66話 麒麟
『…はは、は…』
現在僕は麒麟に跨り、鉱山の出口迄の道を辿っていた。最初ジェニーが肩を貸してくれていたけど、何故か付いて来た魔獣が僕のローブを口で引っ張り、乗る様に促して来たからだ。
僕としては楽だけど、見た事無い魔獣に発掘作業をしていた人達の手が止まり注目が集まる。注目される事に慣れてない僕はキリキリ痛むお腹を抑えた。
僕の前には消息不明だった冒険者が4人歩いていて、麒麟が嘶いたり蹄を鳴らした時など此方を怖々した様子で振り返っている。
横にジェニーが居て、後ろにはレティとアナが見守っていた。
『ジェニー、鉱石が手に入って良かったね!』
「…あ、嗚呼。皆には感謝してもしきれない」
『期限には間に合いそう?』
「恐らくな」
僕とジェニーが話してる間、後方でレティとアナが何事か相談していた。
「……、レティ、私も今度の修行に連れて行ってくれませんか?」
「どうしたの、いきなり…」
「今回のクエストで、自分の力不足を痛感しました。もっと強くなって、皆を支えれるようにならないと」
「私はいつもアナに助けられてるわ」
「…私はまだまだです。上には上が居ると思い知らされました。……レティがシロさんに採ってあげた鉱石…あれであのレベルの雷を無効化するのは、質量を考えても難しいと思います」
「えっと、つまり?」
「シロさんの魔法防御のレベルが桁違いではないかと。彼は鉱石のお陰、と言う事にしたい様なので黙っていましたが…」
「そ、そんな事って…」
「ええ。本来なら有り得ないです。でも蒼色の雷が効かないなんて、魔法を超越した存在だとしか…。…流石、剣聖が強いと燥ぐ男性です。何故自分の力を隠したりしているのかは分かりませんが…」
「…彼、いつもそうだわ。自分の事を低評価するもの」
「あの力を、国や魔王が放っておく筈がありません。もしかしたら彼は、その為に力を隠してるのかも…」
「…なるほどね。いつか、話してくれるかしら…」
「そうですね。…… あ、そうだレティ。シロさんに伝えて欲しいと頼まれたのですが…レティに何か困った事があったらーー…」
一際大きな奇声が聞こえて、ビクついた僕は何事かと後ろを振り返る。レティが子供の様に飛び跳ねて喜んでいた。(うん?)よく分からないけど、良い事があったなら良かったね。
『う……ン…』
微睡の中から意識が浮上した僕は、寝ぼけた頭で天蓋を見詰めた。そうだ、昨日鉱石採掘から帰って来て、皆と別れて城に戻って来たんだっけ。
僕の脚を見た近衛兵が読書中のシャルを呼んで、治癒魔法を掛けて貰ったので脚も完治している。(いつも申し訳ないなぁ)メイドさんが起こしに来ないから、まだ起きるには早い時間だ。
僕が惰眠を貪ろうとした時、不意に手が何かに触れた。目を瞑ったまま覚醒してない頭で、それが何か確かめようとする。掌に収まる程の大きさで、何より柔らかい。何時迄も触っていたくなる感触だ。
「アん…」
『…!』
女性の淫靡な声に一気に目が覚めた。
ガバッと素早く起き上がり、恐る恐る其方を見る。
其処には此方を潤んだ瞳で見詰める、女の子が居た。(何で、僕と一緒に寝てるの!?)
「いきなり揉みしだくなど、主人殿はせっかちじゃの」
ニコと同じくらい、もしくは少し歳上。髪が白くて瞳は蒼い。シーツに散らばる髪は長く、金色のリングで毛束が作られている。1番目立つのは額から突き出る可愛らしい角だ。
舌舐めずりをしながら僕にのし掛かる彼女は全裸だった。
『まさかとは思うけど、君昨日の…』
「厩に置いて行くなど、主人殿は妾が嫌いか?寂しかったのじゃぞ!」
間違い無い。僕が昨日、取り敢えず城の厩に置いて来た麒麟くんだ。この場合だと、麒麟ちゃんか…?僕の腕に頭を擦る仕草がそっくりだし、多少デフォルメされてるけど稲妻型の角に面影がある。
『兎に角、何か着て欲しいなぁ』
「服を着ると出来ぬではないか」
『……何が?』
「成る程、主人殿は服を着たままするのが好みか」
『!、何もしないよ!』
「…むぅ、この姿が気に入らぬのならもっとグラマーな大人の女になってやるぞ」
『そのままで大丈夫だよ』
「男にもなれるのじゃが」
『じゃぁ男の方が良いかも』
「ッ!主人殿は好色じゃな」
違う違う、僕はノーマルだよ。男の子なら単に背徳感とか罪悪感とか変な緊張をしなくて良いだけ。
意気揚々と男になろうとする麒麟ちゃんを止めて、服を着る様に説得した。
「服など煩わしいだけじゃ。じゃが、主人殿が言うなら仕方ないのぉ」
渋々了承した彼女が息を吐くと、次の瞬間には古風な和服に身を包んでいる。
『助かるよ。で、ずっと気になってたんだけど、その主人殿って何だい?』
「主人殿を主人殿と呼ぶのは変かの?」
『僕は君の主人になった覚えがないのだけど』
冒険者が従魔契約とか言っていたけど、僕はそのやり方も分からないし。
「従属するなら自分より強者が良いに決まっておるではないか!」
うん、今の言葉で謎が深まったよ。
