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86話 終幕



「遅ェんだよこのタコッ!」


 開口一番に不満をぶち撒けるオルハロネオ。それを肯定するように、イヴリースが相槌を打つ。リリィは待ち草臥れたと本を閉じた。

 腕を組んでいたフェラーリオが「…デ?先ノ無礼ニ対シテ【ルナー】ノ処分ハドウスルツモリダ?」と私憤を募らせている。


『ーーごちゃごちゃうるせぇよ』


 深淵から聞こえるような、プレッシャーの籠る声。獰猛な魔獣のような笑み。

 リリアスは久々に見る酒に酔った主人の姿に歓喜し、イーダは逆に頭を押さえた。


 今まで大人しくしていた【鮮血】に慣れていた面々は呆気に取られ、突然の豹変振りに空いた口が塞がらない。

 アルバが座る際机に脚を乗せた所で、やっと非難の声が上がった。


「あッ、コラテメー!机に脚乗せんじゃねェッ!」


『…あーあー、お前は誰よりも素行が悪そうだが、無駄に目敏くて口煩いよな。オカン気質かよ』


 ずっと思っていた彼の本音だろう。小指で耳を塞ぎ、オルハロネオの神経を逆撫でする。


「誰がオカンじゃボケェッ!!大人しくしてたと思ったら本性表しやがってッ!何だァ!?【暴虐】に突かれた件が余程イテェと見えるなァ!?」


 アルバは脚を机に乗せたまま肘掛けに頬杖を突く。


『そう【暴虐】だ。俺は耳が悪くてな、さっき言った事をもう一度言ってくれるか?俺の目を見て、さっきの台詞を違えずもう一度な』


 フェラーリオは訳が分からなかった。【ルナー】を連れて行った【鮮血】と、戻って来た彼は最早別人だ。

 目前に座る不遜な男は正に、どれだけ研磨しても辿り着く事の出来なかった遥か高みから見下ろしている。

 (マサカ、コノ俺ガ謀ラレタダト?)フェラーリオは歯軋りをする。自らに情報を齎した者の乱逆を疑った。


『ふーん…、そんなに此方を見詰めてどうした?今、何を考えているんだ?』


 全てを見通しているような、淫靡な印象を受ける微笑みだ。秘めた魔性を垂れ流し狂わせる。

 横に座っていたジュノが赤面するほどに、濃厚な色香が漂った。


 目の前の【鮮血】をいくら観察しても、彼が記憶を失い困窮しているとは微塵も思えない。だからと言って危険を冒して情報提供しに来た者の発言を虚偽と疑うのも早計だ。(落チ着ケ…)


「先程マデノ貴様トノ違イニ驚イテイタダケダ」


『そうかそうか。さっき迄の俺は、そんなに弱そうに見えたか?』


 無邪気に不意を突く。

 フェラーリオは言葉に詰まり、無言を貫いた。


「……」


『沈黙は肯定と取る。そんないたいけな俺を挑発して嬲ろうとした訳だ。俺も相当だがお前も良い性格をしてる』


 喉の奥で笑った彼は、稀有な宝石眼を細める。ワインレッドの深い色が、まるで鮮やかな血の如く光を反射した。

 フェラーリオの背筋に怖気が走る。


『そもそも、俺は連邦にダチュラの足跡があると教えただけだよな?』


「……」


『感謝こそされど、侮辱される覚えは全く無い。何を焦っている?まさかイーダの言うように本当に、ダチュラと握手するような真似をしてるのかぁ?』


「…マサカダ。ソンナ事ヲシテ何ノ特ガ有ル」


『さぁ?貴様の国の情勢には小指の甘皮程にも興味は無いんでな。貴様の窖がよっぽどシケてるとでも思っておくさ』


 腕の立つ冒険者が頻繁に出入りしている大迷宮ラビュリントスは、見付ければ一生では使い切れない程の財宝が眠っているとされる。


 フェラーリオ・イブラは貪汚で有名な魔王だ。

 狩った冒険者の金銭や武器、装備品など価値がある物は自らに献上するよう国民には躾をしている。

 狩りをするには餌があれば効率的だ。財宝と言う餌をぶら下げて待っていれば、冒険者(獲物)は自ずと現れる。

 彼の部下によって大迷宮の各所に強奪した財が配置されるが、残りは全てフェラーリオの物だ。


 彼の慾には限りがない。

 それは持ち掛けられた取引が圧倒的優位で莫大な金品が納品される甘美な条件であれば尚更、彼は履行を躊躇わない。

 ダチュラとの密約は、彼らの為に階層の一部を提供し、その全てを黙認する事。

 引き換えに彼らは多大な財宝をフェラーリオに納めており、大迷宮ラビュリントスで悪事を働く事は無い。

 互いにとって利益の有るビジネス関係だ。


「…」


 ダチュラとの繋がりを勘繰られている状況下で、今の【鮮血】には関わらない方が良い。フェラーリオは本能で察していた。


『まぁ、貴様の言う通りガルムリウスが俺を裏切ったのは事実だ。その件を誰に、何処で聞いたかはこの際どうでも良い』


 (コノ余裕…)何者かが情報を流した事は既に知れているようだ。(既ニ見当ガ付イテイルト言ウ事カ?)


