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47話 剣聖



 冒険者ギルドのギルドマスターの部屋の前で深呼吸して、アルバは小さくノックした。すると直ぐ様扉が乱暴に開き、ハイジが「シロ、無事だったか!」と歯を見せて笑う。

 如何やら怒られる事は無い空気にホッと胸を撫で下ろし『失礼します…』とレティシアと共に部屋に入った。

 其処には血の気の無いグレンがソファに座っていて、飄々としたアルバを見て些か肩の荷が降りたホッとした顔をしている。


 テーブルを囲む形で2人もソファに腰を下ろすと、息を吐いたハイジが話し始めた。


「2人とも無事で何よりだぜ…」


 まだバーゲストに襲われた事を報告していないにも関わらず、何故皆自らの安否を気遣ってくれるのだろうと不思議に思ったアルバは、頭上に?マークを浮かべた。

 ハイジは珍しく酒に酔っている様子も無く、真面目な顔で手を組み口元を埋めている。


『えっとー…。何でこんな大騒ぎしてるんですか?』


 部屋に居るハイジ、カレン、グレンの面々を見回し、アルバが頬を掻いた。それを聞いたハイジはガクリと項垂れたが、気を取り直して「今日、お前が森の調査に出ただろ?」と無精髭を弄る。


「その調査でお前達は、死んでも可笑しく無かった」


 横のグレンの表情が苦々しく歪められた。ハイジは1度クシャクシャになった形跡のある紙を1枚机に置き、グレンを鋭く睨む。


 アルバはその紙を見て良いか窺ってから自らに引き寄せた。身を寄せて覗いて来た横のレティシアにも見える様に持ちながら、書かれた文章に目を走らせる。其処には森の調査などでは無く、魔物の目撃情報と討伐依頼が書かれていた。

 アルバとクレアが調査を行った地図の赤い印と、魔獣が生息していると思われるポイントだと書かれた印が全く同じ場所を指し示している。


『…これは』


 自分に調査を命じたグレンに視線を投げると、彼は言葉に詰まって顔を背けた。


「ちょっとくらい、痛い目に遭えば良いと思ったんだよ」


 消え入りそうなか細い声で彼は言う。


「魔物を見たら尻尾を巻いて逃げ帰って来ると思ったんだ!でもお前ら全然帰って来ねーし、カレンさんに討伐依頼の紙も見つけられちまうし…」


 言い逃れが出来なくなった彼は、其処で全てを洗いざらい話してしまったらしい。全てを聞いたハイジの怒号は凄まじかったとか。


「怪我はポーションで治ったんだろ?許してくれるよな?」


 アルバの制服にべっとり付着した血はすっかり乾いていた。彼がいつもの笑みを浮かべ『クレア先輩は怖い思いをしたと思うので、彼女に謝って頂けるのでしたら』と言った所で横に居たレティシアが立ち上がる。


『え?急にどし』


 言い終わらない内に彼女はグレンの頬を思い切り殴り付けた。あまりの勢いにソファが後方に倒れ、転がった彼が真っ赤に跡が残る頬を抑えて喚く。


「いってぇなッ!何するんだッ!?」


 アルバは目の前で起きたにも関わらず反応も出来ない激しい殴打に顔色を悪くした。グレンは鼻が折れたのか、整った鼻筋に歪みがある。痛みに涙を浮かべ、レティシアを睨み付けた。


 しかし彼女の凶悪な眼光に息を飲んだのはグレンの方だった。


「何する?それは貴方でしょう?」


 ユラリと陰を纏う彼女の拳は怒りで震えている。


「彼らはバーゲストに襲われたのよ?それを、」


 バーゲストと聞いてハイジもカレンも驚いた様子で食い入る様に此方を見詰めた。ハイジがアルバに「本当かよ…」と短く聞いて、レティシアの横行に言葉を発する事が出来ないアルバがコクリと頷く。


「痛い目に遭えば良いですって?シロは私が見つけた時、骨が見える程の重傷を負っていたのよ?」


 レティシアの言葉にゾワリと悪寒が走った。アルバはと言うと無我夢中だったし壮絶な痛みに傷を見ないようにしていた為、嗚呼、そうだったんだ、と他人事の様にあの時の激痛に納得する。


「貴方はこれくらいで済んで、ラッキーだと思わなくちゃ」


「く…っ」


 腫れ上がった頬を抑えて言葉を無くしたグレンに、ハイジは重々しく「この件の処罰は追って伝える事にする」と元Sランク冒険者の威厳を込めて伝えた。

 グレンはレティシアと距離をとって立ち上がり、逃げる様に部屋を出て行く。


「はぁ〜いやぁ、お嬢ちゃんがやってくれなきゃ、俺が一発お見舞いしてたぜー。だははは」


 バシバシとレティシアの肩を叩きながら、ハイジが豪快に笑った。彼に叩かれながら蹌踉めく事もないレティシアの体感は凄いと見当違いの事を考えていると、ハイジがアルバを真っ直ぐ見据える。


