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42話 受付係



 それから数日、僕はクレア先輩に張り付いて色々な仕事を教わっていた。


 情報共有の為の巻物の転送、依頼主との連絡、依頼からクエスト完了までの大まかな流れや、その際ギルド側がやる事を説明される。教わった中ではタイプライターを扱うのが楽しかった。文字の位置さえ覚えればPCの要領でピアノを弾く様に滑らかに打つ事が出来る様になり、先輩方が驚いていた。


 充実していて、仕事の達成感と遣り甲斐を実感出来る日々だ。こんな清々しい気分は久し振りで、冒険者ギルドの雑用係に嬉々として励んでいる。


 (城ではこうもいかないもんね)僕は立派な椅子に座って上げられた報告をただ聞いているだけだったし、実務的な事はほぼ皆がやってくれていた。

 休むのも寝るのも食べるのも自由で、あのままでは確実にダメ人間になっていた気がする。

 メイドさんも甘やかしてくれるし、図書室で勉強してても差し入れを持って来てくれる待遇の良さだ。五天王の幹部達が優秀で、僕は殆ど仕事が無い。


 本当に有り難い事だが、それは僕にとって居ても居なくても変わらないのでは、と存在価値を疑ってしまう事案にまで発展しようとしていた。


 僕が求めていたのは程良い労働だったのかもしれない。それに、僕を特別扱いしない処遇が良い。間違っていたら教えて貰えるし、変に謙る人も居ないし、瞳の色を変えてるからルビーアイだと恐れられないし魔力が莫大だと過剰評価されない。

 魔王と言う重圧もないし、此処では全てが自由だ。(胃も痛くない!)しかし、ギルドの雑用が板について来たある日だった。


『ぇ…クレア先輩がお休み?』


 いつも教えてくれた先輩が風邪でお休みらしい。僕がいつもの様に、業務の始めにハイジさんの部屋を訪れると酒瓶片手にそう言われたのだ。


「嗚呼、今日ちびっ子はお休みだ」


 顔を真っ赤にしている彼はそれだけ言うと酒を呷る。


「ハイジさん、では今日はシロさんは誰に付いて貰いますか?」


 彼の横に控えていた美人な女性が、僕の疑問をそのまま投げ掛けてくれた。彼女は此処のギルドマスターの秘書をしているカレンさんだ。

 真ん中分けの長い髪は前髪以外を綺麗に纏め、ギルドの制服に身を包んでいる。見るからに敏腕っぽいが、表情が柔らかい為冷たい印象は受けない。


「あぁ〜?もう1人でも大丈夫じゃねぇか?色々仕事振りは聞いてるし」


「しかし…業務に不安があるかもしれませんし、いざと言う時誰か頼れる人を付けておかないと」


 投げやりなハイジさんとは違い、カレンさんの新人の扱いは手厚い。何だか申し訳ないし、単純業務でもあれば1人で大丈夫だと告げようとしたが、酒臭い息を吐いたギルドマスターが「今日は確か…ラークが居たな?奴にしよう」と聞いた事のある名前を言った。

 確か金髪の整った顔立ちの煙草の人だ。カレンさんは少し不安が残った顔をしているが、彼は一度決めた事は曲げないらしく「さ、今日も頑張って来い!」と勢い任せに送り出してくれた。
















『それで、僕でも何か手伝える仕事はありますか?』


 白髪の眼鏡の男にそう言われ、自分のデスクに居たラークは露骨に嫌な顔をした。


ギルド内でも期待の新人、バイトなのが勿体無い作業効率の良さ、丁寧であり的確、迅速な作業の速さ、1度教えれば大体の事は覚える器量。

 更には与えられた仕事は嫌な顔一つせず快諾する、人柄の良さ。極め付けはこの顔だ。


 女職員が此方をチラチラ気にしているのも、今日は話す事が出来ただの業務の合間に無駄口を言うのも、彼女居ないか聞いて来て下さいと顎で使われそうになったのも、全部この男が悪い。


 本人は噂も、周囲の様子も全く気付いてないのか、自分を見つめてニコニコしている。しかし、何でも持ってる様なこんな男に対して、優位に振る舞えるのは願ってもないチャンスだ。(ちょっとくらい、痛い目に遭っても良いよな?)