「なんじゃ、その顔は?妾の雷を受けて平然としてのける魔族なぞ500年生きて初めての事じゃったぞ!」
『何か誤解をしているみたいだけど、僕が平気だったのはあの鉱石のお陰で』
僕が指差したテーブルの上には、昨日の雷の鉱石が置かれている。…筈だった。ソレはものの見事に絨毯の上に砕け散っている。
「いやいや、赤子の様に寝ておる主人殿を起こすのは憚られてな、そこにあった鉱石で遊んでおったのじゃ」
『遊んでて…こんなに、粉々になるもの…かい?』
「なったのじゃ!妾は悪くないぞ?」
『僕の避雷石が…』
ガックリと肩を落とす僕に、麒麟ちゃんは目を丸くした。
「避雷じゃと?」
『この鉱石があれば雷に撃たれる事もないと思ったんだよ…』
僕の不運レベルは計り知れない。高額宝くじが当たる確率が、僕の身に何度起こっても不思議じゃないのだ。(2度ある事は3度ある)
「そんな事じゃったら妾が守ってやるわ。天候による落雷など造作も無い事よ」
『本当かい?』
「勿論じゃ。主人殿の身に何かあっては、従属として仕えておる妾の名に傷が付く」
確かに、雷を操る彼女なら可能かもしれない。希望を抱き掛けた僕がハタ、と動きを止めた。
『従属?』
「先も言ったであろう?付き従うならば強者にと。妾は初めて自らが従属して良いと、寧ろしたいと思う者に出会ったのじゃ」
『いや、僕は』
「城に着いて理解したぞ。主人殿はこの国の魔王じゃな?通りで、妾の雷をものともしない訳じゃ」
『鉱石が』
「それとも何か?主人殿は妾の様な幼気なか弱い女子を追い出すのか…?」
いや、君500歳の無性別でしょ。
潤んだ瞳で此方を見上げカマトトぶる彼女に、思わず突っ込みそうになる。
『…本当に落雷から守ってくれるのかい?』
「無論じゃ。主人殿には必要無いかもしれぬがの」
『不用意に人を襲ったりしない?』
「主人殿に無礼を働かなければ、妾は何もせん。後は主人殿に付き従う迄じゃ」
此方に便宜な条件ばかりな気もするなぁ。
「……じゃから、その」
『うん?』
「主人殿はもっと妾を愛撫し、愛でて慈しむのじゃ!」
彼女はベッドをボンボンと叩いて、頬を膨らまして主張する。
僕を大切にしてくれる人は、僕も大事にしてるつもりだけど…。そんな事で良いなら、と僕は笑顔で頷いた。
『君の名前は?』
「エヌムクラウ、カプーニス、フルグル。名は色々ある。好きに呼んでくれ」
『うーん、じゃぁ、ノヴァで』
「ノヴァ?」
『新星って意味さ。ダメかい?』
「いや、主人殿が付けてくれた名じゃ。ノヴァが良い」
ノヴァは口元を袖で隠して機嫌良さそうに笑った。
『ところでノヴァ。遺跡での事だけど、何で僕(達)を殺そうとしたの?』
「ふむ、女騎士が明らかに主人殿に執着していたからのぉ。殺して反応を見るのも一興かと思ったのじゃ」
なんて恐ろしい子だ。
「そんな顔をするな。もう主人殿には誓って手を出さん。…違う意味で手を出すかもしれぬが、害を及ぼす真似はせん」
『なんだか変な言葉が聞こえたけど』
「むぅ…従魔契約を結んでも構わん。妾は主人殿の側に居たいだけじゃ」
此処まで言われたら、何だか断るのも申し訳なくなるなぁ。
『僕は強くも無いけど、それでも良いなら…宜しくねノヴァ』
「まだ上を目指すとは。よきかな、よきかな」
コロコロ笑うノヴァは、差し出していた僕の手を取った。キョトンとしている僕の手の甲にキスをして、忠誠の証だとニヤリと笑う。
それに対し、僕は微笑ましくなり反対の手で彼女の頭を撫でた。
「子供扱いしておるな」
『だって、見た目は子供だから』
拗ねた様に口を尖らすのも子供っぽい。可愛いらしいけど。
「妾がお子様でない事を、その身体に教えてやる!」
『ちょ、うわ!?』
腕を引かれた僕はノヴァにのし掛かる様な体勢になった。彼女が首に手を回して来るが、何とかシーツに片手を突いて押し止まる。(危な…!)
目前の彼女を見るとまた服を着ておらず、頭が痛くなった。
『あ、あのねノヴァ…』
コン コン
「王陛下、おはよう御座ーー…」
最悪のタイミングで、エリザが起こしに来てくれたらしい。見る見る内に青冷めた彼女の顔が、全てを物語っていた。
「お、お、王陛下…ッやはり幼子の方が宜しいのですか…ッ!?」
やはりって何だい?
『違うよエリザ!これは、その…』
「子作りをするのじゃ。メイドは下がっておれ」
『違う!僕は幼女趣味じゃないって』
勢い良く起き上がった僕は冷静に言い訳を考える。ノヴァを突き放そうともがくが、首に回されたノヴァの腕が離れない。ベッドでくっ付く男女。しかも女の子は裸。マシな言い訳が思い付かない。
「何を言っておるのじゃ、先程妾の乳房を揉みしだいたではないか!」
『あれは事故と言うか、寝ぼけてて』
「王陛下…っ」
嗚呼、お願いだ。そんな目で僕を見ないでくれエリザ。
彼女の誤解を解くのに数時間掛かった。ノヴァはその間僕の腕にジャレついていた。




