ガラスの靴を、彼女は落とさなかった。
誰もが知っている御伽噺をモチーフに書いた作品です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
※エブリスタ様にも(内容が少しだけ違いますが)同名で投稿させて頂いています。
※視点がどんどん変わります。
――「ねぇ、本当に彼女は――を落としたと思うかい?」
そう問いかけられて私の顔は強張った。
「そのような質問を私にされても答えられないことは分かっておられるでしょう……」
何とか平静を装って答えたがこれ以上聞かれて誤魔化せる自信などない。だんだんと追い詰められていくような心地になりながら、私は彼の瞳をじっと見つめた。
******
事の発端はとある舞踏会での出来事だった。
私はこの国――フルール王国――の第三王子殿下に仕える侍女である。実家とうまくいかなかったため十五歳の時に出家し、かれこれ三年間は王宮で働いている。
「エリサ、今日の予定は?」
「今日は午前中に陛下との御公務、午後には舞踏会が予定されております」
こんな風に殿下の予定の管理や、身の回りのお世話をさせて頂いているのだ。
「今夜の舞踏会、恐らくは私の婚約者を探すという意味も含まれているのだろうな」
「そうでございますね。殿下ももう十八歳になられました。婚約者を早く決めなくては皆、安心できないのでしょう」
ちなみに第一王子殿下と第二王子殿下には既に婚約者がいる。
「婚約者……か」
窓の外を見上げた殿下は、遠い目をしていた。
******
殿下が御公務に出かけられ、部屋の中を掃除していた時だった。
――コンコンコン。
「エリサ、いるかしら?」
そう声をかけたのは、大先輩の侍女であるカスミ・アリューシャ様だった。カスミ様は、公爵夫人で王妃様の侍女をされている。
「はい、おります。カスミ様、どうされたのですか?」
「あぁ、いた。よかったわ。王妃様が貴方をお呼びよ」
「王妃様が……?」
――案内された部屋に入ると、王妃様が優雅にお茶を飲んでいた。
「失礼いたします。本日はどのようなご用向きでございましょうか」
「もう、エリーちゃんたら。かしこまらなくてもいいのに」
王妃様は私のことを、愛称で呼んで下さる。もともと私が王宮で働けるようになったのは王妃様のおかげなのだ。
でも……、
「いえ、そういうわけには参りません。今の私は侍女ですので……」
「……まぁ、そうねぇ。では冗談はここまでにしておいて。エルサ、」
「はい」
「今日の舞踏会がヴォルトのために開かれることは知っているわね?」
「存じ上げております」
「目的は婚約者探しなわけだけど」
「はい」
「……私は、エリーちゃんがお嫁さんに来てくれてもいいのよ?」
「どうか、ご冗談はおやめください……」
「あなたならそう言うと思ってたけど、仕方ない……わよね。」
「……ご期待に沿えず申し訳ございません」
「いいのよ。その代わり貴方にお願いしたいことがあるの」
******
陛下との公務が終わり、私は舞踏会のために着替えながら、昼間に陛下から言われた言葉を改めて考えていた。
私はフルール王国の第三王子、ヴォルト・フルールである。
陛下から『今夜の舞踏会で自分の婚約者となる女性をしっかり見極めるように』と言われてしまったからには婚約、そして結婚という王族の義務からは逃れられない。
――自分の初恋がとうとう実らないことを知った私は深くため息をついた。
私の着換えを手伝ってくれているのは側仕えの侍女のミーシャである。いつもならエリサが手伝ってくれるのだが……。
「ミーシャ、エリサは?」
「エリサさんは、舞踏会の準備を手伝っているらしく、こちらには伺えないとのことです」
どういうことだ?
私の側仕えの侍女であるエリサが舞踏会の準備を手伝わされている?
