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78話 鬼人と小型犬



 僕はリリスとユーリに貰った料理をなんとか平らげた。


 会場に視線を戻すと、中庭へ続くテラスのベンチにジュノさんが1人で居るのに気付く。彼は何かを大事そうに撫でて俯いていた。上品なハンカチに包んでいて、此方からは何なのか見えない。

 何時迄も覗いているのは失礼かと思い、リリス達の随伴を断って彼に近付く。


 僕を知覚したジュノさんは驚きつつ、腰を浮かせた。


『…座ってて良い』


 自分でも不遜だと思うけど、他にどう接して良いものか分からない。教えて貰ったアルバくんの言動では、どうしてもフレンドリーに接するビジョンが浮かばない。

 横柄だと思われるか、臆病な僕だとバレるか。生きる為には前者を選ぶしか無い。


 ジュノさんは目礼をしてから座った。(…先に居たんだから堂々としていれば良いのに)礼儀正しいと言うか、異様な反応に困る。

 いつの間にか彼の手にあったハンカチは仕舞われていた。


「……どう、なさったのですか?」


『お前と話してみたくてな』


「…、…!!」


 本心を口にすると、ジュノさんは大きく目を見張ってゆっくり喉が動いた。


『俺と何処かで会った事があるか?』


「……どうしてそう思われるのですか?」


 僕の顔色を伺いつつ、探るような瞳だ。質問を返されるとは思っておらず、返答に詰まる。


『お前の態度が気に掛かるだけだ』


「……ご不快ですか?」


『いや…』


 理由が分からないから不気味ではあるけど、不快ではない。反射的に否定すると、ジュノさんは安堵していた。

 ベンチに腰掛ける彼を正面から見下ろしているのは些か気不味い。僕は歩を進め、ジュノさんの横に腰を下ろした。

 彼の肩が微かに揺れるのを、見ない振りする。


「……その、一昨年の会議でお会いしました。その時のアルバラードさんはーー…」


 言い掛けて止められたら続きが気になる。しかしジュノさんは続きを言うつもりはないのか、視線を地面へ下ろした。


「……俺はその時、公用語を話せなかったので挨拶も出来ませんでした」


『…』


「国に帰って、直ぐに勉強を始めました。貴方と、少しでも話をしたくて…」


 (え…?)ジュノさんが公用語を勉強したのは僕と話をする為?


『…どうしてだ?』


「……、…序列上位者として、尊敬している…ので」


 うーん、嘘は言ってないけど、肝心な事は隠してる…かな?

 彼より序列上位者はフェラーリオさん、僕、オルハロネオ、イーダ、リリィお婆さん。ジュノさんはこの中で僕にしか敬語を使わない。オルハロネオやイーダにも砕けた言葉遣いだった。


『…何故俺に対してそんなに低姿勢なんだ?』


 中には出会い頭に殺そうとしてくる人も居るのに。


「……」


 僕の問い掛けに対する彼の答えは沈黙。大事な所が分からないままだ。

 目が合うと、彼は質問に答えようと必死に言葉を探して「その、…えっと…」と口籠る。苦悶する様子から察するに、あまり言いたくない事みたいだ。


『はぁ…無理に聞き出す趣味はない』


「……すみません」


 困った。謎が深まった。

 彼の態度には理由があるみたいだけど、それを口にはしたくない。

 憎まれているより断然良いけど、得体が知れないから地雷を踏み抜きそうで恐ろしい。

 イーダの言う通り、ジュノさんから敵意は感じない。寧ろ崇拝されている気配さえある。(崇拝…うん、1番しっくりくるかも)


