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92話 魔王 対 魔王①



 ハーピーの翼を持ったまま、アルバはヒヒラドに飲まれる。液状の彼にとっては、可笑しな真似をしたらコイツを殺すぞと密かに脅されているようで、言葉に従う他無かった。

 彼らを包み、フェラーリオが待ち構える闘技の間まで転移する。


 地下290階層の闘技場。

 ヒヒラドが出現すると、松明に火が灯った。地面に足が付いたアルバは、暗闇が晴れた視界に何となく周囲を見回す。

 大きな正方形の舞台。左右にある観客席は満席だった。全員手枷と足枷、猿轡をされ、その濁った目に極度の疲労が漂う。

 自ら大迷宮を訪れた冒険者と、隣国から攫われた者達だ。収穫祭の為に今まで監禁されていた事が分かる。

 彼らは突如フェラーリオの部下と共に現れたアルバを見て騒めいた。何者なのかと目を見張る。


 最奥の大きな扉からフェラーリオが現れた。完全武装で鎧を身に付け、小振りな斧を胸に3本装備している。


『…やぁ』


「……貴様、ヤハリ以前ノ貴様デハナイナ」


 笑みを貼り付けたアルバの和やかな挨拶に、フェラーリオは確信する。


『まぁ、そうだね』


「ククク…ハハハハッ!」

 

 聞いていた通りだ。今までの記憶がない。つまり、コイツは【鮮血】であって【鮮血】ではない。嗤笑が溢れた。

 まさかあの傲慢な男が、笑顔を浮かべるヒヨッコになり下がってるとは思わなかった。魔王会議では虎の威を借る狐だった訳だ。(所詮小物ダ!俺ノ敵デハ無イ!)

 地下250階層まで消滅したと聞いた時は耳を疑ったが、噂に聞く弱者が縋る魔道具アーティファクトとやらに頼ったに違い無い。

 今の彼は昔の奴の力より明らかに劣る。その証拠に纏う空気は覇気も、威圧すらない。こうなってしまえば、ルビーアイも宝の持ち腐れだ。


 隙を見たハーピーが身じろぎして『おっと』と羽を掴み直す。


「フェラーリオ様ッ!」


 悲痛な叫びで主人に助けを求めた。


「ハーピーヨ…案内ゴ苦労ダッタ」


「は、はい…っ」


 咎められるかと思っていた。彼女は微かに安堵して、頬を緩める。ブルクハルトの魔王に恐れをなして、案内を申し出てしまった手前フェラーリオの激昂を恐れていた。

 元よりヒヒラドへ任せて逃亡するつもりだった。予期せぬ白髪の彼の言葉に圧を感じ、思わず頷いてしまったが、この分だとフェラーリオに叱責される事も無さそうだ。


 安心した彼女の額に斧が生えて血飛沫が上がった。

 フェラーリオが投擲した小斧が頭に刺さり頭蓋を割っていた。

 観客席から言葉にならない悲鳴が上がる。


『…』


「敵ニ媚ビル弱者ハ要ラン」


 特に大したリアクションも無く、アルバは掴んでいた羽を放した。ドサリとハーピーの体が舞台上に沈み細かく痙攣する。


『…リリスが世話になったみたいだね』


「行方不明ニナッタ輩ノ事ヲ鬱陶シク嗅ギ回ッテイタノデナ。此処ヘ招待シタノダ」


『……そっか。あー…自分を許せなくなるなぁ』


 再調査をして欲しいと頼んだのはアルバだ。その事実と結果に責任を感じ、拳に力が籠った。


『リリスが此処に行き着いたって事は国の人を攫ってたのも君だね。観客席に座らされてるこの人達がそうかい?』


「如何ニモ。コイツラニハ、魔歴ガ変ワル見届ケ人ニナッテ貰ウ」


 歴史が変わるその瞬間に立ち会う事を許された者達。皆薄汚れ衰弱している。魔王会議で彼が言っていた、弱者に餌をやる趣味は無いという言葉を思い出した。


『酷い環境みたいだね』


 観戦席に目をやりながら、率直に述べる。


「フン…収穫祭デ長ク生キ残ッタ奴ハ、生カシテオイテヤル。立会人トシテノ義務ヲ果タシテ貰オウ」


 義務とは正当防衛の証人だ。

 収穫祭との単語が出ると、周囲の者の顔色が変わった。顔面蒼白でガタガタと震えている。何故拐かされ捕らえられているのか聞かされているのだ。


「サァ、【鮮血】何処カラデモ掛カッテ来イ」


 初めて明かされた青年の素性に、客席は湧いた。まさか目の前に居る彼が、暴君で知られるブルクハルトの魔王であると誰も思わなかった。


 魔王(暴虐)魔王(鮮血)


 最悪と最悪。しかし、彼らは敵対している。

 収穫祭を目前に困窮していた者達は、突如現れたブルクハルトの魔王が神の遣いか何かではないかと誤想する。

 日々飢えて逃げる気力も無くなり、残酷にも時が過ぎて行く。運命の日に怯え憔悴した彼らの前に現れた白髪の青年は、それ程に神々しく映った。

 自分達に与えられた最後のチャンスだと。【鮮血】が生き残る事が、自らが助かる可能性のある唯一の道だと。

 祈る思いで固唾を飲んだ。


『…』


 アルバは片脚を上げ、舞台を踏む。闘技場を電気が走った。

 フェラーリオが眉を顰めたその時、地面が砕ける。足場が瓦礫に変わり、重力に従い落下する。(何ダト…!?)


