59話 買い物
王都西街の商業が盛んな大通りから外れた一画に、イシュベルトから紹介された魔道具屋があった。
大分遠回りしたけど、僕は念願の魔道具屋に辿り着いたのだ。ギルド職員として頑張ったのも、全ては今日この日の為。
途中、討伐大会で得た臨時収入もある。これだけあれば、きっと身を守る魔道具が買える筈だ。
僕が浮き浮きしながらお店の扉を開けると、チリン、とベルが鳴った。
店内には魔道具と思われる装飾品や、よく分からない装置が所狭しと並べられている。魔法が付与された剣や槍が壁に掛けてあって、その量に驚いた。
僕が目的とする魔道具は恐らくガラスケースに入れられているアクセサリーだ。僕の左手の指には城で見付けた指輪が嵌められている。
危ない所を助けて貰ったし、魔道具としては機能しなくてもお守り代わりに付けていた。
『あれ?誰も居ないのかな?』
カウンターを覗いても人の影も形もない。扉のベルも鳴っていたし、手が放せないのだろうか。
商品には説明札などは無い。店員さんに教えて貰わないと何を購入して良いのか分からなかった。
暫く待っていると、奥からゴソゴソと人の気配がする。出て来たのは小柄な女の子だった。
頸の髪はショートだが、横髪は肩に付くまで伸びている桃色の髪はグラデーションが綺麗だ。作業用のツナギを着て、腰にスパナや金槌などの工具を入れたポーチが下げられている。太腿にはベルトで釘が固定されていた。
何より目を引くのは首に巻かれたマフラー。地に付くほど長く、キュッと括れがある先は人の手の様に自由に動いている。
不思議な光景に呆気に取られていると、女の子の眉が不機嫌そうに歪められた。
「…扉の貼り紙が見えなかったか?」
『え?』
「ウチは“魔族お断り”だ」
冷たい目でそう言われ、出ていく様に催促される。
『ちょっと待って欲しい!僕にはどうしても、魔道具が必要なんだよ』
此処まで来て、購入出来ないなんて嘘だと言って欲しい。ブルクハルトは開国したてで人族は魔族に比べて比較的まだ少ない。その為、人族を客層として集める魔道具屋はそれ程多くない。王都にはこの店だけと言っても良い。
彼女はそれだけ言うと奥へ戻ろうとするし、取り付く島も無い。店主は「売って欲しいなら人族に生まれ変わって来い」と言い残し、店の奥に引っ込んでしまった。
『…え?』
後日、僕は再びあの魔道具屋を訪れた。扉に付けられた呼び鈴代わりのベルが鳴り、奥からあの子が顔を出す。
「……また来たのか」
『やぁ。僕を覚えてるの?』
「嗚呼。此処に入って来る魔族など君くらいだ」
改めて扉を見てみたが、確かに“魔族お断り”の貼り紙がしてあった。
『どうして魔族は利用出来ないんだい?』
「……簡単さ。魔族に魔道具は不要だからだ」
うん、それは僕以外の魔族かな。
「魔族に売る商品は無い。出て行くんだ」
『君は魔族じゃないのかい?』
耳は尖ってるいるし、イシュベルトも言っていた。魔族が営んでる魔道具屋があると。
「…ワタシは混血だ」
首を傾げる僕に溜め息を吐いた彼女は、渋々説明をしてくれた。
「魔族と、ドワーフのハーフだ」
『そうなんだ…!』
ドワーフと言えば、小人のイメージだ。街で擦れ違う彼らは皆総じて背が低い。更に髭が長く、手先が器用で鍛治職人や建設関係、物作りに関わる者達が多い。
ブルクハルトのお酒を大層気に入り、沢山買い込んでくれる。もしかしたら近い将来、ドワーフの国と良い取引が出来るとユーリがほくそ笑んでいた。
そう考えると彼女は小柄以外にドワーフを彷彿とさせる要素は無い。作業着を着ているから物作りをしている様だが、見た目は可愛らしい女の子だ。
『君の名前は?生まれは何処なんだい?ドワーフの国って、どんな所?僕あまり国外に出たりしないから…。って事は此処の商品は君が作ってるの?』
「……りだ」
『ん?』
「〜〜ッ魔族お断りだ!」
如何やら怒らせてしまったらしく、僕は店の外に追い出された。
次の日、僕は再び魔道具屋に来ていた。今日はお土産もバッチリだし、店主も喜んでくれると思う。
『やぁ』
「……当然の様に入って来るのだな、君は」
珍しくカウンターに居た彼女に、紙袋を差し出した。何を隠そう、これは僕が王都で1番気に入っているチョコレートのお店の商品だ。
『これ、お土産ね』
「物で懐柔出来ると思ってるのか?」
