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54話 潜む悪意



 討伐大会を終え王都に戻って来たアルバは騎士から借りた集合住宅へ帰宅しながら、彼は自らの腰に手を添える。

 きっと明日に目覚めたら筋肉が悲鳴を上げ酷い筋肉痛に変化しているだろう身体の倦怠感に、溜め息を吐いた。


 すっかり日も暮れて、昼間の森でのお祭り騒ぎも落ち着いた様子の街は何時もの喧騒に包まれている。

 家々に温かな灯りが灯り、大通りは帰路を急ぐ人々で賑わっていた。


 そう言えば、ユリウスが仕留めた不審者は何だったのだろうか。


 いきなり背後からナイフを突き付けられ、模範店員の如く人命優先行動をしている内にいつの間にか現れたユリウスに喉を掻き切られていた。


 彼がアルバに血糊を一切浴びせない様に動きを工夫したお陰で、ギルド職員の制服を汚さずにホッとした。(ユーリの気遣いに感謝)

 

 明日の仕事は休みだし、一度着替えたら城に戻って事情を聞いてみようかと思い立った時、アルバの仮宿の玄関の前に人影がある事に気付く。


「シロ…、シロ!!」


 アルバに気付くと、その男は此方に駆け寄って縋る様な視線を投げた。彼は知る人物だった。


『ラーク先輩?』


 少しやつれているが、冒険者ギルドの先輩職員である金髪の彼だった。しかし、様子が可笑しい。


 魔物との激しい戦闘でもしていたのか、身体の至る所に切り傷を負っていて顔色が非常に悪かった。目が充血し涙を浮かべるその変わり果てた姿にただ事では無い事を悟る。


「、シロ!嗚呼、やっと来たやがった!今すぐ一緒に来てくれ!」


『え?僕今から…』


「頼むッ!今までの事は悪かったよ!本当だ!だから、な?急いで来て欲しい!」


『う、うん?分かったよ』


 今までに無いラークの必死な懇願にアルバは頷く事しか出来なかった。

 服に染みる赤い血を見て、『大丈夫?』と聞いてみるが、ラークはそれさえも耳に入らない程に余裕が無い。


 アルバは嫌な予感がしながら、前を走るラークの背中を追った。




























 ラークが案内したのは王都から程近い洞窟だった。遠くにぼやけた篝火が見える事から、王都の他にも村か町が近くにある様だ。


 街道から少し外れた雑木林に隠れる様にして、ポッカリ口を開けた洞窟の先を覗き込むが暗くて何も見えない。


「はぁ、はぁ…」


 走って来た為息を切らしたラークが石壁に手を突き、呼吸を整えている。アルバは暫く彼を待って、暗闇の世界に脚を踏み入れた。


 洞窟の中は外より些か寒く、清水でも湧き出ているのか水の音がする。怪物の牙の様な不気味な天井の形状に、アルバは肝が震えた。


 それ以外には特に変わった所も無く、ラークが何故こんな所に案内をしたのか不思議になる。


『ラーク先輩、』


「なぁ、シロ…お前スゲー魔術師なんだろ?魔物の相手も余裕なんだよな?」


『え?僕は魔術師じゃないし、喧嘩だってした事ないよ』


「は!?」


 アルバの発言に目を剥いた彼の落ち着きが無くなった。


『レティも誤解してたけど、何でそんな話になってるの?』


「そりゃ、バーゲストを仕留めたから…」


『嗚呼、あれは…ただ運が良かったんだ』


 偶然指輪の効果が発動して、助かったに過ぎない。ラークが小声で話すので、自然とアルバも声の大きさを落として話す。


 暗闇に目が慣れてきて、進んでいた道が左右に分かれていた。迷わず右に入ったラークの後に続き、急斜になった地面を慎重に降りる。


『何か期待されてるところ本当に言い難いのだけど、…僕、もう魔法は使えないからね』


 何せ昼間の討伐大会で最後の指輪を使ってしまったのだ。中指に光る指輪の石は、輝きを失い黒ずんで見える。


「そ、んな…まじかよ」


『一体何をそんなに怖がって…』


 この世の終わりの様な絶望的な顔をしたラークにアルバは首を傾げた。


『魔物が出るのかい?なら、ハイジさんとか呼んで来た方が良いかもしれない』


 焦燥したラークは絶え間なく目が泳ぐ。来た道を戻る様な素振りも見せたが、結局先に進んだ。案内が無いと迷ってしまいそうな入り組んだ洞窟を、アルバはラークを頼りに脚を動かした。


