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7話 メイドさん



 目が覚めると其処は見覚えのある、僕の寝室だった。(あれ?ユーリと話してた筈なんだけどなぁ)いつの間に寝てしまったんだ僕。


 天蓋から伸びる薄手の布を掻き分けて、窓のカーテンを開けると外は既に明るかった。朝特有の光が部屋の中を照らして、欠伸をし軽く伸びをする。


 沢山寝てしまったせいか、頗る体調が良い。


コン コン


『はーい』


 控えめなノックがされたので、僕は寝ぼけたままの声で返事をした。


「し、失礼致します」


 今日も、初めて見るメイドさんだ。僕は怖がらせないようにニコニコして、『おはよう』と声を掛ける。

 緑の髪を1つ結びのお団子にした今日のメイドさんは、僕に挨拶された途端短く悲鳴を上げた。


「お、おは、おはよう御座います王陛下!」


『メイドさんって皆朝早いよね、しっかり寝れてる?』


「!??は、はい!お陰様で!」


 相変わらずビクビクしているが、メイドさんの中でも受け答えをしてくれる人は珍しい。大概は固まってしまうか、気絶するかだ。


『初めて話すメイドさん、だよね』


「は、はい!お初にお目に掛かります王陛下。メイド長ペトラ様の命により本日のお世話をさせて頂きます、エリザで御座います…!」


『エリザか。宜しくね』


 機嫌良く笑ってソファへ腰を下ろした僕を、エリザは食い入るように見ている。


『えーっと、それで何かな?』


「は、はい!本日は、朝の紅茶は如何でしょうか?」


 これ初めてされた時は少し戸惑ってしまったが、メイドさんはいつも紅茶を準備して僕を起こしに来てくれるのだ。


 しかも僕が飲みたいってニュアンスで言った紅茶を。ミルクもレモンもお砂糖も、蜂蜜も、アイス用に氷さえも準備してある。


 初日はコーヒーが準備されてて、勿論ちゃんと頂いたけど僕はコーヒーはほんの少し苦手だった。『コーヒーも美味しいんだけど、紅茶とかって…ない、かなぁ?』って軽い気持ちで言ってしまったのがいけなかったのか。


 翌日から、初めて会う筈のメイドさんなのに皆しっかり紅茶を準備してくれて、僕は感動したものだ。


『貰おうかな』


「はい…っ本日の茶葉は如何なさいますか?」


『うーん、ストレートで飲みやすいやつが良いなぁ。種類はお任せするよ』


 僕は基本的に好んで飲むのはダージリンの紅茶だが、此処ではダージリンと呼ばれる紅茶が存在するか怪しく、僕は茶葉の種類の希望を聞かれる度毎回その日のメイドさんにこんな感じの、とだけ伝えてお任せをしている。


 (紅茶の茶葉の種類と味を覚えて、これが良いって言えるようにしないと)人生の分岐の選択を迫られているような、メイドさんたちの緊迫した表情を見ると心の中で謝らずにはいられない。


 少しの間悩んで、意を決したように手早く作業したエリザからソーサーに乗せられたティーカップを受け取る。今日のティーセットは持ち手が眩い金色で、小さな薔薇の模様が描かれていた。花弁の1枚まで細かく描かれた、僕には勿体ない高級そうな代物だ。

 高価な物に免疫のない僕は恐る恐る(勿論エリザにそう思われないように振る舞ったが)カップに口を付け、紅茶を含む。


『美味しいよ、有り難う。これは何処の?』


 ダージリンに近い、仄かに甘みのある紅茶だ。飲み易いし、ミルクやレモンもきっと合う。今後種類に迷ったら、是非これをお願いしたい。


「えっと…クルス地方で採れるルトワと呼ばれる種類のものです。王陛下のお口に合って、良かったです」


 エリザがギロチンの刃が遠退いたようにホッと胸を撫で下ろしていたのを知らない振りをして、僕は紅茶を飲み干した。(よし、)暖かい紅茶を飲んで、やっと頭がスッキリと覚醒してきた。


「あの、本日の朝食のメインがパンケーキかクッキー、スコーンでお選び頂けます」


『スコーンはこの前食べたし…パンケーキでお願いしようかな』


「畏まりました…!少々お待ち下さいませ」


 エリザはそう言うと赤い鉱石が填まった指輪をコツンと指で叩く。「パンケーキを」と短く要点を伝えると「了解した」と返事がきた。


 そして何事もなかったように、此方に向き直る。

 

 指輪に話し掛ける様子も毎日の事なのでもう慣れてきたが、最初こそ興味深々で僕も一緒になって向こうの誰かに話し掛けたりした。

 指輪を持つメイドさんが怯えたり、向こう側の料理人が卒倒したり、一悶着あったからもう僕はそんな事はしない。


 指輪にあしらわれている鉱石は通信石と言われる代物だ。元は1つの大きな鉱石だった物を切り出して特別な加工を施すと、離れた場所でも連絡を取る事が出来るのだ。

 元が大きい通信石は貴重で、連絡出来る相手が増えるから高値で取引される。僕にやり方や仕組みは分からないけど、同じ通信石を持つ者同士が相手の事を思ってから話すとその人にだけ声が届く。


