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65話 雷



「あ…ぁ、…っ」


 レティシアは顔面蒼白になり悲痛の声を漏らした。焦点が定まらない。目の前で起こった事が信じられなかった。彼女は現実を否定する様に、震えながら首を左右に振る。


「そんな…、いやよ…っ」


 大きな岩に潰される直前、アルバに突き飛ばされた。そのお陰でレティシアは生きていたし、奇跡的に怪我も無い。目前の大岩は彼の姿を隠してしまい、彼女は石を懸命に退かした。


「私を守って死ぬなんてそんな事ッ!許さないわ…!」


『えっと、』


「私はまだ貴方に何も伝えてないのよ…ッ」


『何を伝えるんだい?』


「シロッ!」


 横からひょっこり現れたアルバにレティシアは抱き付く。確かな体温に酷く安心した。


『上手く隙間が出来てね、助かったよ』


「良かった…!」


 レティシアは涙を浮かべて彼を掻き抱く。アルバは彼女の思わぬ抱擁に目を瞬かせていた。そんな彼と目が合ったレティシアは、我に返り赤面する。落ち着け、と自分を押さえ込み「ご、ごめんなさい…」と離れた。


『うん?突き飛ばしてごめんねレティ。咄嗟の事で僕も必死だったからさ』


 和かに笑う彼は緊張感の欠片も無い。その彼の脚を見た時、レティシアは言葉を失った。


「シロ!貴方脚が…っ」


『折れてはないと思う』


 長いローブで傷口は見えないが、彼のオペラシューズの様な靴は片方血塗れだった。流れる血液が血溜まりになり、ズル…と彼の靴裏が滑る。レティシアは自らを責めた。


 ブルクハルトでユニオール大陸には居ない強大な魔物を相手にソロで討伐を行なったりして着実に力を付けて来たつもりだった。(全然、強くなれていない)このままでは、この国の残虐な魔王を倒すどころか、目の前の大切な人を守る事も出来ない。


「シロ、貴方は皆の居る洞窟へ戻って!」


『えっと…立ってるのがやっとで走れないって言ったら怒るかい?』


「ジェニーお願い!シロを安全な所へ連れて行って!」


「!、了解した…!」


 洞窟の入り口に積もった石礫を掻き分けて、ジェニーがそこから出て来る。その間にレティシアは残る魔力を集中させ、近付く麒麟に向き直った。

 闘志を突き付けられた事を察知したのか、麒麟は煩わしいとばかりに周囲に雷を落とす。前方の巨大な岩に落雷すると、その岩は真っ二つに砕けた。改めて雷の威力に冷や汗を掻いていると、麒麟はレティシアの横を通り過ぎる。


「え…?」


 見上げる程の化け物が、凶悪な雷を纏ってアルバとジェニーが居る方へ蹄を向けていた。ジェニーはアルバに肩を貸して、ヤツが入れないであろう洞窟へと急ぐ。


『ジェニー!お願いだから僕を置いて逃げて!』


「嫌だ!君を捨て置くなんて出来ない」


『このままじゃ…』


 2人とも死ぬ。


「ちょ、そっちはダメよ!私が相手になるわッ!」


 緩慢な動きの麒麟の背に剣を振りかぶった時、レティシアの腹部に鋭い痛みが走った。麒麟の強烈な後脚の蹴りが、彼女を後方へ吹き飛ばす。地に転がった彼女は、息が吸えずに視界がブレた。


「く…っ、シロ…!ジェニー!」


『レティッ!!』


 アルバが振り返った時、麒麟が消えたかと思うと稲妻が走り雷光と共に目の前に出現する。(ッ嘘でしょ、)素早いなんてものじゃない、正にこの魔獣は雷そのものだ。

 先程の死闘は児戯か、戯れかと思われる程に空気が違う。この魔獣は間違い無く、己を本気で殺そうとしている。


 そう感じたアルバの産毛がゾワリ、と逆立つ。


 肩を貸してくれているジェニーロに自身のローブを脱いで被せる。魔法防御が付与されている、エリザが以前買ってくれた黒いローブだ。この雷に耐えられるとはとても思えないが付与されている効果に期待するしかない。


「し、シロ何をしている!?」


 頭からすっぽりとローブに包まれたジェニーロの制止を振り切り、彼は別方向に走った。打ち付けた膝が悲鳴を上げ、抉れた足首から血が滴る。

 麒麟が甲高く鳴き、アルバを追い掛けた。迫り来る気配に彼は振り返って、やはり自分が狙いだと口角を上げる。(2回も雷で死ぬ事になるなんてなぁ)


バリバリバリバリッ!!


