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53話 討伐大会③




『レティ?泣いてるのかい?』


 遠慮がちに髪を耳に掛けてやりながら、アルバが聞いた。伏せられていたレティシアの顔が上がり、一杯に涙を溜めた茶色い瞳と目が合う。


「泣いてないわ」


『うん?そうだね』


 真面目な顔をしてそう言う彼女から溢れた涙を拭ってやりながらアルバは可笑しそうに笑った。


 レティシアはそれを恥ずかしそうにゴシゴシと拭い、スクッと立ち上がる。


『大丈夫かい?』


「ええ、寧ろ吹っ切れたわ」


 今までより明るく笑うレティシアは髪を翻してイフリートへ立ち向かって行く。


 残されたアルバは身体の状態を見ながら地面に脚を付けて、ボリボリ頭を掻いた。辛うじて受け身を取ったお陰で重傷は負っていない。(う〜ん、困った)


 助太刀したいのは山々だが、今アルバが使用出来るのは恐らく炎属性の魔法なのだ。


 イシュベルトにも説明を受けたが、中指に付けた指輪の宝石の色は眩い赤色。火炎の使い手イフリートは明らかに炎を司る上位魔物だ。

 しかも彼は魔道具を発動させる手段を知らない。この魔道具はスイッチも無ければ、決まった言葉を詠唱する訳でもない。


『僕は足手纏いだしなぁ』


 魔術師としては及ばないと、彼女は言っていたが勘違いをしている。魔術師としても剣士としても、戦闘においてレティシアを凌駕している面などアルバは持ち合わせていなかった。


 今も彼には見えない速度で巨大な炎相手に斬り込んでいく彼女は、勇者かと見紛う程に強い。


 イフリートの心臓目掛けて繰り出された突きは、身を捻って急所を回避され化け物の上腕に突き刺さった。


「ッ!」


 渾身の力を込めた牙突を避けられたレティシアは悔しくて歯噛みする。太腕が煩わしいとばかりに彼女を払い、それを避ける為に浅い攻撃になってしまった。


「はぁ…、はぁ…ッ」


 持久戦は不味い。体力は長くは続かないし、【身体強化】【身状加速】を二重に緩衝した彼女がやっと闘える大魔獣イフリート。


 しかし、逃げると言う手段は選択肢に無い。彼女の背後には友人がいて、今も固唾を飲んで見守っている。(せめて彼だけは…)この魔物を見逃せば、近辺に位置するブルクハルトの街が滅ぶかもしれない。

 それは剣聖として、何としても防がなくては。例え相討ちになったとしても。


「シロ!今のうちに逃げて!」


『え』


「私が抑え切れなかったら、次に狙われるのはシロよ!その前に…」


『友達が出来たのに、見捨てて逃げろって事かい?』


「ッそれは私の台詞なのよ!やっと出来た友人をこんな所で亡くしたくないわ!」


 彼女はイフリートから一気に放たれる多量の【火球】をバク転しながら回避して、アルバに怒鳴った。


 彼女は願ってしまった。許されるなら剣聖としてではなく、もう少しで良いから普通の女の子として、躊躇う事なく友人だと言ってくれた彼の側に居たいと。

 

 イフリートが先程大地を焼いた桁違いの大火球を左右の腕に宿した。2つの太陽がアルバとレティシアの2人を照らす。


「ッまだこんな力が…!」


 恐れを抱き焦る彼女を他所に、アルバは何処か買い物にでも出掛ける様な足取りで彼女の前に立った。


「し、シロ!?」


『上手くいかないかも知れないから、しっかり防御はしといて』


 レティシアにそう促し、指輪が光る右手をイフリートの方へ向ける。(効かなかったら効かなかった時だ)開き直った彼は右手を返し、パチンと鳴らした。


「ガァアァァアッ!!」


 その瞬間、イフリートの足元から暗黒の火柱が昇り、身体に纏っていた赤色の炎を全て掻き消してしまう。


 空を昇った火柱は龍の様な形状で先端がイフリートを睨み付ける。

 顔があるのか定かでは無いが、暗黒の炎はニィと笑った気がした。龍に呼応するかの様に天候が急激に変化する。晴天に恵まれていた筈が、アルバ達が居る辺りの空だけ黒々とした曇天に包まれていた。


