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45話 調査



 アルバは休み明けに冒険者ギルドを訪れ、多少は慣れてきた受付業務に励んでいた。

 今日は午後から、冒険者のランクに合ったクエストを選出したり、掲示板からクエストを選んだ冒険者がそれを提出する窓口の担当した。


『ご武運を。行ってらっしゃい』


 営業スマイルでニコニコと手を振ってクエストに出る冒険者パーティーを見送る。治癒に長けた聖職者プリーストの女性冒険者がチラチラとアルバを気にして3度くらい振り返って手を振り返していた。

 それを陰から見ていたグレンが、丁度良いタイミングを計って合わせアルバの元へ近付く。


「精が出るな」


『グレンさん…お疲れ様です』


 彼が親しくしていたラークの事もあり、アルバは彼とは一定の距離を保って接していた。

 何処となく遠慮した姿勢のアルバは、笑顔を作るがぎこちない。(ラークさんの件、怒ってるのかなぁ)


 彼が謹慎になった1番の原因は虚偽報告にあるが、それは自分が出しゃばったからではないかと密かに気にしていた。アルバは頬を掻いて『どうか、されましたか?』と近づいて来た赤毛の男に窺う。


「今からアスタナ大森林で、あるポイントの近辺調査をして来てくれないかと思ってな」


『近辺調査、ですか?』


 アスタナ大森林と言えば王都の街から馬で駆ければ程近い国内でも広大な大森林で、緑生茂る深い森だ。

 近辺調査と聞いてピンと来ないアルバは目を丸くして『何をすれば良いのですか?』とグレンを見た。


「そうだな、変わった薬草が生えていないかとか…、草木が腐っていたりしてないか、だな」


『なるほど…僕でも分かりそうです』


「有能な新人の新しい課題だ。ほれ、地図。この印がしてある付近だ。森が浅い所だし、魔物も居ない」


 グレンはそう言って、アルバに地図を渡す。其処には赤い印が入っており、森の一部が丸く囲まれていた。

 アルバは暫くそれを眺めて、次にグレンに質問しようと彼の方に視線を向けた時には其処には誰も居なかった。


『うーん…まいったなぁ』


 頭を掻いて再び地図を注視する。王都の外という事は、当然道中に魔物が出現するかもしれないし、1人で森の調査など勝手が分からない。

 珍しい薬草と言われたが、よく考えたらアルバにとって珍品かそうでないかなど区別がつくかが疑問だ。(草は草だしなぁ)


 以前ユリウスの薬草コレクションや花壇を見せて貰ったが、価値の知らない彼には違いが分からない程だった。その時ユリウスに教えて貰った知識が役に立てば良いのだが、と考えながら外套を羽織る。


「何処かお出掛けですか?」


『クレア先輩』


 書類を運んでいたクレアが偶然通り掛かり、珍しく外套に身を包むアルバに声を掛けた。事情を知ったクレアは「あたし、グレンさんに文句言って来ます!」と腕捲りをするので必死に止める。


 新人1人で森の調査などどう考えても無謀だ。ラークの一件を根に持った彼が、アルバに嫌がらせをしているのではと疑ったクレアは納得が出来なかった。


『ま、まぁまぁ…魔物は出ないって言うし、様子を見て来るくらい何とかなるよ』


「じゃぁ、…あたしもついて行きます!実は1度、調査に同行した事があるので!」


 心強い助っ人に、アルバは目を輝かせる。クレアの手を両手で取り今にも跪きそうな勢いで『本当…?本当に一緒に行ってくれるの?』と彼女に窺う。

 仔犬の様な彼の様子に、クレアは悩殺されそうになりながら真っ赤になって「ま、任せて下さい…」とそれだけ絞り出した。









 2人が冒険者ギルドから出て行く様子を見ていたグレンは口元を歪めて笑う。手元には冒険者への依頼書が握られていた。


「あら?グレンさん、そんな所でどうしました?」


「カレンさん…!い、いえ、何でも無いです」


 ギルドマスターの秘書カレンが、薄ら笑いを浮かべていた彼に話しかける。グレンは適当に誤魔化して手元の紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げた。
































 王都の街から馬で数十分、ようやく森に到着した。と言うのもアルバが乗馬が初めてだと言う為、軽く訓練してからの出発になった為随分遅れをとっている。


 アルバは最初こそ馬に恐怖心を抱いていた様だが、今では上手く意思疎通が出来ている様だ。街道沿いの木製の柵に馬の手綱を繋ぎ、名残惜しいのか優しく撫でている。


「じゃあ、行きましょうシロさん!」


『うん』


 アルバは地図を広げ、クレアは記録道具を持った。木々が茂る森は人の侵入を阻む様に立派で、太い幹に覆われた樹木がアルバ達を見下ろしている。

 開けた草原と深い森の狭間に佇むアルバは、偉大な自然に感嘆の声を漏らした。


『凄く立派な森だね』


「此処は地図にも明記される程の大きさですからね!小さな国ならすっぽり入っちゃいます!」


 手慣れた様子で枝を掻き分けるクレアが、先導して森に入る。中は傾斜で足元が悪いと言う事もなく、獣道もあった。

 木々の葉が日光を遮り、外気が少し冷んやり感じる。


「えーっと、珍しい薬草か自然の異変でしたっけ?」


『グレン先輩が言うにはそうだね。自然の異変は僕にも分かると思うけど、珍しい薬草は自信が無いなぁ』


「そんな事言って!ツツル草とモザミ草の違いを広めた人が何を言ってるんですか!」


 以前アルバはツツル草の納品にモザミ草が混ざっている事に気付き、職員を驚かせた。


 前者はポーションの材料になるが、後者は毒があり誤って摂取すると腹痛を招く。両者の見た目はほぼ同じで、判別するには葉を光に透かし透き通る方がモザミ草だと解説したアルバの姿は記憶に新しい。


