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6話 研究室



 その日僕は図書室へ行った帰り、自室へ戻る途中の中庭で見知った影がある事に気付いた。


『おーい、ユーリ!』


「これはこれは、アルバ様」


 ユリウスことユーリは(今勝手に決めたのだけど)僕に気付くと優雅に一礼する。


「どうして此方に?」


『図書室の帰りだよ。ユーリは何してるの?』


「私は植物を採りに参りました」


 花を部屋に飾るのかな?

 城の中庭は大きな噴水を真ん中にして、様々な彫刻や美術品が立ち並ぶ場所である。色取り取りの花が咲き乱れるよく手入れされた庭園だ。


 西側には大温室もあって、入場料を取って公開すれば観光名所になるのでは、と思うくらいに広いし美しい。


「この中庭と大温室に、研究に必要な植物を植えさせてもらっているのですよ」


『そう言えば、ユーリの研究について何も聞いてなかったなぁ』


「ではアルバ様、宜しければ私の研究室を見て行かれませんか?」


◆◇◆◇◆◇


 ユーリの研究室は城の地下にあった。地下室と言うとジメジメしてそうなイメージだが、そんな事もなく彼の後に続いて螺旋階段を降りる。


 廊下の突き当たりの扉を開けると、仄かに薬品の香りがした。病院とかで嗅いだ覚えのある、消毒液の匂いだ。


「少々散らかっていて、申し訳ありません」


 僕はユーリの研究室を見回す。散らかっている、と言っているけど決してそんな事はない。そこは白を基調とした空間で12畳くらいの広さだ。


 所狭しと何かの器具や本棚、部品や薬草、鉱石が置かれていた。ユーリの性格なのかよく整理整頓された綺麗な研究室だ。

 僕は棚に並ぶ鉱石を興味深く眺めていたが、素人が見たって何一つ分からない。


『ひっ!?』


 何かの赤ちゃんのホルマリン漬けだろうか。その横には目玉、神経、身体の一部が飾られている。

 えーっと、これはきっと医学界に貢献なされた方々の一部に違いない。学校とか大学にあるやつと同じだ。


 決して、ユーリが好き好んで自ら漬け込んでる訳ではあるまい。研究に必要な資材だ。そうだよね、ユーリ?


「どうぞ御自由にご覧下さい」


 人の良い笑みでそう言う彼に甘えて、僕は本棚の本をパラパラ捲った。錬金術とか、医学書、薬草図鑑、魔術教本と様々な書物が揃えられている。


 ユーリはいつの間にか先程採って来た植物を洗って、細かく切断する機械へ投入していた。


『何してるの?』


「薬を作っております。何かご入用の薬があれば、お申し付け下さい」


『ふーん、ユーリはどんな薬が作れるの?』


「様々ですが、…ポーションやエーテルを始め、後々体内から発見されない毒薬、自白剤、痺れ薬、劇薬や魔物避けの薬なども。頭痛薬や咳止め、胃薬まで幅広く」


『うちの宰相は優秀だなぁ』


「勿体無いお言葉です」


 胃薬はいつかお願いするかもしれないなぁ。僕は何も出来ないのに分不相応な扱いを受けているお陰で、申し訳なさでずっと胃がキリキリと痛むのだ。


 細かく刻まれた先程の植物を、ユーリは慣れた手付きで次の機械に放り込む。するとみるみる間に乾燥し、乾燥パセリのような見た目になった。


「アルバ様、ガルムリウスから聞きましたが、二つ名に納得がいってないと」


『そうなんだよ。【鮮血の魔帝】なんて怖そうじゃない?でも本にも書かれちゃってるし、どうにかしてそのイメージを払拭したいんだ』


「ふむ、どのようなイメージになられたいのでしょう?微力ながら情報面は操れるかもしれません」


『本当?じゃぁ、親しみやすいイメージに変えたいんだ。僕の特徴と言えばルビーアイと甘い物が好きなくらいだからそこから…。ガルムに言ったら笑われたけど【甘味好き】とか【桜桃の瞳】。どうかな?』


 僕が期待に胸を膨らませてにっこり微笑むと、ユーリは顳顬を押さえていた。


「それは、…その、……もう一度考えてみましょう」


 困った表情で僕の我儘に付き合ってくれるユーリは優しい男だ。


『僕に似合う渾名って、例えばどんな感じ?』


「それこそ【鮮血の魔帝】などですね。この二つ名を考えた者には褒美をやっても良いかもしれません」


 ニコニコと機嫌良さそうに、彼は小さく頷いた。


「アルバ様の気高さや優雅さを含んでいて、ルビーアイと言う唯一無二の賜物を鮮血の文字に表し、その身に宿る魔力の誇り高さを鑑みて魔帝…この二つ名が似合う人物はアルバ様の他に居ないと思います!」


