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43話 全身鎧



 どうした事か先輩の仕事にいちゃもん付けてしまったからか、いつの間にか冒険者ギルド受付係に任命されてしまった。

 アルバは城の図書室の興味がある本は大体網羅しつつある。魔物に内心ビビりまくってる彼は、魔大陸に生息する魔物の知識だけは溜めていた。その中にゴブリンの特性と習性をたまたま覚えていて、発言したに過ぎない。


 しかも心配性と言う性格も相まって、ゴブリン討伐に名乗りを上げた冒険者を竜騎士にそれと無く様子を見て来てくれないか密かにお願いしていた。

 結果、ゴブリンの数は多く洞窟に巣を作っており、Fランクの冒険者は苦戦を強いられていた。アルバの要請により竜騎士が到着していなければ、彼らの命は無かっただろう。


 だが、一国の王様と言う立場を隠す彼にとって、あまり不特定多数の人の前に立つ事は憚られた。しかし、ハイジが特別手当てを出すと言った事で思わず頷いてしまったのだ。


「凄いじゃないですかシロさん!」


 風邪から快気したクレアが、事情を知り賞賛する。


「ラークさんの事は気にする事無いですよ。ゴブリン討伐の難易度は様々です!マニュアルにも調査をしなきゃいけないって書いてあるのに…ラークさん急いで決めちゃうから」


『マニュアルあるの?見せて貰えない?』


 アルバはクレアから、ギルドの受付係用のマニュアルを受け取り、就業前に黙読した。確かにゴブリンの討伐依頼に関して細かく明記されている。

 他にも違う魔物討伐依頼に関してや、護衛や警備における注意点、国を跨ぐ依頼の報酬金設定など目から鱗だ。


『これ読んでから対応してたら僕がもたもたしてたせいで待たさなくて良かった依頼主も居たかもなぁ』


「何言ってるんですか!受付の皆驚いてましたよ!新人とは思えない程的確だったって!……でも、実はラークさんが1番驚いてたんじゃないかって…新人さんを受付に出すなんて普通しませんから」


 後半はアルバだけに聞こえる様に声を潜め耳打ちをしたクレアは、言い終わるとニッコリ笑って離れる。ラークは昨日の失態と失言によって暫く自宅謹慎を言い渡されており、出勤して来ていない。


「あたしも呑気にしていられませんね!頑張らないと!」


 胸の前で拳を作るクレアは、うかうかしていられないと意気込む。その様子を見ていたアルバは、自分をギルド受付係に任命したハイジの目論見はこれか、と静かに理解した。(エリート職員の刺激にする為の、程の良い当て馬的な…)なるほど、と納得する。


 そもそも受付係はギルドの花形だと教えられていた。それを、来たばかりの新人に任せるなどと聞いた事がない。つまり、雑用で使い物にならなかったから、せめて先輩職員を奮い立たせる為の当て馬になれと。(ハイジさんも人が悪いなぁ)給料アップに釣られた自分も愚かだが、受付でとんでもないミスをしたらどうする。


『はぁ〜…』


 言い知れない不安に駆られ、自然と大きな溜め息を吐いた。眼鏡を押し上げて、せめて真面目に見える様に髪を片方の耳に掛ける。

 クレアは何に憂いてるのか分からない期待の新人の後ろに回り、一緒に階段を降りた。


 1階の受付に出ると冒険者が建物内に数名見える。其々クエストを選んだり、任務を終え薬草か拾得物、魔物討伐の納品をしている様だ。

 冒険者ギルドの1階内部は主に冒険者と依頼主が利用する受付と、更に簡単な飲食が出来るスペースが広く設けられている。


 これは以前アルバが、折角ブルクハルトに冒険者を招くならばギルド内の軽食くらいは無料にしては?などと妄言を漏らした為に国が賄っていると言う事を彼はすっかり忘れている。


 お陰でブルクハルト冒険者ギルドの冒険者からの人気ぶりは計り知れない。なんせ此処に来れば他では食べれないブルクハルトの美味い料理、飲み物(飲酒は出来ない)にありつけるのだ。

 最初は無料などどんな料理を出すのかと思ったら、ポテトフライやフィッシュアンドチップス、ブレッド、茹で卵とチキンのサラダ、オニオンフライ、具沢山のサンドイッチ、ローストビーフの薄切り、日替わりのデザートなど喉を鳴らしてしまう品々に、コーヒー、紅茶、果実水、ミルクなどの飲料系。無料で出すクオリティではなかった。