私が疑問に思っている間も、舞踏会の準備は着々と進んでいった――。
「今夜は我が息子、ヴォルトのためにお集まりいただき感謝する。今夜の舞踏会は存分に楽しんでくれ」
そんな陛下の言葉から舞踏会は始まった。
オーケストラの奏でる音楽が会場に響き渡る。集まった令嬢とその家族達はこの舞踏会が私の婚約者を探す舞踏会だと知っているようで、どこか落ち着かない様子で私の方を伺っていた。
そんな中、一人の令嬢が私の方に向かって歩いてきた。
「殿下、お久しぶりでございます~」
そういって私に声をかけたのはグラッセ侯爵家の長女、アリシア・グラッセだった。
「グラッセ嬢、久しぶりだね」
「えぇ、本当に。長らく家にもお越しにならないので、母が悲しんでおりましたわ」
「……ここのところ忙しくてね」
「さようでございましたか。あの、本日のファーストダンスはどうか私と踊ってくださいまし?」
「あぁ」
彼女ならば、この中では一応上位の貴族にあたるので、ファーストダンスを踊っても嫉妬を買うこともない。
彼女と踊った後は、次々にやって来るダンスの誘いをひたすら受け続けることを繰り返した。これでは婚約者の見極めなど到底できないが……、それも私にとっては好都合だ。このまま婚約者の決定を先延ばしにしようと目論んでいた、その時。
――パタン。
扉が開く音がし、私がそちらの方向を向くと、
そこには、まるで絵から飛び出したような美しい少女がたたずんでいた――。
流れるような銀髪に、宝石のような花緑青の瞳。その場にいる全ての人々が彼女に目を奪われた。
それは私も例外でなく、
「美しいレディ。私と踊って頂けませんか?」
人ごみを搔き分け、気付けば私は彼女にダンスを申し込んでいた。
――余談だがその夜の舞踏会のことは、それはそれは話題になったらしい。金髪に紅玉の瞳の私と彼女が踊る姿は、まるで一対の人形のようだったと後に貴族達は語る。
彼女は踊っている間ずっと喋らなかったが、笑顔だった。真っ白な肌には僅かに朱が入っていた。今まで生きてきた中で一番幸せな時間だった。私は『ダンスを二回以上踊るのは婚約者になった者だけ』という社交界の暗黙の了解を完全に無視して彼女と踊り続けた。何故なら、彼女が私の初恋の少女だったからだ。まだ幼い頃、母である王妃が主催のお茶会で出会った彼女に、私は一目ぼれした。そのときは名前を聞けなかった。母上に聞いてもはぐらかされて、とうとう教えてくれることはなかったのだ。だが彼女が目の前にいる今、今日こそは名前を聞こうと私は決意した。
「美しいレディ。踊ってくれてありがとうございます。どうか私に貴方のお名前を――」
そのとき、
――ゴーン、ゴーン。
十二時を知らせる時計の鐘が鳴った。
とたん、彼女は私の手を突き放し、舞踏会の会場の出口に向かって走り出した。
「待ってください!レディ!!」
私は彼女を追いかけた、が、会場を出た時にはすでに彼女の姿はそこになかった。代わりに王宮の入口へと向かう階段にキラリと光る何かがあった。
――そこには、彼女が履いていたであろうガラスの靴が落ちていたのだ。
******
「エリサさん、お疲れ様です」
王妃様からの任務を終えた私を出迎えてくれたのは、私の後輩で同じ第三王子殿下付きの侍女であり、今回の任務の協力者であるミーシャだ。
「ありがとう。ミーシャ」
「さぁ、早くお仕着せに着替えてしまいましょう。そうこうしているうちに殿下が戻ってきてしまいます」
「そうね」
私はミーシャに手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ、お仕着せに着替えた。そして、再び自分に魔法をかけたのだった。
「それにしても王妃様は無茶な任務を依頼されましたね」