『こう言うのは気持ちが大事』
チョコレートを渡した僕はお店の商品を見ながら店内を歩く。
「どうしてもと言うなら貰ってやるが…」
如何やら彼女は甘い物は食べれるみたいだ。
「そんなに魔道具が欲しいのか?」
『うん』
彼女は怪訝そうな顔をする。
「何故だ?君は魔族だろう」
『うーん…』
僕は魔力が無い事を正直に言うべきか迷った。因みに、今日も僕の瞳の色は黄色に変えて貰っている。認識阻害の眼鏡はしていないけど、ギルド職員の時に何度か外しても周囲に気付かれなかったので大丈夫。
「魔族は人族より魔力が豊富だ。魔道具などバカにしている」
『そんな事ないよ!』
僕はつい、声を上げてしまった。僕は魔道具に何度も助けられている。
女の子は僕の答えが意外だったのか、大きな目を瞬かせた。
『……僕は訳があって、魔力が使えない。その時に本当に助けられたんだ』
「…驚いた。魔族が魔道具を使うのはそのお高いプライドを傷付ける行為だと思っていた」
『はは、』
プライドも何も、魔力が無い僕にとっては弱肉強食の魔大陸で大事なアイテムだ。頬を掻いていると、カウンター越しの彼女がペコリと頭を下げる。
「悪かった。君も魔道具を馬鹿にした輩で、冷やかしが目的だと思った」
『じゃ、じゃぁ…』
「君は他の魔族と違う様だ。気に入った物があれば売ろう」
『有り難う!』
感極まった僕はカウンターに置かれていた彼女の手を両手で握った。
『本当に!君は命の恩人だ!』
「あ…、な…っ」
みるみる内に赤くなる彼女に構わず、僕は目を輝かせて続ける。
『名前は何て言うの?』
「じぇ、ジェニーロ・…ローゼンバウム、」
『ジェニーで良い?』
「ぁ…う、」
戸惑う様にマフラーの先端がワタワタと動いていた。(本当に彼女が動かしてるんだ…)原理は僕にはちっとも分からないけど凄い。
『僕はシロ。魔道具に関しては素人だから、ジェニーが色々教えてくれたら助かるよ!』
「わ、分かったから…!分かったから手を放せぇえッ!」
身を乗り出していた僕を、マフラーの先端の手みたいな部分が軽々と摘み上げた。そのまま店外へ投げ出される。
『ぇ、え〜…?』
その後固く閉じられた扉を何度叩こうが開かなかった。失礼な態度で、怒らせてしまったのだろうか。僕は仕方無くトボトボ帰路についた。
(何なんだアイツは!)ジェニーロは真っ赤な顔で、ガックリと肩を落とした青年の背中を睨んだ。
彼女にとって初めて出会うタイプの魔族。
本来、魔大陸で混血とはあまり良い顔をされない。表立って嫌悪される事はないにしろ、彼女は周りからの距離と壁を感じながら生きてきた。
ドワーフの父親から偏屈な性格を受け継ぎ、人付き合いが少ない故に矯正も出来ない。可愛げの無い言葉遣いしか出来ないし、あの時ああ言えば、と後悔し身悶えるのは毎度の事だ。
混血である事を伝えたにも関わらず、軽蔑の目で見られなかったのは初めての事で前回も困惑してしまった。
人付き合いが乏しい彼女にとって、まさか異性に手を握られ至近距離から光輝な眼差しを向けられるなど、居た堪れない。
ジェニーロはまだ彼の感触が残る手を摩った。
「何なんだ奴は…!」
此方が張り巡らせている警戒と言う名の有刺鉄線を難なく飛び越えて来る様な無遠慮な振る舞い。ジェニーロが冷たくあしらっても、気にした様子も無く懲りずにまた来る厚かましい積極性。
手土産まで用意して、一体何を考えてる?
彼女は生まれて初めて貰った他者からのプレゼントを、首に巻いた己の発明品で恐る恐る触った。箱を上下に振って、危険物では無い事を確かめる。紙袋は菓子屋の物だが、油断をさせる罠かも知れない。
「ただのチョコレートか…しかも高級な」
執拗な安全確認の後に、手に取って正体を知った。この一箱で米が恐らく10Kgは買える。はたして魔道具を購入する許可を得る為だけに、此処までの手土産を用意する必要があるだろうか。
分からない。初めての事ばかりだ。
「!、魔道具を売ると言ったのに、驚いて追い出してしまった…」
再び窓の外を見るが、白髪の青年はもう見えない。
「……また来てくれるだろうか…」
(いや、待て違うんだ!)客として、売り上げとして逃してしまった事を悔やんでいるのだ。断じてまた会いたいとか、気兼ね無くお喋りがしたいとか、浮ついた考えじゃない。断じて。




