62話 イリババ山
イリババ山は王都の北側に聳え立つ険しい岩肌の山だ。約1kmにわたる頂稜には6つの頂がある。1番高い頂上付近はいつも雪化粧に覆われており、山頂は雲が掛かっている為滅多に見れる事はない。
また、イリババ山体から直接地下に潜って伏流水となり、周辺地域で湧水となって湧き出す水も多く、山の向こう側には大きな湧水地があってその周辺は湿地帯となっている。
鉱石の発掘場所としては非常に秀逸で、様々な鉱石が採れる名の知れた鉱山だ。長い間有益な鉱物を多く発掘して来た為に、一部は岩山の中と言うより宮殿の様な場所になっていて訪れた者を驚かす。
その美しい様に僕も例外無く驚いていた。
山の中とは思えない程に天井が高く、大きな柱が聳え立つ。等間隔に鉱石が輝き照らしてくれるので、鉱山の中でも昼間の様に明るかった。入り口付近には採掘に精を出していた働き手が多くおり、人の出入りも盛んだ。
「これが、採掘場なの?」
「出店までありますよ…」
僕もレティ達に同意見だ。働く男達に商人が元気良く声を掛けている。水や工具を売っている様だ。
「此処はいつも賑わっている。だが、更に奥に行くと普通の採掘場とあまり変わらない。魔物も居る」
先頭を歩いていたジェニーが此方を振り返る。彼女は此処を何度か訪れた事があるらしく、目的の鉱石がありそうな場所まで押さえていた。
「オヤジ、此処に冒険者が来なかったか?」
「お?なんだジェニーロ、珍しく店から出て来たのか」
「人を引き籠りみたいに言うな。で、どうなんだ?」
「はは、引き籠りだろうが…。一昨日見たぜ、そう言えばアイツら出て来た所は見てないな」
馴染みのオジサンの言葉に、ジェニーは難しい顔をしている。自らの依頼で此処を訪れたとされる冒険者達の安否が気になってる様だ。
鉱山の人が行き交う入り口を進み、盛大なパーティーが出来そうな巨大なホールを抜けると、細かく枝分かれした採掘場に行き着く。まだ掘り進めている最中らしく、要所要所に作業を行う人々の姿があった。
鉱物が乗った一輪車とすれ違い、僕達は道を開けて譲る。
「こっちだ」
「明かりが少なくなって来ましたね」
「洞窟の中みたいで不気味ね」
ジェニーが開いた扉の奥を覗くと、地下への階段が続いていた。地下から吹き抜ける冷たい風が、轟々と魔物の声みたいで臆病になる。彼女の目的の鉱石は如何やら地下にある様だ。
「レティシア嬢、アナスタシア嬢、引き返すなら今だぞ。この先は危険が多くて人があまり立ち入らない。魔物の巣窟になっているし、ワタシが依頼したA級冒険者は消息を絶っている」
僕の名前が無かった気がする。強制参加かな?
「っ、勿論行くわよ!」
「アンデット系の魔物と【治癒】はお任せ下さい」
勇ましい彼女達は地下への階段を降りて行く。案内の為、ジェニーが先頭で次に冒険者の2人、僕が1番後ろ。
「きゃ…!」
『おっと』
レティが階段を踏み外して落っこちそうになったので、反射的に僕がその手を掴んで引っ張った。
「あ、有り難う」
『ううん、足元見え難いね。【光】使える人は居るかい?』
「…これだから魔族は。温存したかったが、鉱石がある」
ジェニーは懐から半透明の石を取り出して弄ると、それが眩い光を放つ。マフラーの手に掲げさせ、僕達全員を照らした。
『わぁ、便利だね。有り難うジェニー』
「……」
彼女は僕とレティを一瞥して、プイと向きを変えて行ってしまう。
『僕達も行こうか』
ジェニーに睨まれるのはいつもの事なので、気にせずへらへら笑った。足元が見えるので降りやすい。見ればマフラーの手が此方側に光が届き易い様に、鉱石の持ち方を工夫してくれている。素直じゃないよなぁ。
階段を1番下まで降りると、開けた場所に出た。地下の採掘場は岩の所々に鮮やかな色彩を放つ石が目立つ。地面にレールが敷かれ、奥まで続いていた。
「…行くぞ」
注意深く辺りを警戒しながら、ジェニーが動き出す。
『そう言えば、レティ。他のパーティーの人達は?』
確か彼女は5人パーティーだった筈だ。
「今3人は別の依頼を受けているわ。レッドウルフの群れの討伐だから、私達が居なくてもてこずらないと思うけど」
「レティはシロさんの依頼を受けるんだって頑として譲らなかったんですよねぇ?」
アナがレティの頬をツンと突く。
『忙しいのにごめんよ』
「い、良いのよ!」
『パーティーの人達にも何かお詫びが出来たら良いんだけど…』
「レティに会ってくれるだけで私達は満足ですよ」
「ちょっとアナぁ?」
ニコニコと笑っていたアナを、レティがジト目で睨んだ。パーティーの仲間同士の遣り取りに僕も自然と笑顔になる。
そんな僕のローブの裾を、レティが遠慮がちに掴んだ。
「…だから、シロ。次は依頼なんてしないで、困ってる事があるなら頼み事でも何でも、私に直接連絡をしなさい」