 しかし、敢えて無料で提供させる事で国が豊かで国家予算が底知れない、強大で偉大な国だと言う事を匂わせているのはリリアスの企みだった。更に付け加えると、彼女はアルバが言った『軽食を無料にしては?』との発言の先の先を読み、その様に変換して受け取った。


 複数のパーティーが軽食を囲んでいるのを尻目に、アルバは仕事に取り掛かる。

 今日はクレアと一緒に、冒険者になる為の登録作業の受付カウンターを担当する事になり、彼女の説明を熱心に聞く。


 規則や誓約が書かれた用紙に名前、年齢、性別など様々な項目に記入して貰い、最後に血判を押すらしい。血判と聞いて青冷めたアルバを安心させようと、クレアは使用するのは小さな針で痛みも少ないし直ぐ治ると強調した。


『血判かぁ…。どんな意味があるの?』


「この紙が契約書になって、誓約書の役割もします!このルールに違反すると、プレートの剥奪や奴隷落ちが有り得ます!」


『プレート?』


「ほら、冒険者の皆さんの首…ランクに応じたタグを掛けているでしょう?」


 アルバはクレアに促されるまま、近くの冒険者の首元に注目する。其処には銅で出来た様な色のタグが掛かっていた。隣の人は鉄製だ。


『…なるほど』


 今のランクも一目で分かり、氏名、どの冒険者ギルドで発行されたものかが彫られたドッグタグ。

 命を落として顔の判別がつかない時などに素性が知れる唯一の認識票。


 強度が低い順にシルバーカッパー青銅ブロンズアイアンスチール、プラチナ、ミスリル、と言う形でFランクは銀、反対にSランクはミスリルでタグを作って貰えるのだとクレアが説明した。


 そこへ冒険者希望の若者がやって来て、クレアがテキパキと受付を行う。アルバは横で彼女の作業を見ながら、手順や冒険者候補へのギルド側がしなければならない説明を覚えた。


 次に並んだのは身長2mあるかと思える程の堅いの良いスキンヘッドの男。身体中に刺青をしていて顔付きも厳つい事で、クレアが微かに萎縮したのを見てアルバが前に進み出た。


「し、シロさん?」


『違う所があったら教えてね』


 営業スマイルで淡々と業務を熟すアルバに、クレアは頬を桃色に染める。彼に悟られない様にする為に必死で死角へ隠れて顔を手で仰いだ。

 刺青の男が受付を離れた後、クレアは小声で「有り難う御座いました、シロさん」とお礼を言う。


『彼凄く怖かったね。良い人だったけど』


「え〜?シロさん本当に怖いと思いましたか?」


『うん。怖くて手汗掻いたくらいだよ』


 ほら、と見せられた手には確かに汗が滲んでいた。クレアはそれよりもアルバの白い手が、思っていたより大きくて驚く。指は細長いが骨張っていて、括れた手首の橈骨が浮き出て男の手をしていた。

 それを意識すると急激に恥ずかしくなり、クレアは真っ赤な顔で恐る恐るアルバを見上げる。


『あれ?クレア先輩、まだ本調子じゃない?』


「えっ!?」


『顔赤いよ。熱あるんじゃない?』


「だだ大丈夫です!!」


 クレアは誤魔化す様に慌ただしく業務に戻り丁度受付に来た人へ元気に説明している姿を見てアルバは気のせいかな、と首を傾げた。


























『ですので、プレートの紛失は再発行に金貨3枚必要なんですよ』


 相変わらずの営業スマイルだが、アルバは目の前の強面の男から漂う暴力の気配にビクビクしていた。

 先程から何度も同じ説明を丁寧にしているが、如何にもご納得頂けない。


「うるせぇよガキがッ!!こんなタグに金貨3枚だぁ!?ぼったくりにも程があるんじゃねーかッ!?」


 カウンターを叩いて大声で怒鳴り散らし、クレアが怯えて平然として見えるアルバの後ろに隠れた。周りに居た冒険者やギルド職員が何事かと手を止めるが、騒いでいる者がBランク冒険者ケリー・ローデンバックだと知るとそそくさと私用に戻る。


