プロローグ - 魔王軍最強の剣士
トサカ=ノヴォル
主人公。勇者召喚され、軍属。
ラキリ=ロ=エステマグナ
金髪美人の魔法騎士。主人公の上官。
ヨル=ミレツバウム
ダークエルフの女魔術師。モラル欠如。
ソフィア=マルトル
国教会の回復士。山村育ちの田舎娘。
ソニタリオス=グラディオ
魔族の剣士。ディビステラム魔王国・東部方面軍首領。
魔王軍四天王・ソニタリオス=グラディオの斬撃が、雲の向こうの空中艦と飛竜を撃ち落とした。空中艦に乗っていた魔術兵や奴隷たちが、為す術なく落下していくのが見える。
魔力が十分に残っていれば、あるいは彼らも何らかの生き残るための策を実行できたのかもしれない。しかし魔術兵たちは、魔王軍の幹部に対する連結魔法の攻撃に魔力を注ぎ込んだ直後だった。
「余所見をするな! トサカ!」
ラキリの声に正面を向くと、ソニタリオスは俺への間合いを一瞬で詰めていた。
まずい、疾すぎる!
ソニタリオスの剣は、俺が展開した魔術防壁をまるで何も無いかのように突き破った。
そして魔術防壁を貫通した勢いそのまま、鋭い刺突が、俺の首筋を狙って急迫する。辛うじて剣で受けたが、敵はすぐに切り返して連撃。受けるたびに、体勢が崩れる。まずい、このままだと防ぎきれない……!
俺の危機を救ったのは、側面から放たれた光の矢だった。光の矢は俺を仕留める寸前だったソニタリオスを急襲した。
ヨルの魔術攻撃だ。放たれた魔術矢のうちいくつかは、俺の目の前で魔術防壁に姿を変えていっている。俺のとは違い多層で、見るからに堅牢。
やっと、呼吸を継ぐ。
防壁に行く手を遮られたソニタリオスは、光の矢が飛んできた先を睨むと、魔族の言葉で何か叫んだ。そして跳躍。一直線に、標的の魔術師を目指して駆けていく。
一瞬だ。くそっ、疾い! ヨルを守らなければ。
全力で追いかけるが、間を詰められない。ソニタリオスはスピードを増していきながら行く手を遮る岩を粉々にして、なおも猛進する。剣光は土煙の中へ消えた。直後に金属と金属が激しくぶつかる鋭い音が響く。
目視できる距離までようやく追いつくと、ソニタリオスの刃はラキリが聖盾で受け止めていた。
胴体ががら空き。敵が見せた初めての隙だ。加えて俺は敵の死角。走る勢いそのまま、胴に突き刺すため、剣に魔力を注ぎ込む。
しかし敵の動きは機敏だった。俺が刺突を繰り出したときにはすでにソニタリオスの準備は終わっていて、その切り返した刃が、俺の首を落とすための軌道に乗っているのが見えた。
背筋が凍る。ただ思考はできた。
止まれば斬られる。更に前へ、だ。重心を前にずらし、敵の切っ先の方向に更に踏み込む。
ギリギリ、かわ……、せた! 危ない!
崩れた体勢を立て直す暇もなく、ソニタリオスの「飛ぶ斬撃」が俺を襲う。左腕の小手でどうにか受け、地面を転がりながら魔術攻撃。命中することはなかったものの、ヨルとラキリが魔術攻撃による弾幕を張るための、つなぎにはどうにかなった。
どうにかひとまずソニタリオスを後退させることができた。しかしすぐに猛攻が再開されるはずだ。
左腕の小手は、「飛ぶ斬撃」により割れてしまっている。指は動く。切断はされてはいない。
味方に目を向ける。ソフィアとヨルは無事そうだ。よかった。ただしラキリは鎧が半壊していて、出血もあるようだ。そして教会から託された聖盾も、たった一撃を受け止めただけで上半分を失ってしまっている。
「ラキリ、負傷の具合は?」
「大事ない、動ける。しかし盾はもう使えない。防具は、奴にとって意味がない。」
土煙の中を睨みながら、ラキリは半壊した右腕の鎧を外した。音を立てないよう、外した鎧をゆっくりと地面に置く。
目の前には、5層、6層、7層、と魔術防壁や土壁が展開されつつある。物理系の防壁が正面に対してランダムに角度をつけて並んでいるのは、ソニタリオスの突進を少しでも鈍らせるための工夫だろう。
「備えるぞトサカ。魔力は出し惜しみするな。防壁も、おそらくすぐ破られる。」
ソフィアが回復魔法をかけてくれた。気がつかなかったが、どうやら右頬が裂けて、左腕は骨が1本断ち切られていたらしい。直してもらう瞬間のわずかな痛みでわかった。
それまでは痛みを感じる余裕すらなかったということだ。それとも剣筋が尖すぎて、痛みを感じるのにタイムラグがあったのかも。……ああ、違う、そんなことはどうでもいい! どうしたら勝てる? どうするのが正解だ?
