶命している敵兵は、ワイバーンに食い殺された者、気圧を操作されて目や耳や鼻や口から臓器が飛び出してしまった者、大気中の酸素を奪われ窒息した者、中距離の魔法攻撃の的にされ穴だらけになった者、酸をかけられて身体がドロドロに溶けた者、どういう仕組みか身体がボロボロに崩れている者、と様々で、ヨルは嬉々としてその殺戮を行っている。一緒にいるとそれに加担しているように思えていい気分ではない。


「よし、次はこのあたりだ。まだ生体も多い。」


そう言って魔力を展開。20体ほどの魔族を黒いドームが覆い、しばらくすると激しい悲鳴や叫び声が聞こえる。黒いドームがなくなると、中にいる全員が身体から湯気を立てて絶命していた。


「"デンジハ"による生体組成の水分の沸騰は、……今度は成功だな。フフフ。いや今日だけで術式の修正箇所もわかった。"デンジハ"自体は、少ない魔力で発現するのがいい。天幕にかかる魔力量を下げることができさえすれば、すぐに実用にも足るね。礼を言うよ、トサカ。」


少し前に、3人に電子レンジの話をしたのがきっかけになってしまったらしい。仕組みを聞かれて電磁波で水分子を振動させて熱を発するというように答えた。そのあとはソフィアあたりと料理の話でもをしていたように覚えているが、ヨルは俺から得た知識を殺人のための魔術に昇華して、しかもいま目の前でどんどん効率的にブラッシュアップされていっている。こんなはずじゃなかったのに……。


心配はもう1つ。放射線だ。電磁波の波長を好き勝手にいじられると放射線を生み出してしまうこともあるはずだから、とにかく光、可視光より短い波長の電磁波を作らないように強く念押しして伝えたが、この様子だとやりかねない。


というかそもそもヒュームと、エルフとで可視光は同じなのか? こいつ、というかエルフはやたら耳がいいようだから不安になる。……いや、帯域が全然違うから大丈夫なはず。物が透けて見えたりするとかいう話は聞かないし。とにかく帰ったらもう1度念押ししよう。


不意に、ヨルの歩みと、不愉快なおしゃべりが止まった。


「何か来る。」


右前方に目を向けると、30体ほどの獣が地上を駆けてきていた。いや魔族、獣人か。四足で走っているが、鎧を身に着けていたり、武器を持っていたりする。


いよいよ俺の出番か。そう思い行動に移す前に、ヨルの手が俺を制した。


「まあ待て、今回はまだ魔力に余裕がある。もう1つ2つ試したい。」


防壁の外面から、魔力の反応光。光は防壁の表面をつたって前面の一点に集約し、獣人たちへと発射される。1本、2本、3本、と連射。土煙が上がり獣人が吹き飛ぶ。しかし獣人たちの突進は止まらない。魔術防壁を使っているわけでもなさそうなのに、致命傷を負っているようには見えない。強い魔力を持っているらしい。当然ヨルも気付いたようだ。


「ん? 威力が足りないか。次だ。」


獣人たちの上部に反応光。爆破。その後に何かの破片が飛び散って、いたるところで炸裂している。これはさっきよりもダメージがあったようだ。効果を確認したヨルは続けて、2つ目、3つ目を繰り出す。


獣人のうち10体ほどは脱落した。しかし残りの20体は依然そのままの速度。まずい、この調子だと爆破だけではすべて倒しきれない。槍を握る手に力が入る。


その瞬間、足元から衝撃が襲った。地面自体が盛り上がっている? 何かが、地面の下から俺とヨルを押し上げている。


下から押し上げてきたものは、何かの手のようだった。生き物の手ではない。土自体が腕の形をつくり、魔術防壁を握りつぶそうと力を込めている。ゴーレムとかいうやつだろうか?


わからないが、とにかく手のひらとそれぞれの指の内側にはトゲが生えている。ヨルが下方向にも防壁を展開していなければ、初撃の時点でやられていたかもしれない。俺とヨルを捕らえる巨大な手の指の数は、1本、もう1本と増えて、握りつぶすための最適な形を探して姿を変えているようだった。


流石にヨルも意表を突かれた様子を見せた。しかしすぐに立て直す。球状に展開するヨルの防壁の外側へ透明な液体が溢れ出す。ジャブジャブとした液体は巨大な手と腕に吹き付けられて、染みていく。すると腕は、ボロボロと形を崩していった。