 彼は背中にある大剣で、魔物討伐を主に生業にしているソロの人間冒険者だ。その実力は本物で、Aランクに上がるのも時間の問題だと誰もが囁いていた。

 パーティーを組んで幅広くクエストを行えていたら、もうとっくにAランクの筈だが短気で無鉄砲な彼の性格は軋轢を生み易い。


『ケリーさんのプレートは鋼製ですし、タグ本来の意味を理解していたら安い物ではないですか?』


「がたがた抜かしてんじゃねーぞッ!!魔物と闘ってる最中にチェーンが切れて無くしちまったんだよ!んなもん、弱い強度の不良品を持たされて迷惑してるのはこっちなんだッ!!そのせいで入国料もぼったくられてるんだぞ!?」


『最初は魔大陸に渡る時に海に誤って落としたって…』


 カウンターから身を乗り出したケリーの太腕がアルバの胸倉を掴んだ。そのまま踵が浮く程吊り上げられ、彼の表情が初めて苦悶に歪む。


 ギルドマスターが不在の今、クレアはどうして良いのか分からずベソをかいてしまった。本来は彼女が対応しなければならない案件だったが、丁度席を外してしまったのだ。戻ると冒険者が今にもアルバに殴り掛かりそうになっていて、その剣幕に気圧され後ろで見ている事しか出来なかった。

 しかしケリーが言う事は言い掛かりにも似た、いい加減な物で対処のしようがない。


「テメー痛い目に遭いたい様だなッ!?」


『いやいや、これっぽっちも遭いたく無いよ』


 軽口なのか冗談なのか、アルバは困った様に笑っていた。拳を振り被ったケリーを前に、クレアが両手で目を覆って悲鳴を漏らす。


「…ッ、と、何だぁ!?」


 クレアが恐る恐る目を開けると、いつの間にかケリーの剛腕を捕まえるもう1人の腕があった。


 辿るとそれは漆黒の全身鎧フルプレートを着用した他の冒険者のもので、騒ぎを見兼ねて止めてくれたのだと知る。


「貴様の様な汚物が触れて良いお方じゃない…その、汚い手を放して貰おうか?」


 深淵から漏れ出す様な、低いくぐもった声だった。


「何だテメーはッ!?」


 すると彼の背後にもう1人。


「さっさと放せと言っている。言う事を聞いた方が身の為よ?」


 此方は魔導師が着る様な長い丈の、紺色のローブを羽織り顔を仮面で隠していた。声は辛うじて女だと分かるくらいで、その他の情報は一切無い。


 ケリーの腕を握る全身鎧の彼が手に力を込めると、アルバの足は地に着いた。


『ケホッ…』


 空気が一気に肺に入って来た事により咽せて、胸を抑える。


「何なんだよ!?」


 掴まれていた腕が痛むのか、ケリーは腕を摩っていた。そこは一瞬しか力を入れた様に見えなかったが、酷く腫れ上がっている。

 2人の見知らぬ冒険者の乱入ですっかり劣勢へ追い込まれ、威勢を失ったケリーは後退りして怯えながら冒険者ギルドを出て行ってしまった。


『有り難う、助かったよ。えっと…』


 全身鎧の彼にお礼を言って笑い掛けるが、露出が無い為どんな表情をしているのか分からない。

 クレアはケリーへの異常な迄の殺気を放った彼らに、及び腰になっていた。しかし、アルバは泰然としたもので、不思議と2人から悪い感じがしない。


 此方をジッと見詰める2人に、受付待ちだったのかな、と呑気に考えながら冒険者登録の用紙を取り出した。


『冒険者への登録ですか?』


 改めて爽やかな営業スマイルを作ると、全身鎧の漆黒の戦士から「はぁう…」と熱に浮かされた情け無い声が聞こえる。

 その声に聞き覚えがあったアルバは眉を顰めて思い当たる人物の名前を口にした。


『まさかとは思うけど、リリスかい?』


「アルバ様ぁ…」


『って事は、こっちの子はシャルか』


「流石ですお兄様っ!」


 ローブの仮面娘がパタパタと嬉しそうに跳ねる。漆黒の鎧を着用しているリリスは、屈強な戦士を思わせる見た目とは裏腹にアルバの前では仕草が乙女になっていた。



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