「そんな…嘘…」


 レティシアは尻餅を突き、腰を抜かしてしまう。これは煉獄の炎だ。イフリートが纏う炎とは比べ物にならない邪悪な熱に、恐怖で身体が震えた。


 アルバが右手を降ろすタイミングで、暗黒の火柱は大魔獣目掛けて落ちてくる。レティシアは凄まじい衝撃に目を瞑った。


 暗黒の龍はイフリートを口から飲み込み、まるで地獄に引き摺り降ろしているかのようだった。地面に叩き付けられ断末魔の声を上げる火炎の使い手が、見る見る内に黒く変色していく。

 骨や炭さえ残さない壮絶な黒炎はその後嘘の様に消え失せた。


 熱風が衝撃派の様に森に吹き抜けたと思ったら、空の雲も綺麗に跡形も無かった。


『…うん、効いたね』


「し、シロ…貴方…っ」


『ごめんね、同じ炎属性だから上手くいかないと思って使えなかったんだ』


 腰が抜けて動けずにいたレティシアに手を貸して、アルバは弱々しく笑って見せる。(なんて魔法を使い熟しているの!?)あの大魔獣がなす術なく一撃で消え失せてしまうなんて。


 こないだの水魔法と言い、この眼鏡の青年は強大過ぎる力の持ち主だ。


 同じ炎属性とは言っても、炎の質が全然違う。燃え上がる業火と、焼き尽くす黒炎…煉獄の炎を扱うなど聞いた事がない。


 立ち上がった彼女は足に力が入らず蹌踉めき、それをアルバが抱き止めた。


 しかし突然、彼の背後に深くローブを被った男が立って喉元にナイフを突き付けていた。


『…誰だい?』


「我々と共に来てもらおう」


「な、何!?貴方…」


 一瞬アルバはユリウスかとも思ったが、彼が着ているローブは黒で、彼は薄汚れた灰色だった。


 大会ルールを知る冒険者ならば、これは明らかに規則違反。しかし、見た所ローブの男は冒険者では無さそうだ。


 レティシアはアルバに突き付けられたナイフが動く事を恐れて動けない。強大な黒龍に驚いて周囲の警戒を怠ってしまっていた。


『今、大会中なんだけど』


「関係無い。死にたくなければ可笑しな真似はするな」


 首のナイフに力を入れて冗談では無い事を強調する。しかし、先程の衝撃的な光景を見ていたのか、アルバの一挙一動に対して恐れが窺えた。


『う〜ん…』


「その女を連れて行って欲しいのか?」


『それは宜しくないね』


 抱き止めていたレティシアを放して、パッと両手を挙げた。観念した様子で従順になったアルバに、安堵して密かに息を吐いたローブの男は「付いて来たらコイツを殺すぞ」と今度はレティシアにナイフを見せ付ける。


 其処へ強風が吹いたと思ったら、目前に漆黒のローブが舞った。


 レティシアは自らの目を疑う。全くと言って良い程見えなかったからだ。瞬きをした瞬間に目前に黒いローブを着た誰かが居たと言っても過言では無い。


「ッ!?」


 漆黒のローブを被った男は、灰色のローブの男の背後に立ち有無言わさず一瞬で腕を回し喉元の頸動脈を掻き切った。


 アルバから引き離し、横に転倒させ血の噴水が上がる。灰色の薄汚れたローブが血に染まり、ヒューヒューと可笑しな音で息をする無粋な輩を静かに見据える漆黒のローブの男には、見覚えがあった。


