エルミロイ要塞防衛戦 (4)
ラキリは1名見繕った臨時の副官とともに物見台に残った。俺とヨルは物見台に降りて準備が整うのを待つことになっている。
ヨルは作戦会議の前に捕まえていたワイバーンの元へ向かった。事前に手近な兵士に命じてワイバーンの首に鎖をつけている。ワイバーンは薬で眠らせていたが、ほかの兵士に殺されたりしないよう、その場にいることを命令されていた兵士は顔が真っ青になっている。かわいそうに。
兵士は、ヨルに引き渡しを済ませると、逃げるようにその場を立ち去った。いや実際この場から逃げたかったのだろう。直前にラキリの上官としての手腕を見せつけられたばかりに、ヨルの横暴さがいつもより余計に目についてしまう。
もともとヨルは思惑がありワイバーンを捕獲していたらしいのだが、作戦立案の会議中、要塞から外へ出る際に利用することが決まった。裏門は要塞へ入る際にラキリが破壊し魔法によって塞いだから使えない。ワイバーンがいなければ北側の壁から飛び降り徒歩で移動することになっていた。
「わざわざ捕まえて、何に使うつもりだった?」
「敵の動きをかき乱そうと思ってね。うまくいくかわからないけど。」
ヨルはワイバーンのしっぽに手のひら大の筒のようなものを縄でくくりつけている。
「竜笛だ。もちろん魔術で効果を上乗せする。うまくいけば竜類の殺し合いが見えるよ。」
なぜか楽しそうに語っているヨル。音でワイバーンを操るということか。都合よく手に入るものなんだな。しかし確かにそれでワイバーンが操れるのなら便利だ。
「ところで、君、魔力の具合はどうだ?」
ヨルが、向き直って言った。
「魔力? ああ、3発も大規模の魔法を使ったから相当減っているよ。半分程度かな。」
魔力の残り具合の把握は、専用の道具を使えば厳密に計ることができるが、そうでないときはとても感覚的だ。魔術書では喉の乾きや空腹感を感じることができるのと同じように自身の魔力量を計ることができる、と紹介されていることが多い。
「それで? どのくらい回復した?」
「回復? ああ、これか。」
今回の遠征から身につけているマントの効力が知りたいらしい。死体の周りに漂っている魔素を吸収して自分の魔力にできるというマントの効能。確かに周りは人間の死体がごろごろしているし、戦場でも魔族と白兵戦を繰り広げていたから、確かに効果が現れていてもおかしくない。
戦闘中にそのあたりを気にする余裕はなかった。いわれてみると心なしか、要塞に入る前より魔力量が戻ってきている気がするけど……。感想を率直に伝えてみる。期待はずれだったらしくあからさまに使えないやつを見るような顔をされた。なんだこいつ。
「まあいい。陣地攻略の進め方だが、序盤は私が受け持とうか。君も休んでおきたいだろう。」
「恩着せがましく言ってるけど、要はお前がそうしたいだけだろ。また何か、試したいことでもあるのか?」
ヨルは隠す素振りもなく、不敵な笑みを浮かべた。
「まあね。いわゆる"魔族"側との本格的な魔術戦闘は初めてだ。魔術を無効化する術式も、いくつか仮説ができた。伝搬か、濃度か、位相変換か……。いずれにしても、やはり敵の魔術の練度は高い。」
嬉々として語る様子は、彼女の技量を知っている俺からすると頼もしくはある。戦場における魔法の優位性は圧倒的で、戦力は兵隊の頭数だけで比較できないのだが、これからたった2人で敵陣に向う命令を受けている立場だ。正直なところ俺はヨルのような気持ちの余裕はなかったので、少し気が楽になった。
装備を整え、新たに受け取った槍の重さや感触を確かめていると、ラッパの音がなった。要塞側の魔術兵と、見張りの兵士の準備が整ったようだ。