『そんな…、悪いよ。…レティはどうしてそんなに良くしてくれるんだい?』
「…ッ、と、友達だからよ」
下を向くレティは少し顔が赤い。
『……』
「…ッ!!」
彼女の額に手を当ててみるが、熱は無さそうだ。僕の行動に驚いた彼女は此方を見上げる。
『顔が赤いから、熱でもあるのかなと思って』
「ね、熱なんてないわよ…っ!」
更に頬を染めたレティは怒った様にドシドシ先を歩き始めた。僕が乱した前髪を何度も撫で付けているのが見える。
「シロさん、ごめんなさいね?レティは恥ずかしがり屋だから」
『アナ…』
今の何処に恥ずかしがる要素があったかな。(あれは恥ずかしがってるの?)…もしかしたらプロの冒険者の体調不良を疑ったりして、依頼を受けてくれた彼女のプライドを傷付けてしまっただろうか。
『アナ、後でレティに伝えてくれるかい?レティの方も、何か困った事があったら僕で良ければ力になるって』
「良いのですか?」
『まぁ…僕に出来る事なんて限られてるけど、女の子にあそこまで言われて、言われっぱなしはね。彼女が困ってるなら、力になりたいし』
レティは困ってる人が居たらほっとけない性分なのだろう。そんな彼女に少しでも恩返しがしたい。僕は今までレティに助けられてばかりだ。
ポーションと言い、イフリートと言い、今回依頼を受けてくれた事と言い、頭が上がらない。
「ふふ、レティに伝えたら飛び跳ねて喜びますよ」
聖職者の彼女は笑顔で僕を励ましてくれた。
「ッ、アナスタシア嬢!スケルトンだ!」
「はい!」
低位魔物のスケルトンを皆は危なげなく退治していく。アナの魔法で邪悪なモンスターは浄化され砂になるし、レティは剣の鞘を使って骨を砕く。ジェニーはマフラーの拳が炸裂しているし、役立たずは僕だけだ。
『皆強いなぁ』
「何言ってるのよシロ、貴方の魔法は強いなんてものじゃないのよ」
『はっはっは、まさかね』
僕はこの中で1番か弱い。だから彼女達を雇う必要があったんだ。
「話はレティから聞いています。シロさん、どうかこの狭い採掘場で至大な魔法を行使しないでくれると助かります」
『ま、まさかぁ、使わないよ!』
僕はへらへらしながら両手を振る。するとジェニーのマフラーが僕のローブを掴んだ。
「シロ、」
『うん?』
「……」
そのまま引き寄せられ、ジェニーの後ろを歩く。マフラーは僕のローブを掴んだままだ。
僕は察する。魔力を使えないのを伝えているジェニーは、きっと誤解を受ける僕を助けてくれたに違いない。
ジェニーの不器用な優しさに、僕は感謝を伝えようとマフラーの手を握る。ローブを掴んでいた手が、僕の手に移った。
「その布、どうなっているの?」
「……先端は布ではなく、中に特別な金属を込めている。魔道具の一種で、ワタシが発明した物だ」
「凄いですね…精密な動きもそうてすし、操れる手が増えると言う利点は素晴らしいです」
「作業中は重宝しているよ」
明かりを掲げる方の先端を撫でたジェニーは柔らかい表情で2人に説明する。
『ジェニーは西街で魔道具屋をしてるんだ。僕も見せて貰ったけど、凄い商品が一杯あるよ』
「そうなの?ジェニー、今度行っても良いかしら?」
「あ、嗚呼…」
何処かぎこちない動作で彼女は返事をした。
『彼女は趣味がとても可愛いらしいんだ。レティと気が合うかもね』
「し、シロ!」
羞恥を感じたのかジェニーが焦った様子で僕を咎めた。何で言っちゃいけないのか分からないまま、キョトンとする。
『え?だって、縫いぐるみとか、小物とか下着も可愛かったよ』
言い終わった途端、背中に悪寒が走った。
「シロ、もう少しその話、詳しく教えてくれるかしら?」
『うん?マグカップとか…』
「違うわよ!何でシロがジェニーの下着を知ってるのかって事よッ!!」
しまった。これでは僕が彼女の箪笥を覗いた変態って事になる。レティは乙女の敵と言わんばかりにブルブル震えているし、これは不味い。彼女の鉄拳は僕などには見えない程に早く、鼻骨を折る威力があるのは立証済みだ。
『ち、違うんだレティ。ジェニーが大声を出してしまって、その…ちょっとしか見てないし』
「お、大声を出してしまってぇ!?」
般若の形相をしたレティに胸倉を掴まれて、掲げられる。(ひぃい)何故これ程までに怒られるんだろう。あれは事故、不可抗力だ。
「待ってくれレティシア嬢、ワタシは彼に襲われた訳じゃないぞ」
ジェニーが呆れた様子で、彼女の腕を掴む。
「ワタシがコーヒーを溢して大声を出してしまってな。強盗かと勘違いした彼が部屋に飛び込んで来ただけだ。その時偶然な」
「……っ!、そ、それならそうと早く言いなさいよシロ!」
『あはは…』
一体何を想像していたのか、レティは顔を真っ赤にして僕に謝った。よく分からないけど、誤解が解けて良かったよ。九死に一生を得た僕は困った様な笑顔を浮かべた。




