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67話 野心



 僕と五天王の皆、そして統括のリリスで会議室の広い円卓を囲む。ノヴァは僕の椅子の後ろで床に座り込み、魔歴について書かれた本を読んでいた。

 此処に皆が揃うのは久し振りだったりする。


『おかえり、ルカ。久し振りだね』


「たっだいまアルバちゃん!私が居なくて寂しかった?」


『うん、寂しかったよ』


 モンブロワ公国から帰還したルカが、僕の無駄に豪勢な椅子の肘掛を掴んでいた。


「もぉ〜仕方ないなぁ!はい!お帰りのハグして良いよ!」


『うん?有り難う』


 両手を広げられたので、僕も思わず腕を広げる。そこへルカが飛び込んで来た。


「ララルカ…っ」


「えっへへ〜!良いじゃんリリア姉様!公国のおつかいも頑張ったんだもん!アルバちゃんにお土産もあるしぃ、リリア姉様のお土産もちゃぁんと持って帰って来たし!」


『お土産?有り難うルカ』


 擦り寄る頭をポンポン撫でて公国から用事を済ませた彼女を労う。目を細めたルカは非常に満足そうだ。

 僕もへにゃりと笑って卓上の紅茶に口を付けた。


「因みにアルバちゃんへのお土産はぁ、お酒入りのチョコレートでぇす」


『ぶッ!?』


 僕は桃の風味が広がる紅茶を吹き出し掛ける。先程のルカの言葉を聞いたシャルが、隣で呆れた目を向けていた。


『…お、お酒か。そうだな、折角だし1人の時に頂こうかなぁ』


「チョコレートだよぉ?」


『念の為にね』


 お酒入りのチョコレートで酔う人は稀だと思うけど、僕はアルコールには少し弱い。匂いで酔う時もあるし、皆に迷惑を掛けない為にも1人の時に食べた方が良いだろう。


「アルバ様、その時は私も呼んで頂けませんか?」


 捨てられた仔犬みたいな目をしたリリスが、胸の前で祈る様に手を組んだ。


「お兄様!私も呼んで欲しいです!」


 立ち上がったシャルが挙手する。


 皆、モンブロワ公国のお酒入りチョコレートに興味深々みたいだ。


『チョコは残しておくから、皆好きな時に食べて良いんじゃない?僕は、酔った時が大変だから…』


「その時にお側に居たいのですっ」


 そう言えばリリスに、時々お酒を勧められてたなぁ。


「リリアス、何を考えているの?お兄様が酔ったら私が介抱するから本でも読んでて貰って構わないわよ?」


「五天王統括として私がお側に仕えるのは、極々自然です。シャルルこそ何を考えてるのかしら」


「私は酔ったお兄様に何処ぞの発情したメス犬が寄り付かない様に見張るだけよ」


「あら、面白い事を言うのね」


 笑顔の筈の遣り取りが怖い。


 皆相変わらず元気だなぁ、とへらへら笑いながら紅茶で口を濡らした。このピーチティーも最高だ。ルトワの紅茶と一緒に、少し多めに仕入れて貰う事は出来るかな?可能なら“王城御用達ロイヤル”に…。


『……』


 “王城御用達ロイヤル”とは王城の者が気に入った証と言うか、例えばルトワの紅茶がそうだ。エリザが淹れたこの紅茶を僕が気に入ったと言い、使用人はその仕入れを増やした。僕が好むと言う事で、意図しない所で“王城御用達ロイヤル”の称号が付いた。

 この称号は大変名誉な事らしく、商人の間ではロイヤルが付けば成功は間違い無いとまで言われる。実際にルトワは国中で爆発的な人気をみせており、王城の紅茶の代表とまで比喩される。