 すると突然行き止まりに突き当たり、アルバは周囲を見回す。そこへラークがしゃがんで、言われないと絶対気付かない石板を外して見せた。


『それ…』


 自然の物では無い。


「良いから入れ」


 アルバはその言葉に従い、恐る恐る屈んで中に入った。ラークが後に続く。中は洞窟の続きの様だが、明らかに人の手が入っていた。


 照明に使われる加工前の鉱石が朧に等間隔で光って足元を照らしている。続く道には木箱や拡張する為のピッケルなどの器具も置かれていた。


 簡素な木造の扉を開けると、何かが焼けた独特な匂いが鼻を刺激する。其処の一画は研究所か書斎の様な場所で壁際には所狭しと本棚が並べられていた。


 しかし、その部屋の物は火事があったかの様に真っ黒く焼け焦げている。焼け落ちた紙の切れ端を摘んで、内容を確認するが公用語以外の文字で書かれていて理解出来ない。


『火事があって、まだそんなに経ってないね』


 皆逃げ出したのか、蛻の殻だった。乱雑に撒かれた羊皮紙にも炎が這った後があり、此処の手掛かりになりそうな物はない。


 脚が焼け朽ち伏せた机の横には硝子の破片が幾つも散らばっていた。地面に転がっていた鎖を辿って行くと、何か飼っていたのか動物の燃えカスに行き着く。可哀想だが、もうアルバに出来る事は無さそうだ。


 ラークはその先を目指していたので、周囲を見回しながらアルバも後に続く。暫く歩くと天井の高い広間の様な場所に出た。


「嗚呼、やっと戻って来ましたか」


 声に驚いて後ろを振り向くと、1人の男が石壁に腕を組んで凭れている。


「くふふ、遅かったですね。逃げてしまったのかと思いましたよ」


 緩慢な動きで此方に来た彼は、長い青色の髪を下ろし同色の瞳をした魔族だ。薄汚れたローブを着て、その視線は引き攣った顔のラークへ向けられている。


「でもちゃんと連れて来ただろうッ!?約束は守ったじゃねーか!」


 必死に訴える彼は両手を広げて、冷たい表情の男を説得した。爬虫類の様な目が、ジロリとアルバを見据える。


「では、彼が」


「嗚呼そうだッ!これで俺達は助かるんだよな!?」


 アルバは状況が飲み込めないまま成り行きを見ていたが、言葉の端々から分かったのは先輩に如何やら売られたらしいって事くらいだった。


 最初はアルバに赦しを請い彼らを一網打尽にする算段だったのだろうが、頼みのアルバにもう魔法は使用出来ないと告知され状況が一変したのだ。


「グレンは何処だよ!?」


「こっちよォ」


 女の声がした方向へ、皆が一斉に顔を向ける。其処には胸元が開いた黒いドレスを着こなす人物が居た。


『カレンさん?』


 雰囲気が全く異なるが、確かに冒険者ギルドのギルドマスターの側にいつも控えて笑顔を浮かべていた彼女だ。


 纏めていたネイビーに輝く美しい髪を下ろし、控えめだった化粧が普段より色濃く彼女を主張している。大きく開いた胸元の心臓がある位置に、大きな蜘蛛の描かれた刺青が見えた。

 秘書として良い意味で霞草の様だったカレンは、今は別人の様に薔薇の様な美しさと危うさを秘めている。白髪の青年を見てにっこり笑ったカレンとは反対に、彼女を見て怯えたラークが叫ぶ。


