姫さんは禁止
アンバーの屋敷に来てすぐくらいのお話です。
社交界での情報提供の協力をお願いしようとしているところ。
「……ウィル、ねぇ?
聞いてる??」
「……ちょ……ちょっと、離れようか……?姫さん……」
今、どうなっているか……
姫さんが、俺の背中に左腕を回し、ベッタリくっついて、さらに背伸びをして右手で頬を撫でているところだ。
何をしているか。
社交の場で、女性からの情報提供をもらうのに、効率的に誑し込む!と言い始めた姫さん。私が手本を見せるからやってみて!と言い始めた。
いや、これ、俺が……落ちた。
なんだ、この色っぽい姫さん。
目のやり場に……困る。
アメジストの瞳は、妖しく光って細められる。
濡れたような唇は、艶めかしい。
背中に添えられる手はなぜかどきどきさせられ、密着度もぴったりくっついていて、胸も当たっている。
背伸びをしているから不安定で思わず支えてしまっているが、その腰も細くそれでいて無駄な肉はついてないのに柔らかい。
左頬に添えられ優しく撫でる姫さんの手は、さらに妖しい雰囲気を醸し出す。
ふんわり香る姫さんの香水は、何とも心くすぐるような甘い匂いがする。
普段は、ガサツでじゃじゃ馬で手に負えないけど……
これはこれで、手に負えない。
一緒に見ていたセバスは、もうそれはそれは可哀想なくらい、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
まだ、セバスは、いい。
見ているだけだから……
俺なんて、離れてって言っているのに、いまだにくっついたままなのだ……
男として、理性が……振り切れそうなんだけど……
「姫さん、まじで離れて!
襲うよ!」
「できるものなら、やってみなさいよ!」
この人……煽るの上手すぎやしないか?
「じゃあ、遠慮なく!」
言ったそばから、左頬に痛みが走る。
バシーンと快音が俺の耳に聞こえたときには、さっきの妖しい笑いではなく、今度は、暴力的に微笑む姫さん。
俺、悪くないと思うんだけどな……
叩かれた左頬を自分の左手で撫でる。
「いてててて……
手加減してよ……」
「今、本気だったじゃない?」
「わかっているんだったら、離れてくれねぇ?
本気でまずいから……」
そこまで言ったら、やっと姫さんは離れてくれ、今度は、セバスをかまいに行く。
「セバス、ねぇ?
セバスってば!!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
下を向いてひたすら謝っているセバスの横にデーンと座って姫さんはこっちを見てる。
大丈夫なの?と無音で言ってくる姫さん。
いや、大丈夫じゃないだろう……セバスが、震えながら謝っているじゃないか……
「姫さん、セバスには、これは無理。
俺でも無理。
さすがに、これやったら、訴えられるって!」
「その先をウィルが望んだら、ダメでしょうね?
ぎりっぎりのところで止めちゃえばいいじゃない?」
「は?」
「別にお持ち帰りを推奨しているわけでは、ないのよ!
あくまで情報提供をしてもらうためのお誘いです!
ギリギリがいいのよ!
令嬢たちは、恋愛に飢えているのよ!
知ってしまえば、興味は失せるから……」
「飢えてるって……
姫さんも一応令嬢じゃないの?
それに、姫さんは、俺の何を知ってるわけ……」
思わず口走ってしまった。
でも、気に留めてないのか、小首をかしげてこちらを見ているだけだった。
「私の悪友?」
「あぁ、そうだな。
姫さんの悪友だな、俺」
セバスを真ん中に姫さんと反対側にどかっと座る。
「セバス、喜べ!
さっきのは、しなくていいらしいぞ!」
「本当?」
「あぁ、本当だ」
その横から覗き込むように姫さんが俺たちを見上げてくる。
「ウィルはするのよ?
もったいないじゃない!
その容姿は、女性を誑し込むためにあるのよ!!」
「あぁー…………
はいはい、そうかもしれませんね。
お姫様。
ワタクシには、その方法で頑張りとうございます」
「棒読みね!
セバスには、他の方法を考えるからね!」
考え込む姫さん。
さすがにセバスが、可哀想すぎる。
「姫さん、俺、今ので落としたい女性は、落とせると思う?」
セバスの助け船のように言ってみたが、逆に姫さんが興味を惹かれてしまったらしい。
「そんな人がいるの?
誰?私の知っている人?ねぇ?」
かなり食いついてきた……
セバスを踏み台にしてこちらに乗り込んでくる。
「私で試す?」
「いいのか?」
「いいよ!
うーん、その子はどんな子?」
「いや、別にその子じゃなくていいよ。
姫さんで試させて!」
セバスの背中の上で、姫さんとの恋愛攻防戦が繰り広げられる。
なかなか手ごわい姫さんを、俺が使えるあれやこれやでこれでもかってくらい言葉攻めをしてみた。
俺に関しては、全然無関心なんだなぁ……姫さんって。
おんなじ言葉でも、ハリー君やジョージア様が言うと顔真っ赤にしてしまうのに……
「アンナリーゼ、好きだよ」
アメジストの瞳をじーっと見つめ、そういって姫さんの頬を撫でた。
その瞬間、ボンっと音がしたのではないかと思えるくらい一瞬で顔が真っ赤になった。
なんだ、結構簡単なんだ。
ただ、飾りもなく素直に言えば、伝わるものなんだな。
まぁ、俺は、姫さんって人物が好きなんだけどな……
ポカンとしている姫さんの頬にキスをする。
すると、姫さんはこっち側に戻ってきたのかビクッと体に反応があった。
「ウィル!
からかうのも程々にしてよね!!」
怒りはじめる姫さん。
「どうでもいいけど、僕の背中の上で愛の囁きを言い続けるの辞めてくれ……
恥ずかしすぎて……どうにかなりそう!!!」
下からの非難の声に姫さんと俺は笑いあう。
「とにかく、姫さんは、誑し込むのは禁止な!
セバスみたいな心の綺麗な世の男性たちの犯罪率が上がって、
とても可愛そうだ……!!」
「僕は、余計だと思うけど、それは、同感!」
本人は、なんで?という顔をしている。
「それなら、ナタリーに試してみ!
たぶん、腰砕ける……」
男性陣2人は、わからないと首をかしげている姫に深いため息をつくのであった。
ナタリーにも続きますよ!