 鮮血には僕の気高さや優雅さが含まれているらしい。熱を上げて楽しそうに語るユーリを貼り付けた笑みで見守り、心の中で言葉の要所要所にツッコミを入れた。


「後は…他の魔王に【不滅王】や【魔界の不死鳥】などおりますが…まったく、アルバ様を差し置いて永遠を語るなんて身の程知らずな。…実に烏滸がましい」


 ……?、他の、魔王?僕は血の気が引いて、勿論そんな様子は見せないようにしながらニコニコと引きつった笑顔をキープする。


『他の魔王ね』


「はい、己の厚かましさを省みない、図々しくもアルバ様と同じ地位に就く輩です」


 僕と同じ地位って事は王様かぁ。そう言えば、僕が居るブルクハルトの国土は魔大陸の5分の1だっけ。それ以外は他の魔王の縄張りなんだね。


 うん、絶対に近付かないよ。


『彼らについて聞きたいな』


「畏まりました」


 ユーリは棚にしまってあった小瓶から丸薬か何かを取り出し、乾燥した薬草を盛り塩みたいに集めた。その頂点に丸薬を置き火を灯す。

 指からライターのように火が出現する不思議な様を前にして、もう一度見せて欲しいとせがまなかった自分を褒めてあげたい。


 香として香りを楽しむ物なのか、ベルガモットみたいな良い匂いが漂った。


「魔大陸には7人の魔王が存在します。1人は勿論、我々が誠心誠意お支えするアルバ様です」


『僕を含めて7人か…』


 自室の世界地図を見たけど、魔大陸はそれなりに大きな大陸だった。それを7分割…喧嘩にならなかったなら、良いんだけどさ。


「本来魔王とは武力を極め膨大な魔力に富んでいるため、力を競い合いたいとお考えの者が多い。それ故、魔大陸は争いが絶えませんでした」


 気を抜くと、梅干しでも大量に食べてしまったみたいな表情をしてしまう僕とは対照的に、ユーリはにっこり口角を上げて微笑んだ。


「そして古の魔王たちは長期に亘る争いに国そのものが疲弊し、滅ぶ王国も出てきました。そんな最中、中でも四大勢力を誇っていた4人の魔王が盟約を結び、序列制度が生まれました」


『序列…?』


「はい。当人の力や叡智、魔力、国力、家臣の質などで魔王の中でも優劣を付けたのです。現在、アルバ様の序列は上から4番目です。我々が御御足を引っ張ってしまわなければ、更に高位であったと思うとやるせません」


『全然大丈夫だよ』


 寧ろそんな序列に名前を並べたくない。と言うか魔王ってどれだけ怖い人の集まりなのかな?破茶滅茶で残虐非道なアルバくんが4番目って、その上の3人はもっと頭のネジが飛んでるのだろうか。


 怖い。絶対関わり合いになりたくない。


「序列に従い、上の者には礼儀を尽くす。下の者になら何をしても許される訳ではありませんが、多少の無礼は黙認されています」


 黙認されちゃってるんだ。


「この序列制度を設け、当時の魔王を明確に順位付けした事により、争いは減りました。現在でしたら、東の小国同士が小競り合いをしているだけなので実に平和と言えます」


 それは平和じゃないよ。凄く物騒だ。僕は頭の中に東側は物騒だとメモしておく。


『……序列を覆す方法ってあるの?』


 僕は震えそうになる声を何とか抑えて、ユーリに聞いてみた。彼は「それは…、」と少し言い淀んでいたが僕の心中を察してくれたのか答えを教えてくれる。


 だって、序列を上げたいかもしれない下の3人に申し訳ないじゃないか。僕みたいなボンクラより、熱意のある人に順位は譲るべきだと思うんだ。


「あります」


 僕はパッと笑顔になる。


「正当防衛に限り、序列が変動します」


『ん?それって…』


 どう言う事ですか?


「先程ご説明した通り、自らの方が強大だからと序列の下の者に上の者が何をしても許される訳ではありません。下の者が報復を理由にすれば、序列を奪う事ができます」


 それって僕が僕より下の序列の人達にちょっかいかけて怒らせないとダメって事?ヤダよ、怖いよそんなの。もっと簡単に、平和的な方法がないかなぁ。


「それ以外での争いで下克上が行われたとしても順位は変動致しません。もしも上位者が命を落とした場合は繰り上げになりますが…、繰り上げ狙いで上位の者に手を出すのはリスクが大きく、何より他の者から非難、場合によっては粛清されます」


 僕は半ば現実逃避気味にへらへら笑った。嗚呼、吐きそうだ。何故、僕と同じ魂とやらの主は、もっと平和な人生を歩んでいなかったのだろう。

 村人Aとかでも良いから、せめて争い事とか命の危険がない所に生き返りたかった。


『…、ん?』


 急に、睡魔に襲われる。見る見るうちに目を開けていられなくなり、何度も擦った。


 しかし眠気は覚めるどころかもっと酷くなる。ユーリに何か言おうとして、僕はそのまま――…。


「続きは、また今度にしましょう」


 ユーリの、耳触りの良い低い声。


「おやすみなさいませ、アルバ様」




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