やっと
ウィルやセバスが爵位をもらった後くらいです。
ナタリーもなかなか……強い女性に育ったのかぁ……?
未だに離婚できず、屋敷で燻ってる毎日。
アンナリーゼ様からのお便りでは、ウィルとセバスの昇進の報告会があったことが書かれていた。
私は、夜会やお茶会以外、一切この部屋から出ない。
あと少しの我慢だと思っていても、アンナリーゼやセバスから手紙が来れば、私だけ取り残されているようでとても焦ってしまう気持ちがどうしてもある。
ウィルとセバスが羨ましい……
私だってアンナリーゼ様の役に立ちたいし、側にありたい!
一刻も早く、側に侍らしてもらいたいのだ。
なのに、あんの下衆が、離婚することを嫌がった。
結婚する前から、三行半を投げてたにもかかわらず……
毎日毎日、離婚の書類を持って、会いたくもない下衆に会いに行かないといけない。
「旦那様、そろそろ、ここにサインしていただけませんか?」
「いや、ナタリー……
それは、絶対にできぬ!
そなた無しでは、ダメなんだ!」
どの口がいうか!
私は、怒りでふつふつと感情がこみ上げてくる。
好きだから嫉妬で怒りがこみあげてくるわけではない。
私は、ただ、この下衆が、あの教師に被ってとても嫌悪の塊なのだ……
いまだに若い女の子を拐かしてきていることを知らないとでも思っているのか……?
私は、大きくため息をつき、あまりにも腹がたってきたので、執務椅子に座っている旦那をひっくり返してやる。
火事場のーなんたらだ。
そのときもアンナリーゼ様から頂いた指輪には、もちろん傷一つつけない。
チラッと指輪を見て傷がついてないかを確認する。
アンナリーゼの瞳と同じアメジスト。
これを見ると、焦がれてしまう。
恋なのだろうか?と考えたこともあったが、そんな安っぽいものではない!
「そ……その指輪のヤツと、さ……再婚するのか?!
そんな安っぽいもので満足なのか!」
椅子からひっくり返されたので、腰を床で打ったらしくいたた……さすりながらも、安い三文芝居のセリフで疑うようなことをいう旦那に嫌気がさす。
下衆な旦那が、癪だった。
私は、足で旦那の肩を壁に打ち付ける。
ブーツのヒールが関節にハマったのか、痛いと大騒ぎだ。
「こんな手荒な真似はしたくは、なかったのだけど……
私の大切な方から頂いた、この指輪。
あなたのような人間が見ることすら、おこがましい!」
さらに、私は足に力を入れる。
「な……ナタリー許してくれ……
君がどこの誰と通じてようが、誰を想っていようが構わない。
ナタリーが必要なんだ!
な?考え直してくれ!!」
「嫌です!私は、あの方の側にありたい!
これ以上、待てません!」
さらに押し込むように足に力を入れ、私は、旦那を見下している。
そして、離婚届をだらっと右手に持ってサインを迫ろうとした。
「そ……そんなにセバスチャンがいいのか?
そなた、セバスチャンと手紙をやり取りしているであろう!
わしが知らぬとでも思ったか!」
「セバス……?」
「違うのか……?」
フッと私は、旦那を鼻で笑う。
私は、アンナリーゼ様を心から慕っているのだ。
こんなやつに、アンナリーゼ様の良さがわかってたまるか。
この口から名前が出ることすら許したくない!
「セバスですか?
セバスは、私の大切な友人。
先日も文官ながらに、インゼロ帝国とこの小競り合いを調停してしまう程の
策士ですよ?
あなた程度のボンクラと一緒になさいますな!」
蔑む視線は、さらに厳しいものとなっている。
ガラスに映る私は、なんて浅ましいのだろうと思う。
「早く、サインさないませ。
利き手の左は、勘弁して差し上げているのですから!
それとも、サインはされませんか?」
「絶対にせぬ!」
「それは、何故?
私以外にたくさん女性はいらっしゃるでしょうに……
私にこだわる必要はございませんでしょ?
ダド……」
ダドリー男爵の末娘をもらい受ける話をしようとした瞬間、青ざめて下衆は叫んだ。
「ナタリー何故それを!」
「当たり前ですわ!
私、それなりに顔はきくのですよ?
