96話 潜入
パロマ帝国の入国審査は口が回るユーリのお陰で突破出来た。城内へ入る際も、彼が予め用意していた通行証により快く通された。(本当に有能で惚れ惚れするね)
そして冒頭に至る、だ。
僕はと言うと、歩き慣れない靴を履いているせいか思うように脚を踏み出せないでもたもたしてる。足がスースーするし、なんだか居た堪れない。
僕が男だと知ってる人が見たらさぞかし滑稽だろう。イーダにでも目撃されたら、お腹を抱えて笑われる。いくら僕でも半年は立ち直れない。
パロマの王城内は一見しただけだと質素に見えるが、凄く実用的だ。機能性、動線重視で無駄に華美た所は無いけど、それでいて国が豊かなのが分かる。
天井へ掲げられた旗や、廊下に飾られた鎧、芸術的な絵画に目を奪われていると、前方から騎士が3人駆け足で此方へ来た。
ユーリが僕を庇いながらお辞儀をする。僕もビクビクしながらそれに倣った。
騎士は会釈をしながら足早に通り過ぎる。僕達を捕まえに来たのかと思った。(心臓に悪いなぁ)
『城へ入る時も思ったけど警備が厚いね。何だか慌ただしい感じもするし…』
「ええ。人の出入りも激しいですし、我々にとっては好都合かもしれませんね」
城内に見慣れない顔触れが紛れても目立たないと言う事だろう。
『今は禁書庫を目指してるのかい?』
「いえ…この城で唯一味方になって頂けそうな方の所へ向かっています。我々が城へ侵入した事も、もうご存知でしょうから」
味方になってくれるかもしれない人?
もしかして、ユーリが以前お世話になっていた人とかかな。でも、変装して慎ましく入ってきたのにもうバレてるって…凄い達人とか何かかい?(おっかない)広範囲の【探知】を常にしてる元仙人でも城に住んでるのかな。
ユーリの案内で、ある部屋の前まで辿り着く。
人目に付かないような場所にある階段下の物置き部屋なのだが、彼がノックすると向こう側から返事が聞こえた。
物置きの扉を叩いて人の声が返って来る事にまず驚く。ユーリは扉を開いて先に僕を促した。
脚を踏み入れて気付いたけど、中は物置き部屋なんかじゃない。そこは豪華な私室が設けられていた。
もう一度振り返るが、信じられない。確かに階段下の扉に入ったのに、そこは日当たりの良い温かな部屋だった。
白をベースにした上品な私室。色とりどりの花や硝子細工が飾られて、雫を模したクリスタルが美しいシャンデリアまである。
「きゃーー!」
部屋の中を見回していた僕は、いきなり何者かに抱き付かれた。吃驚して心臓が爆ぜるかと思った。
背は今の僕の胸程の、赤毛の似合う14歳くらいの少女だ。ウェーブ掛かった髪は長くて、フリルがあしらわれたドレスに身を包んでいる。
『え…だ、誰?』
困惑しながら、胸に顔を埋める少女を見遣る。ユーリに助けを求めると、彼は珍しく苦笑いを零していた。
「彼女はエニレシア・イェーガー=パロマ様です。オルハロネオ様の妹君にあたります」
『オルハロネオの、妹さん!?』
こんなに可愛い子が!?…言われて見れば髪の色や目に面影がある、気がしなくもない。
驚く僕から離れた少女は、軽く咳払いして今更ながら作法に則ったお辞儀をする。
「初めまして、アルバラード様。ご紹介に預かりました通り、私はエニレシアと申します。どうか、お気軽にエニシャとお呼び下さいね」
大人っぽく微笑む彼女は優美さを兼ね備えていた。
『は、初めまして?宜しく、エニシャ』
「はぐ…」
『どしたの?』
「いえ…ずっとお慕いしていたアルバラード様に、笑い掛けて頂ける日が来るとは思わず」
もじもじと頬を紅潮させるエニシャは幸せそうに溜め息をする。
『その、何処かで会った事ある?初めましてって言ってたけど…』
「数年前にオルハお兄様といらっしゃるのをお見掛けしましたわ。それ以来ずっとお話が出来る時を心待ちにしておりましたの」