『俺にとって重要なのは、その裏切り者が今どうしているかだ。ーーユーリ』


 アルバの部下の1人が一歩進み出る。

 彼の横に跪き、穏やかな笑顔で語り始めた。


「アルバ様が致命傷を与えられ、私が瀕死の彼を預かりました。149個のパーツに分かれてはいますが、今も私の研究室におります」


 人の良い笑顔を被る【狂犬マッド・ドッグ】の本性を知るオルハロネオは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 マテをし続けていた犬に、最高の玩具を与えたのだ。

 ユリウスはアルバに有り余る忠誠を捧げている。

 そんな敬愛する主人に牙を剥いたガルムリウスは、思い付く限り史上最悪の残忍な方法で裏切りを後悔させた後に命を刈り取られたに違いない。

 実際にガルムリウスは何度も殺して欲しいと懇願した後穏やかに絶命していた。


 オルハロネオでさえ、ユリウスへ罪人の処罰を任せる事はない。それは人情に背く行為であると理解している為だ。彼の趣味はそれ程に醜悪だった。

 それを承知で平然と任せられる者は、何かが欠けているとしか思えない。


『裏切り者には凄惨な死がお似合いだ。死んでも晒され続けるなんて、ガルムリウスも気の毒にな?くっくっく、最高だ。やはりユーリに頼んで正解だった』


「光栄です、アルバ様」


 恭しく頭を下げるユリウスは立ち上がり主人の後方へ戻る。


「…裏切リ者ガ出ルト言ウ事ハ、王トシテノ資質ガ疑ワシイモノダ」


『貴重な意見として覚えておこう。だが【暴虐】上位者に対する言葉には気を付けろ』


 「テメーが言うなよクソが」と横から聞こえて来たが、アルバはこれを完全に無視した。

 初めて匂わされた序列に、フェラーリオは辛酸を舐める。(コノ生意気ナ【鮮血】ヲ屠ルチャンスハマダアル。今ハ我慢スルノダ)


「悪カッタ、気ヲ付ケヨウ」


『…俺は別に良い。だが、聖王はどうだろうな』


 突然の指名にイーダは眉を上げた。(…成る程、)そしてアルバの狙いを瞬時に理解する。

 今まで再三、彼はアルバの味方であるとフェラーリオを繋縛してきた。しかし何者かの接触で、自らが優勢であると曲解したミノタウロスに、己の立場を再認識させるのが目的だ。

 敢えて序列上位者の名前を出す事で、自らの優位性を確立させる。(くっく、まるで社交界のマウントの取り方だな。アルバも考えてるじゃないか)そしてフェラーリオが何を考えているにしろ、これは牽制になる。


「初代魔王達によって定められた規約は循守されるべきだ。決して軽んじるなよ【暴虐】」


「…デハ、先ノ【ルナー】ノ慮外ハドウ処罰ヲ下スツモリダ?」


「お前のアルバへの挑発めいた物言いを思えば止めるのは当然と言える。【月】が止めてなければ俺が手を下していたと言った筈だ」


 粛清は上位者の特権だ。ジュノは立場上フェラーリオに鉄槌を下す事は出来ない。手を出すと規約違反となり粛清対象に該当する。


「貴様ラ……ッ!」


 確かな結託を感じた。

 この場に置いてフェラーリオは不利だ。つまり弱者だ。それが何より我慢ならない。(コノ俺ガ…!!)

 目の前のゴブレットを叩き割りたい衝動に駆られる。


 アルバは壁際に控えていた聖王国のメイドに酒を所望した。

 メイドは主人のイーダに目配せをして許可を求める。聖王は疲れた表情のまま「持って来てくれ」と溜め息を吐いた。


『はは、憤りを感じているな?【暴虐】。俺から言わせればジュノの言う所のヴァッファンクーロ(テメーのケツにぶち込みやがれ)だ』


 アルバは楽しそうに笑い、用意された冷えたエイムを美味そうに呷る。


 こうして第755回、魔王会議レユニオンは幕を閉じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] やだやだ小生二重括弧やだ! 心情は地の文もしくは丸括弧単品じゃないとやだ! アルバ(偽)+酒=アルバ(真) 身体はザルのはずなのに 精神的なアレで酔ってるのか、ファンタジー!のなんやかんやで…
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