「グレンは…!」


「焦らなくても会わせてあげる」


「…【蜘蛛女アラクネ】あまり遊ばないで下さい」


 【蜘蛛女】と呼ばれた女は妖しく笑って、ハイヒールをコツコツと言わせながらある部屋の扉を開けた。其処には椅子に縛り付けられ、変わり果てた血塗れのグレンが眼窩を此方に向けている。


「ぁ、あ…あぁぁああッ!」


「嗚呼、堪らないわ!その絶望に咽ぶ声…!」


 ラークの絶叫にカレンはうっとりと頬を染めて、既に事切れているグレンに近寄った。座らされた彼の背後に回り、赤毛の髪を撫でる。


「ラークくん、遅かったんだもの。待ってる間暇で暇で…そしたら丁度、玩具が目に入ったからつい遊んでしまったわ」


 口元で綺麗な弧を描く彼女は妖艶に舌舐めずりをした。

 彼の遺体は目を背けたくなる程に痛め付けられた形跡があり、所々に欠損も見られる。頬が数倍にも腫れていて、そこにある筈の眼球が穿り出されていた。


「貴方は彼を置いて逃げたと言ったの。そしたら彼、涙を流して罵っていたわよ」


 心底楽しそうに笑いながら、カレンはグレンを放して扉を閉める。親しい友人の死に悲痛に呻くラークは膝を折り地面を叩いた。


「や、約束と違うじゃねーか!コイツを連れて来たら全員逃してくれるって…!」


「あら、女って気紛れなのよォ」


 口角を上げて微笑み肩を竦めたカレンに、非難の目を向けるラークはそれ以上何も言えず「くそぉ…っ」と地面に顔を伏せ嗚咽を堪える。


「やっと会えましたね、シロくん。遠い所ご足労して頂いて有り難う御座います」


『…君は…?』


 笑顔でアルバを歓迎する長髪の男は、瞳孔が細いまるで爬虫類の様な目を細めた。アルバはこんな見知らぬ男に呼び出しを受ける身に覚えがなかった。


 しかし、カレンと言い目の前の男と言い、危険な雰囲気が伝わってくる。アルバの脳内に警鐘が鳴り響き、この場から逃げろと全身に命令していた。


「私はダチュラの幹部、サイモン・アンダレーシアです」


 聞き慣れない単語に、アルバは顔を顰める。少なくとも魔大陸にある国の名前じゃない。


「ダチュラって言ったら全大陸を裏から支配しようとしてる犯罪結社じゃねぇか…」


 震える声でそう言ったラークは、信じられないとばかりに目を見開いた。巨大であるが故に謎に包まれた秘密結社の用人がこんな近くにいたなんて。


「くふふ、あのブルクハルトが開国すると聞いて、根を張る為にやって来たのですよ。まぁ、シロくんのお陰でそれも無意味になってしまったのですが」


『…?』


「焼けた部屋を見たでしょう?我々も最初、信じられませんでした。嗾けたイフリートと共に、我々の研究室ごと全てを燃やし尽くしてしまうのですから」


 イフリートの名前を聞いて哀れに死んだケリーを思い出した。彼に召喚石を渡した人物はサイモンで間違いなさそうだ。


 (この人が、)ケリーを誑かして操っていた人物。この分だとラークとグレンも似た様な境遇だろう。


『この洞窟の真上は大森林か』


 指輪の効果で現れた煉獄の炎はイフリートを焼き尽くすだけでは飽き足らず、彼らの地下の研究所まで到達していた様だ。


「お陰で別の場所に居た私と彼女と…君を迎えに行った筈の部下しか生き残りませんでした」


 先程の部屋の紙や木が焼けた匂いとは別の異臭は、人が黒炎に蹂躙された匂いだろうか。


「まぁ君を迎えに行った部下は、この国の魔王に殺された様ですし…」


『…ぁ…』


 イフリートを葬った直前、灰色のローブを着た男にナイフで脅された。ユリウスが来てくれたので事なき終えたが、彼も此処へ連れて来ようとしていた…?


