表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/146

89話 統括



 気が付けば、暗がりに居た。彼女が目覚めると同時に周囲の松明に炎が走る。

 リリアスが居たのは大きな闘技場のような場所だった。正方形の舞台の周囲は奈落に通じると思われる程に深い闇だ。落ちたらひとたまりもない。

 その奈落を挟んで、左右に観客席が用意されている。


 それ以外には、リリアスの背後と正面に大きな扉がある。はたして、どちらが出口に通じるのか…。

 少し考えた後、彼女は後方の扉へ手を掛けた。


「来テ直グ帰ルナド、ツレナイナ。【鮮血】ノ犬ヨ」


「…」


 大迷宮連邦国の王、フェラーリオ・イブラ。いつの間にか彼が中央の観戦席に腰を下ろしていた。

 腕を組むミノタウロスを、リリアスは半ば睨み付けるように見る。


「…やはり、行方不明者は貴方の仕業ね。これで、我が主人は正当な理由により貴方を粛清出来る。バルトロメイ様も黙っては居ないでしょう」


「フン!貴様ラモ収穫祭ハ祝ウダロウ?祭リニ馳走ハ常識。我ガ国民モ収穫祭ヲ心待チニシテイルノダ」


 彼が今までこんな暴挙に及んだ事はない。

 それはブルクハルトに冒険者ギルドを設立し、大迷宮を訪れる冒険者の数が減っているのも理由の1つだ。

 しかし、彼らが居心地の良い地を訪れ、滞在するのは当然と言える。

 フェラーリオはその点、冒険者を食材か金銭の運び屋くらいにしか考えていない。


 大迷宮には冒険者の心休まる場所は一切皆無であるし、食べ物もない。彼らは自らが持参した水と、長期保存が可能な固形の携帯食料で食い繋ぐしかない。近年100階層までしか攻略出来ていない要因はそこにもある。

 大迷宮は過酷な環境で精神や身体を鍛えるには打って付けだが、力を読み誤って死ぬ事だけは最も避けたい場所だ。

 力尽きれば魔物が集まり、解体され、食われる。後日何処かの入り口にドッグタグだけ吐き出されるという、なんとも熾烈極まりない所だ。


「肉ガ少ナイト内乱ガ起コルノデナ」


「…彼らは?」


「300階層ノ奥デ飼育シテイル。収穫祭当日ニナルマデナ」


 一般市民も含まれる筈だ。冒険者と違って、彼らは何の訓練もしていない。日数から考えて限界が近い。

 それを収穫祭だと?主人が聞いたらさぞ心を痛めるに違い無い。


 一斉に肉を解き放ち、狩りを楽しむのが大迷宮ラビュリントスの収穫祭だ。250階層より以下の住人は常識外れの力を持つと聞いた事があった。解き放った瞬間から、蹂躙が開始される。久しく食していなかった人肉の味はさぞかし美味だろう。


 例年では、誓約書に名前を記入した冒険者が捕縛され参加させられていた行事だが、今回は違う。

 人が集まらなかったからと言って他国の者を攫う所業は、如何考えても国際問題だ。


「…彼らを解放し、地上に連れて行くわ」


「ソウハサセン。貴様ニハ【鮮血】へ伝言ヲ届ケテ貰ウ」


「伝言?」


 リリアスの四方から、のっそりと異形の者達が現れた。

 身の丈程の杖を持つバフォメット。ドロドロした悪臭の原因、ヒヒラド。耳障りな高音で何事か叫ぶハーピー。立髪を後方に撫で付けるチュパカブラ。バキバキと手を鳴らすガグ。


「何故貴様二我ガ国ノ内状ヲ正直二話シタト思ウ?貴様ハ此処デ、二度ト喋レナイ体ニナルカラダ!」


 哄笑を上げるフェラーリオの「行ケ」の合図で、幹部は一斉にリリアス目掛けて突進した。


 彼女は魔力で剣を生成し、攻撃全てを受け止める。


「アルバ様との食事を控えているって言うのに」


 彼女の剛腕に押し負けたガグにトドメを刺そうと剣を振り上げる。しかし、彼の足元から黒い粘液が噴射し、標的を覆い隠してしまった。

 ガグを抱えたまま地面に染み込み、厄介な能力にリリアスは眉を顰める。


 ハーピーが高速で飛び、すれ違い様に鉤爪で肉を抉ろうとした。


「キャハハハハ!」


 甲高い声が鼓膜を揺らす。 

 杖を構えるバフォメットの背後へ、ガグが転移していた。(成る程…)黒くテラテラ光る油の塊は、他者を包容する事で自在に転移出来るのか。この能力があれば、他国の者を攫うのだって容易だ。