(アルバくんも罪な男だなぁ)こんな可愛らしい子に一目惚れされるなんて。
僕は2人を見守るお爺ちゃんくらいの気持ちで微笑ましい内容に耳を傾ける。
「髪色が変わってましたが、直ぐアルバラード様だと分かりましたわ!」
『髪色どころか性別が変わってるんだけどなぁ』
「うふふ、性別など誤差です。私の特殊魔法を使用せずとも、好きな殿方くらい見分けがつきますわ」
『特殊魔法?』
首を傾げた僕に、エニシャは微笑んで見せる。
「詳しい事は座ってお話ししましょう、紅茶を用意させます。アルバラード様此方にいらして下さい。ユリウスも久し振りですね」
「ご無沙汰しております。エニレシア様」
ユーリが柔かにお辞儀をした。
僕は彼女に連れられて、多くの花が植えられた庭が見渡せる部屋に通される。
『此処は何処なの?』
「私のお部屋です、と言うのはアルバラード様の疑問全てにはお答え出来ていないですよね?」
クスクス笑う妹さんは、椅子に置いていた縫いぐるみを抱いた。その縫いぐるみは人型で、黒髪で目が赤くギリシャ風の服を着ている。デフォルメされたアルバくんそのものだ。
「正確に言えば此処は王城ではなく、隣接した使用人が使っている屋敷に当たります」
『でも…』
僕は王城の、しかも階段下の扉から来たのだ。
「私の特殊魔法です。条件が合う扉でしたら、私の自室と繋げる事が出来ますの」
『条件って?』
「完全に扉として機能を果たしている事と、あとは私が実際に通った事のある扉である事、などでしょうか?」
お手洗いでよくある上部が空いた衝立に近いタイプの扉はダメで、実際に扉を潜るって事は彼女が通れる程の大きさの扉、が前提条件か。
『ん、…どしたの?』
考え事をした僕の横顔をキラキラと澄んだ瞳で覗き込むエニシャに声を掛ける。
「いえ、…アルバラード様に私の事を知って貰うのが嬉しいだけですわ。さぁ!もっと何でも聞いて下さい!」
トロンとした様子で手を広げる彼女を見てると、五天王の皆や統括の姿を思い出す。どうしてアルバくんの周りって、こう、暴走しちゃう女の子が多いんだろう。
ユーリが僕の心中を察したのかポンと肩に手を置いて励ましてくれた。
エニシャが聞かれてもいないスリーサイズを言った所で、僕の目端に懐かしいものが映る。
『わぁ、これ…』
幼少の頃似たような物を見た記憶のあるジオラマだった。しかも実際の城をそのまま小さくしたような素晴らしいクオリティ。ジオラマの中でもかなり大きいサイズだ。
「中を見ますか?」
『うん、是非』
エニシャがジオラマの内部が見れるように、城を広げてくれる。彼女が言うには多少分解すれば各部屋一つ一つまで見れるようになっているらしい。
城の中も細部まで拘って作られたのが一目で分かる。応接室や執務室、会議室は勿論、厨房やリネン室、その食器や台車に至るまで再現されており、最早職人技だ。(これは、見ていて飽きないなぁ)
「パロマ城の縮小版です。部屋の位置も、縮小のサイズも寸分の狂いも無く作って貰いました」
『それは凄いな…』
「私の能力は実際に通った事のある扉を覚えておく必要があります。位置や外の把握はしっかりしておかなければ…」
話を聞きながら見ていたジオラマの中で、何かが動く。それは小さな青色の棒だった。
ジオラマの完成度に感動して見えてなかったその棒は、至る所で動き回っている。一部では赤い棒も見受けられる。
いつか見たすごろくゲームのプレイヤーのピンみたいだ。
『って、これまさか…』
「ええ。城の中の人物の位置は全て分かっておりますの。青は男性、赤は女性。私が一度見た人物であれば、誰なのかも分かります」
チートじゃないか。
「なので2人が城へ来た事も分かっておりましたよ。早く私の扉をノックして下さらないか、何処の扉が1番良いのか楽しく考えてましたの」
「人気の無い扉を探すのに苦労しました」
彼女の特殊魔法を知っていたらしきユーリは平然としたものだ。