「敵は強い。予想の、全然上だ。」
思考がまとまっていないなかで、仲間に向けて俺は喋り始めた。
「だけど剣は1本。こっちは大勢いる。同時に防ぐのは無理だ。防壁はあるけど、いや、魔術防壁を目印に、あいつはここに正面突破で攻めてくる。」
「待ち伏せて挟み撃ちか。」
ラキリは俺の提案に勝算があると判断したらしい。土煙の向こうを警戒しながら、指示を出していく。
「ヨル、私とトサカの囮を出せ。敵が防壁を越えたら、私とトサカとで斬りかかる。」
「場所は?」
「防壁の内側。防壁を突破されたとき、さすがに速力は落ちていた。今度もそうなるはずだ。少しでも動きが鈍った瞬間を狙う方がいい。」
ヨルは小さくうなずくと杖に魔力を流し、小声で詠唱する。
「……。視認できなくした。移動していい。」
すでに俺の身体は透明になっていた。そして俺の真横にデコイができている。膝をついたままのラキリの姿も同様に魔術によるデコイだろうが、右腕の鎧を外しているところまで丁寧に描写されていて、本物かどうかの見分けがつかない。
「私は右で待つ。トサカ、貴様は左に。」
鎧を2回、叩く。ラキリへの「了解」の合図だ。
ヨルが投影する俺のデコイが立ち上がり、ゆっくりと一番手前の魔術防壁の正面へと歩いていく。
自分の後ろ姿を見るのは変な気分になってもよさそうに思えたけど、ヨルの魔術の精度が高いからか違和感はまるでなかった。自然に見える。あれなら、敵に見破られることはないはずだ。
透明になった俺とラキリもそれぞれ左右へと歩いていく。
「気をつけて、トサカ、ラ……。」
ラキリ、と言いかけたらしいが、よく耐えたソフィア。
魔術によって投影されているラキリの姿は、ヨルと彼女の隣にいまもある。敵がこっちの声を聞いているとは思わないが、用心に越したことはない。
頼もしさと心配とを置き去りにして、歩を進める。地面からドーム状に広がる魔術防壁の内側、境界線まで。
防壁の向こうに注意を払うが、ソニタリオスはまだ現れない。ラキリに指示された位置までの道のりが遠いような、すぐ目の前のような、不思議な感覚だ。
気のせいか、時間の流れがゆっくりに感じられる。
できれば、"一旦"退却したい。退却してもう一度準備して、確実にソニタリオスを仕留められる布陣で臨みたい……。しかしそれは無理だ。すでに、これ以上ないというほどに準備はして、戦争は開始された。帝国軍側にも相当な数の犠牲者が出ている。
今回以上に準備できることがあるはずもない。教会の聖盾も破壊されてしまったし、空中艦も呆気なく破壊された。
……ああ、違う、違う。また余計なことを考えてしまっている。集中。
集中。
所定の位置にたどり着いてしまった。しかしもう雑念はなく、視界は広い。
ラキリの剣の間合いを俺は知っている。俺の剣の間合いをラキリは知っている。言葉を交わさなくても、互いの控えている位置は把握できた。
デコイとして投影される俺の姿が、臨戦態勢となった。剣に、魔力を込めている様子が描写されている。
描かれた俺の姿には、少しだけヨルの悪意を感じた。
魔力の漏出を抑えることに気を払うよりも、とにかく魔力を注ぎこみ続けて威力を落とさないようにすべきだと考えていることも、諸刃の片方にだけ魔力を集中させて密度を高めたり魔力を節約したりするほどのスキルが俺にはまだ身についていないことも、ヨルにはバレているようだった。
この期に及んで、俺の魔術の未熟な箇所を指摘してきているような、ヨルの悪意をすこしだけ感じたが、不思議といまは、嫌な気分ではない。
土煙の向こうで、何層かの魔術防壁や、土壁が破壊された音がした。壁と壁の間に残された兵士の断末魔が聞こえる。
深呼吸。
……来い、ソニタリオス!