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5話 妹分



「お兄様!」


『あ、ぇー…と、シャル』


 連日の図書室通いの最中、僕がテーブルの1つを占領していると泣きぼくろの少女シャルが現れた。


 今日はブカブカのローブを羽織っていない、可愛らしい格好だ。

 白いヒラヒラしたワンピースを着ている。この前はローブがあって気付かなかったけど、意外に…というか結構胸がある。


 山積みの本に埋もれそうな僕を見付けて、シャルはひょこひょこと近寄ってきた。


「お兄様ったら、夢中になると没頭してしまうのですから」


『ははは、そうみたいだね。シャルはどうしたの?』


「私も、本を読もうかと思いまして。邪魔しませんから、ご一緒しても良いですか?」


 シャルの手には古惚けた一冊の本が握られている。僕は軽い感じで『良いよー』と返事をした。彼女は僕の向かい斜め左に座り、本の背表紙を撫でる。


「何か思い出されましたか?」


『んーー、ごめんね。まだ何も』


「私とこうして読書していた事も、思い出しませんか?」


『うん……』


 女の子にこんな顔をさせてしまうなんて、申し訳ない気持ちで一杯になるなぁ。僕は読んでいた本を閉じて、シャルと目を合わせた。


『じゃぁシャル、僕に教えてくれない?どうして兄妹になったのか、とかどんな風に過ごしていたのかとか』


「は、はい!お兄様!」


 シャルは可愛らしく笑って、本を机に置く。彼女によれば僕達は幼少期に出会っており、シャルが僕の魔法の腕に惚れ込み弟子入りした事がきっかけで行動を共にするようになったらしい。

 そこには既にリリスもおり、彼女とはいつも喧嘩ばかりだったが楽しい日々だったようだ。自らは決して楽しかったとは口にしなかったが、喋る時の表情で何となく分かった。


 国を興す頃には実力を認められ、師弟関係は解消されたそうだが、それならばとお兄様と言う特別な呼び方を許して貰った。当時のアルバくんの嫌がりようは凄まじく、人が2、3人巻き込まれて死んでしまった様だが、そんな彼をどうにかしてしまう辺りシャルは強いなぁ。


 僕は苦笑いを浮かべてチョコケーキをフォークで器用に切り分けて、片割れを口に運ぶ。その様子をシャルは興味深そうに見ていた。


『シャルも食べるかい?』


「いえ、私は甘い物は…」


『苦手なの?』


「ダイエット中で…」


 気にする様な体型ではないのに、どうして女子って気にしちゃうのかなぁ。逆に太っても良い位だと思う。


『シャルはもう少しお肉つけた方が良いと思うけどね。僕の個人的に』


「ほ、本当ですか?」


『我慢は身体に毒だよー』


 悪魔のように囁いて、食欲と自制心の狭間で葛藤する彼女が可愛いと思った。ニコニコと切り分けたケーキをシャルの口元に持っていく。


『ほら、あーん』


 僕はそこで自分の過ちに気付いた。シャルは年頃の女の子だ。男の僕が1度使った食器をそのまま使うのは抵抗があるんじゃないかな?

 

 仕方ない、ここはメイドさんに新しいフォークを追加で貰おうかな。


「はむ」


 あれ?あーん、と促せば雛鳥のように素直に口を開けるじゃないか。むぐむぐと美味しそうにケーキを食べて、シャルの目線が残りのケーキへ傾いた。


『ぷっ、良いよ。残りはシャルにあげる』


「ち、違いますっ!お兄様!あの、私は!」


 慌てて手を交差する妹分の頭を撫でて、ケーキの皿を寄せてやる。


 シャルは真っ赤になっていたが、暫くすると諦めたように「私はお兄様に…して、欲しかった、のに」ごにょごにょ言ってケーキを食べ始めた。


『ねぇ、シャル。魔法についてなんだけど…少し教えて貰っても良い?』


「勿論です!私がお兄様にお教え出来る事なんて、無いと思いますが…」


 僕は何回読んでも理解力が乏しくて分からなかった魔法について、シャルから教えて貰える事に心の中でガッツポーズをする。

 読んでいた本を向かいの妹分の方に向け、魔力の項目を指で指した。


『この、超自然的魔力マナ人為的魔力オドについてなんだけど、違いがイマイチ分からなくてさ』


「ぶッ!?」


 正直にシャルに尋ねると驚いた様に目を見開いた。え?そんなにおかしい事を聞いたかな?


「記憶喪失って、そんな、…魔法の基礎まで忘れてしまうなんて…」


 あ、これ魔法の基礎なんだ。何か、ごめんね。


 シャルは青ざめて口元を手で覆い衝撃的な感じだったが、気を取り直して僕に向き直る。


「簡単に言うと人為的魔力オドは我々の身体に内包する魔力の事で、超自然的魔力マナはこの大気中に漂う魔力の事ですよ」


 僕は頭の中で整理しながらシャルの話を聞いた。


「我々は無意識に、体内でオドと呼ばれる魔力を生産しています。ただ、保有できる魔力は上限があり、個人差があります。お兄様のように莫大な魔力オドに恵まれたお方も居れば、人間のようにミジンコ程度の魔力オドしか持たない者もいます」


