白薔薇は
アンナとのラストダンスは、もうすぐ終わりを告げる。
手放すとは言ったが、離れがたい。
俺は、握ったアンナの手をまだ離せずに抱いた細い腰を支えたままである。
できることなら、どこにもやらず、このまま自分の腕の中に閉じ込めておきたい。
どんなに俺が願っていても、アンナがこんな狭いところで大人しく収まってくれるとは、到底思えないけど……アンナを見つめ、思わずため息をつきたくなった。
卒業式の祝賀会でホールに二人きりの時間。
他の誰の邪魔も入らないこの時間が永遠に続けばいいのにと、俺はどんなに惨めに願っているのだろうか。
殿下の粋な計らいで、俺とアンナだけがホールに立っていた。
アンナのアメジストのような瞳を見つめると、潤んでいるのか揺らめく。
こんなに長く見つめたのは、フレイゼン領に行ったとき以来だろう。
潤んでいるのは、アンナの瞳だけではない。俺の視界が、少しだけ滲む。
アンナの手を今離せば、もう2度と握ることはできない。
決意の固いアンナは、俺のことなどお構いなしだ。
トワイス国筆頭公爵家サンストーンは、負けたのだ。
誰にか……ローズディア公国筆頭公爵家アンバーに……ジョージアにだ。
いや、アンナリーゼという少女にみなが動かされた結果だろう。
こんなに長い間、ずっと側にいたにも関わらず、俺はアンナの心を手に入れることができなかった。
『予知夢』によってもたらされた最悪の未来を避けるために、アンナは自分の心にまで蓋をしてしまっていたことに気付かなかった。
サシャは気を遣ってくれたのだろう。あの雪の日、少なからず想われているのだと知ることになる。
でも、アンナが選んだのは、俺でなく、銀髪の君だった。
俺が死ぬ未来を避けたいから。
そんな起こるか起こらないかわからない未来より、俺はアンナが側にいてくれる今がこれからが欲しかった。
アンナが頑なに拒否し続けることや聞く限りでは、起こりうる未来なのだろう。
もう、何年も準備をしてきていたことを知ったとき、バカだバカだと言っていたアンナの優秀な手腕を垣間見た。
それにも打ちのめされた気持ちになった。
知っているのは、ごくわずかな人だけ。父にアンナが関わった事件や今後起こりうる事柄への対策を聞かされたとき、震えが止まらなかった。
サシャの結婚もアンナが段取りしたと聞いたときは驚いたものだ。
国中に広がったワイズ伯爵の失脚にアンナが関わっていたという噂の真相も、サシャが教えてくれた。
俺がのほほんとしているうちに、一体どれほどのことをしてきたのだろうか?
多分、殿下とシルキー様の婚約も関わっている。
殿下とシルキー様の側に公爵令嬢のメアリーを推したのも何かあるだろう。
そうすると、ローズディア出身であるウィルやセバスチャン、ナタリー嬢なんて、完全に向こうに行ったときに何かしらの人員であることは明らかだ。
貴族だけでなく、ニコライとかいったか?商人の息子まで抱きかかえたと言うことは何かしらしでかすためであろう。
一体、この細っこい体に、どれだけの力を蓄えているのだろうか?