何のために行きたくもない社交界に顔を出していると思いでしたか?」
勝ち誇った私は、妖しく笑う。
そして、言い放つ。
「お遊びは、程ほどになさいませんと……
危ない橋を渡ることになりますわよ!
まさか、ダドリー男爵ともあろう方も、自分の娘が、旦那ではない人の子を
生んで育てているとは、思いもしませんでしょうね?
あの方、私が推測するにかなりの策士と思いますわ。
すでに知っているのではなくて?
私が、公表せずとも!」
ダドリー男爵に比べ、私の実家や旦那の方が爵位は上だ。
でも、確か、娘は、さらに上の爵位家に入っているはずだ。
公表すれば、多額のお金と結納金の返金がダドリー男爵家に請求されるだろう。
元をただせば、この下衆が、攫ってきた子の中にいたのが、件の娘なのだ。
助け出したが、遅かったのだ……
悪いことをしたなぁ……とも思っていたが、こんなところで役に立ってくれるとは思わなかった。
ちなみに、身元も事情もしっかり聴いてメモをとり、そのメモに間違いがないか本人にもサインをさせておいた。
あと何人か同じような令嬢は、助けたが上位爵位に嫁ぐこともないのでメモは持っているが、この下衆の前にはちらつかせない。
「これ、何かわかりますか?」
「…………」
目を見開いてしっかり読んでいる。
そして、最後のサインを見てひゅっと息を飲んでいる。
「おっと……
誰も、立っていいって言ってませんし、これは、差し上げられませんわ!」
ニッコリ笑っておく。
「わかった……
離婚届にサインをしよう……」
「ありがとうございます!
これは、今のところ、公表しないでおきますね!」
メモをクルクルっと巻いて握ると、反対側の離婚届を前に出す。
それを受け取り、サインを書かせる。
やっと、やっと自由になれた!
その油断が逆に旦那に勢いをつかせる。
床に組み敷かれてしまった。
「ナタリー、わしの可愛いナタリーや……
やっと……やっとだ。
わしのものに……」
首筋をねっとりした舌で舐められゾゾっと怖気る。
力では勝てそうにないし、重量たっぷりで腹の上にのられているのだ。
どうしようもなかった。
油断、したなぁ……と、私は天井をみつめるしかない。
ドレスは、破かれ肌が露わになるが、悲鳴1つ、涙一粒も流さない。
「面白くないなぁ……
そんな強情なナタリーもいい……」
しばらく好きにさせていたら、向こうが勝手に油断してくれた。
私、足癖が悪いのよね……
ちょうど浮いた腰のおかげでヒールのかかとでふくらはぎを思いっきりグリグリっとすると痛かったらしい。
どいてくれた。
破れたドレスは、そのままに転がる元旦那様の腹にガンと足で止め押さえる。
ひぃーーーーっと悲鳴を上げている元旦那様に向かってにっこり笑いかける。
たぷたぷしたお腹を押さえつけるのはなかなか難しい。
「旦那様、お世話になりましたわ。
おいたは、程々にしておかないと、今後、楽しむこともできなくなりますわよ!」
捨て台詞を言えば、あまりに許容できなかったのか気絶してしまった。
あらあら……
さてと、我が家に帰りましょう!
「父を今すぐ、呼んでくれる?」
かしこまりましたと、執事が恭しく礼をとって部屋から出て行った。
私も部屋に戻ることにする。
「ナタリー様!
どうなさったのですか!?」
私の破かれたドレスを見て、侍女たちは驚く。
侍女と言っても私が助けた女性たちである。
「あの下衆が……」
「いいのよ!
それより、これから父を呼びだしたので整えてくれるかしら?
あと、引越しの準備をしておいて。
父が来たら、帰るわ!」
女性たちは、悲しそうに私を見る。
捨てられてしまうと不安をあらわにしている彼女たちをみて、思わず笑ってしまった。
「あなたたちも一緒に行くのよ!
準備なさい!」
その一言で、歓喜し「はい」と答え、準備にいそしみ始める。
私には、こんなことしかできないけど……
アンナリーゼにもらったアメジストの指輪にそっとキスをする。
「私、これでやっとあの方のところにいけます!」
「ナタリー様、あの方って?」
引っ越し準備をしている侍女たちは、聞き返してくる。
「そのうち、会わせてあげるわ!
きっと、あなたたちも気に入るはずよ!」
ニッコリ笑うと彼女たちは何も聞かず、微笑んでくれるのであった。




