ジョージアの内情
「ご賢明な判断、ありがとう存じます」
言葉を残して出て行ったアンナは、初めて見た公爵夫人としての妻の顔であった。
今は別宅に住んでいる俺は、アンナが出産するまでは本宅で一緒に暮らしていた。
俺にとって、アンナがいる毎日は、退屈することなくそれでいて穏やかで心地よい日々が輝いていた。
何より、アンナの出産をとても楽しみにしていたのだ。
ジョーが生まれた日、報告を受け真っ先にアンナの顔を見に行こうと思っていた。
別宅の執事に連れられ別宅にくるまでは……
別宅にて、アンナの出産の報告があり、子どものことについて侍女にきいた。
「お子様ですか?
アンナリーゼ様そっくりアメジストの瞳でとても綺麗なお子様でしたよ」
侍女の言葉に、アンバー公爵家の後継ぎの子どもが生まれることを期待しすぎて愕然としたのを今でも覚えている。
ソフィアの子どもも生まれ、本宅に帰るなら毒を煽るというソフィアを置いて帰るわけにはいかず、そのまま別宅で生活をしている。
近いのに遠いアンナのことを想う。
何をしているのだろう?
風邪は引いてないだろうか?
母親になって、少しは落ち着いただろうか?
何もしなければアンナのことばかり考える日々に、夜会で久しぶりに見かけた。
目が合った瞬間に倒れてしまったので、アメジストのような瞳に見つめられることなど無く、寂しく辛く思ったものだ。
そして今日、元気なアンナの冷たい声に背筋が凍った。
ソフィアとの子どもは、ソフィアに似た黒髪に黒の瞳の男の子であり、初めて抱く我が子をとても可愛がった。
小さな手が、俺の指を握った時の感動は、未だ覚えている。
俺は、ずっとアンナやその子どもに対して邪険に扱ってきたのだ。
本宅には一歩も近づかず、一定のお金だけを渡す生活をしている。
そんな彼女が最近領地運営や公爵家のうんぬんを調べ上げ、色々と苦言を言うようになった。
それは、どれもこれも私が今現在頭を悩ませている案件ばかりである。
アンナの訴えは最もである。
図星をつかれ俺が頑なになってしまっただけだ。
今日、アンナが部屋に入ってきたとき、いつもと雰囲気が違うように感じた。
だが、いつも訴えてくるのは、領地運営のずさんさやソフィアやその子どもへのお金の使い方が良くないというようなことを言われ、俺も意固地になって、頑なにアンナを拒絶していたため面会をするのも億劫であった。
勝手に俺は、アンナの子どもが蜂蜜色の瞳を持って生まれると確信し、違うと知らされたときに絶望し、全てアンナが悪いと決めつけて今まで拒絶もし、信用していなかった。
今現在、領地運営がダメなのもアンナのせいにしてしまいたかったし、そんな気さえしていた。
あの日までは領地運営もアンナと二人でしてきたにも拘わらず、うまくいかない自分のことは棚に上げて、アンナを余計に恨みたくなったのだ。
最初の質問で、それらもろもろ顔に出ていたようでアンナに指摘され心の中で反省する。本当に他人のことはよく見ているものだなと思う。
アンナの魅力の一つであった。よく見てもない人のことに注意は向かないからだ。
話を切り替えられた時、最初、私の気を引くためのウソかと思った。
アンナがジョーという子どもの話をし始めたとき、そんなわけがないと頭の中で何度も思った。
じっとアメジストの瞳に見つめられ、ウソではないような気がしてくる。
むしろ、俺自身、確かめたこともない第一子について何も知らないことに打ちのめされる。さらにアンナの実家である侯爵夫人が動き始めたこと、社交界での噂、何よりもソフィアが我が子をそれも蜂蜜色の瞳を持つ子どもを殺そうと手を回していたことに思考が止まってしまう。
あまり知られていないが、ローズディア公国には、建国時より続く古い法律がある。
それは、アンバー公爵家についての法であり、当主に関するものである。
『アンバー公爵家の当主は、代々蜂蜜色の瞳を持つ者とする。
もし、当代で条件に合わなかった場合は、国宝のアンバー宝飾5つを持って当主とする。
また、蜂蜜色の瞳を持つ者を殺害するもしくは企てたときは、当家以外の者によりなさ
れた場合、その家は取り潰しとし末代までを死刑とする』
この法は、アンバー公爵家にいれば当然知っていることだったが、私の母は、ソフィアに公爵家の教育は一切しなかったため知らなかったのだろう。
もちろん生家である男爵家も古い法律であるから知らなかったはずだ。
アンバー公爵家次期当主の命を狙うことは、とても馬鹿げていることだ。
これが公に出れば、ソフィアだけでなく男爵家も取り潰しとなり、みな死刑となるのだ。
