84話 激昂
再度集まった部屋は前の部屋とそう変わらない内装だった。中央にテーブルが有り、7つの椅子が並べられている。即席な筈なのに、それを感じさせないフラワーアレンジが各所に置いてある。
「何の話だったか?…そう、ダチュラの件だったな」
「連邦国ハ奴等ヘノ関与ヲ否定スル。【鮮血】ガ嘘ヲ吐イテイル」
だから、何でそうなるんだ。
『俺は構成員から聞いた事をそのまま口にしているだけだ。別にダチュラとの繋がりを告発した覚えはない』
「俺ノ国ニ、ダチュラハ侵入出来ナイ。入国ノ審査ハ、ブルクハルトト違イ完璧ダ!トンダ言イ掛カリダ!」
僕の背後で「……チッ」と舌打ちが聞こえた。もう1人からもドス黒いオーラを感じる。(此処は我慢してね、2人とも)
国として侮辱され、僕自身が軽んじられた事にリリスとユーリは酷く憤っていた。僕が合図でも送れば、直ぐ様フェラーリオさんに攻撃を浴びせる覚悟が伝わってくる。
『待てだ、2人とも』
「「……ハッ」」
彼は少し誤解しているだけだ。
「ハハハ…」
前方から嘲笑が聞こえた。
「暫ク見ナイ間ニ丸クナッタナ【鮮血】。ダカラ部下ニ裏切リヲ受ケルノダ!」
『ーーーッ』
部下に裏切りを受ける?
「部下ノ手綱ハシッカリ持ッテオケ!常ニ強者トシテ振ル舞ウベキダッ!」
彼からは明らかな嘲弄の意が汲み取れた。悪辣な嗤笑が響く。
「ガルムリウス、ダッタカ?貴様ヲ裏切ッタ部下ノ名ハ。気持チガ分カル。貴様ノ様ナ腑抜ケニ仕エルナド俺ニハ出来ナイ」
僕は何も言えなかった。声が出ない。どうして、フェラーリオさんがガルムリウスの事を知っているんだ。
リリスとユーリが拳を握った。
急激に喉が渇く。こんな時、アルバくんなら何て言う?駄目だ、頭が回らない。考えろ、考えろ。
「貴様ハソノ程度ノ器ダ!俺ノ下ニ付クナラ守ッテヤルゾ【鮮血】!ソレトモ貴様ニ小サナ階層ヲ作ッテヤロウカ?」
「vaffanculo!!(×××××)」
過激な放送禁止用語だ。
気付けばジュノがテーブルの上におり、フェラーリオさんの椅子に脚を掛け目前に三叉槍を突き付けていた。
「O puoi smettere di lottare... e ti ucciderò subito!(苦しむのは嫌だろう?今すぐに殺してやる!)」
右額に角が見える。それ程に、感情が昂っている証拠だ。黄色に朱が入った特異な色彩の瞳が激情に揺れる。
「Brucia all'inferno!(地獄へ堕ちろ!)」
ジュノの鋭利な槍の切先が、フェラーリオさんに突き刺さる直前金色の閃光がソレを弾いた。
ジュノの手から離れた槍が高く舞い、床へ突き刺さる。
「Fastidioso. Togliti dai piedi o ti ammazzo.(チッ…面倒な。俺の邪魔をするな、殺すぞ)」
「やれやれ、血気盛んな奴だ…」
ビリビリと痺れが残る手を抑え、ジュノはイーダを睨み付ける。獣のように息を荒げ、彼に戦場の鬼人の片鱗を感じた。
「よく考えて行動しろ【月】。今【暴虐】を殺したら規約違反になり粛清されるのはお前だ」
「Che non importa!(そんな事はどうでも良い)Lui era mio amico... e lei era mia moglie.(コイツはこれ以上、のうのうと生かしておけない)」
汚物を見る目で、フェラーリオさんを見下ろす。今までとは比べ物にならない程に激怒した彼は、キシリスク語で吐き捨てた。
「Questa è maleducazione pura e completamente inaccettabile!(彼への侮辱は許さない)Che era tutto ciò che di buono c'è in me.(彼は俺のーー)」
『ジュノ』
僕の声にビクリと反応を示す。
「……、アルバラードさん…っ」
テーブルの上で佇むジュノと視線が合う。その瞬間イーダが彼の頸へ金色の針を叩き込んだ。
表情を歪め「【琥珀】…っ、」と悔しそうに呻くジュノの身体が揺れ、テーブルクロスに伏す。
『おいイーダ…』
「気絶させただけだ。【暴虐】が危ないからな」
それは国力や部下の多さを除けば、ジュノの方が強いと言う事。少し手荒だったけど、結果的に彼が罰されずに済むならそれで良い。
「危ナイダト!?俺ノ強サヲ愚弄スルナ…ッ!」
