2月14日の約束
アンナが珍しく本に没頭している。
いや、本に没頭していてくれると……今は助かるというか……心の平穏が訪れているところだ。
「ジョージア様、東の国では、『ちよこれいと』というものを女性から男性に贈り愛の告白をするの
ですって!知ってますか?」
「いや、知らないな。
女性から、愛の告白か……可愛らしくていいね?」
執務室で休憩をしていると急に話かけられた。
アンナが、こんな男女のイベントを積極的に話してくることは珍しく、なんだか期待をして気持ちでうきうきとしたうわついた気持ちになってしまう。
「ジョージア様、何、笑っているんです?」
アンナが訝し気に指摘し、口元を押さえると確かに口角が上がっていた。
「アン……」
「私に期待しても何もありませんよ?思い出し笑いですか?」
あぁ……先に言われてしまった。期待するなと。
いや、想像通りの答えに、今度は苦笑いしてしまう。
そして、無表情に淡々と話しを進めて行くアンナ。
「『ちよこれいと』って黒くて甘いらしいのですけど、どんな食べ物なのでしょうね?
ここらへんでは見かけたことがないですね?」
「確かに聞かないものだね?甘い物好きのアンナにとっては、気になる存在かな?」
「そうですねぇ、黒いのにって言うのがちょっと気になります。
今度、ニコライにでも聞いてみましょうかね?」
興味津々という風で、とってもいい笑顔を向けてきた。
アンナは、本当に甘いお菓子が大好きだ。
頭の中は、甘いお菓子、俺たちの子ども、興味あるもの、体を動かすことでいっぱいで、きっと俺のことなんて全く考えてもいないのだろう。
なので、もうすでに次にニコライに会うときの話をしていて、ちっともこっちを見ようともしない。
しかも、嬉しそうに声が弾んでいる。
それすら可愛いと思ってしまうのは、なんともはやって気はするけど、こんなふうにアンナが好きなものの話をしながら笑っているのを見ていてたら気持ちもほっこりする。
「そういえば! 初めてこっちに来た年の2月14日にジョージア様から青薔薇をいただきましたね!」
何を言い出すのだ?と思って身構えてみたのだが……バレンタインのことを思い出したようだ。
ローズディアに来た年のバレンタインに青薔薇を贈ったことを。
すっかり忘れられていたのかと思うと少し寂しいが、思い出してくれたので、ちょっとは俺のことも考えてくれているのだろう。
「あぁ、バレンタインだからね。男性から好きな女性に告白する日だよ。
アンナは、すでに婚約者だったから告白じゃなくて愛の言葉を囁いたつもりだったんだけど……」
目を丸くしている。
確かに、あの日もそんな顔をしたあとに赤面して腕の中から逃げてしまった。
「そうだったのですか?あの日は、なんだかくすぐったくて……逃げちゃいましたね?」
「そうだね、結構、傷つくんだよ?ああいうの」
「ごめんなさい」
しょぼんとアンナは肩を落としてしまった。
そんな顔をさせるつもりはなかったのに。
「ローズディアには、そういう文化があるのですね。私、知らなかったです。
トワイスには、特にこれと言って何もないので、学園でローズディアの子たちがソワソワしているのが
何故なのかわからなかったんですよね。
興味もなかったですし……確かに、その日は呼び出しが尋常じゃなかったということだけは覚えて
いますけど……
さっきの『ちよこれいと』の話もバレンタインの話らしいですよ!」
「じゃあ、いつか、『ちよこれいと』が手に入ったら、アンナが俺に愛を囁いてくれるのかな?」
「嫌ですよ!恥ずかしいじゃないですか?」
「アンナにも羞恥はあるんだね?」
「失礼ですね!私にだって、羞恥くらいはあります!」
ふふっと笑うアンナ。
なんだか、出会った頃の幼さ残る顔になっている。
アンナは、俺の前では、仕草ひとつひとつが可愛らしい。
社交会に出れば、凛とした一輪の薔薇であり、品格が桁違いに変わるのに。
その立居姿は、そこかしこの男性陣の目を奪っていくので、結婚した今でも目を離すわけにはいかなかった。
一部女性陣にも人気があると聞いたことすらある。
そんなアンナは、不意にとても柔らかい笑顔を振りまくのだ。
そのギャップに振り回されている人は、少なくないだろう。
その内の一人であることは、自覚している。
まぁ、その笑顔は、屋敷にいるときは常に振りまいているし、なんなら侍女に叱られてしょぼくれてる姿もよく見かける。
それを見れるのは、俺だけのいや、俺やアンナの友人たちの特権だろう。
仲良くしている彼彼女たちは、もっとアンナのいろいろな顔を見ているのかもしれない。
「そういえば、アンナの誕生日を祝ってなかったね?」
「そうですね?別にいいですよ?いい年ですから、誕生日くらい気にもしていません」
「いや、ダメだろ?」
「そんなこと言ったって、私もジョージア様を祝ってませんしおあいこです」
家族や友人にとても大事にされてたアンナが、興味ないみたいな話をすることがなんだか寂しい。
俺の至らなさといえば、そうなのでなんとも言えないのだが……アンナの方を見れば、何か思いついたのかいいこと考えましたと言う顔をしている。
こういうときは、覚悟を持って聞かないといけないので気を引き締める。
「じゃあ、毎年、バレンタインにジョージア様と私の合同誕生日会をしましょう!」
「えっ?」
「合同誕生日会」
「あぁあ、いや、別に……合同じゃなくてもいいんじゃない?