「実は魔王に前々から目を付けられていましてね。ゴブリンの巣をカモフラージュに増築して作ったこの研究所に竜騎士を差し向けられたりして、あの時は肝を冷やしましたよ」


 ラークの顔を窺うと、彼は理解が追い付かないなか眉間に皺を寄せている。アルバはあの時の事を鮮明に思い出し、それはただの偶然だと吐露しそうになった。


「魔物の討伐大会などを開かれて、生み出した魔物も粗方討伐されてしまいましたし、此処も捨てて別の場所へ移ろうと準備していた最中でした」


『じゃぁ、僕が呼ばれたのは仲間の仇討ちかな?』


 研究所で何を調査していたのかは分からないが、彼ら以外の組員を意図しない所で殺してしまった事は事実の様だ。サイモンはゆっくり首を横に振って、口角を吊り上げる。


「いえいえ、シロくんに来て貰ったのは我々の仲間にならないか誘いたかったからですよ」


『…どう言う事だい?』


「我々ダチュラはより優れた力を持つ人材を求めていましてね、君の素晴らしい魔法の腕を見込んで是非スカウトをしたかったのです」


 人の良い笑顔を浮かべて、サイモンは続けた。


「研究成果と部下を失っても、君を手に入れればお釣りが来る」


『……僕が断ると言ったら?』


「シロくんの事は事前に色々と調べましたからね。【蜘蛛女アラクネ】や彼らも冒険者ギルドでの君の様子を教えてくれました。どうやったら我々に従順になり、断れなくなるかも考えてますよ」


 サイモンの言葉にラークの肩がビクリと動く。そこへ洞窟の奥から何事か言い争う声が聞こえて来た。


「カレンさん何でこんな事をするんですか!?」


「クレアちゃん、黙って大人しく歩いて欲しいわ」


 後ろ手に拘束されたクレアが、煩しそうに顔を歪めるカレンに腕を掴まれ引き摺られる様にして姿を見せる。


 彼女はアルバを見付けると心底驚いた様子で、「し、シロさん!?」と彼の名前を呼んだ。アルバは漸くラークが先程口走った全員、と言う言葉の意味を理解する。


『…クレア先輩が如何して此処に?』


「ふふ、シロくんが本気を出して逃げてしまわないように、捕まえておいたのよォ。これで私達の話を聞く気になったでしよう?」


 ニコニコ笑うカレンの底知れない笑みにゾッとしたクレアは拘束を振り解こうともがくが、片手間程度の力で抑えられてしまっている。


『……、じゃぁ、僕が此処に残ったら2人は放してくれるのかい?』


「ッシロさん!」


 アルバの選択にクレアが声を発した。


「くふふ、聞いていた通り、あまり臆さない人物の様ですね」


 (そんな筈がないだろう)グレンの凄惨な死体を見せられ、頼みの綱の指輪は使えない。アルバに現状を打開出来る力は皆無だった。

 可能ならば、今すぐ踵を返してお暇してしまいたい。


「シロくんが快くこちら側に就いてくれるなら、2人には何もしませんよ」


『…快くと、言われてもなぁ』


 現状で、アルバが快くダチュラと言う組織に属する事などあり得ない。それは彼らも承知の筈だ。


 言葉では何とでも言えるが、それを容認する程この2人は甘くないだろう。一体何を以って快くと呼べるのかが分からなかった。


 可能であれば、クレアとラークを早く家に帰してあげたいし、この事実を憲兵に伝えて然るべき処置をとってもらうのが常だ。


「最初の教育は、彼女の担当ですので」


 サイモンはそう言って、カレンを示す。指名された彼女は嬉しそうに微笑んで、光る舌で唇を舐めた。

 掴んでいたクレアを座り込んでいたラークの方へ突き飛ばし転倒させ、アルバに近付く。


 態とらしく湿った息を耳に吹き掛け「彼女達を殺されたくなかったら、暴れないでね?」と彼に魔力封じの指輪を付けた。


「嗚呼、楽しみだわ…貴方はどんな悲鳴を聞かせてくれるのかしら?」




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