95話 女の子
パロマ帝国の帝都。
ざっくばらんにブルクハルトがイギリス風の城なら、パロマはフランス風の城だと言える。因みにメビウスはトルコ風の宮殿だろうか。
オルハロネオが住む巨大な王城は、小高い崖の上に作られており街が一望できる。攻め込むにも一筋縄ではいかない頑丈そうな城壁に囲まれ、大国を思わせる立派な国旗が上空で揺らめいていた。
僕は城内の廊下を落ち着き無く挙動不審で歩く。上質な絨毯を踏んで、案内人のユーリの背を追い掛けた。
『ね、ユーリ。やっぱり僕の格好変じゃないかな?』
「とんでもない。大変お似合いでいらっしゃいますよ」
『…何だか素直に喜べないなぁ』
人の良い笑顔で返してくれるけど、戸惑った様子で頬を掻く。
僕は生まれて初めてスカートという物を履いてる。誤解の無いように言えば、体自体が女の子になっている。
白と山吹色を基調とした魔導師が着るような服だ。膝丈しかないスカートは生地が薄くてヒラヒラスカスカする。上からいつものフード付きローブを羽織り、変装は完璧だ。
これはユーリも同じで、彼も今は彼女なのだ。(ややこしい!)彼は女性用スーツの上に白衣を着ており、一見すれば誰か分からない。解せないのは、彼はズボンなのに対し僕がスカートを着せられた一点だ。
何故こんな事になっているのか、それには勿論ちゃんと理由があって、2人して目覚めてしまった訳ではない。
事の発端は数日前。
ブルクハルトの城にある図書室で、僕はユーリと調べ物をしていた。今は静電気くらいの力しか使えないけど、一度は僕も魔法(?)が使えたのだ。その法則や発動条件がもしもあるならいざと言う時の為に知っておくべきだ。
イーダが言うには僕の力は固有スキルって事だけど、前例が無いから確信は持てないって言われた。
ユーリには僕と同じ人が居ないか調べてもらっている。魔歴の中でも良いし、今も魔大陸の何処かに居るなら会って話がしたい。
雷を操る大魔獣のノヴァに話を聞いてみるも、収穫は無かった。
彼女は国や人にあまり興味が無いみたいだから当然かもしれない。
『…やっぱり載ってないね』
「ええ、雷神龍に関する記述は屡々見受けられますが、雷を操る魔族となると…」
難しい顔をしたユーリが本をなぞる。
本を読んでいて分かった事だが、普通の魔術師が扱う雷は下位魔法でも高難易度が高く、魔力を多く消費するらしい。
人が使う魔法に比べて、雷神龍やノヴァが纏う稲妻は高圧で大変危険なようだ。
そういえばノヴァに雷を落とされた時は死を覚悟したものだ。彼女の放電が僕に効かなかったのも、この体質が原因か…?
「…帝国の禁書庫にはノヴァの同族に焼け野原にされた実録が残っています。それに関連して、もしかしたらアルバ様が欲する情報もあるかもしれません」
『本当!?』
「…問題は禁書庫がパロマ帝国帝都の王城、オルハロネオ様の部屋から程近い場所に入口があり、巧妙に隠されていると言う点、ですね」
『げ、オルハロネオの…』
彼にはあまり近付きたくない。僕を毛嫌いしているし、例え禁書庫を見せて下さい、と丁寧に頼んでも絶対見せてくれない自信がある。
魔王会議の時にイーダから聞いたけど、昔僕は彼に何かしてしまったらしい。そのせいで私怨が募っているなら歓迎は望めない。
今はオルハロネオ、と言うかイーダとジュノ以外の魔王に近付きたくない。
フェラーリオに黄金虫を介して僕の事を伝えた人物かもしれないのだ。【鮮血】の人格変貌は、序列第5位の彼を焚き付けるには十分な情報だったみたいだし、他にどんな情報が漏れているのか詳細不明な状況では気が気じゃ無い。
虫の息のフェラーリオから聞き出した話だと、相手から聞いたのは僕の記憶が無くなり、攻撃的な性格から一変して穏和になったと言う事。(うーん、)間違ってはいない。だからこそ悪辣なのだ。
「…私がパロマ帝国に潜入し、お望みの本を拝借して参ります」
『そ、そんな事が出来るの…?ユーリはパロマ帝国から追放されたって聞いてるけど…』
「変装します。その手に関しては多くの手段を持っておりますので、大丈夫ですよ」
僕を安心させる笑顔を浮かべて、彼は自信たっぷりに話す。
しかし、僕の脳裏に怒れるオルハロネオの姿が容易に浮かんだ。『でも、もしもオルハロネオに見つかったりしたら…』と不安が口を突く。
「…もし見つかって、私だと暴かれた際は命は無いでしょう」
『っ、僕も一緒に行くよ…!』
気付けば身を乗り出していた。
僕が知りたい情報をユーリが命懸けで得ようとしているのだ。ジッとなんてしていられない。
「……しかし、一緒にパロマへ行かれるとなれば、アルバ様にも変装が必要になるかと思います。そんな窮屈な思いをさせてしまう事は、私としてはあまりに…」
ユーリは項垂れる。
オルハロネオは僕がパロマ帝国へ入国する事さえ良しとしないかもしれない。それはユーリも同義だ。それ故に必然的に僕にも変装が必要なのだろう。
『大丈夫だよ』
「…オルハロネオ様は魔法による識別阻害や、魔法アイテムの認識阻害を全て見破るアイテムをお持ちです。ですので、シャルルの付与した認識阻害の眼鏡も看破されてしまいます」
つまり、シャルルに水魔法で瞳の色を変えて貰っても、認識阻害の眼鏡を掛けてもオルハロネオの前では意味を成さないと言う事。
彼の神経質なまでの用心深さは会議の時に目にしていた。しかし、そこまでとは。
『ユーリはどうするの?』
「…薬で一時的に別人へなります」
『へぇ、それは凄い…!』
ユーリは懐から小瓶を出した。
中にはピンク色の毒々しい液体が入っている。
「私が発明した、性転換に至る薬です」
(性、転換?)つまり、それを飲めば男の子は女の子に、女の子は男の子になると言う事?