 麒麟が放った青白い雷が彼を包んだ。


「「シロッ!!」」


「シロさんッ!」


 あまりに高圧な電流に、スパークが起こる。ジェニーロの方へ微細な稲妻が溢れたが、アルバが被せたローブが絶縁体となり無事だった。

 

「あの坊主、モロに食らいやがった…!」


「即死だ…」


 青白い光に照らされた冒険者達も、白髪の青年の死を確信する。これ程の雷を受けて、無事な筈が無い。岩をも砕き、断ち切る青い電流は青年の全身を包んでいた。


「シロ…っ!嘘だと言ってくれ…」


 麒麟が己の力を誇示するかの様に大きく嘶いた。


「嗚呼、私がもっと魔力を使えていたら…!」


 ビリビリと轟音を放っていた雷が徐々に収まる。


「私はまた守れなかったの…?」


 腹部を抑えたレティシアが、その場に崩れ落ちた。














『うん、漏電か何かかな?』


 周囲の予想に反して、アルバは平然としていた。何処も焦げていないし、火傷も無い。脚を庇う様に立っているが、それだけだった。


「し、シロ!?」


「坊主お前…!?」


 冒険者は目を疑う。あんな落雷を受けて泰然としている青年を異様なものの様に凝視した。予想外なのは麒麟も同じらしく、数歩後退する。首を振った魔物が周囲に展開した幾つもの魔法陣から、同時にライトニングが放たれ、アルバに直撃する。


『なんか…ぬるま湯に浸かってるみたい』


 青白い光が弾ける中でとんでもない事を口にした。


「ど、どう言う事なの…!?」


『僕にもさっぱり…。麒麟くんの調子が悪いのか…』


 すると、アルバは思い付いた様に懐から何か取り出す。それは採掘場でレティシアが砕き落とした鉱物だった。歪な形で、中に雷を閉じ込めた様な光を放っている。


『もしかしたらコレが避雷石代わりになってるのかも…』


 アルバがこの鉱石を欲しいと思ったのは他でもない、避雷石になるかと期待したからだ。この前の雷雨で、再び雷に撃たれるのではと危惧した彼は、自分に雷が向かって来ても近くに避雷体があれば運良く助かるかもしれないと考えた。

 明らかに雷系統の鉱物だったし、雷避け、もしくは雷受けになるかもしれないと期待を込めて見上げていた時、レティシアが取ってくれたのだ。


 転移の魔法が鉱石に込められていたのか、トラップのスイッチだったのかは定かでは無いが、特殊な鉱石であるのは間違いない。彼が思い当たるのはコレくらいだった。


 首を傾げたアルバの前で、麒麟が前脚で数回地面を叩く。その途端、大きな巨大が見る見る内に縮み、城の馬と変わらない大きさに縮小した。


「な、…!?」


『小さく、なっちゃったね…』


 途端に威圧感が無くなり、纏っていた雷も霧散する。更にアルバに向けて頭を低く下げた。


「ど、どう言う事だぁ!?」


「化け物が…」


 冒険者達も騒めく。まるで忠誠を誓う様な仕草に、誰もが驚いた。


 甘える様にアルバの腕に頭を擦り付ける。


『うーん、どうしたんだろうね?』


 冷たい鱗に恐る恐る触れて、撫でてみた。襲ってくる様子も無いし、角はあるが普通の馬だと思えば愛嬌がある。


 用心深く剣を向けていたレティシアも、構えを解いて剣を鞘へ戻した。止まっていた時が動き出す様に、各々ゆっくりと麒麟に近付く。


「坊主、お前…まさかコイツと従魔契約をしちまったのか?」


「こんな上位魔獣と!?」


『従魔契約?いや、僕は』


 そんな事した覚えもない。その時、背中にドンと何かがぶつかった。

 肩越しに確認すると、ジェニーロがアルバが無理やり被せたローブを突き出して此方を睨んでいる。


「……君は…無茶な事を」


 アルバは差し出されていたローブを受け取り、へにゃっとした笑顔を浮かべた。


「シロ!無事なの!?」


「大丈夫ですか!?」


 レティシアとアナスタシアが駆け寄り、彼の体調を窺う。


『君達は大丈夫かい?レティ、傷は…』


「あ、貴方と比べると何とでもないわ!」


「シロさんは、その…大丈夫ですか?脚もですし、雷が…」


『大丈夫、みたいだね』


 確かめる様に掌を見詰めていると、麒麟が顔を突き出して来た。撫でろと言う事だろうか。

 アルバが彼の首をポンポン撫でると、甘えた高い声で鳴いた。


『コレのお陰で命拾いしたなぁ』


 手に握る鉱石に視線を向ける。ソレは電撃を内包した様に、輝いていた。


「ナヨナヨした男だと思ってたが、根性あるな!」


「ははは、吃驚したぜ!」


 冒険者達に激励され肩を叩かれながら、アルバは困った様に微笑む。

 

 一人神殿に入り目的を達成したジェニーロは、貴重な鉱石を布で包み其処から出て来た。アルバが雷の石を手で遊んでいるのが見えて、思わず独りごちる。


「…鉱石に、そんな力は無い」


 ましてや、誰もが恐れる雷を操る大魔獣の攻撃を、完全にいなす鉱石などこの世に存在する筈がない。魔道具ならまだしも、石単体ではただ力を内包するエネルギーの筈だ。魔石や鉱石の扱いを知り尽くした彼女だけは、これらが示唆する答えを導き出していた。



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