72話 聖王国の王
この際だからハッキリ言っておこう。僕は痛いのも怖いのも嫌だ。嫌だから、他の魔王には極力関わらないでおこうと思っていた。
最近は平和な日々を過ごしていたから忘れ掛けていたけど、アルバくんは何者かに殺されている。これはガルムリウスの証言もあるからまず間違い無い。
魔大陸、最強魔王ベスト4に輝くアルバくんの実力を鑑みると、他の魔王の誰かに殺されたと考えるのが自然だ。
(お腹痛くなってきた)結果的に僕は死んでないし、国内に居れば安全だと高を括ってた。
目の前に居るのは聖王国の魔王、イグダシュナイゼル・メディオ・L・バルトロメイ。本で読んだだけだけど、聡明で温厚な人物とあった。(冷酷で無慈悲と書かれていた僕とは大違いだ)しかも彼はこの均衡の取れた身体、優れた容姿を持つ優男でありながら魔王序列2番目の実力者でもある。
「嗚呼、そうか。記憶が無いんだったな…。ふむ」
些か残念そうに肩を落として、改めて自己紹介をされる。
「イグダシュナイゼル・メディオ・L・バルトロメイ。メビウス聖王国の13代目聖王で聖騎士長を兼任してる」
そして彼の二つ名は【琥珀の王】。美しい黄金の髪が由来だ。
「アルバ様、大丈夫ですか?」
『え?』
リリスに言われて気付けば大量の汗を掻いていた。自らの服で手汗を拭う。(落ち着け…)もしも僕の予測が外れていたら、飛んで火に入る夏の虫の諺の通りを自ら体現する事になる。
『……イーダ、少し2人きりで話せない?』
彼の従者の眉間に皺が寄る。
忙しいのも分かってる。だけど、この機を逃すともう2度と無いかもしれない。
金色の髪を揺らして、薄い唇を結ぶ。勘繰ったと言うより驚いた感じがした。
突然主人と2人きりになりたいと言い出した僕を、ジュークが警戒する。
「嗚呼、良いとも」
『じゃぁ、申し訳ないけどリリス達は席を外してくれるかな?』
「……畏まり、ました」
リリスも珍しく躊躇っている気配がした。メルディンとノヴァも名残惜しそうに出て行く。最後に断腸の思いでジュークが部屋を出て、ゆっくり扉が閉まった。
「どうしたんだ?」
『…』
確か応接室も簡単な遮断魔法が掛かっている筈だ。会議室ほど強力なものではないが、無いよりは心強い。
『…駆け引きとか苦手だから単刀直入に聞くけど、僕の事を殺したい程憎んでいたりする?』
「はぁ?」
馬鹿正直な問い掛けに、イーダは目を剥く。呆れた様子で僕の真意を探るような眼差し。沈黙の後、彼はソファへ身体を埋めた。
「…何かあったのか?」
『うーん、実は少し前に殺され掛けてね』
殺されて、とは言えずに曖昧に暈しておく。
「アルバがそれ程追い詰められただって?…なるほど。それで、俺を疑ってるのか?」
『ううん、寧ろ逆かなぁ。イーダからは少しも悪い感じはしないし、もし君がそうだったら僕は今この瞬間に殺されてる。違う?』
五天王が近くに居ないこの機を逃しはしない。魔力なんて持ち合わせていない今の僕は虫を殺すより簡単に殺せる。何たってイーダはアルバくんより格上の魔王だ。
彼は限りなく白に近いグレーだったけどこれでハッキリした。
「疑いが晴れて良かった。それで?白黒付けるためだけに俺と話がしたかった訳じゃないんだろう?」
『うん、魔王会議って何?』
それを聞いたイーダは掌で額を抑えた。
「……俺が思ってるより、記憶喪失は深刻なようだな。1年に一度、俺達7人が集まる会議の事だ。まぁ会議って言うのは名ばかりで、殆ど探り合いと貶し合いだけどな。初代に名を連ねた魔王達が定めた5日間の伝統さ」
5日に及ぶ会議だって?つまり、魔王とか怖い人達と顔を突き合わせて5日間も耐え忍べって事か。(無理ゲーだ。詰んでる)
僕の場合はその中に自分を殺した犯人が居るかもしれないのだ。気が気じゃない。多分吐く。
『行きたくないなぁ』
「そうもいかない。特にお前は前回すっぽかしてるからな。その時の【不滅】の怒りようと言ったら、凄まじかったぞ。聖騎士達が止めなければ、そのままブルクハルトに乗り込んで来たかもしれない」
『…』
僕は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「お前を亡き者にしようとした者を見つけるチャンスでもある。魔王の中に犯人が居るなら、明らかな規約違反だ。俺達の間で直接的な殺し合いはご法度。間違い無くソイツは粛清される」
僕は名探偵でも何でもない。容疑者を集めても推理ショーなんて出来ないし、また殺しに来られても身を守る術もない。
『…待って、直接的な殺し合いは?』
って事は、間接的ないざこざは禁止されてないって事かい?