「こら。ミーシャ、不敬罪になるわよ。でも確かに大変な任務だったわ」
******
「お願い、ですか」
「えぇそうよ。それも貴方にしか出来ないお願いなの」
そういって王妃様が私に見せたのは一冊の本だった。
「『灰かぶり』……?」
それは全大陸の人々が知っているといっても過言ではない御伽噺の絵本だった。虐げられてきた少女が魔法使いの力を借りて舞踏会に参加し、王子様に見初められて幸せになる、そんなお話。
「そうよ。お願いしたいことを端的に言うとね、今夜の舞踏会で貴方に灰かぶりの役を務めて欲しいの。ヴォルトの運命の相手を強制的に見つけるためにね」
「私がですか……?失礼ながら王妃様、もっと他に適任がいるのではないかと……、私などではとうてい力不足で」
「何を言ってるの。貴方以外に適任がいるわけないじゃない。簡単よ、魔法を解けばいいの」
「……!」
「ね、貴方にしかできないでしょ?お願いね」
「……かしこまりました」
王妃様の任務とはこのようなものだった。
変装した私が舞踏会に現れ、殿下の興味を引く(私的にはこれだけは絶対に成功しないと思う、王妃様は絶対に成功すると仰っていたけど)。十二時の鐘が鳴ったら急いで舞踏会の会場を出て、階段にガラスの靴を置く。このガラスの靴はもちろん私が履くものではなく、サイズも全く異なるのものである。王妃様曰く、「社交界の誰かのサイズには合うでしょう」とのことだった。
私は無事にこの任務をやり遂げた。殿下の興味を引けたのかがいささか不安だが、まぁダンスは踊っていただけたのだし良しとしよう。そして、この王妃様考案の『殿下の運命の人を強制的に見つける大作戦』はどうやら成功しているようだ。
******
私は自室でお茶を飲みながら、今日何度目か分からないため息をついていた。
「エリサ……」
「いかがなさいましたか」
「あの少女はどこにいるんだろう……」
「階段に落ちていたガラスの靴をもとに、調査をされているのではありませんか?」
「そうなんだが、いつになっても見つからないのだ。サイズの合う者は何人かいるのだが、銀髪で緑目の者はいなくてね……」
「殿下、その方が銀髪で緑目ではないという可能性もあるのではないでしょうか。かの物語の灰かぶりは魔法使いに姿形を変えてもらって舞踏会に行ったのだと言われています」
「そうか、それもあり得るのか」
「はい」
そういって私はエリサを見つめた。彼女の髪色は茶色。そして、瞳の色を見ようとしたが、眼鏡でよく見えない。まるで認識阻害の魔法がかかっているみたいに。
「そういえば、エリサ。君の髪色は茶色なんだな」
「そうですね。ごくごく一般の色でございますね」
「瞳の色は何色なんだ?眼鏡でよく見えない。外してみてくれないかい」
「申し訳ございません。眼鏡を外すと何も見えなくなってしまうのです」
「それならそこに座ればいい」
そういって私はエリサに着席を促した。
「ですが、殿下……」
「少しくらいいいじゃないか、もう数年間も君の主人だというのに」
「……っ」
エリサが着席したのを確認し、私は彼女に近づいた。
「殿下、やはり眼鏡だけは……」
そういうエリサを無視して私はエリサの眼鏡に手をかけた。
「……!」
――眼鏡を外したエリサの瞳の色は、綺麗な花緑青だった。
******
しまった、と思ってももう遅かった。瞳の色を見られてしまった今、勘の良い殿下が気付いていないなどという確信はどこにもない。
殿下が緊迫した声で問う。
「ねぇ、エリサ。本当に彼女は彼女のガラスの靴を落としたと思うかい?」
そう問いかけられて私の顔は強張った。
「そのような質問を私にされても答えられないことは分かっておられるでしょう……」
何とか平静を装って答えたがこれ以上聞かれて誤魔化せる自信などない。だんだんと追い詰められていくような心地になりながら、私は彼の瞳をじっと見つめた。
