4話 玉座の居心地
僕は次の日から城の図書室に通い、この地の知識を追い求めた。メイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、用意してくれた洋菓子に手を伸ばす。
『紅茶、すっごく美味しいよ』
メイドさんにお礼を言って飲み終えると、彼女は驚いた顔で口をパクパクさせていた。
僕は此処に来てから、こういう反応をされやすい。記憶が無くなったという情報は五天王にしか教えてないから、何人いるのか分からないけどメイドの皆も、こっちの僕に慣れてくれたら、多分硬直されたり皿を割ったり転んだりしなくなると思いたいなぁ。
極端に言うと、今までの僕が爆発物のように恐れられているのだ。
メイドさんの挙動は間違いなく恐怖に支配されていて、此方としては頗る居心地が悪い。僕はいきなり噛み付いたりしないし、勿論爆発だってしないよ。
だから事あるごとに話しかけて緊張や恐怖を和らげようと躍起になっているが、話かけた途端硬直されたり持っていた皿を割ったり、すっ転んだりするのだ。
僕と同じ魂の彼は、どうやら亭主関白気味だったのかもしれない。それかどうしようもない癇癪持ちかな。
だって掃除しているメイドに話し掛けたら、水の入ってるバケツをひっくり返してしまい土下座で謝られた。
持ってきてくれた食事が美味しくてメイドにお礼を言ったらお皿を落として服が汚れ、怪我も無いのにこれまた土下座をされた。
腫れ物扱いにも程があるよ。気にしないで、とへらへらしていたが、そろそろ寂しくなってきた。
「おーい!アルバ様ぁ〜」
『ガルム!』
良い所に来てくれた!図書室の入り口あたりに見知った顔が現れ、僕は椅子から立ち上がって手を振る。本を読むより身体を鍛えるのが好きそうなガルムだけど、僕の方に歩いて来てくれた。
『どうしたの?図書室で会うなんて初めてじゃないか』
「アルバ様を探しに来たんだよ。俺が本なんか読むように見えるか?」
『見えないねぇ』
僕が視線を送っただけで、メイドさんが意を汲んでガルムの紅茶も用意してくれる。(本当、皆優秀だよね)
「何だぁ?菓子なんて。アルバ様は甘い物が嫌いだったじゃねぇか」
『そうなの?今は大好きだよ』
「お前、本当にアルバ様かぁ?別人って言われた方がしっくりくるぜ」
ガルムが訝かり此方に目を向けるが、僕は気にした様子も無くクッキーを齧った。
『さぁ?別人って思ってもらった方が良いかもねぇ』
密かにメイドに目をやり、溜め息を吐く。
紅茶で口を湿らせているとガルムが「でも瞳のルビーアイは本物っぽいしな…。髪は白髪だが」と僕をまじまじと観察していた。
そう、僕の瞳の色は特別らしくルビーアイと呼ばれる唯一無二の瞳らしい。深いワインレッドの宝石のような輝きを秘めた瞳。本で調べた所によると、魔力が高い魔族に出現するらしく、長い歴史の中で3人しか居た事がない希少な物だ。
ルビーアイか何だか知らないけど、僕は魔力なんてこれっぽっちも無いのだけれどね。皮肉な話だ。
でもこれのお陰で、僕の正体に疑問を持っても、でもルビーアイだしアルバ様なんだよなって事で多くの事が解決している。
「ってか、アルバ様、昼間っからそんな格好で良いのかよ?」
『え?』
今の僕の格好は、またも古代ギリシャの民族衣装みたいな布が多い服だ。襟の辺りに細かい刺繍がされた、着心地の良い上等な物。
僕も最初ははだけててみっともないかなぁ、なんて思ったけど着慣れた今では全然気にならない。
「リリアスとシャルルのやつが違う意味で煩そうだ。ララルカが帰って来たらもっと煩くなるだろうな。今のアルバ様を見ると余計に」
『そう言えば、ララルカってどんな子なの?』
「あー…、忘れてるなら忘れたままの方が幸せだぜ」
あ、成る程、把握。
ガルムの困った表情が全てを物語っていた。
『ガルム、僕に会いに来たんだっけ?どったの?』
「ああ、記憶は戻ったかと思ってな」
『残念ながらまだだよ』
僕は本を捲り、ガルムを見る。(ごめんね。本当は記憶喪失とかじゃなくて、元から記憶がないんだよねぇ)ガルムは紅茶が入ったカップを摘んで一息で呷った。
「無理するな、ゆっくりでも良いだろ」
『……そうだね』
ガルムのお心遣い、痛み入る。僕がクッキーに手を伸ばしかけると、遠めから此方を見守っていたメイドさんがビクッと身体を強張らせたのを見てしまった。地味にショックだな…。
『僕って、城の人に嫌われてる?』
「…正直に言って良いのか?」
『分かった、もう分かった』
「気にするな、…少なくとも、ある程度強い奴らからは憧れられてる」
五天王の皆の顔が浮かぶ。憧れ…、憧れ?られていたかな、あれは。疑問だ。僕は読み掛けだった本の頁をやる気無く捲り、飛び込んできた気になる文章を声に出して読んだ。
『ブルクハルトの歴史…!』
「あー?何だ、そんな小難しい本を読んでたのかよ」
食い入る様に読み始めた僕は、読み進めるうちにみるみる青白くなる。
『ガルム、今って何年だい?』
「今は魔歴20102年だったか?人間の暦だと…5050年だ」
僕はブツブツと念仏の様に言葉を呟いた。成る程、道理で僕はメイドさんに避けられている訳だ。
『なんて事だ…』
「どうしたんだ、よ?」
ただならぬ様子に、ガルムが引きつる。僕はガックリと肩を落として、本の文章に指を添えてガルムに突き付けた。
『見て。〔20099年〜ブルクハルト国王、アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト〕』
「ああ、それが?」
『続きがある。〔ルビーアイに選ばれた彼は余りに強過ぎた。彼は魔王になる為に残虐の限りを尽くし、逆らう者の殺戮に明け暮れた。戦争に出れば全身返り血に濡れ、その時に付いた渾名は【鮮血の魔帝】。国の統治は基本的には恐怖統治である。逆らう者は見せしめにして殺される。〕』
僕は小さな処刑シーンが描かれた強烈な挿絵の人物に心当たりがあった。こんな美人間違える訳がないんだ。
リリス、これは君だ。
笑顔で血塗れの誰かの頭を持って民衆に見せ付けている。言い逃れは出来ない。
「それがどうしたんだ?」
『僕は、僕になる前はとんだ極悪人じゃないか…。魔王だ…、討伐するべきだ』
机に突っ伏し、えぐえぐと泣き付いた。ガルムは何が悪いのか分からないと言った様子でグズグズ啜り泣く僕を見ている。あんまりだ。
『どうせなら渾名は【甘味好きの王様】とか【桜桃の瞳】とか誰も怖がらない感じのが良かったんだ』
「ぶは!【甘味好きの王様】って…」
ガルムが噴き出す。そして膝を叩いて爆笑した。
「ぜってー舐められる!ぎゃははっ」
兎も角僕は、一刻も早く一般常識を覚えてこの国の恐怖統治を止めさせねば。リリスも何とか説得して、もっと穏やかに統治をして皆がハッピーになれるようにしなくては。
そもそもリリスは、ブルクハルトの国民は皆幸せだーとか言ってなかったかな?命の危険に怯えて生活する事が幸せとは思えないけどなぁ。
僕は挿絵の、生首を掲げる恍惚とした表情の部下に一抹の不安を覚えたのだった。