「やつらの、力場への魔素の干渉を妨害する仕掛けを応用した。やはり液状のほうが効果は高いように見えるね。」


腕はただの土や石に姿を変えていき、地面に落ちる。俺とヨルは球体の魔術防壁の中、そのまま空中に留まった。獣人たちは、何か言葉を交わしながら走る速度を落としていた。立ち止まり、武器を手にしている者もいる。


「獣人は、こちらの注意を逸らすためだったのかな。」


「それだけではない、見てみろ。地面が掘り起こされている。」


魔術により地面がところどころ起伏している。ヨルによって埋められていた魔族の生き残りが、地面から這い出てきた。腕を生み出した魔術と同系統だろう。死体も多いが、生きている者も多い。ここにきて、動ける敵兵の数が増えてしまった。いやこれ、なかなかまずい状況では? 地面に降りたら敵に囲まれてしまうぞ。


敵陣のほうに目を向けると、第2、第3の獣人の群れが迫っていた。ますますまずい。しかしヨルを見てみると、俺ほど焦っている様子は見られなかった。


やや不機嫌そうな顔。せっかく埋めていた魔族たちが這い出てきたのが気に食わないようだった。周りを取り囲まれようかという、この期に及んでずいぶんと余裕があるように俺は感じた。やりたい放題しているところに水を差されたといった様子。


しかしやがて、諦めたように目を細めて、ゆとりのある明るい口調で語りだす。


「フフ、怖い怖い。地上で襲われたら無事では済まないね。この高さまでは追ってこれないだろうが、今回の敵は底が知れない。できるうちに一気に片付けよう。」


ヨルは地上の兵士たちを見下ろしながら、今日はじめて杖を握った。帝国軍式ではない魔術を使うようだ。詠唱を始めると、地上に煙が立ち込めて、魔族たちの姿を隠した。煙の中から、魔族たちのどよめき声が聞こえる。


「何? また毒?」


「いいや。霧状に生成した燃料を散布している。」


ヨルは地上を見下ろしながら、俺に顔を向けずに答えた。しかし、彼女が笑みを浮かべていることが、俺にははっきりとわかる。


「数の多い敵には、やはりこれが一番だな。」


ヨルが空中に手をかざすと火球が生じて、十分な大きさになったところで地上へ落ちていった。火球は地上の燃料に引火し一気に燃え広がる。地上の辺り一帯が炎に包まれ、明るくなった。魔族の兵士たちが炎に巻かれている。ゴブリンやオーガ、獣人、そのほか種類のわからない魔族と生き物。ところどころにワイバーン。再び生じる阿鼻叫喚。


いまの攻撃で絶命しなかった者は意外に少なくはなく、しかしその全員が火の苦しみにのたうち回っている。ヨルは淡々と次の攻撃への準備と移っていた。再び始めた詠唱を終えると空中に無数の魔法陣が現れ、地上に向かって無数の光線が放たれた。近場の敵から順にどんどん倒していき、しばらくすると遠くで立ち止まっていた獣人たちを狙い始めた。出力は地上を狙うものよりも強いようだった。地表が爆ぜて、獣人の身体が宙を舞う。あまりに一方的な展開。まるでシューティングゲームのようだ……。


「アッハッハッハッハ! この距離だ。獣人といえど手が出せはしない! 見ろ、トサカ。獣人どもがゴミのようだ!」


振り返ったヨルの顔は、魔力反応光と炎に照らされて邪悪といっていい風貌となっている。俺はこの世界に平和をもたらすために召喚されたと聞いた。こいつを討伐したほうがこの世界は平和に近づくのではないだろうか、とすら思えてくる。


魔法の光線が獣人たちを狙い撃ちにし続けているなか、ヨルは戦場から目を放し、黒板を開いている。次の魔法の手順を確認するため、魔力量を計算しているようだ。計算式を何度か書き直している。少しだけ悩んでいるような面持ちだったが、それもどこか楽しんでいるようだ。


チョークを握るヨルの手が止まった。


「……トサカ、君の魔力の残りはあとどのくらいだ?」


「ん? 魔力量? さっき伝えただろ、半分――」


いや違う。質問されて気がついた。俺の魔力は8割程度に回復していた。


「いや、8割だ。回復している。」


「そうだろう、そうだろう! これだけ死体の数があるわけだからな!」


ヨルは何とも嬉しそうに舌なめずりした。目に魔力が込められているのがわかる。わざわざ質問しなくても、彼女はすでに俺の魔力量を把握できていたようだ。


「魔力はなぜ回復した? 誰のおかげだね? ん?」


「ヨル先生にもらったマントのおかげですが……。」


ヨルの今日一番の笑顔。


「よしよし、わかっているじゃないか。トサカ。それなら断れないよな? 君の魔力を私に預けてくれ。敵陣攻略を私が実行してやろう。」


「魔力供給は、魔力消費が激しいから使わないんじゃなかったのか?」


「そうだな! 普通はな! フフフ。この魔道具を作るにあたり、私がそんな問題を放置すると思うか? いやもちろん実践は初めてだが。理論上問題はない。いいから早く。増えた分はもらうぞ!」


理論上問題ないという言葉のあとに、ろくなことになった試しがない。そんなもん、もちろん拒否だ!