「お前がアルバに言った事とどう違う?あれ以上続くようならお前の方を罰していたぞ」
「…ッ…」
僕はユーリに頼んでジュノを運んで貰う。一先ず、休める所に寝かせておこう。後、お礼も言わなくちゃね。
彼が怒ってくれたお陰で、僕の気は晴れてるし冷静さを取り戻せた。
「小休憩を挟む」
そう言ったイーダは提供出来る部屋の案内の為に僕達へついて来た。会議室を後にして、暫く廊下を歩く。
『ジュノの部屋は何処だい?』
「此処からだと少し遠いな。別宮だ」
『そう…。じゃぁ、僕達の部屋でも良いかな?』
「はは、俺以外の男を部屋に連れ込むな。他の客間を開けてやるよ」
明るく言って、後方の執事へ目を配る。ランドルフさんは頷き、近くの客室の鍵を開けた。
今回使われてない客室なのだろうが、十分豪華で掃除が行き渡っている。
ユーリがジュノをベッドに寝かせた。
『ジュノはどの位で目覚める?』
「名前を呼び合う仲になったのか?」
『ん?うん…。彼が呼んでも良いって』
「そうか」
少し間を置いて、イーダは小一時間程で目覚める事を教えてくれる。
ランドルフさんがお茶の準備を整えてくれたので、僕達はジュノが眠る傍で談話を始めた。
リリスとユーリは廊下で見張ってくれている。
「今回の事で分かったが【月】にとってお前を侮辱される事は、規約に反して粛清を受けたとしても許し難い事のようだ」
『イーダ、キシリスク語が分かるの?僕は最初の言葉しか分からなかったのだけど』
「多少な。奴がお前を特別視する理由は聞いたか?」
『うーん。聞いて見たけど、本人があまり言いたくなさそうだったんだ』
「ふむ?」
イーダは訳が分からない、といった顔をした。僕も全く同意見。
『でも僕に対して悪感情は感じられない。さっきも僕の為に怒ってくれたし、優しいよね」
「…優しい、と言うか変わった奴だよ。お前が来るまで、あんなに感情を表に出す奴じゃなかったんだがな…」
コーヒーで喉を潤す彼は「俺の記憶違いか?」と首を傾げる。確かに普段のジュノは口数も少なくて、小さな事には動じないように思える。
「兎に角、気を付けてくれ」
『え、僕が?』
「名前で呼ぶ程親しくなったんだろ?【月】が暴走しないように躾るか、見張ってやれ。次に【暴虐】が口を滑らしてみろ。【月】の奴、問答無用で斬り捨ててもれなく粛清対象だぞ」
僕にそんな大役出来っこないよ。ジュノがどうして僕にそこまでしてくれるのかも分からないのに。
『親しくなったって言うか…。良い友達になれそうって感じなんだけど』
「十分だろ?…魔王会議で友達作りをしに来た奴はアルバが初めてだろうな」
イーダは呆れたようにフッと笑った。
ベッドで眠るジュノの方を見遣る。僕が名前を呼んだ時の、最後の顔が何時迄も頭から離れない。
彼とは気兼ねなく本来の僕のまま話してみたい気もする。
「それで、【暴虐】の件だが」
ソーサーごとカップを机に置いたイーダは言葉を続けた。
「用心しておけ」
『と、言うと?』
「ガルムリウスの事を知っていた事と言い、奴のお前に対する態度だ。言っただろう?強者至上主義だと。序列うんぬん以前に、【暴虐】は敵わない相手に喧嘩を売る事はしない」
イーダを前にしたフェラーリオさんの対応を思い出す。あからさまにダチュラへの関与を疑われ豪腹だったようだが、全て部下のやった事として片付けてしまった。
改めてイーダに力の差を見せ付けられ、たじろいたようにも見えた。
「今までに無い事だ。本来のアルバと【暴虐】の力の差を思えば奴の挑発は無謀としか思えない」
つまり、今の僕は完全にナメられてるって事だね。
「お前が記憶が無いのを知っているーーか、もしくは魔力が使えない事まで…」
『怖い事言うなぁ』
困った顔で笑ってみた。もしも全てが筒抜けなら、もう詰んでるのでは。
「俺がお前の味方に付いてる以上、奴は正当防衛による下克上を狙うしかない。あの状況でお前が部下を止めたのは英断だ」
『でも、何で彼はガルムリウスの事を知ってるの?』
吃驚して何も考えられなくなった。
「お前の国の内状を誰かに聞いたか、自分で調べたか…。言っとくが、俺は漏らしてないからな」
『ははは、イーダは疑ってないよ』
ガルムリウスの事を知っているとなれば、フェラーリオさんはアルバくん殺害の関係者?