ほら、アンナの誕生日はアンナの誕生日として祝わないと!」
たぶん、アンナの中で、別々に祝うのがめんどくさいとなったのだろう。
せめて、アンナには、めんどくさい以外にも、俺のことを思ってもらいたいものなのだが……
それなら、こっちの……俺の言い分を通してしまおう。
「わかった、合同でいいよ!じゃあさ、せっかくだし、その日は、必ず1日中一緒にいる日にしよう。
例え、大喧嘩してても、その日だけは仲直りしてね?」
「あっ!それ、ずるいですよ!私、怒ってる前提で話してますよね!」
「そりゃそうでしょ?俺がアンナに怒ることってないし!」
むぅっと頬っぺたを膨らませている。
たまに幼いことをするのは、兄であるサシャや幼馴染のヘンリー殿が甘やかしていたからだろう。
俺もベタベタに甘やかしたいのだが、なかなか、そうはさせてくれない。
「わかりました!じゃあ、2月14日は、仲良くする日ってことで、約束ですからね!」
「あぁ、わかった。約束だ」
アンナは、不意にニコッと笑いかけてくる。
その無邪気な笑顔は少し怖いなんて思っていると、そのあとに、はぁ……とため息をついている。
今の状況をわかっていて条件を言ったのだから、少しくらい意趣返ししてもいいだろう。
「ところで、今日って、2月14日なんだけど……」
「わかって言いましたよね?」
「そうだね?喧嘩もしてたし。ほらほら、今日は仲良く過ごすんでしょ?」
そう言うと、怒っていたアンナは、仕方なさげにこちらに寄ってきた。
今、まさに大喧嘩というか、アンナが怒っていたのだ。
首筋に手を置いたなぁと思っていたら、ストンっと座っている上に座ってくる。
「仲良くするんでしょ?」
いたずらっぽく笑うアンナは、どこか色香を纏わせている。
落ちないように腰に腕を回すと体をよじってキスをせがんでくる。
軽く唇を重ねる。幾度となく……ひとつひとつが段々長くなっていく。
少しずつアンナの体温もあがっているようで、吐息が熱い。
「……喧嘩はおしまいですね?」
甘えるように囁いてくる。
「喧嘩っていうより、アンナが怒っていたんだけどね……一方的に」
すると、やっと落ち着いたアンナの怒りが再沸する。
言わない方がいいことを言ってしまったことを後悔した。
「ジョージア様が、女性の香水をたくさんつけて帰ってくるのがダメなんですよ!
しかも、1つや2つじゃなくて……一体何人と仲良くしてたんですかね?」
「仲良くするのはアンナだけだから!!公世子様に付き合わされていただけね!
ほら、もう、今日は言い合いはおしまい。今日は、ついでにもう執務もおしまい」
「執務はしましょう!」
「執務なんて、アンナが目の前にいたら手につかないよ。
あぁ、ベッドで愛を囁き合うのも執務に入るかな?」
どうでしょうねぇ?なんて笑って誤魔化してるアンナはぷいっとむこうを向いてしまった。
そんな仕草も愛おしく、よいしょっと抱きかかえる。
それに慌ててワタワタしているアンナが、ぎゅっと抱きついてくる。
すると、アンナの甘い香水がふわっと香る。
「ジョージア様、大好きですよ」
コソッと囁いてくれた言葉は、別居生活が続いていたからこそ、心に体に染みわたっていく。
こちらに帰ってきてから、ずっとずっと待ち望んでいたのだ。
アンナの心がどこにあるのかわからず、確かめるすべもなくいたのでどんな甘いお菓子よりも最高の甘い言葉であった。
答える代わりにアンナをベッドにおろしキスをする。
アンナの透き通るような白い肌に愛情の分だけ赤く薔薇の花びらを散らしたように痕をつけていくのであった。