 “王城御用達ロイヤル”が付けば、品薄状態になった時などは王城を優先して商品を卸さなければならないと言う規約はあるが、悪い話では無い筈だ。


「主人殿は酒癖が悪いのかの?」


 いつの間にか真横にノヴァが居た。紅茶を眺めていた僕に目を丸くして首を傾げている。


『酒癖…悪いみたいだね。記憶が無いけど』


「ふむ、成る程のぉ。では妾と晩酌でもせぬか?」


 ニタリと笑ったノヴァが良からぬ事を考えているのは何となく分かった。


 すると、皆が僕の横のノヴァに注目しているのに気付く。そうだった、ごめん、紹介がまだだったね。

 僕は、ニコニコしながらノヴァを皆に紹介した。


『彼女はノヴァ。色々あって、友達になったんだ。皆宜しくね』


 ノヴァは皆の視線を浴び「宜しく頼む!」と気軽に挨拶する。


『それで、彼女をガルムの後釜にしようと思うのだけど、良いかな?』


 その確認の為に、皆に集まって貰った。以前リリスに空席の五天王の席をどうするか相談されていた。志願者は後を絶たないものの、弱い者では話にならないし、残りの五天王の総意を得なければメンバーに加わる事は出来ないらしい。

 その点、ノヴァの実力は僕が身を以って知っているし、後は皆が賛成してくれれば大丈夫だ。


「アルバ様、一つ宜しいでしょうか?」


『ん、どしたのリリス』


「彼女は何者なのでしょう?禍々しい気配はしますが、実態が掴めません」


 幼女の皮を被っていても、実力者にはその正体が分かるのかもしれない。皆は得体の知れないノヴァを、警戒とまではいかないが吟味している。


『彼女はイリババ山で出会った魔獣なんだ』


「魔獣ぅ?」


『見て貰った方が早いね。ノヴァ、』


 頷いたノヴァが円卓から少し離れて本来の姿に戻った。と言っても城の馬程のサイズだ。彼女が蹄を鳴らす度に小さな稲妻がピリピリ足元に飛び散る。


『本当はこの2倍は大きいのだけど、此処じゃちょっとね』


「驚き…ました…。上位、魔獣の様…です」


 メルがノヴァを見上げて目を見開いた。 


 皆に理解して貰った所で、ノヴァは形を変える。和服に身を包んだ彼女は僕の椅子の肘掛に座った。反対側にはルカが居るし、両手に花と言うやつかな?


「……帝国の禁書庫で文献を読んだ事があります。雷神龍の様に雷を思いの儘に操る上位魔物の存在。姿は馬の様だとも、龍の様だとも書かれていましたが…。100年前に怒りに触れ、帝国の一部が焼け野原になったとか」