「がっ……、あっ……?」


何だ、急に。身体が動かない。こいつ、俺に何か術をかけやがった! ヨルがぶつぶつと呟きがながら、俺に近づいて押し倒す。


「――制限を解除し一時的に生体間の供給を許可。固有魔素間の差分を抽出。……完了を確認。……魔術師ヨル=ミレツバウムの名において実行する。魔力供給開始。」


……何だこの感覚は。うわっ、気持ち悪い! 皮膚の裏側がぞわぞわする。そして目眩がする。視界が歪む。吐きそうだ。いや実際、俺の身体の中から魔力が吸い取られていっていることが感覚としてわかる。


「フフ、フフフフフ、ハハハハハハハハ! 何という魔力量だ! やはり私の仮説は正しかった!」


それになんか熱い! 痛い痛い痛い! ……くそっ、魔導熱だ。火傷してる! これ絶対火傷してるって! 熱い!


「ふ、ん、んんっ……、 もう少し……! もう、少し……、う、フフ、あと少しだ!」


「ぐっ……。……!」


止めるよう、叫ぼうとするが声が出ない。というか息ができていない。離せこのバカ! 俺が死んだらお前処刑だぞ! 気が狂ってるのか?


唐突に、魔力の流れが止んだ。息を継いだ途端に嘔吐。最悪だ。


供給された側のヨルの方も無事ではなかったようで、息が荒く咳き込んでいるが、恍惚とした表情。自身に回復魔法をかけ、その次に横たわっている俺にも同様に回復魔法をかけて、そのまま語りかける。


「はあ……、はあ……、フフフ、フフフフ、こんな……、膨大な魔力量、経験したことがない。ハハハ、実にすばらしい! いい気分だ。」


ヨルは座ったまま目的である北の陣地へ目を向ける。望遠鏡は使っておらず、ヨルの片目の前に魔法陣が生じている。


「しかし、……はあ、ごほっ、しかしトサカ、魔術の師として君に言っておかなければならない。これほどの魔力を持っていながら、君はそれをまったく使いこなせていない。キルステンの最後の徒弟でありながらだ。……いいかトサカ。 君の魔術は魔力量にかまけただけの力押しだ。万物の物理を理解し、然るべき手順を踏め。そうすれば何倍もの効能を得ることができる。」


黒板への記述を見返したヨルは、北の陣地を見据えたまま、俺に告げる。


「見ていろ、これが魔術だ。」


ヨルが詠唱を行った。詠唱は、普段使っている帝国軍式にはないので、別の系統の魔術を使用していることは理解できる。しかしどこの、何の魔術なのかはわからない。


敵陣上空で魔力の反応光。即座に魔術防壁が反応したものの、空中で崩壊した。再度防壁が構築されようとするが、同じように失敗している。防壁のあたりに、反応光とは別の光があり防壁の中へ砕け散っていく。


防壁の上空は巨大な魔法陣で覆われている。魔法陣に対して敵方の陣地から魔術攻撃が行われたが、何ら変化はなく、その直後に敵陣で爆発が生じた。


俺が要塞の上でワイバーンに向けて放ったものよりも比較にならないほど大きい。辺りが昼のように明るくなり、目が開けられない。わずかに開いたまぶたの隙間から、衝撃波が土煙を巻き上げながら、猛烈な勢いで迫るのが見える。またたく間に衝撃。次いで爆音。大気がビリビリと揺れ、防壁の中でも振動が伝わる。


振動と土煙を抜けると、敵陣の合った位置には、炎で照らされた煙の柱が、雷光を帯びながら夜空へと立ち上がっていた。ところどころにあった雲にはぽっかりと穴が空き、爆心地から同心円状に広がっていく。炎で身を焼いたワイバーンたちが地上へと落ちていき、土塊や、なにかの破片が小雨のように降り注ぎ続けている。


「クックック、フフフフ、ハハハハハハ! 見たかトサカ! これこそが魔術だ、魔法だ! 1撃で壊滅だぞ。こんな力が! こんな力が私の手に! アッハッハッハ! ついに実用に成功した! 魔力供給だ! キャッハハハハハハハハ!」


俺が要塞で使った魔術と違い、「爆発を起こす」ための正しいプロセスを通った魔法だと威力がここまで違うのか……。俺が把握できただけでも、3つ以上の工程を経ていた。帝国軍式に、おそらく系統の異なる古典魔法を別々に組み合わせて、威力を最大化したことがわかる。ヨルが並の魔術師では到達できない域に達していることは誰の目にも明らかだろう。


……なんて、ヨルと俺との間にある魔術としての技量の差を殊勝に理解する前に。


こいつマジでいつかぶち殺す!