『僕の知識じゃないよ。薬草に詳しい友達が教えてくれた事があってね、本当に凄いのはその友達』


 太い根に脚を取られない様に、慎重に奥へ進む。1度振り返ってみたが、1人では戻れない自信が湧いた。何も目印が無い森の中は方向感覚を失う。きっと1人で来ていたら、迷って大変な事になっていただろう。アルバは改めて、前で逞しく進むクレア先輩に感謝した。


「ここら辺がポイントの中心です」


『うーん、僕には異常無しに見えるなぁ』


「周辺を調べてみましょう」


 注意深く森を観察するクレアは、樹木の根元や木に巻き付く蔓を見ている。


 アルバは不意に脚を止めて、更に奥に広がる森の中に注意を向けた。(誰か居る…?)自然と脚が其方に向かう。すると前方の草叢を掻き分けて、相手も此方に向かって来た様だ。


 もしかしたら何かの依頼を受けた冒険者かな、と未知なる遭遇にゴクリと喉を鳴らした。


「アルバ様、お久し振りです」


『ユーリ!』


 現れたのは悠然としたユリウスだった。こんな森の中に入っても衣服の乱れが一切無いのが実に彼らしい。


 ユリウスは葉っぱの地面に跪き、アルバに向かって頭を垂れた。周辺に居た彼の部下も3名、アルバに跪く。


「シロさん?どうしました?」


『ッ!』


 クレアの声が近付いて来た。アルバは自分に跪く男達の説明に苦しむ未来を想像して青くなり、急いで彼らを立たせる。


 声を潜めて『ギルド職員の先輩と一緒なんだ。僕の事は初対面って事にして欲しい』と頼み込んだ。ユリウスは何かを察した様に「畏まりました」と仰々しくお辞儀する。


「シロさん?」


『クレア先輩…っ』


 草木を分けて来た彼女の目にも、ユリウスと部下の姿が映った。幸運だったのはユリウスは研究室に篭りがちで、あまり世間に顔を知られていない事。

 人の良い笑みを浮かべて(そもそも彼はいつも笑顔なのだが)和やかにクレアに挨拶をする。


「冒険者ギルドの職員の方々とお見受けします。私はブルクハルトの城の研究者チームの者です」


「ぁ…はい!初めまして!」


 城の者、と聞いて萎縮したのかクレアは勢い良く姿勢を正した。ギルド職員と言えど、全く別組織の為に面識がない。


「少し、彼と話をしても良いですか?確認したい事がありまして」


 笑顔でそう問われ、「はい…」としか言えなかった。アルバはニッコリ笑って『大丈夫だよ』と彼女を安心させようとする。

 他の研究者がクレアの足止めに彼女に何か話し掛けているのが聞こえた。ユリウスとアルバはその場から少し距離を置き、改めて対峙する。


『お手数を掛けて悪いね』


「とんでもありませんアルバ様」


 再び傅こうとするユリウスを留め、『こんな所でどうしたの?』と問い掛けた。


「少し気になる事がありまして、その調査に…。まさかアルバ様にお会い出来るなど思いもしませんでした」


 それを言うならアルバも、こんな所で彼に会うとは思っても見なかった。


『気になる事?僕も森の調査に来たんだけど』


「いやはや、流石アルバ様です…!逸早く異変を察知され、自ら調査に赴かれるなど」


 (冒険者ギルドの仕事なんだけどなぁ)仕事を任され森に来たなど言ったら、彼の事だから「我々にお任せ下さい」と言って近辺調査を代行してしまいそうだ。

 アルバは苦笑いをして、気になる単語を繰り返した。


『異変…?』


「はい。この所、魔物が異常に増えているのです」


『確かに冒険者への依頼も、魔物討伐は多く寄せられてるんだよなぁ』


 自らが竜騎士に命じ、魔物を間引くのを程々にしてくれと頼んだから冒険者へ討伐を任せているのかと思っていた。

 魔物の素材は高く売れるし、報酬も高い。冒険者にとっては願ったりだが、街や村の者からしたら不安が多くなるかもしれない。


『増えてるってどれくらい?』


「確証は得られませんが、竜騎士が討伐していた頃の1、5倍〜2倍です。増える速さが異常なので、生態系を狂わす高位の魔物が現れたのか調査に」


『なるほど。何か見つかったかい?』


「不甲斐無い事に、…」


 ユリウスはゆっくり首を振って見せた。


『うーん、僕もバイトしながら妙案が無いか考えてみるよ。まだ増える様ならメルに頼んでまた竜騎士に討伐してもらうしかないかなぁ。市民に被害が出るかもしれないし』


「国民もアルバ様の寛大なお心遣いに感謝するでしょう」


 しかし、魔物討伐を生業にする冒険者にとっては、魔物が一時居なくなり痛手になるかもしれない。どうしたものか、と首を捻るアルバは結論を先延ばしにする事にした。


『僕はもう暫く此処ら辺に居るけど、ユーリは?』


「我々はアルバ様の邪魔にならない様、奥へ移動します。アルバ様、無用な心配かとは思いますが、どうかお気を付けて…」


 敬意を込めた一礼をして、ユリウスはアルバから離れ部下を迎えに行く。彼らは2、3言言葉を交わし、森の奥へ消えて行った。


「城の人…初めて見ました!」


『ははは、』


 アルバは心の中で、リリアスとシャルルにも会ってる事を突っ込む。興奮気味に前のめりになってる彼女は「優しそうな人達ですね!」とアルバに同意を求めてくる。『そうだね、』優しいよ、と続けそうになった言葉を飲み込み、誤魔化す様に笑った。







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