「貴方…魔王ねッ!?」


 その刹那にローブの影の奥に赤色のルビーアイを見た。その冷たい眼光にレティシアは血も凍る畏怖を抱く。

 湧き上がる恐怖心を抑え勇気を掻き集め、勇敢にも食い下がった。


「まさかその男が狙いだったの?その為にこんな大きな大会を…」


「……」


 魔王は何も言わず、殺した男を小脇に抱えて立ち去ろうとする。


「待ちなさいッ!」


「脆弱な人間が、気安く話して良い相手じゃないわ」


 追い掛けようと駆け出した先に、この国の魔王に仕えると聞く最高幹部の絶世の美女が歩いて来た。

 彼女は一瞬、レティシアから目を離し何処かを愛おしそうに見たが、油断出来ない相手を前に彼女にはその視線の先を確認する余裕が無い。


 脚を止めて此方を見ていた魔王が再び歩き始め、黒いローブが風に揺れたと思ったら忽然と姿を消していた。


 代わりに五天王統括の地位に就く女がレティシアの方に近付き、彼女は息を忘れる。剣を持ってはいるが、全く意味を成さないと分かった。それ程にこの女は強い。


 しかし緊張で身を固く強張らせるレティシアとは裏腹に黒髪の美女は彼女を素通りし、後ろで頬を掻いていたギルド職員の彼に歩み寄っていった。


「一体…?」


 彼に何するつもり!?遅れて振り返って聖剣の切っ先を向けたレティシアには最高幹部の女の表情を窺い知る事が出来ない。


 しかし、対峙するアルバは安心しきった笑顔で何事か話しているし、危害を加える気配は無かった。

 レティシアの焦燥に気付いた彼が心配要らない、と首を振るので彼女は戸惑いつつ聖剣を鞘に収める。

 しかし警戒はしておくべきだといつでも抜刀出来る姿勢を作った。


 暫くしてアルバから離れた女は何事も無かったかの様に、更にはレティシアなど居ない様な素振りで森の暗闇に消えて行く。


 やっと緊張が解け息が吸える様な感覚に、レティシアは胸を上下させた。


 あの、背筋も凍る赤色の瞳を持つ魔王は、只者では無い。一瞬で獲物の背後に回り、喉を掻き切る武器さえ知覚させないその素早さ。命を摘み取る事に対して罪悪感や同情など、一切感情を持ち合わせていない様に見えた。

 冷酷にして無慈悲、絶対的な強者の風格。従える幹部も同格の強さだったとしたら…。


 レティシアは無意識の内に肩が震えている事に気付いた。


『ん?どしたんだい、レティ』


「シロ…」


 己を抱き締め震えを止めようとする彼女に気付いたアルバは、目を丸くする。

 彼も彼らを見てその脅威と威圧を間近に感じた筈だが、怯えている様子は微塵も無い。(私は…こんな所で立ち止まっていてはいけない)こんな事で震えている様じゃ、大切な人を守る事なんて出来ないと自らを奮い立たせる。


 ブルクハルトの魔王は噂で聞いた通り、冷徹で残虐だ。躊躇い無く人を殺し、身も凍る程に冷たい瞳をしている。

 もし間違えば、レティシア自身が、白髪の眼鏡の青年が、あの瞬間に殺されていたかもしれない。そう考えると悪寒が止まらなかった。


 このままでは、いけない。剣聖の名を継ぐ彼女に、他に選択肢は無かった。


 其処へ、大会の終了を告げる合図が大森林に響き渡った。












『本当に良いの?』


 厳正なる審査の結果、上位魔物を討ち取った者としてギルド職員の名前が上がっていた。アルバは密かに身内贔屓があるのでは、と居た堪れなくなる。


 しかし、垂幕にイフリートとアルバが対峙する姿が映し出されていたらしく、異議を唱える者は居なかった。従属魔獣が炎と熱風に驚いて逃走してしまいあまり鮮明に映ってはいなかったが、ただアルバが生きてる事が火炎の使い手を降した証拠だった。


 更には討伐した事がレティシアの証言によって証明されたのだ。リリアスに密かに抗議したが、確かに彼女の言う通り大会参加者のみが褒賞金の対象になるとは一言も書かれていないが、後付けの様で気が引ける。


「おめでとう御座います」


『有り難う…』


 満面の笑みのリリアスによって褒賞金が手渡された。眉をハの字にしたアルバは困った様に微笑んでいた。



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