「そもそもあり得ないんだよ、物語と同じ事が起きるなんて。だって物語は物語でしかないんだから……」
そう話している間にも、じりじりと詰め寄ってくる殿下。
そのとき、私の脳裏にふと王妃様の姿が映った。
エリーちゃん、そう呼んで下さった。助けて下さった。王妃様は私の命の恩人と言っても過言ではないお方なのだ。そんな王妃様からの任務を全うできないなんて……。
殿下と私の距離が30㎝あるかないかまできた時、私はその場から全速力で逃げ出した。
私が向かったのは王妃様のお部屋である。
――コンコンコン。
「王妃様、エリサでございます。面会の約束もせずに突然訪問してしまい申し訳ございません」
――ガチャ。
「まぁまぁ!エリーちゃん……?どうしたの、今にも泣きだしそうな顔をして」
「実は王妃様にお詫び申し上げなければならないことがあるのです」
「とりあえず中に入って、お茶でも飲みましょう」
王妃様に招き入れられた私は、事の次第を全て話した。
そして、
「ご期待に沿えず申し訳ございませんでした」
と私が謝ると――、
「何を言ってるの、何から何まで期待通りよ。素晴らしいわ!エリーちゃん」
王妃様はそう言って屈託なく笑った。
******
「……っ」
エリサが逃げていった後の部屋に残されたのは私と彼女の眼鏡だけだった。やっと会えたと思ったのに、彼女はまた私の前から逃げてしまった。主従関係ながらも、一緒に過ごした期間は短くなかったはず、なのに……。
――そもそも、彼女はなぜ舞踏会にいたのだろう?なぜ王宮で働いてなどいるのだろう?なぜ髪色と瞳の色を隠していたのだろう?
考えれば考えるほど彼女のことが分からなくなっていく。
しばらくそのまま呆然と立ちすくんでいると、
「ヴォルト、ドアを開けてちょうだい」
私の部屋を訪ねたのは母上だった。
――「少し昔話をしましょうか」
その言葉を皮切りに、母上はとある貴族の話を始めた。
「彼らは三人で幸せに暮らしていたの。父親、母親、それから娘。だけど、その幸せは長くは続かなかった。母親が病に倒れ、亡くなった。父親は母親を失った娘のために別の人と再婚したの。その女はその娘より一つ年上の娘を連れていた。彼女達は金遣いが荒く、父親も苦労していたようよ。亡くなるまでね……」
「え、じゃあその娘は……」
「わずか十歳で天涯孤独になってしまった。そして主人を失った屋敷はどうなったと思う?」
「その後妻達が仕切り始めた……?」
「そうよ。そのせいでもともと唯一その家の血筋をもつその娘は冷遇され始めたのよ。彼女達はその娘をまるで使用人のように扱った。5年の月日が流れ15歳になった彼女はついに耐えられなくなって屋敷から逃げた。そうしてたどり着いたのがここ、王宮よ。それからその娘は王妃に雇われて侍女になったわ、第三王子のね」
「え……まさか」
「驚いたでしょう。私も気付くのが遅くなってしまったのよ。あの子の状況にもっと早く気付いてあげられていたら……。あの子の母であるリリアとは親友でね、自分に何かあったらあの子をよろしくねと言われていたの。思えばリリア、リリーはその時すでに自分の体が病に侵されていることを知っていたのかもしれない」
「……」
俯いてしまった母上に、私は何も言葉をかけられなかった。
「行ってあげて……、あの子のところに。あなたならあの子を幸せにできるかもしれない」
私はただ黙って頷いて、自室を後にした。
******
私がこの計画を思い付いたのはたまたま偶然のことだった。本棚から古くなった灰かぶりの絵本が出てきた。思えばこれは必然といえるのかもしれない。