ハニーローズか……俺に取っては憎い子どもだな……はぁ……
でも、アンナの子どもだと思うとそこまででもあるな。
ピンクの髪にアメジストの瞳だと、なお、いいのに。
婚約、おめでとうと言えばありがとうと喜ぶアンナ。
俺の初恋は、叶わず終わった。
終わったんだ……と思うと、ふっと心が軽くなった気がした。
アンナに言われ、イリアの側に向かう。
振り返ることは、しない……でも、『僕のお姫様』だけは、永遠に俺だけのものだと、そっとしまう。
◆◇◆◇◆
「お父様、ここに飾ってある薔薇、とても綺麗ですね!」
「あぁ、そうだな。卒業式の薔薇だよ!いつか、ジュリアンナもパートナーを得て薔薇を取れるように
頑張るといい!」
「これは、お母様との薔薇ですの?」
「違うわ、ジュリアンナ。それは、この国1番のじゃじゃ馬令嬢のアンナリーゼと取ったものよ!」
「お母様!」
「イリア、棘が……」
「旦那様と私の薔薇は、ピンクでしたの。それでも十分でしたけど……まさか、旦那様とアンナが、
白ば……白薔薇?」
「あぁ、白薔薇をもらった」
「……白薔薇の伝説って……本当でしたのね。そうですか、アンナも旦那様のことを」
どうされたのです?とジュリアンナがイリアを覗き込んでいた。
「アンナは、隣国のアンバー領主のジョージア様と政略結婚をしたのよ」
「政略結婚ですか?」
「表向きは、そうだね。本人が望んでジョージア様と結婚したんだよ。ジュリアンナと同い年の娘が
いるはずだよ。たしか……アンジェラ」
「容姿は、ジョージア様に似たとか……中身がアンナに似たら、大変ね……」
「確かに……ジョージ様だけでも手に負えない程の人気ぶりなのに……アンナも他国にまで名をとどろ
かせるほど、人気の令嬢だった。誰もが、その手を取りたがっていたんだ。
まぁ、モテぶりは、未だに健在らしいけどね!」
「アンナ様は、じゃじゃ馬って……」
「あぁ、アンナは、そんな言葉で収まらないくらいだよ……確か、前に近衛の剣術大会に出場して、
優勝したとかなんとか、サシャが言っていた……な」
「相変わらずね……」
俺とイリアは、ストロベリーピンクの髪を揺らし剣を振り回し、バッタバッタと近衛たちを切り伏せていく様子を思い浮かべため息をつく。
「あの、お父様、それで、白薔薇の伝説って……」
「白薔薇は、相手と交換するとその人の想いに応えて色が変わるんだ」
「色が変わる?」
「そう。色が……」
「旦那様が、アンナに渡した白薔薇は赤薔薇にかわっていたようですね。エリザベス様に見せていただき
ましたわ!旦那様のお名前がありましたから、間違いないですわね!」
「……イリア」
「うちにあるのは、アンナの薔薇ですわね!赤薔薇ですか……」
「何故、お父様もお母様も赤薔薇に拘るのです?」
「理由があるのよ!薔薇には色によって意味が変わるの。赤は、あなたを愛していますですよね?
旦那様?」
「……あぁ、そうだな」
答えにくい話を言われ、うっとなったが、イリアは俺やアンナの気持ちを知った上でこの結婚を受け入れたのだ。
思うところはあっただろうが、責めないでもらいたい。
「旦那様がアンナをどんなに大事にしていたかは、私も知っていましたわ。今も旦那様が動く理由が
アンナであることも知っています。
それと同時に、私やジュリアンナ、ヤリスを心から愛してくれていることも。私は、この薔薇を見ても
もう、動じませんよ!誰もが心に秘めているものはありますものね!」
イリアの言葉は、確かに俺に当てはまる。
今でも、アンナは俺の中で特別で動く理由ではある。アンナが望んだのは、殿下や家族だけではなく、イリアも含め俺の大事に思う人を守れるように力をつけてくれと言っていたのだ。
「イリア」
「何です?」
「愛しているよ」
「まぁ、私もですわ!旦那様。出会ったあの日から、アンナに負けず劣らず、ずっと旦那様だけを
愛していますわ!」
コホンと咳ばらいをするジュリアンナ。
「お父様、お母様……私のいないところで、そういうお話はしていただけませんか?」
「あら、ジュリアンナは、まだ、いたのね?」
「私が、お父様と話していたのですけど……邪魔者は出ていきますので、どうぞ……」
「そう拗ねるな。ジュリアンナも愛しているぞ?」
「私もですわ、お父様。アンナ様のことも聞けて良かったです」
それではとジュリアンナは部屋から出て行き、残されたイリアが懐かしそうに赤薔薇を見ていた。
「アンナも旦那様のことを愛していたのですね……」
「残酷な話だな。気持ちだけ置いて行くなんて」
「確かに……でも、旦那様もでしょ?」
「ハハハ……」
「真っ赤でしたわ!アンナの部屋にあった薔薇!」
「ま……まぁ、いいじゃないか。今はイリアの側でずっといるんだから、怒るなって」
「怒ってませんよ!これって、心変わりしたら、色は変わりますの?」
「……どうだろうね?……その瞬間の気持ちだけじゃないかな?」
誤魔化したが、イリアも白薔薇の伝説は知っているだろう。
色褪せない赤薔薇。
アンナの愛情は重いんだと言ったサシャ。
これが、答えなのだろう。密かにアンナの心に俺は生き続けている。
それは、アンナにとっての『私の王子様』という意味だろうが、この薔薇が、いつか、この心臓の鼓動が停まるまで、赤いままであってほしいと、俺は心の中で祈るのであった。
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