 どうしたものか…。


「……【琥珀アンバー】と何を話されていたのですか?」


 不意を突いた言葉は意外にも兄貴分に関する事だった。何を、と言われてもなぁ。


『…今後の事だ』


「今後、とは…」


 おいおいなんか急にグイグイ来る。


『何故お前が気にする?』


 まさか以前の僕との違いに気付いて、怪しまれてる?嫌な汗が首筋を伝う。


「……【琥珀アンバー】はアルバラードさんに馴れ馴れしくし過ぎなのでは?」


 彼と仲良くなったのも最近だし、違和感があるのかも。アルバくんはイーダとも距離をとってたみたいだし。

 ジュノさんは少し不機嫌そうだ。飢えた狼の鋭い牙が見えたみたいに背筋が冷んやりする。


『普通だろ』


「……、普通」


 ポツリと鸚鵡返しにする。ジュノさんは難しい顔で地面を見ていた。

 何だか噛み合って無い気がするなぁ。

 おや?と首を捻って腕を組んでいると、充分に間を置いた彼が「……では…」と此方を向く。


「頭を撫でるのも、普通なのですか?」


『ぶッ!?』


 嗚呼、そうか。ジュノさんも見ていたんだっけ。イーダに子供扱いされたやつ。

 まぁ、確かにアルバくんを撫でるなんて城の人の反応を見る限り凄い事だよね。でもイーダなら面白がってやりそうだな…。


「俺も……その、」


『…?』


 口を開いて、迷ってまた閉じて。数回繰り返した後、勇気を奮い起こして彼が懇願する。


「……俺も、貴方に触れて、…良い、でしょうか?」


 僕は人との接触に抵抗は無い方だ。ララルカもよくスキンシップを強請る。最近はなんだっけ。お姫様抱っこを要求されたな…。シャルが張り合おうとするもんだから、大体喧嘩になる。そこにリリスが混ざると更に混沌だ。

 彼女達のお陰でハグくらいはもはや挨拶。


 ジュノさんの躊躇う様子で何かとてつもない要求があるのかと身構えていたが拍子抜けした。


『嗚呼。別に…』


 僕が了承すると、彼はビクビク縮こめていた姿勢をピンと伸ばす。

 ジュノさんと話していると調子が狂う。つい素で話してしまいそうで怖い。


『ほら、まずは握手からでも…』

 

「……、…」


 差し出された手を食い入るように見詰め、恐る恐る僕を見る。待てをされた犬みたいな行動の後、やっと手を出した。

 しかし、僕の手と彼の手の間に壁があるみたいに数cm手前で停止する。焦れた僕が手を掴むと、ジュノさんの身体がビクリと跳ねた。


「あ…ぅ…、…」


 此方が心配する程に狼狽えている。振り解こうとして、やっぱり止めて…。うーん、何がしたいのだろう?

 ジュノさんは次第に、握手と言うより僕の手の形を確かめるみたいに両手で触れ始めた。怒られやしないか気にしながら、割れ物を扱うように。


『…』

 