てっきりオルハロネオの方が怪しいと思っていたのだけど。
ガルムリウスが情報を売って、フェラーリオさんが遠隔の特殊魔法で攻撃。アルバくん死亡。……しかし、これには矛盾がある。アルバくんとフェラーリオさんには力の差があったと、先程聞いたばかりだ。
答えが出ない。紅茶に映る僕の顔は浮かない表情だ。
「…お前は落雷で記憶が無くなったと言ったが、命を狙われた際に失ったものと仮定して、」
『うん?』
確かにそのタイミングなんだけど、記憶喪失はそのせいじゃない。僕がこの世界に来た弊害を乗り越える為の言い訳だ。
「……これは俺個人的な考えだが、アルバの命を狙った奴が【暴虐】へ助言したのだとしたら、奴が揺さぶりを掛けてきたのにも納得出来る」
彼が言う犯人の行動は、会議前半は使えそうな人材の見定め。次に、数日で好ましい人物に接触を計り、僕の弱点を吹き込む。後は本人に任せておけば、何かしらの策を立てて僕を殺してくれる算段だ。
「俺達の規約は衝突を避諱する為に縛りが厳しいからな。ただ殺す事が目的であれば態々危険を冒さずとも他人に任せておけば良い」
『…』
僕はウロボロスの指輪に視線を落とす。
気付かない間に効力が切れていた。もしかしてこれも、その件に関係してる?
僕が気付かない間に発動した可能性が高い。
「そんな顔するな」
人を安心させる寛厚な笑顔だ。
『はは、そんな不安そうな顔してたかい?』
イーダは返事の代わりに僕の髪をくしゃくしゃにする。
「皆とは話せたのか?アルバから見て怪しい奴は?」
『…リリィお婆さんとは話せなかった』
「【不死鳥】はお喋りが好きな方じゃないから、仕方ないさ。【太陽】はどうだ?」
『彼は…ジュノと3人でお茶会したけど、ジュノに嫌がらせをして楽しんでる感じしかしなかったな』
「そんな楽しそうな茶会に何で俺を呼ばないんだ?」
本気で言ってる。信じられない、と僕の品性を疑うような真面目な顔だ。
『…イーダ、イヴリースさんと一緒になってジュノをからかうつもりでしょ』
「勿論だ」
絶対呼ばない。
オルハロネオをからかうのは止めないけど、ジュノがイーダに振り回されるのは気の毒に思う。しかも生産性のないただの悪戯にだ。
兄貴分の性格上、絶対僕を巻き込むつもりでいる。
『後、別の意味で気になったのは、オルハロネオだけど…』
「【不滅】か?」
『彼、ガルムリウスの名前が出た途端静かになったんだ。そう言う僕の痛い所1番小突いて来そうだったのに、意外だったなって』
「ふむ…」
顎に指を添えて思考に耽る。
するとジュノが身じろぎして目を覚ました。首の後ろが痛むのか、摩って眉間に皺を刻んでいる。
長い睫毛に縁取りされた瞳が僕達を映した。
「アルバラードさん…、」
『…お、…っ…嗚呼』
素でおはよって言う所だった。(危ない危ない)
僕のあわあわする様に真横で笑いを堪えるイーダを肘で突く。
「気分はどうだ【月】。思ったより頑丈で予想より早く目覚めたな」
兄貴分の姿を見た彼は「……此処は」と堅い声を出した。
「会議室近くの別室だ」
立ち上がったジュノは周りを一瞥して、イーダを睨む。
「何故止めた?【琥珀】」
「お前が【暴虐】を殺そうとするからだろう」
「…」
まだ腑が煮え繰り返ってるみたいだな。沈黙が重い。
「…奴は殺す。確実に息の根を止める」
殺気立つジュノは物騒な事を言う。イーダの制止を聞かず会議室に戻ろうとする彼は、我を忘れている。このままだと本当に粛清対象になってしまう。
僕は努めてそうしていた顰めっ面を止めた。意識して冷たくしていた声を、いつもの調子に戻す。
アルバくんを演じるのを止め、僕自身でジュノに話し掛けてみた。
『…ねぇ、ジュノ』
その瞬間、彼の動きはピタリと止まる。驚きに見開かれた双眸が僕を捉えた。