 例えメイドさんの皆が同じ石から切り出された指輪をしていても、先程の会話が全員の指輪からラジオ放送みたく流れてくる訳ではない。


 便利だから僕も欲しいと思うけど、通信する相手が居ないんじゃしょうがない。


 エリザは僕の部屋のカーテンを開けて、留紐で結んでいく。僕は欠伸をしながらそれを眺めていた。


 お世話をしてくれるメイドさんは日替わり交代制らしく、同じ人が続けて付く事は今まで無い。

 僕は常に最低1人のメイドさんに見守られながら落ち着かない日々を過ごしていた。

 (これでも抵抗はしたんだ)お世話なんて大丈夫だよって何度も言った。


 しかしリリスが「大切な御身が、快適な日々を過ごせますようにどうかメイドを側へ居させる事をお許し下さい」と頑として譲らなかったのだ。


 挙句には元々3人居たメイドさんを5人に増やせないか、と提案されて絶句した。

 自分の事は自分で出来るし3人も要らないから、せめて1人にしてくれと懇願したのは記憶に新しい。

 

 結局僕の主張を強引に通したのだが、リリスはまだ納得してないのだろうなぁ。


 身の回りのお世話なんて、メイドである彼女たちにとっても災難だろう。

 傍若無人で有名な王様に1日付きっきりでお世話をするのだ。失礼があったら、と気が気じゃないと思う。


 3人居たメイドさんを1人にしてしまった事も災いしてか、凄く心細そうなんだ。でも僕もいきなり3人の女性に囲まれながら日々を過ごすのは心が休まらない。


 幸い城には沢山メイドさんが居るみたいだし、日替わり交代制の僕の世話係に当たる頻度なんて本当に極稀な事だ。まだ同じ人に当たった事もないし、其処は自信を持って言える。

 だから、僕と2人きりになってしまう嫌な仕事でも、罰ゲームだと思って諦めてくれると嬉しいな。


 僕は自分の事は自分で出来るし、あまり手を掛けてないつもりだ。

 怖がられていると自負して気に病んでる僕は、違う用事を頼んだりして僕自身から遠ざけている事が多かった。


 でも、そろそろ、相手は暴君な魔王様ではなく一般人の僕だからもっとリラックスしてもいいと思うんだ。

 僕は紅茶が温くても気にしないし、朝食のメニューが気分と違ってもクレームを入れたりはしない。(寧ろそれはそれで楽しい)此処の料理は全部美味しいから文句など有りはしないし、作って貰った事に感謝だ。


「お風呂のご準備が整いました」


『ぁ…そっか。有り難う』


 言われて広々とした浴室に向かい、いつの間にか着替えていた寝巻きを脱ぐ。最初、入浴のお世話と言って女性がゾロゾロ伴って来た時は流石に驚いて表情が抜け落ちた。そして丁重にお断りをした。


 今では皆理解してくれて付いてくる事も無く、外で待っていてくれる。


 脱衣所と浴室は簡易的に仕切られてはいるものの、同じ空間にあって、1度だけ訪れた海外のホテルの造りに似ていた。猫足のバスタブに張られたお湯の水面には色取り取りの花弁が浮いていて、室内に良い香りが広がっていた。


◆◇◆◇◆◇


 お風呂から上がり、姿見の前に立つ。何度見てもまだ見慣れない髪、瞳。そして前々から気付いていたが、顔が昔の僕より少し幼い。体付きも、以前より筋肉が程良く付いている。


「こ、此方は、如何でしょうか?」


『うん、全部任せるよ』


 エリザがクローゼットから出した服を、僕はあまり見ないで答えた。

 僕が見ても分からないし、実際昨日着ていた服と、今エリザが持っているその服の違いは?って聞かれても分かりませんって答えると思う。


 エリザが取り出した服と、今着ているバスローブだって区別出来ないのだから、人に任せるのが1番だ。このギリシャ風の服は着心地が最高だが、布が無駄にひらひらしてて着用の仕方もイマイチ分からない。


 何処から手を通して首を出せば良いのかも不明な時点で、僕だけじゃきっと滑稽な姿になる。だからいつも身支度はメイドさんに手伝って貰っていた。


 鏡の中の自分がボーッとしてる内に、エリザがテキパキと服を着せてくれる。最後に自分で腰辺りで布で絞めると、何の為の物なのか見当も付かないが、地面に付く程の長いストールみたいな布を持たされた。如何やら上半身の布と繋がっているみたいだ。(ワケワカラン)


『ん、……』


 前で忙しく動いていたエリザの横髪に、糸屑がくっ付いている事に気付く。何も考えず、糸屑を取ろうと手を伸ばすと、彼女の動きが止まった。(しまった…)


 メイドさんは僕を畏怖しているのだから、軽率な行動は避けるべきだった。後悔しても遅く、僕もだらだら冷や汗を流し固まったまま。


 すると、エリザは目線を泳がし、また僕を見上げ、真っ赤な顔で下を見て、また僕を見た。(何だろう、怖がってはいるけど…)僕が予想していた反応とは少し違う。

 これなら糸屑を取っても、叫ばれたり、泣かれたり、泡を吹いて倒れたりはしなさそうだ。エリザは怖がって目を瞑っているし、今なら大丈夫。僕はそっと髪に触れて、糸屑を取った。


「……っ、」


『糸屑付いてるよ』


「え!?ぁ、え!?も…申し訳御座いません!」


 先程よりも顔を真っ赤にして恥ずかしがっている彼女が微笑ましくてニコニコする。指で摘んだ糸屑をゴミ箱に入れ、振り返るとエリザは涙目になっていた。


「お見苦しい姿を…、申し訳ありません。そうですよね、そんな訳ないのに私ったら…」


『ご、ごめんね。怖がらせたかな?』


「ち、違います!私が勝手に勘違いをしてしまって」


 勘違いって何の事だろう。少し気不味い雰囲気が漂ったので、僕は空気を変える為に態と明るい声を出した。


『よし、準備も出来たし』


「図書室で御座いますか?」


『それは後でね』


「では…?」


『リリスって城に帰って来てる?』




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