「数年前に禁書庫に潜り込んだ時も使用しましたので、効果は実証済みです。ただ継続には4時間ごとに同じ薬を飲む必要があります」
『ユーリが女の子って…』
眼鏡効果で知的な感じの女性になりそうだ。白衣が似合う保健医か、研究チームを率いる聡明な女性か…。
「人体に害はありません。お召し上がりになられますか?」
『え?良いの?』
女の子になれるって、興味はある。好奇心に負けて怪しい薬をユーリから受け取った。
小瓶の蓋を開けて、漂って来たのは甘い匂い。これなら抵抗無く飲めるかもしれない。
躊躇い無く口へ流し込む。美味しくもないけど不味くもない。
『…?』
何も起こらない。僕が向かいのユーリに視線を移すと、ゾワリと異変が起きた。(熱い、かも)バクバクと心臓が暴れ出して、椅子に座ろうとしたが蹌踉めく。そのまま床へ転倒した僕へ、ユーリが駆け寄って来た。
「大丈夫ですか?アルバ様…」
『…ごめ、…ケホッ…大丈夫…』
手を貸してくれた彼の手を取って起き上がる。しかし、僕の喉から出た声に僕自身が驚いた。(声が…)高くなっている。ユーリの手が大きくなったと錯覚する程に僕の手が小さい。とどめに髪だ。邪魔なくらいに伸びてる。リリスくらいあるんじゃないかな。
ギリシャ風のいつもの服が肩からずり落ちた。それ程に今の僕の体は華奢で線が細い。
「……一先ず、メイドを呼びましょう」
『うん?』
ユーリが顔を背けている。上半身丸出しで羞恥も無い僕を極力視界に入れないようにしていた。(ごめんごめん)服を肩に掛け直して、扉に控えたメイドさんに声を掛けた。
◆◇◆◇◆◇
「アルバちゃん!次はコレ着てね?」
「アルバ様!此方になさって下さいッ!きっとお似合いです!」
「お兄様…いえ、この場合だとお姉様?私の服が丁度良いと思います!如何ですか?」
「主人殿が女子になるなら、妾が男になろうかのぉ」
僕は数時間、五天王と統括の女子達に囲まれて着せ替え人形にされていた。僕の元の服は全部サイズが合わない。
戻るまで裸でいる訳にもいかず、皆に相談して服を貸して貰う事になった。ついでに、パロマに行く時の服も見繕って貰う。
「パロマ帝国に赴かれるなら、これが良いと思います」
「動き易いのが良いに決まってるじゃん?」
「ララルカ、それは露出がありすぎるわ。おに、お姉様の白い肌を目にしてオス共が涎を垂らすなんて絶対ダメ」
瞳が同じルビーアイだから何の疑いも無く僕だって受け入れてもらったけど、秘密裏に潜入したい場合唯一無二の瞳は少し厄介だ。
(あれ?いや、そんな事もない)大迷宮に僕とお揃いの元気なルビーアイの彼が居たじゃないか!
唯一無二と言われている宝石眼だが、もっと探せば実は知られていないだけで、ルビーアイの人達がまだまだ居るかもしれない。僕はただ王様ってだけで認知度が高かっただけだ。(うんうん、大丈夫だ)
「やはり新しく服を仕立てるのが良いかもしれませんね」
リリスがメイドさんに仕立て屋を呼ぶように伝えようとしたので、僕は『大丈夫だよ!一度しか着ないし!』と慌てる。たった一度しか着ない服を仕立てて貰うって贅沢と言うか、流石に勿体なさすぎる。
『サイズはシャルのが1番合うかなー』
僕の今の背丈だと彼女が近い。目線が同じシャルの頭をポンポン撫でる。
シャルは嬉しそうに「えへへ…」と笑った。
彼女の服は露出も少ない方だし、何とかなりそうだ。ただ、当てがわれるのはスカートばかり…ズボンがあれば1番良いのだけど。
『ノヴァ、その髪留め1つ貸してくれない?髪が邪魔で…』
「うむ、良いぞ。妾が結ってやろう」
ノヴァが僕の髪を結んでくれる。彼女が髪を纏めた場所は少し位置が下で、肩甲骨辺りだ。(まぁ、良いか)折角結んでくれたんだし、先程より行動に差し支えもない。
「アルバ様がどの様な理由からパロマ帝国へ出向かれるのか私如きでは推察すら出来ませんが…」
『大した理由じゃないよ。ただ、オルハロネオに見付かると煩そうだから用心してるだけさ』
リリスって頭が良いから僕のやる事なす事に深い意味があると思ってそうで怖い。
終いには魔王会議でのイーダ達との同盟や、大迷宮の殲滅、残党魔種族の従属化も僕が狙ってやった事だと認識していると知った時は吃驚した。誤解はちゃんと解いておいたけど、皆分かってくれただろうか。
「……パロマ帝国とは小競り合いをした時期もあるので私としては少し心配ですが…アルバ様のお力の前では奴らの存在など等しく無意味です。行ってらっしゃいませ、アルバ様。お早いお帰りをお待ちしております」
待ってくれ。今の言葉は激しく不安を駆り立てられる。仲が悪い国だけど僕なら大丈夫だよねって事かい?全然大丈夫じゃない。素性がバレたら殺される。
僕は悲壮な顔でパロマ帝国入り当日を迎えたのだった。