「魔王同士の戦闘は周囲の環境にかなりの被害が及ぶからな。直接やり合うのは禁止されてる。つまり、暗殺者を差し向けたり戦争して侵略したりは厳密に言えば規制されていない」
そういえば此処から東の方の国同士が戦争しているんだっけ。なるほど、当人同士がぶつからなければ良い訳だ。
「…俺達は正当防衛が認められないと全面的に叩けない誓約があるからな。【月】と【太陽】の争いは数年と続いて互いに正当防衛を主張してる」
『…正当防衛か…』
序列を覆せる唯一の下克上の方法だったっけ。後は、上の序列の人を殺めて周囲にバレる事なく完全犯罪にすれば、自動的に一つ繰り上がる。もし露見したら規約違反により残りの魔王に袋叩きに。
顎に手を添えて考え込む。アルバくんがやられちゃうなんて、相当な手練れじゃないかな。差し向けられた暗殺者とかじゃきっと返り討ちに遭いそうだ。
それに、目の前にはリリスが居た筈だ。彼女に気付かれず事を起こすのは容易じゃない。遠隔的な何か…魔法?手掛かりは雷だけど、あれは僕がこの世界に来た際の放電だと思うんだよな。向こうで落雷で死んだし。
アルバくんは色々な所で怨みを買い過ぎている。そもそも魔王の中に犯人が居ると疑っているのも、的外れなのかもしれない。(嗚呼、分からなくなってきた)
「アルバを殺そうとした奴…姿は見ていないんだな?」
『うん。全く分からない』
イザベラさんがステータスの異常は全部治癒してくれるって言っていたけど、痛い思いせず助かった反面死因が分からず終いで手掛かりゼロの迷宮入り事件になってるんだよなぁ。
『城に直接来ては居ないと思うんだけど…』
「固有スキルか特殊魔法でも飛ばされたか?」
『まぁ、多分そんなところ』
固有スキルとは、その人にしか使用できない特別スキル。特殊魔法も同様に、個人のオリジナル魔法だ。
分かっているのはアルバくんでも死んじゃう強力な何かって事だ。
ガルムリウスが口走った台詞を思い出す。
“あの日の夜が一番殺り易いって情報を流した”
一体誰に流したんだろう。
「ふむ、可愛い弟分の為だ。俺も全面的に協力してやる」
『弟分?』
イーダの言葉に目を丸くする。
「忘れてるだろうが、魔大陸の魔王序列に名を刻むには他の魔王の推薦が必要だ。あの時アルバを推したのは俺だからな」
つまり彼は僕の兄貴分って事かな?(協力…)それだと随分心強い。疑心暗鬼で会議に臨むなど心労と胃痛で倒れそうだ。でも、味方が1人でも居てくれると思うと、有象無象の恐怖会議でも安寧を保てる…気がする。
『イーダ…』
ジンと来るものを感じて涙目で彼を見た。聖王は「ん?、んん…」と歯切れの悪い返事をする。
『どうしたの?』
「いや、アルバにそう呼ばれるのは変な感じだと思ってな」
『え?だっていつもの通りそう呼べって…』
「ははは、バルトロメイさん?、なんて畏まって呼ばれたからな。様子が可笑しいからからかってやろうとしたのさ」
イーダは愉快そうに笑った。
『じゃぁ、前は僕は何て呼んでたの?』
「【琥珀】だな。他の魔王も大体そう呼ぶ。国の身内にはシュナイゼルと呼ばれる事が多いが、中でも近しい者はイーダと呼ぶんだ」
【琥珀】…。何だか素っ気ない気がするなぁ。アルバくんらしいっちゃ、らしいけど。
「ははは、愛称とかふざけるな、と魔法が飛んで来なくて逆に吃驚したくらいだ」