知っていれば、そんな大それたことはしないであろうが、知らないからと法を曲げることもできないため、事が成れば罪に問われる。
アンナが今のところは黙っていると言ってくれていたが、どう転がるかわからない。
現にアンナの母は、このことを知っているのだろう。
「そうか……跡取りが俺にもいたのか……抱いてやることもできなかった。
多分、これからもそれはできないんだろう……なんて情けないのか……」
俯いた執務机の上にはポタポタと滴が落ちて行く。
それと同時に、アンナの優秀さがわかる。
領地運営について、図書館で見つけ注進してくれた。
それだけでなく、運営方法も変革するべきだと訴え、支出についても調べていたようだ。
アンナのことについてこちらにつかまされた情報は、全くもって正確なものではないことがわかる。
学園での優秀さ、行動力、御転婆令嬢の名は伊達ではないようだ。
俺は、アンナと2年一緒の学び舎にいた。
アンナの通りは、「ストロベリークイーン」その名の通りアンナの周りには、トワイス国現王太子や宰相の令息、王太子妃など錚々たる人物が取り囲んでいた。
我が国の学生もアンナの側に控えていたはずだ。
なにせ、俺もその中の一人であったのだから。
アンナは、とにかく人を引き付けて誑し込む。
貴族だけでなく教員や一般学科の生徒も虜になっていただろう。
当時、年頃になったアンナの婚約者レースは大勢の候補がいたが、一番に名乗りを上げていたのがトワイス国王太子だったのを覚えている。
王太子と宰相令息とは、アンナの幼馴染だと聞いたことがある。
確かに王太子と宰相令息がアンナに一番近いところにいたことは、側から見てもわかっていたことだったし、皆言わないだけで周知の事実であった。
レースとは名ばかりの王太子のためだけの出来レースだったのだ。
王妃にと国からも望まれていたという噂まであった。
そんな引く手数多のアンナの婚約者レースが打ち切られたのは、俺が学園を卒業した翌年であった。
アンナが俺の婚約者となり、第一夫人となったからだ。
経緯は隣国での話なので定かではないが、次期王妃にと王太子に望まれたらしい。
しかし、アンナは断った。
何故断ったのかは、誰も知らないらしいが、俺は宰相令息と色恋があったのではないかと思っている。
しかし、アンナは彼と結婚することもなく、国同士が決めた集団政略結婚に名前を連ねた。みな、アンナを望んだらしい。
ローズディア公国の公世子を始め、皇族や公爵家がだ。
だが、アンナはその上位貴族を一蹴してしまう。
まさに豪傑と言わしめていたが、アンナが選んだのは、他の誰でもない俺であった。
当時、爵位の低い男爵位の娘のソフィアを結婚相手にしてほしいと両親に認めてもらう最中であった。
それもこれも、今思えば幼馴染のソフィアに押し切られていたのだが……ようやく婚約が許されたところに皇室より両親と共に召喚命令が来たのを覚えている。
内容は、集団政略結婚による婚約について、相手側より私を指名してきたという話である。そこで聞いた話は、皇族や他の公爵家との縁談も断ったという娘が婚約者は俺でないと嫌だということだった。
是非ともこのローズディア公国に迎えたい令嬢だそうでなんとしても公爵夫人として迎え入れてほしいと皇族に言わしめる。
なんて迷惑な話だと断ろうとしたが、両親は侯爵家の娘であることに喜び受けるよう私をその場で説得し始めた。
やっとの思いで婚約を取りつけられた俺としては、両親の変わり身に呆れはて、納得のいかない俺は皇族にその令嬢は誰かと尋ねることにした。
「発言するご無礼をお許しください。一体誰が私を婚約者として指名してきているので
しょうか?皇族や他の公爵家の方々を蔑ろにするような方との縁談なんて……」
そこで言葉をきると、王によりその名前を聞かされる。
「その候補者の名前は、アンナリーゼ・トロン・フレイゼン伯爵令嬢である。
そなたを生涯の伴侶として所望のようだ」
俺はその名前を聞いて驚きのあまり二つ返事で受けてしまった。
「よろこんでその縁談、お受けします」
険呑としていた俺の変わり身に両親も皇族も驚いていたが、諦めていたアンナとの結婚が目の前にあるのなら、手放しで受け入れるに決まっている。
それほどに魅力的であった。
棚から牡丹餅とはこのことなのだろう。
それでも、彼女に望まれていることがこれほど嬉しいことなのか、世界が全く別物のように輝いて見えた。
240話 決戦日の直後あたりのお話です。
久しぶりに相対するアンナに対し、今までのことを考えている……そんなお話。
ダメっぷりを発揮する王子様ですね。
続きもあります。