 取り敢えず好きにさせておこう。脚を組んでその上に頬杖を突いた。


 ジュノさんってこうしてると大人しそうだけど、魔王なんだよなぁ。しかも序列6位。イヴリースさんが戦場の鬼人って言ってたっけ。

 一瞬だったけど額に角が生えてるのも見えた。


『…お前、鬼族か?』


「……はい」


 鬼族の特徴は白い肌に特異な色彩の瞳。そしてそのあまりに整い過ぎた美貌は人形のようだとも揶揄されていた。

 感情の昂りや魔力の放出により角が出現する。すると体内の魔力も爆発的に増加するチート族だ。


『珍しいな…』


 何気なく言った一言だったが、ジュノさんが大きく反応を示す。

 何故だか分からないけど、凄く驚いた後幸せそうに微笑んだ。初めて見た彼の笑顔に魅入る。沈魚落雁とはよく言ったものだ。


『…俺は中に戻るがお前はどうする?』


「……もう少し此処に居ます」


『そうか』


 僕が立ち上がると、ジュノさんの名残惜しそうな視線が背中に付いてくる。

 会場へ戻る僕の元にリリスとユーリが歩み寄ってきた。


「キシリスク魔導王国の魔王と何を話されていたのですか?」


『うーん…、』


 微妙な反応に2人とも目を丸くしている。


『彼はよく分からないね。ただ、敵意が無いのは確かめられたかな。彼は違うと思う。…勘だけど』


「違うとは?」


『あはは、こっちの話』


======


 デザートを堪能した後、満腹の夢見心地で天井に描かれた絵を眺めていた。子供の天使が数人と、聖騎士の剣に貫かれる悪魔、神話の神々が此方を見下ろしている。

 芸術はよく分からないけど、頭上に壮大な世界が広がっているのは分かる。思わず感嘆の溜め息を溢してしまう程に圧倒された。


『…!』


 上を見ながら歩いていたから気付かなかった。目の前にはゴテゴテした黒色の正装服。露出した胸部で特徴的なチェーンが揺れる。

 恐る恐る見上げれば、予想通りの顰めっ面。


「何、間抜け面してやがんだタコ!」


 オルハロネオ・イェガー=パロマ。


 (しまった…近付き過ぎた)絡まれないよう避けていたのに迂闊だった。無視は…しない方が良いかな。

 内心げんなりしながら言葉を返す。


『貴様はいつも元気だな』


「んだとォ!?喧嘩売ってんのかコラァッ!?」


 本当に元気だね。その有り余るエネルギーをどうか僕以外に向けてくれ。


『宴の席だ。そうカッカするな』


「だァれがカッカさせてんだよクソがァ」


 酷く苛ついた顔で持っていた酒を呷る。攻撃的な言葉を発しながらも、初日みたいに問答無用で消し炭にはされなさそうな雰囲気。虚勢と正当防衛の件が効いてるのかな?


『酒ばかりだな。料理は食べないのか?』


「ハッ!【琥珀アンバー】に出されたモンなんて何が入ってるか分からねェだろうが」


 まさかリリィお婆さんもその理由で手を付けないのか。信用されてないなぁイーダ。それともこの2人が用心し過ぎなのか。魔王の人間関係って殺伐としてる。


 その割にはお酒は進んでるようで。匂いからして、彼が干しているのはエイムだ。エールの数倍の度数のウォッカに近いお酒。僕にはとても飲めない代物。

 どれだけ飲んでもオルハロネオの顔色は変わらない。変わった事と言えば、彼は新しいグラスに口をつける時決まって指輪を見る。多分毒物が入ってないか判別する魔法が付与された指輪だ。(神経質だな…)


「聖王国と言えば良い酒を作ってやがるからなァ」


 不服そうに鼻を鳴らす。でも、この口煩そうなオルハロネオが認めるお酒…。ブルクハルトへも流してもらえないかな。


「あの守銭奴野郎、バカ高く売り付けやがって。クソ」


 イーダの方を見ながら悪態を吐き、お酒を飲み干した。(守銭奴って久々に聞いたなぁ)高いと思いながらも貿易関係を続ける辺り、本当に美味しいお酒と見た。

 さてはオルハロネオ、口が回るイーダに貿易の商売交渉で言い負けたのでは。


 そう言えば、オルハロネオにくっ付いていた従者が居ない。

 僕がキョロキョロしていると、彼は片眉を上げ「何だよ」と威圧する。


『…従者はどうした?』


「あァ!?」

 

 はい。黙ります。


 彼は1人だけ部下を連れて来てない魔王だ。他の魔王は部下を伴ってるが、彼には近侍が1人。

 きっと何があっても対処出来る絶対的な自信がその理由だろう。


「アルバ様」


 振り返ればリリスが穏やかに微笑んでいる。


「お暑いようでしたら、御上着お預かりしますよ」


『…嗚呼』


 確かに言われてみたら少し暑くなって来たかな?


 促されるままに長ったらしい上着を脱ぎ、リリスに預ける。小さな事にも気がつく彼女は正に敏腕。ーー彼女が僕が預けた衣類の匂いを嗅いでると知るのはもう少し先の話だ。


「……チッ…」


 (舌打ちされた)オルハロネオはご立腹そうに僕を睨む。彼が睨むだけで人を殺せるなら僕は魔王会議レユニオンの間に何万回死ぬのだろうか。


「良いご身分だな【鮮血】よォ。テメーはいつもそうだ…餓鬼の頃から何も変わりゃしねェ」


 不穏な空気。餓鬼の頃…僕と彼ってそんなに長い付き合いなの?それにしては仲が悪過ぎるんじゃ…。因縁の宿敵みたいな立ち位置かい?