 バフォメットが杖を振る。禍々しい色の【光矢】がリリアスを襲うが、彼女は全てを叩き落とした。

 普段ブルクハルト魔術師団筆頭のシャルルの魔法を見ていれば、彼の魔術など下級だ。


 後1人の部下、チュパカブラは動かなかった。

 立髪を撫で付ける格好のまま停止している。癪に触るのは、彼の脚が片方踵を上げている点だ。


「貴方やる気は無いのかしら」


「待テ」

 

 ピシャリと言って、今度は首から肩に手をやり、また動きを止める。


「ん?違うナ…こっち、こっちの方が格好良いカ…」

 

 まさか決めポーズでも練習しているのか。リリアスの表情が痙攣した。

 チュパカブラは自信家で、己がルビーアイである事に疑いはない。それ故のナルシストっぷりは同胞でさえ呆れている。


「あんた何やってるのさ!さっさと殺しちまうんだよ!」


「勝利の時ニ、ポーズに迷ってしまったラ台無しダろ?今の内に考えておかないとナ。オレが魔法を放つト一瞬で終わってしまうノダから」


 リリアスがハッタリか事実か判断に迷う程の自信。見た所魔力はそれ程あるようには見えない。何か奥の手を隠し持っているのか。


「何たっテ、オレこそこの魔大陸デ唯一無二の…ルビーアイに選ばれた者ナノだからナ!!」


「…」


 外野のフェラーリオは頭痛がするのか額を抑えた。本物の宝石眼を持つ者に仕える家臣にそれを公言するとは、滑稽以外の何者でもない。

 リリアスは微笑み、剣を握る手に力を入れ過ぎる。ミシ…と柄が軋んだ。


「あら…そう、」


「何だ?オレの話を信じてイナイのか?仕方ない…では、オレの力をお目に掛けヨウ!!」


 不気味に笑ったチュパカブラは、手で三角形を作りその中にリリアスを捉えた。何が始まるのかと身構えた彼女は、警戒して刮目する。


「行くゾッ!!【灼熱の焔たる炎ヨ、今ここに古より蘇り我が手中へ集いたまエ。純粋なる穢れなキ深紅よ、全てを飲み込み焼き尽くセ】」


 まさか詠唱を始めるとは。久しく聞いていなかった詠唱呪文にリリアスは自らの表情が抜け落ちるのを感じた。


「【灼熱焔舞ヴァスティン】ッ!!」


 彼の手から渦を巻いた焔が解き放たれる。高位魔法であるが、彼の魔力に相当して威力はイマイチだ。

 苛立ちを覚えたリリアスは剣を振って、その風圧だけで炎を制圧する。


「な…!?馬鹿ナ…っ!」


「貴方、私を馬鹿にしているの?冗談は瞳の事だけにして欲しいわ」


「冗談だト?はは…やはりオレのルビーアイを恐れているノだな?」


「…」


 相手にするのも馬鹿らしい。

 隙を狙って引き裂こうとしたハーピーの突進を回避し、身体をくるりと反転させ大きな翼に刃を埋めた。


「ギャアアアァァアッ!!」


 汚い悲鳴が辺りに響く。地面に堕ちたハーピーの翼を脚で踏み躙り「まだやる気?」と笑みを浮かべる。

 

 リリアスが五天王統括の任に就いているのは、純粋に強かったからだ。幼い頃からアルバを追いかけ、その背に追い付こうと日々研鑽に励んだ。

 身体能力と防御力は五天王の誰よりも高い。アルバを守るその一点に集中し鍛えた結果であり、それが彼女の存在意義だった。


「…オ前達、何時迄遊ンデイルツモリダ。マサカ俺ノ部下ハ、【鮮血】ノ犬1匹ニモ勝テナイノカ?」


「「「「「…ッ…!」」」」」


 主人から発される威圧に、幹部達は全員が息を飲んだ。

 フェラーリオも彼女の強さは充分承知している。リリアス・カルラデルガルドはブルクハルトのNo.2だ。頭脳においても秀でている。それは3日目の魔王会議でも感じた。

 油断ならない女だからこそ、部下全員で畳み掛ける戦法をとらせたのだ。


 幹部達は先程とは違い本気で命を取りに来た。バフォメットが放つ光の弾を全弾避けながら、リリアスはヒヒラドの位置を確認する。

 チュパカブラは実は接近戦の方が得意なのか、彼女に噛みつこうと大口を開けた。しかし爪を振るうガグと身体がぶつかり、まごつく。

 何故彼が幹部の位置にいるのか不思議でしょうがない。


 魔種族は魔族や人間と違い関節の角度や個数が違う。刃が当たる直前に奇妙な動きで攻撃を回避されるのを歯痒く感じた。

 あと数分も観察すれば、彼らの動きや癖が見えて来る。関節の奇怪な曲がり方にも慣れてくる筈だ。

 

