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76話 贈り物



 僕は頬杖を突いて資料に目を通していた。聖王国のメイドさんが紅茶を淹れてくれたので、有り難く頂く。

 鼻腔を花の香りが擽り、口に含めば口内で花が咲いたかのように上品な紅茶だ。風味はアールグレイに似てる。


「――後は、雷神龍サンダー・ドラゴンの動向が気になる。近年全く姿を見せていないからな」


 イーダが真剣な顔で意見を聞いた。


「ハッ!雷神龍がテメーらの国を滅ぼしてくれると手間が省けるんだがなァッ!」


 オルハロネオさんは野心を隠したりしないみたいだ。今の発言は序列上位を含め、魔王全員に喧嘩を売ってる。

 リリィお婆さんは「オルハロネオ、言葉に気を付けよ」と嗜めた後「最後に姿を見せたのは…砂海国でじゃったな?」とイヴリースさんに投げた。


「3、4年前になぁ。街に落雷をしこたま落とされて、そりゃぁ大変だったわぁ」


 当時を思い出したのか、げんなりと肩を竦める。


 雷神龍は魔大陸に生息するドラゴンの中でも最上級に危険なドラゴンだ。

 天候を操り、身に雷を纏い、気紛れに人里へ降りて来る。歴史書によれば、何年か前に魔王を殺めている。更に昔に遡ると、国自体を滅ぼす事もあったようだ。それ程に強大な力を持つ存在。


「地上ガ住ミ難イノデアレバ、地下ニ潜レバ良イ。雷神龍モ、マサカ地下マデハ来ルマイ」


「おいおい、オレに穴掘りしろって言ってんのかぁ?」


 フェラーリオさんの提案に、イヴリースさんは冗談だろ、と顔を引き攣らせる。


「全国民が住める巨大な地下を掘るのに何年掛かると思ってるんだぁ?【暴虐】の旦那の大迷宮ラビュリントスは特殊なんだよぉ」


 大迷宮ラビュリントス連邦国は、幾つもの地下ダンジョンが繋がって出来た国らしい。フェラーリオさんみたいな魔物の血が濃く、知能の高い魔物が多く住んでいる。通常の魔物とは違い、言葉が話せる魔物たちは、まとめて魔種族と呼ばれる。