 オルハロネオの瞳孔は開ききっててマジギレ寸前。言っておくが、僕は何もしてない。噴火の前兆を感じ、今すぐにこの場から逃亡したくなる。


 すると突然、先程までお酒を配って練り歩いていた聖王国のウェイターが酒瓶を割った。大きな音に騒然とする。


「も、申し訳ありません…」


 ウェイターの男性は謝罪して、破片を集め始めた。


『…』


 オルハロネオへ視線を戻した瞬間、喉元へ鋭利な冷たい感触。僕の背後には先程のウェイターが居た。酒瓶の破片を僕の喉に突き付けている。

 あまりの事にリリスも驚きを隠せずにいた。僕の危機的状況に、直ぐ様対処しようと動く。


『止めろリリアス!』


 具現化した剣で首を飛ばそうとしていたリリスの手が止まる。

 (ビックリした)まさか聖王国のウェイターに襲われるなんて思ってもみなかった。今も、僕の背後で硝子片を握っている。

 しかし、その表情は悲痛に塗れていた。ガタガタと震えて青白い顔をしている。何かに抵抗するように、歯を食い縛って耐えていた。まるで操られてるみたいだ。


「ハァ〜?意外と冷静だなァ」


 余裕な笑み。ウェイターの彼を操ってるのはオルハロネオだ。恐らく固有ユニークスキル。人を操れるってチートじゃないかな。


「聖王国の奴が手を出してんだ。これは正当防衛には流石に値しねェなァ?」


 いやいや、これはイカンでしょ。明らかに操作してるのに、シラを切るつもりか。


「なーにしてるんだお前達」


 僕とオルハロネオの間に入ってくれたのは、呆れ顔のイーダだった。

 彼がウェイターの目の前で指を鳴らすと、身体に自由が戻ったのか深々と謝罪された。

 イーダが僕の首を指でなぞれば、破片で切れた傷が一瞬で無くなる。(流石聖王!)


「行儀がなっちゃいないな?【不滅】」


「…チッ」


「宴の中での争い事は…飲み比べで解決しとけ」


 何言っちゃってるの。


「何だ?2人してその顔は」


 僕とオルハロネオは2人とも大層嫌な顔をしていたみたいだ。


「【不滅】も酒豪だし、アルバも相当飲めるだろ?少し饒舌になるくらいだ」


 今の僕の場合、少し饒舌では済まない。


「…気が進まないか?酒で勝敗を決めるなら…【不滅】。先の俺への無礼は不問にしてやるぞ?」


 あ、ウェイターにスキル使われたの少し怒ってるな。イーダの笑顔の裏に潜む、有無言わさない圧力。


「…クソッタレ…何で俺が」


 ぶつぶつ言いながらも、僕と飲み比べする方に傾いてる。マズイ。非常にマズイ。

 イーダも僕が上戸だと信じて疑ってない。(下戸なんだ僕は…!)勝敗は決している。オルハロネオの圧勝だ。


 イヴリースさんが部下と共に囃し立てる。フェラーリオさんも興味を唆られたのか此方に来た。リリィお婆さんは滑稽な争いにヤレヤレと呆れている。ジュノさんがテラスから戻って来たタイミングで、イーダが高級そうなワイン、ビール、エイム、ウィスキーを持って来させた。


「さ、どれで競う?」


「ウィスキーだ。さっさと終わらせてやるぜ」


『…』


 よりにもよって1番度数が高いヤツを…。ヒク、と目の下が痙攣する。これは腹を括るしかないかもしれない。飲み比べに流れた時点で僕に勝ち目はない。(や、喧嘩も負ける自信あるけどね)


 オルハロネオがグラスを片手に、もたもたしてる僕を苛々しながら待ってる。僕は最後の抵抗だとばかりに、『飲むのは良いが大変な事になるぞ』と吐き捨ててからお酒の匂いが立ち込めるグラスを手に取った。気化したキッツいアルコールで咽せそうになる。


 イーダのスタートの合図に、オルハロネオは軽く呷った。本当に強いなぁ、さっきまでエイムをガバガバ飲んでた癖に。

 僕は一度息を吐いて、小さなグラスに口をつける。少量しか入ってないのに終わりが見えない。一気に体温が上がる。体内が焼けてると思う程に熱い。

 やっとグラス1つ分飲み終えた時、相手は5、6杯目に突入していた。

 

 僕は虚な意識の中でオルハロネオの肩を掴む。


「あ?何だァ?今更止めるとか言わねェよな【鮮血】よォ」


『…』


「これに懲りたら序列に従い俺を敬って精々媚び諂えよなァ?テメーなんて顎で使ってやンぜ。聞いてんのかタコ。おいコラ、」


『おぇ…』


「ッ!!?」


 揺さぶりに耐え切れず、僕はオルハロネオへ胃の中の全てをぶち撒けた。(大変な事になるって言ったじゃん!)


 

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