ヨルが、ワイバーンに魔術をかける。ワイバーンは目を覚まし首を持ち上げた。口には縄が巻かれていたが、ヨルは躊躇なく縄を切る。周囲の兵士がひるんでいるのは、彼女の眼中にない。
鞍も手綱もそのまま使えるので、ワイバーンの首に跨る。飛竜にも大きさはさまざまだが、この大きさの飛竜だと、2人目は脚にしがみついたほうが重心は安定する。俺の技術だとそちらのほうが安心だが、要塞のほかの兵士たちの手前、ヨルは後ろに乗せる。長距離を飛行するわけでもないので問題はないだろう。
物見台のラキリを見上げる。出発しても、問題ないようだ。
「飛竜、出陣!」
ワイバーンの手綱を引くと、その両翼が力強く風をつかみ、身体が地面から離れる。ベルトを握るヨルの腕に力が入った。
要塞の中央から城壁を越えて北側へ。"勇者さま"への声援を背に受けてワイバーンを操り空中へ。竜類への騎乗は久々なので少しだけ不安だったが、特に問題ない。
上空から俯瞰すると、戦場の様子がわかりやすかった。要塞の北側には魔族の兵士の姿がほとんどなく、南側の森を警戒して配置をしていたのがわかる。要塞の南と東の陣地の間にだけ兵士が連なっている。
要塞上空での攻撃の基盤となる北側からは兵士は出ておらず、北側の陣地では、兵士を飛竜の警護に充てているという見立てはやはり正しそうだ。
そうなると、俺とヨルとがこれから攻め入る北側の陣地の損害はワイバーンのみで、兵士はそのまま温存されていることになる。白兵戦になる前に、陣地の中央に魔法を撃ち込みたくなるが何か工夫しないと魔術防壁で防がれるだけだ。
この場合、魔術兵の位置を割り出して狙撃などを行うことができれば最も手間がないが、当然、敵方も防備を固めていたり、正確な位置が割り出せないように偽装していたりする。魔力消費を抑えたい場合は突進し白兵戦により敵を撹乱するしかないが、これは時間がかかるし俺の疲労が大きいし、危険だし、あまりに無策だ。
今回はヨルの魔力を温存できていることもあり、魔術による局所攻撃によって敵陣を切り崩す方針に決まった。俺の技量ではまだ無理だが、ヨルなら魔術防壁の中和と魔術攻撃とを同時に行うことができ、使用する魔力も抑えられる。
攻撃は遠距離から行う。敵陣の間近だと攻撃をまともに受けることになるので、ある程度距離をとるためだが、ヨルに指示された着地地点は、俺の想定より少し敵陣に近い。なにか都合があるんだろう。実験したいとも言っていたし。
ヨル指示に従う。ワイバーンを旋回させて、無事着地。地上に降りることができた。
上空からも見ていたが、再度目に魔力を込めて敵陣の姿を探る。竜兵はいつでも出撃可能なように待機して見えるが、なぜか出撃の命令が下っていないようだった。手前の方の陣地に少なくても40騎。奥の方にはその倍程度が控えているように見える。
「空にはまだ動きがなかったな。途中出くわすかもと思ったけど。」
「こちら側の上空に対する攻撃を見せたからね。警戒しているんだろう。」
ワイバーンから降りたヨルは、その尾の竜笛を調整したり、別の魔道具を鞍に取り付けたりしながら話している。
「ユグラシフェルトの城郭からは到底考えられない時刻での、予想外の規模の攻撃だ。敵も"援軍"の規模を計りかねているのだろう。それにしても判断が遅れている気もするが。」
「ああ、だから『派手にやれ』という命令だったのか。」
付け加えると、要塞に到着したあとは周辺を飛んでいた竜兵のうち何騎かを個別に狙撃し撃ち落としてもいた。対空への攻撃を見せつけることで、敵の当初の想定が崩れたのだろうか。
ヨルはワイバーンの頭に手をかざし、魔術を使った。一瞬の魔術反応光。ワイバーンは唸り声とともに飛翔し、攻撃目標の北の敵陣へと向かっていった。
「では、始めよう。」