 リリスから教えて貰った話によれば、大迷宮にはヴァンパイア、ゴーレム、ゴブリン、ハーピー、ヘルハウンドなど、様々な魔物が跋扈している。


 地下に住んでいると言っても、国最強のフェラーリオさんが住み分けを決めて、部下が管理していると言う説が濃厚のようだ。

 強者に絶対服従の掟を掲げる大迷宮は、正に弱肉強食の世界。

 地下300階までダンジョンが続いていて、最奥の玉座にフェラーリオさんが居る。僕の想像上本物の魔王。


 彼の背後に控える部下も、異形の姿をしている。


「地下ハ安全ダ。攻メ込マレテモ守リヲ固メ易イ。【太陽ソーンツァ】望ムナラ、貴様専用ノ階層ヲ作ッテヤラン事モ無イゾ」


「ははッ!遠慮するよぉ。誇り高き太陽神に仕えるオレがぁ、地下に潜ってモグラ生活するなんて考えられねぇ」


 鮫歯を見せて笑うイヴリースさんは、腕を頭の後ろに回す。ターバンみたいな布と一緒に巻かれた装飾がチャリチャリ音を立てた。


「そんならぁ【ルナー】の階層を作ってやってよ旦那ぁ。コイツは根暗だから地下がよく似合うしぃ」


「……Cavolo(カーヴォロ)(クソ野郎)」


 ジュノさんの整った顔が歪められる。正面同士、睨み合う2人を分断するかの如く、イーダが手を叩く。


「兎も角だ。雷神龍の動きは魔大陸に住む全員にとって重要だ。今後、もしも何かあれば情報を頼む」


 イーダは続けて「それはそうと…」とジュノさんとイヴリースさんへ呆れたような咎めるような眼差しを向ける。


「お前ら、少しは仲良くやったらどうだ?」


 それを聞いた2人は椅子から立ち上がって猛抗した。


「【ルナー】の手先が王族の暗殺を謀ったんだぜぇ!?お陰で祖父は歩けない身体になってなぁ!これを報復せずにいられるかぁッ!」


「……違う。【太陽ソーンツァ】が魔導列車を脱線させた。1万以上の死傷者が出ている。奴を野放しにすると更なる被害に此方が見舞われる」


 ふーん、それで2人共正当防衛を主張して戦争をしているんだね。


「……そもそも、貴様はその暗殺者とやらが俺の名を吐いたからと言って、此方に確認もしないまま処刑するのはどうかと思う」


「はぁ?王族の命を狙った奴を生かしておけってぇ?生意気な奴だったからティンダロスの猟犬に生きたまま喰わしてやったっつーのぉ」


 ひぃ。イヴリースさんも過激な事をする。


 ティンダロスの猟犬は、この世とあの世の空間に住む不浄な存在とされる。

 絶えず飢え、そして非常に執念深い。四つ足で獲物の匂いを知覚すると、その獲物を捕らえるまで永久に追い続ける。

 空間移動を駆使して狩りを行う彼らは、次元超越や時間遡行を行なっているのではないかと疑われている。


 猟犬と呼ばれているが、その姿は犬とは言い難い。僕の主観だと4本足で歩くエイリアンそのもの。辛うじて狼めいた姿と言えなくも無い。

 空間からの出現時は青黒い煙のようなものが噴出し、それが凝ってティンダロスの猟犬の実体を構成する。その実体化の直前、酷い刺激を伴った悪臭が発生するので襲来を察知することができるが、その時点で既に手遅れだ。


 青みがかった脳漿のような物体を全身から滴らせる、何ともグロテスクな見た目。そんな猟犬に生きたままって……ゾッとする。


「【鮮血】の旦那に貰った猟犬、今もすっごい元気だぜぇ」


『……?、ッ!!』


 あ、ははは…【鮮血】って誰?


「名前はブルクハルトから貰ったからブルブルっつーんだけどさぁ」


 無邪気に名前を紹介してくれるイヴリースさんの口を手で覆いたい衝動に襲われる。


「げ…あの気色悪ィ化け物…元はお前のか…。ったく、碌なことしねェな!」


 オルハロネオさんまで顔色が悪い。


 異空間から自在に現れるティンダロスの猟犬は稀有な存在であるが、その見た目から倦厭され易い。

 太く曲がりくねって鋭く伸びた注射針のような舌や、深緑色のテラテラと粘着く皮膚を持つ彼らに遭遇したなら、僕は腰が抜けて立てなくなる自信がある。


 問題はそこじゃないんだ。戦争している国の片方に贈り物(しかもグロテスクな魔物)をしてるなんて、不味いんじゃないかな。肩入りしてると思われ兼ねない。

 先程まで遠い国の話題だと思って優雅に紅茶を啜ってた過去の自分が忌々しい。


 リリスとユーリに目をやると、イヴリースさんを食い入るように見詰めていた。どうやら彼らにとっても初耳らしい。と、言うことはアルバくん個人でプレゼント?そりゃ、僕が知るよしもない。すっとぼけるか、知ったか振りか…。


『…【太陽ソーンツァ】あれはそんな用途の為に贈った訳じゃない』


「分かってるよ旦那ぁ。例の件の礼だろぉ?」


 例の件?


「旦那が躾してくれてた事もあってブルブルは優秀だから重宝してる。しかも希少価値のある魔物だぁ。喰われる相手は恐怖のドン底に陥るだろうが、罪人の見せしめなんかにはもう使わないさぁ」


 例の件ってなんだいって聞きたい気もするけど、まずジュノさんに誤解されないようにしなくちゃ。


「……アルバラードさん」


 名前を呼ばれて密かにビクビクしながら其方を向けば、ジュノさんの不思議な色彩の瞳と目が合う。

 彼はシュンと肩を落として元気が無い。眉も垂れて、イヴリースさんと話してた時の覇気が全く感じられない。捨てられた子犬みたいな様子に、力無く垂れた犬耳と尻尾の幻覚が見える。