エリサに舞踏会で灰かぶりを演じさせて、ヴォルトと接触させる。そしてわざと《《ガラスの靴》》を置いておかせた。聡い我が子のことだ、ガラスの靴には何の意味もないことにも、彼女がエリサであることにも必ず気付くだろうという確信めいた何かがあった。
私はソフィア・フルール、この国の王妃である。王妃になって早二十年、今でもあの時より後悔をしたことはない。
私には子供の頃からの幼馴染がいた。リリーことリリア・グラッセ侯爵令嬢。私と家格も同じであったため、家族ぐるみで仲良しだった。彼女は一人娘だったため婿を取り、私は婚約していた王太子殿下と結婚し、その後王妃になった。エリーちゃんこと、エリサと初めて会ったのは、リリアが王宮のお茶会に連れて来てくれたときだった。なんて可愛らしい子だろうと思った。まるで天使のようだとも。サラサラでまっすぐな銀髪に、宝石のように光り輝く花緑青の瞳。私が彼女に見とれていると、
「ふふっ、この子は可愛いでしょう?」
「えぇ。とっても!」
「髪の毛は私に、瞳の色は旦那様に似たのでしょうね」
「そうみたいね」
リリアは銀髪に瑠璃色の瞳、リリーの旦那様は金髪に花緑青の瞳だ。
ふと、リリアの瑠璃色の瞳が哀愁を帯び、
「どうしたの?リリー」
「ソフィア……、ソフィー。もしも私に何かあったらあの子をお願いね」
――彼女がそう私に頼んだことは思いがけない形で遂行されることとなった。
「リリー。まさか貴方の娘を侍女として雇うことになるなんて思わなかったわ……。気付かなくてごめんなさい、守ってあげられなくて……。でもこれからはあの子の幸せのためには何でもするわ。だから……天国で見守ってあげてね」
決意を込めたその瞳からは綺麗なしずくが零れていた。
******
――ガチャ。
扉が開いた。
王妃様が戻ってきたのだろうか。
しかしそこには、
「でん……か」
ヴォルト第三王子殿下が立っていた。
私は目を見開き、そして髪の毛を覆おうとした、が、その手を殿下に握られてしまった。
王妃様によって半ば強制的に髪の毛の魔法を解かれ、
「ちょっと待っててね」
と言われて大人しく待っていたのに。
この髪色を見られてしまったからにはもう誤魔化すことは出来ないだろう。
「エリサ、さっきはごめんね。急にびっくりしたよね」
殿下は頭を下げた。
「殿下、どうか頭をお上げください。私も突然逃げてしまって申し訳ございませんでした。」
「ありがとう」
「……」
「……」
しばらくの間、沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは殿下だった。
「エリサ、いや、エリサ・グラッセ侯爵令嬢」
「……!」
「君の過去のことは母上から聞いた」
「殿下……」
「君が家名を捨てたことも、実家に戻りたくないというのも分かっている。その上で聞いてほしい」
「エリサ、君が好きだ、初めて会った時から。どうか私と結婚してもらえませんか」
「殿下……、お気持ちは大変ありがたいのですが私は平民……です。どうかお考え直し下さい。それにきっとあのガラスの靴に相応しい人物が現れるはずです」
「私が選ぶのは君しかいない、エリサ」
「ですが……!」
「あぁもう!貴族だとか平民だとかガラスの靴だとか、そんなの全部おいといて君が好きなんだ!どうしようもなく君が欲しいんだよ!!その気持ちまで否定しないでくれっ……」
「……っ」
「なぁ、ダンスの時に笑いかけてくれたのは演技だったのか?1mmたりとも、私には興味などないのか……?」
「っそんな訳ないじゃないですか!私だって……!」
気付けば涙が溢れていた。今までこんな風に涙が流れることなんてなかったのに。義母や義姉に虐げられたときや、出家した時でさえ。
「私だって……?、どうなの?エリサ。身分とか体面とか何もかも気にしないでいい。君の素直な気持ちを教えて?」