『じゃぁこっちがMPになるのかな?』


「MP?それはなんですか?お兄様…」


『ごめん、続けて…』


 莫大な魔力って、僕がルビーアイを持っているからそう認識されているのだろうけど、今の僕の魔力オドは残念ながら空っケツみたいだよ。


 僕は喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、ニコニコ微笑むだけに留める。シャルはさり気無く人間をディスってたけど、これも聞かなかった事にしよう。


「オドは魔法を使用するときに必要な魔力として消費されます。回復するには単純に身体を休めるか、味方に回復して貰うか、エーテルを飲む必要があります」


 エーテルってあるんだね。確か、ゲームだとMPが回復する薬だったかな。


『なるほど…、』


「マナは自然に存在する空気のような存在で絶えず流動しています。私のような魔導師はマナの一部を統御することにより、魔法発動に必要な魔力として利用しています」


『???あれ?こっちがMPかな?』


 頭がまたこんがらがってきたなぁ。


「大気中のマナを使う事によって、オドを節約しているとお考えくだされば…」


『あ、分かりやすいねソレ』


 僕は納得しポンと手を叩く。つまり、オドがMPと考えるのが正解だ!


「一説によれば、人間の中にも信じられない程のオドを内包した人間が稀に出現するそうです」


 あー、それって後々勇者とか語られる正義のヒーローじゃないかな?どうか、僕がブルクハルトの恐怖政治を辞めさせるまで出現しないでくれると有り難いなぁ。


『有り難うシャル。やっぱり、持つべき者は博識で頼りになる妹だね』


 僕は情け無い笑顔でシャルにお礼を言う。

 これから魔法や魔力で分からないことがあったらシャルに聞こうかな。


 すると突然、シャルから苺を差し出された。


「じゅ、授業料です」


 どうやら先程のケーキの最後の一口らしい。


『僕が貰って良いの?』


 授業料だったら逆に何か催促しなくちゃいけないんじゃないかな?僕がご褒美貰って良いんだ。(シャルって優しいなぁー)


『指食べちゃうかもだけど良い?』


 何せフォークじゃなくてシャルの指で摘ままれているのだ。僕は器用じゃないから絶対口が当たる。


「い、良いですよ!」


 頬を染めてグイッと此方に苺を差し出す。僕は少し身を屈めて、指に挟まった苺をペロリと平らげた。


『あー、美味しい』


 僕は悪戯っ子みたいな素振りで、これみよがしに感想を言う。対するシャルは何故か拗ねたように口を尖らせ、不服そうだ。(あれー?シャルがくれるって言ったんだけどなぁ)


「お兄様、私をいつまでも子供扱いしないで下さい!(全然意識してくれない!)」


『分かったよ、またメイドさんに作ってくれるように頼んでおくからさ』


「全然分かってないです!」


 ぴしゃりと言われて、僕は何が悪かったのか分からず首を傾げる。シャルは呆れたように笑って「なんでもないですよぉ」と頬を膨らませむくれていた。


 僕は宥めて頭をポンポンと撫でる。本当の妹が出来たみたいで嬉しいなぁ。

 

 すると、目の前のシャルの表情が見る見る内に暗くなっていく事に気付いた。何だか、悪い事をして叱られる前の子供みたい。


「…、…お兄様、私、不敬かもしれません」


『いきなり、どしたの?』


「今、私…一瞬だけお兄様の、記憶が戻らなくても良いかも、と考えてしまいました」


 え、それは僕にとっては凄く有り難いよ。突然の彼女の告白に、僕は何も返せずにいた。


「申し訳ありません!記憶が戻らなくて良い筈がありませんよね…。こうして私達の事を思い出そうと毎日此処に通われ、解決の糸口を探していらっしゃる御身に向かって…!」


『ああ、大丈夫大丈夫』


 起立して頭を深々と下げるシャルに向かってへらへらと軽く言う。


『寧ろ今みたいに正直なシャルの気持ちをもっと聞かせて欲しいな。昔の僕には言えなかった事でもね。でも、どうして?皆、僕に早く記憶を取り戻して欲しいんじゃないの?』


 無理なんだけどさ。


「お兄様に、こんなに優しくして頂いたのは初めてなのです」


 君たち幼少期からの幼馴染みじゃないの?


「私が一方的に、お兄様に関心を持ってもらおうと躍起になっていた感じで」


 君のお兄様、シャルに無関心だったのか。こんなに一生懸命で可愛い妹分が居たら、僕なら構いたくてしょうがないのだけどなぁ。


「今のお兄様の方が…その、」


『うん?』


「何でもありませんっ」


 何だか嬉しい。僕の人柄が評価されてるって思って良いのかな。シャルはきっと、僕の優しいブルクハルト国の再建にも賛成してくれそうだ。凄く心強い!


『有り難う、だいぶ気が楽になったよ』


 僕はニコニコと満面の笑みを浮かべる。記憶を取り戻さなくても良い、と言ってくれる人がいるなんて、少しだけ肩の荷が下りた気分だ。


『僕はもう少し此処に居るけど、シャルはどうする?紅茶出して貰うかい?』


「いえ、残念ですが、そろそろ戻らなければ」


『そっかぁ』


 僕が手を振ると、シャルはワンピースを摘んで上品なお辞儀をして図書室を後にした。



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