『…他意は無い。ある事の返礼に贈っただけだ』


「……で、でしたら…、他意が無いとおっしゃるなら、俺にも何か……その、砂海タタン国と平等に贈り物が欲しい、です」


 悪い事をして怒られる前の稚児みたいに、オドオドしている。視線が彷徨い、僕を見詰め、更に彷徨う。


『…分かった』


Davvero(ダッヴェーロ)?…いえ、ほ、本当ですか?」


 本当に貰えるとは思ってなかったのか、彼は驚愕の色を浮かべていた。


『嗚呼、俺も戦争をしている国への配慮が欠けていたからな。浅はかだった』


「や、そんな…」


 僕は後ろに控える優秀な部下の1人を『リリアス』と慣れない呼び方をする。すかさず彼女が「はい。アルバ様」と身を寄せた。


『キシリスク魔導王国に何を贈れば良いと思う?』


「…そうですね。金銭はタタン国の不利に働く場合もあります。となると、ティンダロスの猟犬と同等の価値を誇る魔獣が好ましいかと」


『…ララルカのペットにオルトロスが居たな?あれは…』


 相談していると、ジュノさんが言い辛そうに言葉を挟む。


「あの、アルバラードさん。俺は貴方から頂ける物であれば何でも構いません。貴方にとって価値の無い物でも、猟犬と同等でなくても。例えば今身に付けている物でも…」


 贈り物が欲しいと言いながら、欲がない。タタン国に猟犬を贈った事を責めてもいないし、ジュノさんって本当に分からない。


『…身に…、この腕輪でも良いと言う事か?何の力も付与されていない唯の腕輪だが』


「はい」


『……変わった奴だな』


 僕は手首に嵌めていたブレスレットを外す。ルビーが数個付いているけど、魔法も付与されていない一般的な装飾品だ。


『これで本当に良いのか?』


 後から騙されたと言われないように、しっかり確認しておく。腕輪を掲げると、ジュノさんはコクコクと頷いてくれた。


 聖王国のメイドさんがトレーを持って此方に来たので、その上に置く。彼女は身を翻してジュノさんの方へ行き、腕輪が彼の手に渡った。

 たったこれくらいの距離、自分で渡せるけどなぁ。

 

「、有り難う御座います…」


 彼はまるで偉い人から下賜された品物を扱うように丁重に、そのブレスレットを受け取る。僕には尻尾が振られて喜んでるように見えた。


 ジュノさんは基本穏やかな性格みたいだし、仲良くなれるかもしれない。


「ハッ…浅ましく物を強請るなんて、戦場の鬼人が聞いて呆れるなぁ【ルナー】!」


 一連の流れを見ていたイヴリースさんが、嗤笑を零す。


「【鮮血】の旦那には悪いけど、その腕輪にどれ程の価値があるんだぁ?猟犬には遠く及ばない。旦那のお前に対する評価もその程度って事さぁ」


 その瞬間、ジュノさんが勢い良く立ち上がり、椅子が後方に倒れた。大きな音にビビって瞑ってしまった目を開くと、美青年の手にトライデントが握られ切先はイヴリースさんの首に当てられている。


Pezzoペッツォ diディ Merdaメルダ !(このクソッタレが!)」


 母国語で声を荒げる彼の右額からは鬼を思わせる黒角が1本出現していた。


「俺がこれが良いと言ったんだ。貴様の方がアルバラードさんの評価が高い?ふざけるなッ!」


 めちゃ怒ってる。美人を怒らせると怖いって言うけど、本当に怖い。


「やけに熱くなるじゃねーかぁ【ルナー】ぁ?オマエの【鮮血】の旦那に対する態度は何だぁ?そんなオマエを俺は初めて見るんだがなぁ?」


 首に突き刺さりそうなトライデントの柄を掴み、不敵に笑うイヴリースさん。


「……貴様には関係無い」


 氷のように冷たく、それだけ言い放つ。特殊な色彩の瞳には殺意が漲っていた。


 僕がイーダに止めなくて良いの?と視線を送ると、彼は「毎度の事だ」と我関せずといった様子。脚を組んでコーヒーを飲んでいる。


「俺は【ルナー】より【鮮血】の態度の方が気になるぜ!」


 思わぬ方向からの茶々。今度はオルハロネオさんが立ち上がった。


「借りて来た猫みてェに大人しくしやがって気味悪ィッ!自分の非を認めるなんて事もしなかった筈だッ!お前は何だ?身代わりを立てて奴はまた城で寝てんじゃねェだろーなァッ!?」


「ッ無礼者…!」


 リリスが前に出てオルハロネオさんに食い下がる。彼はそれを煩わしそうに指を振った。するとリリスの身体が横薙ぎに吹き飛び、壁へ激突する。


「化けの皮剥がしてやるぜェッ!!」


 続け様に僕へ向けて高位魔法が放たれた。



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