「今回の事は本当に悪かった。俺の監督不行届きだ」


 頭を下げられたアルバは落ち着きなく『え?いや、とんでもない』と焦りながら返した。


「お前には驚かされるぜ…まさかバーゲストに遭遇して生きて帰ってくるなんてな」


『はは、運が良かったです』


 不幸体質に悩まされてきた彼は人生でこの言葉を使う事になるとは、と苦笑いする。


 アルバとレティシアはギルドマスターの部屋を出て、そのまま玄関から冒険者ギルドを出た。外はすっかり暗くなり、星が夜空を彩っている。


『色々有り難うレティ』


「いいえ、此方こそ」


 彼女の答えに、アルバは何かしたっけ?と振り返るが何も出来てない。


『お仲間さん達には会えそうかい?』


「ええ。私と皆は通信石を持っているの。さっき宿屋を聞いたわ」


 通信石を持たされた、と言う方が正しいのではないかと失礼な事を思った。怒りの掌底など飛んで来たら怖いので黙っておく。


『因みに?』


「コロニアル・バティってホテルよ」


『こっちだね』


 逆方向に歩き出そうとしていたレティシアに、ホテルの方向を指差した。「そ、そう…こっちだったのね」と少し恥ずかしそうにしている彼女は、俯き加減にアルバをチラチラ見る。


「シロ、また会えるかしら?」


『僕は王都に居るから、レティが暫く滞在を考えてるなら会えると思うよ』


 断言する彼に励まされ、レティシアは嬉しそうに笑った。不思議とまた会える気がした。


『じゃぁ、気を付けてね』


 手を振るアルバに見送られ、仲間が待つ宿屋へ向けて歩き出す。


 本来30分と掛からない道程を1時間以上掛けてやっと目的地に到着したにも関わらずレティシアは浮かれた様な笑顔だった。






「はぁ!?気になる男が出来た!?」


「本気で言ってンすかレティ?」


 魔導師と盗賊シーフが寝巻きに着替えた彼女の言葉に耳を疑う。


「〜〜だから!気になるだけだって!」


 耳まで真っ赤にして投げやりに言うレティシアは先程の白髪の眼鏡の青年を思い出して言葉に詰まった。


「まぁた迷子になったと思ったら」


「レティ、一体その男と何をしていたんですか?」


 察知能力に長けた野伏レンジャーと、聖職者が後に続く。


「だって、私が対処出来そうにない強力な魔法も使えて、魔族なのに奢った所も無くて、凄く優しい人だったんだもの…」


「レティ、あんた男運無いからなぁ〜」


「前に好きになった男はマザコン野郎だったし、前の前は奴隷商人?その前は5股のサイテー男っしょ?」


「惚れっぽいのも困りものです…」


 今までの恋愛を散々言われ、蹴散らす様に「だから、違うわよッ!今回は…、」と後半は声が小さくなった。


「初めてなの…髪を綺麗だって言って貰ったのは」


「そんな口説き文句に騙されるなレティ!」


 レティシアは自らの赤みを含んだ茶褐色の髪をくりくりと弄り、魔導師に視線を移す。


「水を操ってバーゲスト5匹を寸分の狂いも無く一気に仕留めたのよ?」


「バーゲスト!?」


 嫌な魔獣の名前に苦虫を噛み潰したような顔をした。1匹なら仕留められる。2匹でも負けはしない。しかし、3匹はどうだ?あの素早い魔物に魔法を当て切る事が出来るだろうか。


「只者じゃないですね、その男」


 聖職者の言葉に面々が頷く。


「私の話は良いから!それより情報の収集は?」


「嗚呼、情報は集めてる…けど、ユニオール大陸で聞いていた話とまるで違う」


 レティシアの言葉に野伏が返答した。


「それは私も気付いたわ。この国は豊かで、誰も怯えてる様子がないもの」


 真面目な顔で窓枠に手を突き外を眺める。人間も魔族も生き生きしていて、彼女達の国で囁かれていた噂や吟遊詩人バードの唄とは全く異なる国だった。


「どうするレティシア?」


「もう少し、様子を見て行動しましょう」


 レティシア・アルメティア・ノベル・ランフォード。


 彼女の家、ランフォード一族は特別で名家と言う他に剣聖の称号を与えられた唯一の、俗に言う勇者の家柄だ。


「アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト。冷酷な魔王の討伐はそれからでも遅くないわ」





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