この城においてエニシャは最強だ。各ある扉へ渡る事が出来て、城内の様子を常に監視出来る立場にある。
彼女に隠れて禁書庫に侵入するなど、恐らく無理だ。
「お茶菓子をご用意しますね!さぁ、2人とも此方にお座り下さいな」
実に楽しそうに、エニシャは僕達に椅子を進める。
丸い机とセットになった椅子はシンプルで可愛いものだった。
エニシャがチリンと呼び鈴を鳴らすと、暫くして扉がノックされる。応対した彼女は「3人分の紅茶と、お茶菓子をお願いしますね」と侍女に対しても兄とは比べ物にならないくらい礼儀正しい。
座ったまま身を乗り出して扉の奥を覗けば、パントリーらしき場所に通じている。不思議な光景に感嘆する事しか出来ない。
直ぐにお茶の準備が整い、テーブルに茶請けの菓子が並ぶ。パロマの紅茶はアッサムに似て風味の濃いものだ。ミルクティーにしたら凄く美味しい。
緊張していた身体に染み渡る温かさと美味しさに感動する。
「それで、お2人が訪ねて来たと言う事は何かお困り事ですか?」
エニシャが紅茶にミルクを足して掻き混ぜながら本題を切り出した。
「…アルバ様のお噂は此方にも広がっていますか?」
「勿論です。雷をいとも容易く扱う魔王として、パロマ中を騒がせてます。流石アルバラード様ですわ」
紅茶を啜って表情は隠していたけど、胃が痛みだす。それらは事実だけど、事実じゃないんだ。今の僕は静電気の宴会芸しか出来ない。どうして力が使えたのかとか、今使えないのとか、この謎を解明しないといつか本当に命を落とす。
「パロマ帝国の国民の多くも大迷宮でアルバラード様に救われまして、その冒険者が国中に広めていますのよ」
『う…』
ニコニコ微笑むエニシャとは対照的に陰鬱な雰囲気を纏い、せめてお菓子を美味しく頂く。
「でしたら話は早いです。アルバ様はご自分以外に同じ事の出来る魔族を探しておいでです。手掛かりとして、昔パロマ帝国を焼き払った大魔獣の記録…時期外れな落雷など、その全てを拝見したい」
「禁書庫ですね?」
「ええ。それ以外のパロマ帝国に関する書物には一切手を触れません」
ユーリの強い言葉に僕も頷いた。
「はぁ…」
少女からため息が漏れる。(やっぱりダメかな?)
「残念ですわ。他の事に関してでしたらアルバラード様の為、何でもお力になれますのに」
「では…?」
「禁書庫への扉は繋がっていないのです。更に、オルハお兄様が最近入り口の仕掛けを弄ったと話を聞きましたわ。私は禁書庫の仕掛けまで存じませんの」
協力したいのは山々だが扉渡りで禁書庫まで送れない事を憂いているみたいだ。オルハロネオが細工していたみたいだし残念だけど、諦めるしかないかなぁ。
「オルハお兄様に直接頼んでみますか?」
『いや…僕は彼に嫌われてるみたいだから』
多分良い返事は貰えない。そもそも身分を隠して入国してるから見つかったら何を言われるか分かったものじゃない。
『オルハロネオには内緒で頼むよ。もしもバレるような事があれば躊躇い無く攻撃される。激怒した彼は怖いからね』
オルハロネオには前科がある。
魔王会議に赴いた僕を何度も殺す気で魔法をぶっ放して来た。
お陰でウロボロスの指輪のメンテナンスに時間が掛かってる。預けた際のジェニーの引き攣った顔と言ったら…。
その時、ノック音が部屋に響いた。
「何方かしら?」
瞬時にジオラマを見るエニシャ。人物を特定し、僕に振り返る。
「オルハお兄様だわ」
『!!』
僕の侵入がバレたのか、ただ妹さんを訪ねただけか。(噂をすればってよく言うよね)ユーリを見るが彼は落ち着いて紅茶を一口飲んだ。
「エニレシア様、どうか我々の事は内密に。茶会に招待した友人とでも仰って下さい」
か、隠れないの!?
咄嗟にローブのフードを被って、パニックになっていた僕とは違い堂々としていた。
「、分かりました。その様に説明してみますわ」