 このまま戦闘が続けばリリアスの方が体力の消耗は激しくなる。それを狙ってフェラーリオは幹部全員をけし掛けていた。

 

 (それにしても)厄介なのはドロドロの液状の彼だ。物理攻撃は当たらないし、弱点も不明。味方の窮地には駆け付けリリアスの邪魔をする。

 横目で彼を視認した時、ふと気付いた。(あの喧しい女は何処?)翼を傷付け負傷したハーピーの姿がない。

 血の跡を辿れば、闘技場のリング外の奈落に落ちた形跡があった。


「余所見とハ、良い度胸だナッ!」


 チュパカブラの噛み付きを適当にいなす。「まさか!またオレの攻撃を避けたダト!?この女とんでもないゼ…!」と、大袈裟に驚いてみせる彼の茶番には、そろそろ付き合っていられない。

 彼自慢の、主人を侮辱しているとしか思えないその赤い瞳に刺突を繰り出す。

 しかし悪臭を放つ黒い壁が立ちはだかり切先の狙いがズレた。


「キャハハハハ!」


 奈落の闇の中からハーピーが現れる。黒板を爪で引っ掻く音に似ている声に、耳を塞ぎたくなった。

 彼女が羽を羽ばたかせる度に、血に濡れた羽根が舞う。


 地に足を付けた彼女の腕には幼い少年が抱えられていた。恐らく、行方不明者の1人だ。

 薄汚れすっかり痩せ細り、怯え切っている。劣悪で過酷な投獄環境が垣間見えた。


「ルール違反では?」


「戦いにルールなんてないだろう?この大迷宮では強い者が正義さ!そこに綺麗も汚いもありゃぁしない!」


 少年の首に腕を回し、力を込めると幼い彼は「う…」と小さく呻いた。


「そのまま武器を捨てて、大人しくしてな!」


 言う事を聞くのは馬鹿げている。たった1人の命を盾にして凄んでもリリアスにとっては痛くも痒くもない。

 だが、彼はブルクハルトの国民の可能性も大いにあった。国民ならば、敬愛する主人の所有物だ。

 彼は自らの国民が無惨に殺されるのを享受しない。だからこそリリアスに再調査を命じたのだ。


 彼女は剣から手を放し、カランと乾いた音が響いた。


「キャハハハハ!」


 諦めた訳ではない。

 バフォメットがリリアスの剣を蹴って奈落へ落とした。魔力がある限り作り直せるが、この際黙っていよう。

 ガグとチュパカブラが近付いてくる。


 彼らの喉を掻き切って殺し、ハーピーの首を捻って少年を助け出すのに数秒。今なら彼らも油断しているので、必ず成功する。

 小さく息を吐き、スリットから覗く白い太腿に固定してあった暗器に手を伸ばした。


 すると後方から、凄まじい衝撃がリリアスの身を貫いた。轟音が轟き、そのまま地面に転がる。


「か、は…!?…はぁ、はぁ」


 駆け抜ける激痛、腹部を抑えた手は大量の血に濡れていた。胃から迫り上がる血を吐き出す。

 身を捻り、後方を確認した。観戦席のフェラーリオが嘲笑を浮かべている。


「ソノ通リ…、綺麗モ汚イモ無イ。油断大敵ダ。リリアス・カルラデルガルド」


 フェラーリオの固有スキル【無限の火縄銃マチュラク・インフィニティ】。

 彼は12丁の火縄銃を周囲に具現化し、自在に撃つことが出来る。自ら引き金を引かずとも彼の意志により点火させ、破裂音と共に獲物を絶命に導く。


 その弾丸が、リリアスの背中に命中し内臓を損傷させ肉を抉った。


「【鮮血】ノ犬モ、コノ程度カ。同胞ヨ、死ナナイ程度ニイタブッテヤレ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