『戻した方が良いかい?』
「いや、そのままで良い」
見た女性全てを虜にしてしまう微笑みが眩しい。懐の深い男の人って憧れる。
『はぁーー…魔王会議か…』
重々しい溜め息を吐き、背凭れに体重を預けた。
「…余計な世話かもしれんが記憶の事は黙っていた方が良いかもしれない」
『…うん?』
兄貴分の真面目な表情に、思わず前のめりになる。
「いや、アルバが変わり過ぎて他の魔王が卒倒するかもしれんし、何より今のお前はーー」
イーダが身を乗り出す。僕はソファに座ったまま綺麗な顔が近付いてくるのをただ見ていた。彼の骨張った手が口に触れ、そのまま僕の頬を撫でる。
「少し無防備だぞ」
優しい眼差しで見詰め、横髪を攫う。
『……からかってるね?』
「勿論だ」
僕はジト目でイーダを睨んだ。歯を見せて悪戯が成功した子供みたいに笑う彼は一国の王とは思えない程に無邪気だった。
「だが、お前の変化は魔王達に衝撃を与えるのは確かだ。アルバに限って心配は要らないとは思うが、不要な争いは避けるべきだ」
『えっと、つまり?』
「今のアルバは覇気が無いと言うか、簡単に言えばナメられるって事だ。序列に不満を持つ奴にとっちゃ、狙うなら記憶が無くなって善人に変身した今のお前だろ」
え。
「命を狙った不届き者も要注意だが、それ以前に下克上を密かに狙ってる輩に隙を見せないようにしないとな。謂れのない罪を被されて正当防衛を主張されたり、暗殺者を差し向けられたり、事故に見せかけられたり…」
えっと…。
『ど、どうすれば…』
「簡単な事さ。いつも通り愛想の欠片も無く適当に、過激にあしらえ」
(…ディスられた)いやいや、絶対無理に決まってる。僕がアルバくんを演じるなんて。
「記憶が無いフォローは出来る限りしてやる。アルバは妙な探りを入れようとしてくる奴に注意しておけば良い」
『そ、そんな事言われてもな…』
でも、厄介事には巻き込まれたく無い。今の僕が彼らに会ったら弱いと見抜かれて真っ先に殺されてしまうかもしれない。(胃がキリキリする…)
「フォローも俺1人では限界がある。会議に連れて行ける近侍は2人までだ。そいつらにはこの件を話しておくと良い」
2人しか連れて行けないのか…。でも確かに多世帯で行ったら聖王国に迷惑が掛かるし、言い争いじゃ済まなくなるかも。
「【魔女】は連れて行くだろ?彼女に頼んでーー」
『え?誰?』
「嗚呼…【紫檀の魔女】、リリアス・カルラデルガルドさ。人間の大陸じゃもっと凶暴な名前で呼ばれていたっけな」
【紫檀の魔女】…リリスの通り名か。初めて聞いた。
「フローリア族の血を引く娘なんて一体何処で出会ったんだ…って、忘れてるんだったな。悪かった」
『…』
そうだ。
僕は皆の事、何も知らない。目先の事に夢中で、近くで支えてくれてる五天王の皆に甘えている。(傲慢、だよな…)
皆僕に気を遣って昔の事は口にしないし、僕も聞こうとしなかった。此処には居ないアルバくんとの思い出を聞いて、僕の存在の無意味さや不甲斐無さを実感するのが怖かった。
…会議が終わったら、皆と食事する機会を作ろう。皆の事を知って、今の僕が出来る最善を考えてみよう。円卓を囲んで賑やかな雰囲気なら、きっと僕のやり場の無い気持ちも紛れる筈だから。