ヨルは、背負っていたバッグから、折りたたみ式の黒板を取り出した。敵陣との間の地面に魔力反応光があり、黒板に印をつける。
ヨルは片目をつぶり、敵陣の上空に人差し指を向けてくるりと楕円を描くと、空中に浮かせた望遠鏡で敵陣の様子を観察。すると4発、一定の間隔を置いて敵陣の上空で爆発があった。敵陣に打撃を与えたのは最初の1発だけで、そのあと立て続けに敵陣の周辺で魔術の反応光。そしてまた黒板にメモ。
「ひとまず準備はできた。しばらく様子を見ていよう。」
「ん? もう何かした?」
「まずは敵兵を散らせてからだね。防壁が堅い。やはり密集されていては無駄に魔力を消費してしまう。」
敵陣では、攻撃を受けたことにより臨戦態勢となった。手前の40騎、――いやもう少し多い。50騎はすぐさま空中へ散開。一方地上に控えている歩兵は、より密集しようと動いているようにも見える。
陣地攻略の観点でいうと攻めづらくなったようにも思える。しかし要塞防衛の観点でいうとワイバーンの数を減らすことは重要なので、まあ悪くはない展開か。
「ヨル、竜兵に攻撃を加えるぞ。さっきと同様に爆破魔法でいいか?」
「いや、いい。まだ手は出すな。しばらくは様子見だと言ったろ。」
ヨルは望遠鏡を覗いたまま、返事をした。
「これ以上散ると援護できない。俺が遠距離苦手なの知ってるだろ?」
「いいって。ちょっと待て! ……もう少し、もう少し。……よしよしよし! 見てみろトサカ! アッハハハ!」
敵陣に目を凝らす。空中ではワイバーンが互いに襲い合っていて、くんずほずれつ地上へ落ちていっていた。背中の兵士は空中に放り出されている者も多く、命綱で宙ぶらりんになっている。
「あの竜笛は、山脈の北側から流れ着いたものをもとに複製した代物でね。今回の遠征で試せるんじゃないかと思って持ってきていたが、出番がなくがっかりしていたよ。フフフ、しかし都合よくこんな機会に恵まれるとはね。」
「でも互いに攻撃し合う笛なんか、何に使うんだ?」
「いや、もとは竜類を鎮静させるための道具だ。竜類は扱いが難しいからね。」
「ふーん?」
「音を解析していく過程で、竜類を興奮させ攻撃性を高める波形も知ることができた。いや、検証は小型の種でしかできていなかったから、こんなにうまくいくとも思っていなかったがね。――んん? おお! アハハハ、見ろトサカ、陣形が崩れだしたぞ。」
目を凝らす。地上で暴れまわる竜類に巻き込まれる形で、地上の兵士の密集隊形が崩れていた。いや、ワイバーン同士の争いに巻き込まれている、というより、ワイバーンが歩兵にも襲いかかっている。近くにいる生き物に、手当り次第攻撃を加えているという様子だ。ヨルも気付いたらしい。
「――おお? アハハハ! 見ろ! 奴らめ、今度は歩兵を攻撃し始めたぞ。」
兵士たちももちろん応戦してワイバーンもダメージは受けていているが、それで止まる気配はない。竜たちは完全に狂乱してしまっている。密集した隊形が仇となり、わかりやすい攻撃の的になってしまっているようにも見える。
「アハハハハハハ! 見てみろ、これは想定以上だ。」
「敵の魔術兵は、何をしている? 向こうもしかけがわかっているんじゃないのか?」
「さあ? 向こうにとっても竜兵は作戦の要だろうから、失うのを躊躇しているのではないか? 私ならそれこそ竜笛を使って落ち着かせるか、もっと別の強い刺激を与えて注意をそちらに向けるかするが。無能な指揮官を持つと苦労するね? 同情するよ。」
黒板に目を落としたヨルは、何やら別の思案をしだしたようだ。
「しかし、こんなにうまくいくとは考えていなかったから、組み立ても変わってくるな。……よし、トサカ、もう少し近づこう。」