 ユーリが何故禁書庫に出入り出来るのかは置いといて、国の一部が焼け野原ってゾッとするなぁ。


「恐らく同胞じゃのぉ。妾ならば一部なぞと甘い事はせんからな」


 あらやだ、怖い。穏やかじゃない彼女の言葉に口角が引きつる。


「彼女がその魔獣だとすると、ブルクハルトにとって喜ばしい事です!上位魔獣を手懐けるなど、流石はアルバ様…」


 尊敬の眼差しと、賛辞をユーリから投げられた。手懐けてはいないので、曖昧に笑っておく。


「お兄様、安全…なのですか?」


「妾をそこら辺の頭の悪い魔物と一緒にするでない。主人殿に危害が及ばぬ限りは大人しくしておる」


『彼女はもう無闇に人を襲ったりしないし、リリスの言う事もちゃんと聞くと言ってるし、五天王として此処に置いてあげられない?』


 祈る様な思いでお願いした。


「畏まりました。全てはアルバ様の思いの儘に」


「僕も…賛同し、ます」


「私にも異論など御座いません」


「お兄様のご意思に従います」


「アルバちゃんが言う事は絶対だしぃ?」


 皆の総意得たり。僕に全面的に従ってくれる事に不安が無い訳じゃないが、この場は有り難い。

 僕は横に居たノヴァを撫でて『これでノヴァも五天王だね』と微笑んだ。


「ふふ、国などに仕えるつもりも無かったが、主人殿が王と言う立場なら仕方ないのぉ。これもまた一興じゃ」


『宜しく頼むよ』


 リリスに進言されていた五天王の空席を埋める事が出来た僕はホッと息を吐く。


 後の問題は、そうだな。


『リリス、メルの解呪はいつになりそう?国外から人を招くって言ってたけど』


「はい、先方の都合に合わせなければならなく、1週間は掛かるかと…」


 騎士達が騒がぬ様白いシールを貼っていたが、メルの頬にはまだ呪いの印があった。


『早く呪いを解いてあげたいけど、ごめんよメル』


「ッ、アルバ様…僕などに、…!未熟な僕が悪い、の…です!アルバ様が、気に…なされる事は」


 フルフルと首を振って狼狽る彼は、後数日魔力が使えない状態になると言う事だ。腕を組んでメルの仕事の緩和について考える。


『ルカ、メルの兵士の教育を手伝ってあげられない?』


「ええ〜?手加減出来ないから殺しちゃうよぉ?」


 ニィと至極楽しそうな笑みを浮かべたルカは、とんでもない事を言う。ダメだよ、味方を殺しちゃ。


「僕なら、大丈夫…です、アルバ様。魔力が…使えないのも、良い機会…です。これを機に、色々な戦闘訓練が…出来、ます。兵士の、指導も…問題無いです」


『メルがそう言うなら分かったよ。無理しないでね』


「寛大な…ご配慮、感謝、致し…ます!」


 頭を下げたメルの瞳には憧憬が色濃く含まれている。僕は紅茶を飲み干し、現在皆に伝えたい事や聞きたい事は無くなったと判断した。


『じゃぁ、この場は解散かな。集まってくれて有り難うね』































 主人の退席を見届け首を垂れていたリリアスが動き、衣擦れの音を合図に他の面々も時を戻した様に動き始めた。

 再び席に突き、息を吐く。


「帝国を荒らした上位魔獣とは、驚きましたね」


 ユリウスが誰に言うでも無く零した。ノヴァもアルバに付いて行ったので此処には居ない。


「ええ。以前アルバ様が働きたいと仰った時、私は愚かにも何も分からず止めてしまったけれどこう言う事だったのね」


「リリアス?」


 恍惚に満ちた彼女の様子を、シャルルが窺った。


「自分でしないと意味が無い。アルバ様にとっては死活問題だと仰っていたわ」


「成る程ねぇ?守護者の空席は確かに死活問題だしぃ、アルバちゃん自身が認める人じゃないと、命は預けられないよねぇ」


 腕を頭の後ろに組んでくるくる回る。妹の楽しそうな様子を尻目に、リリアスはコーヒーに映る自分を見据えた。


「国民の多くの支持を集めて、公国から国力を搾取し、上位魔獣を五天王に据える。これが意図する事は…一体なんなのかしら…」


 リリアスの独り言に、皆が頭を悩ます中最初に発言したのはシャルルだった。


「この国に勇者が現れた事と、何か関係が?」


「勇者…噂の剣聖、です?アルバ様のお命を狙うならば、僕がバラバラにしてやるです」


 それを聞いたリリアスがゆっくりと首を振る。


「アルバ様が既に接触コンタクトを取ってるわ。我々は見守るだけで良い」


「お兄様…凄いです…。何手先をお考えなのでしょう」


「至高なる御身が剣聖の首を望まれるのであれば、直ぐに捧げましょう」


 人の良い笑みを浮かべたユリウスは続けた。


「しかし、偉大なアルバ様が目指されてるものは更に高みの様です」


「ユリウス、何か知ってるわね」


「随分前、アルバ様が私の研究室へいらした時、彼は魔王の序列についてこう仰いました。現在の序列を覆す事は可能か、と…」


「まさか…ッ、」


 驚きの色が浮かぶ。そして、主人の野心を知り歓喜する。高上である彼が4番目と言う序列に名を刻む事に納得していなかった者が殆どだった。

 彼の個人的な力で言えば、更に上位に名を連ねた筈だった。しかし、序列の決定は部下の質、国力も影響を与える。内戦の直ぐ後で混乱していた国内は国力どころでは無く、打ち出された序列に歯噛みしたのをよく覚えていた。


 それを、我が主人は覆そうとしている。


「アルバ様は聡明です。今、国として力を付けているのもーー…」


「!、次の魔王会議レユニオンの為…!」


 シャルルが答えに行き着く。ユリウスは小さく頷いた。


 魔王会議レユニオンは年に1回、魔大陸の中心に近い聖王国で開催される魔王による5日間にも及ぶ会議だ。


「よく分からないけどぉ、アルバちゃんが魔大陸の王様で1番になりたいならなるべきだよねぇ」


「勿論だわ!お兄様ほど、その椅子に相応しいお方は居ないわ」


「首長国の老いぼれも、引退させるべきです」


「全てはアルバ様の為に…」


「我々の方針は決まりました。これから忙しくなりそうね…」


 五天王の面々と、その統括は楽しそうに笑った。



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