その決意だけは刻み込んでおく。"勇者"の魔力を奪うだなんて、絶対に何らかの軍規違反だ。あとでラキリに言いつけてやる。


すでにヨルが俺にかけた術は解けていることに気が付いた。ヨルの雑な、傷口をぞうきんで拭うような回復魔法は一応効果はあったらしく目眩も多少マシにはなった。ふう、落ち着け、いまは作戦中だ。喧嘩をしている状況ではない。


高揚した様子のヨルは、こちらに尻を向け地面に敷いた黒板に勢いよく結果を書きなぐっている。


敵陣は、ヨルのいう通り壊滅しているようだ。さっきまでいた魔族の兵士たちは姿を消していた。上空へ魔力感知。ワイバーンもいない。目視でも。


北側の陣地の攻略という任務は達成した。本陣には動きはない。事前の作戦会議では、川を渡る動きがあり与力があればそのまま交戦、そうでなければ要塞へ戻る、という手はずとなっている。


魔力の確認をする。……残りは半分より少ない。いや、要塞を出たときより確実に減っている。こいつ何が『増えた分はもらうぞ!』だ。余計に奪ってるじゃないか。


何なんだ、こいつマジで。


はあ、……しかしこれで、敵に対する力の誇示は十二分にできただろう。実際に最大の驚異だったワイバーンはその大部分を倒した。北の陣地は兵士もワイバーンも全滅のはず。


ちなみに軍隊で「全滅」とか「壊滅」というと、部隊としての作戦行動が不可能になったことを意味していて、半分くらいの人員を残していても「全滅といっていい損害」などと表現したりする。これは前世で得た知識の中でも、この世界でも共通だ。


それでは生存者が1人もいないような状況を指し示す言葉は何かというと、少なくてもメルトグラニア帝国の軍には、それを定義づける用語はない。


そんな状況を、ヨルは作り上げてしまった。


要塞へ撤退してもいいだろう。あの爆撃を見て、敵方の戦意が維持できるとも思えない。「もういい要塞へ帰ろう」と、ヨルに撤退を打診しようとした、そのときだった。


"全滅"したはずの敵陣の跡地から、何かが凄まじい速度で飛んできている気配を感じた。


ヨルにも、俺にも油断があり、感知するのに遅れてしまった。ヨルは敵陣の方向に魔術防壁を展開したが、間に合わない。ヨルを後ろに引き倒し、剣を抜きながら前に出る。


防壁が破れる衝撃と、剣で受けた衝撃はほぼ同時だった。飛んできたものは軌道をわずかに変え、防壁の外へと貫通していった。


剣で受けた瞬間にわかった。あれは槍だ。この位置を正確に狙って――、いや、問題は威力や正確さだけではない。あの爆撃を生き残り、槍を投擲することができるだけの戦闘力をまだ保持している者がいることに驚嘆した。槍の威力をまともに受けて、まだ手がしびれている。


防壁が解かれ、浮遊の魔術も解除された。防壁の内側に切り取られていた地面と一緒に落下する。この状況で落下はまずい。移動の方向と速度が予測できる。……狙い撃ちになる。


槍が飛んできた方向に目を凝らす。確かに何かがいて、そしてもう1投、やりの投擲の助走に入っていた。


「来るぞ!」


すると、ヨルは返事の前に魔術を使った。足場だった地面が、バラバラに崩れて人間の形になった。同時に上部に魔術防壁が構築される。


「下に跳べ!」


ヨルの胴体に手を回して地面に跳ぶ。その瞬間、上に残した土塊を槍が正確に射抜いた。


着地。衝撃でヨルが呻き声を上げた。頭や首は守ったから死にはしない。そのまま、腕に魔力を込めて地面に向けて思いっきり殴りつけた。地面にできたくぼみにヨルと逃げ込む。


「ヨル、無事か?」


ヨルは首肯した。顔をしかめながら。

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