 アルバを中心に大きく八等分。狙わず出来る芸当ではない。奈落の間に独立していた闘技用リングは、フェラーリオ諸共暗闇に落ちていった。


 (ダガ…奴モ落チテイルゾ!?)岩石と共に落下するフェラーリオ。その視界にアルバの姿も捉える。

 これは好機だ。空中で攻撃を避ける事など出来ない。


 【無限の火縄銃】固有スキル発動。アルバの頭部の真横へ火縄銃が具現化される。


『ーーッ』


パアァンッ!!


 アルバは間一髪、首だけの動きで弾丸を避けていた。続け様に後方から銃口を向けられ、一緒に落下する瓦礫を盾にする。岩礫に2発の弾が埋まり、その威力に粉々に砕け散った。

 大きな石板を蹴って距離を取り、立て続けに発射される弾丸を避ける。


「チョコマカト…猿メガ」


 奥歯をギリリと噛み締め、器用に瓦礫に飛び移るアルバに狙いを定めた。


『ふぅ〜…吃驚した。面白い力だね。銃?随分古い型だ…』


「強者ニ相応シイ武器ダ。大型ノ魔物サエ風穴ヲ開ケル威力!」


 彼の火縄銃は通常の物より大きく殺傷能力は高い。火縄の部分は鉱石で、火薬は魔力結晶で代用されており雨天などでも関係なく使用する事が出来た。


 フェラーリオの周囲に6丁の火縄銃が並ぶ。それらが一気に点火され、火を噴いた。


======


 リングが消え去り、奈落へ通じる暗闇から沢山の銃声がする。観客席に座る者は、その銃声は何方が優勢を示すものか見当がつかない。

 最前列に居る者は食い入るように奈落の奥を見つめ、ブルクハルトの魔王の安否を気遣う。


 痺れを切らした1人が口に巻かれた布を取り払い、「下はどうなってるんだ!?」と声を発した。フェラーリオの部下や魔種族は居ないので、それを咎められる事もない。

 それが先駆になり、人々は自ら口に噛んでいたロープや猿轡を外す。


「今のうちに逃げよう…!」


「馬鹿言うな!連れ戻されるに決まってる」


「私の子供を知りませんか!?一緒に連れて来られた筈なのです…っ」


 混乱と動揺でパニック寸前だった。

 そこへ渾身の怒号が飛ぶ。


「黙れッ!!」


 会場は騒然とした。腹から出した一声は一瞬にして彼らを飲む凄みがあった為だ。

 短髪で茶色い髪をした人間の冒険者。立派な筋肉を持つ堅いの良い男だった。疲労の色が濃いが、彼は虎視眈々と脱出のチャンスを窺っていた。


 その仲間らしき魔導師の男が「その言い方はないだろう」と不服を唱える。茶髪は自らが発した暴言に怯える人々に「嗚呼、悪かった」と落ち着いた声を出した。


「パニックになるな。皆冷静になって、物事をしっかり見てしっかり考えろ。…俺が言いてーのはコレさ」


「まぁ、間違っちゃいないけどな」


 水色の髪の人の良さそうな魔導師は、パーティーの仲間に「しっかりしろ」と肩を貸す。


「しかし、まさか陛下が現れるとは…」


「嗚呼…如何やら【暴虐】とは敵対してるらしい」


「あれがブルクハルトの魔王?全然、キュクロプスじゃねーじゃねーか!」


 ヘンリク・アドバンは己の仲間の頭を指で弾く。


「だぁから!俺がずっと言ってただろうが!」


 久しく笑っていなかった彼らに明るい表情が戻る。


「陛下がリングを壊す前、こっちに目配せしたと思うんだよな」


 バッハが考え込んだ。


 その言葉を受け「俺達を助けに来てくれたってーのは、都合が良過ぎるよな」とヘンリクは軽く笑って、体力の乏しい一般人を補助する。

 そもそも彼は、自分達が大迷宮連邦国を訪れた事を知らない。大迷宮の収穫祭の日程は不定期だ。運悪くその期間に入国してしまったと知った時にはもう遅かった。


「でも陛下が行方不明になった者達を気に掛けていたのは間違いないみたいだ」


 バッハが先程の【暴虐】との会話を思い出しながら口にする。


「はぁー…俺も陛下の収める国に生まれたかったぜ」


「違いないな」


 ブルクハルトの魔王について話をしていると、周囲の者達の耳も集まった。【鮮血】が負ければ魔物の餌にされるのだ、無理もない。


「彼は今のうちに逃げろと言ってるんですかね?」


 仲間の言葉に暫し思考したヘンリクは、それを否定した。


「冒険者だけじゃなく、一般人が居る地獄みてーなこの場を見たんだ。俺達冒険者は兎も角、今にも死にそうな市民にそれを期待したとは思えねー」


「…と、言うと?」


「陛下は俺達が戦いに巻き込まれないように大迷宮ラビュリントスの魔王と下層に落ちたのさ」


 ヘンリクの推理に、周囲に居た一般人も納得の色を見せる。

 魔王同士の争いは、いわば災害級だ。それ故に彼らは厳しい掟に縛られ、これを厳守している。


「…戦いは長引かねーと思うぜ」


「嗚呼、恐らくな」


 ヘンリクとバッハには確信があった。


 

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