「うっ……、わ私だって貴方のことが好きです……!この三年間貴方に仕えてきて……、でも絶対に叶わないんだから考えちゃ駄目だって、なのにこの間の舞踏会で踊って、歯止めが利かなくなりそうで……!しかも貴方が私に気付いてしまったから、私……!」
「エリサ!!」
私は勢いのまま殿下に抱きしめられていた。
「好きだ、エリサ」
「私もお慕いしております……殿下」
――殿下と想いを分かち合った後、部屋を出ようとするとそこには王妃様がいた。
「母上、なぜここに……」
「なぜって、私の部屋ですから」
「そうでした……」
「でも良かったわね、ヴォルト。初恋が叶って」
「はい……!」
「で?ウェディングドレスは何色にするの?」
「そうですねぇ。水色とかどうですか?」
呆然としている私を尻目にお二人はどんどん話を進めていく。
「安心して、エリーちゃん。実家の悪い子達は私がお仕置きしてあげるから!」
――その日、とある侯爵家の後妻とその娘は追放され、侯爵家の一人娘であった侯爵令嬢が侯爵家の新しい領主となった。
******
それから一年後。
町は祝福ムードに満ちていた。
「今日は第三王子殿下が結婚なさる日らしいな!」
なにせ王族が結婚するのだ、当然の反応と言えよう。
「グラッセ侯爵家の現当主のところに婿入りなさるみたいね」
お相手のことももちろん話に上がる。
「めちゃくちゃ美人なんだとよ!」
このころ、例の舞踏会の話は平民たちにも伝わっていたらしい。
「おめでたいなぁ」
ともかく、国中の人々が彼らの結婚を祝福していた。
******
「エリー、行こうか」
そういってヴォルト様は私に腕を差し出した。今は亡き父親に代わって、バージンロードを歩いてくれるのだという。
「はい、ヴォルト様」
「ではお二方とも、ご準備はよろしいですか」
「えぇ。ミーシャ」
私のドレスの裾を持ってくれているのは、一緒に側仕えの侍女をしていたミーシャだ。
「っ……。エリサさん、いえエリサ様、殿下。おめでとうございます……」
そう告げるミーシャの瞳は濡れている。
「ありがとう。ミーシャ」
どうやらミーシャは私の任務のことも、殿下が私を見つけるだろうということも事前に全て王妃様から聞かされていたらしく、ミーシャの言った無茶な任務とは私と殿下を両想いにさせるということらしかった。
「さて、そろそろ本当に行こうか」
ヴォルト様の言葉に私は黙って頷き、ミーシャは私のドレスの裾を再び持ち直した。
――教会の扉が開く。
そこには、王妃様に国王陛下、第一王子殿下に第二王子殿下に王子妃殿下達が笑顔で並んでいた。会場中の貴族達も皆、笑顔で拍手をしている。
「エリーちゃん、綺麗よ!……おめでとう……!」
王妃様は涙ぐんでいた。
「エリー。お主も今日から正式にわしの娘じゃ」
陛下も、そんな嬉しい言葉をかけてくれる。
「私達、可愛い妹が欲しかったのですわ!」
「えぇ!」「そうだな」「嬉しいな」
王子妃殿下達も、なんて優しい言葉をかけてくれるのだろう。
「エリー、幸せにするからね」
バージンロードを歩きながらヴォルト様が囁く。
その言葉にとうとうこらえきれなくて、瞳から涙が零れた。
「泣かないで、エリー。君はこれから幸せになるんだから」
「……っ。ありがとう……ございます!」
「ほら、笑って!」
私は、泣きながら笑った。今までで一番にっこりと。
――私にはガラスの靴は履けなかったけど、隣には最愛の人がいて、最高の家族がいる、それがどれほど幸せなことだろうか。
「第三王子殿下、王子妃殿下、万歳!!」
「我が国に栄光あれ!!」
「どうかお幸せに!!」
――外は雲一つない快晴で、まるで祝福するかのように窓から差し込んだ光が、私達を照らした。
Fin.
最後までお読み下さり、ありがとうございました!m(__)m