 グレンとのアイコンタクトの後、ラークは椅子から立ち上がった。


「仕方ねぇなぁ。来いよ」


『はい』


 ラークは新人を従え、1階へ降りた。其処は沢山の人でごった返したギルドの受付。


 1日で1番忙しい時間帯だ。様々な冒険者が列に並び、イライラとしながら自分の番になるのを待っている。

 受付の女性達も目が回る忙しさに忙しく動き回っていて、とても新人に教えられる雰囲気ではない。


「俺が受付に立つから、兎に角言われた通りに動け?良いな?」


『…分かりました』


 アルバは矢面に立つのでは無いと少し安心しながら、しかし不安から眼鏡を触っていた。


 依頼受付の方へ歩みを進めたラークが、受付に出していた席を外している、との札を取った途端に人が雪崩れ込んで列を作る。

 彼はこの忙しさに新人は大体心挫けるとほくそ笑み、受付に並んだ人の要件を聞いていく。


 途中、命令口調で短くアルバを呼び付け、書類を持って来させたりタイプライターで記録を促した。しかし、何を言っても、どんな無茶を吹っかけても彼の笑顔が崩れる事がない。


 更には依頼しに来た者の急な質問に的確な答えを返しているではないか。


「なん、なんだ?コイツ…」


 まるで何年も居たベテランの職員の様な、新人とは思えない動きだった。ラークでさえ知らない事を、彼は迷い無く依頼者に伝えている。

 その知識は国全体を把握していないと咄嗟には出て来ない内容であり、ラークは新人の彼を気味が悪いとさえ思った。


 遂にはラークも指示を忘れ、多忙のあまり己の業務のみに集中してしまっていた。気付けば新人の前にも列が出来ており、それを難無く捌いているアルバの姿に言葉を失う。


 (社畜根性と営業スマイルがこんな所で役に立つとはなぁ)しみじみと過去を振り返りながら、アルバは穏やかに微笑む。

 国の情勢や状況の報告、ある地区での魔物の情報などはリリアスから聞いていた。報告で理解出来なかった内容は後々本で調べる様にしていた彼は、ギルドに来た人の大体の質問やその地域の状況を答える事が出来たのだ。

 ただ、クエストの難易度設定やそれに見合う報酬設定などが分からなかった為、先輩職員にアドバイスを貰っていた。


「凄かったねシロくん!」


「本当助かった!吃驚しちゃったよ」


 評価を落とす筈が、彼の周りからの評価を上げてしまったラークは面白く無さそうに顔を顰める。煙草を吸いたい気分に駆られ、苛々とカウンターを指で叩いた。


 ピークを終えたギルド受付は人が疎らになり、一息吐ける位になる。


「や…やるじゃないか、新人」


『たまたま、知ってる事を質問されたので助かりました』


「良かったな。じゃぁ、この依頼書を掲示板に貼り出して来てくれ」


『分かりました。……、この依頼書…』


 1番前の依頼書を見詰めて、アルバの脚は固まったまま動かなかった。冒険者ギルドへの依頼が物探しとトイレ掃除くらいしか無いと嘆いた彼が竜騎士に頼んで、魔物狩りを程々にする様指示した為に一般から依頼された魔物討伐のクエスト。


 村の周辺でゴブリンを数匹発見した為、討伐して欲しいというものだ。それは先程ラークが受け付けた依頼内容で、青年の眼鏡の奥の黄色の瞳が紙面を正確に読み取ろうと左右に動く。


『ゴブリン討伐は難易度Fになるのですか?』


「嗚呼、アイツら弱ぇーからな」


『という事はFランクかEランクの冒険者の担当に』


「勿論だ」


 アルバは暫し考え、『その、差し出がましいとは思いますが…もう少し難易度があがったり…しません、か、ね…?』などとゴブリン討伐に関してとんでも無い事を言った。

 それを聞いたラークは頭に血が昇り怒鳴りそうになったが何とか抑え、でも青筋を立てながら理由を聞いた。


 アルバが言うには、ゴブリンについて本で読んだ事があり、彼らは群れで行動する事。繁殖力も非常に高く、数匹発見したならその倍…いや、数倍は居ると考えられる事。狡猾な手段で人間を欺く事もあり、今のままの難易度設定は非常に危険なのではという事だ。


 現地に調査に赴いてからでも遅くはないのではないか、と言う事と万一の事を考え共闘可能な複数のパーティーを送るか、難易度を上げるか検討して貰えないかと。


「何だ、そんな事かよ?俺だってゴブリンの習性くらい知ってる。弱小のゴブリンだぞ?これで大丈夫だ」


『…出過ぎた事を言ってすみませんでした。…分かりました、貼り出して来ます』


 困った様に眉尻を下げて笑う青年の後ろ姿を追って、ラークはハンと鼻を鳴らした。まさか来たばかりの新人に異見されるとは思ってもみなくて、一瞬我を忘れて怒鳴り散らす所だった。(落ち着け俺…あんな奴に腹を立てても仕方ない)

 見ると、いつもクエストを貼り出している掲示板に紙を貼る眼鏡の男の周囲に居た女性冒険者が騒めき立っている。

 丁度その光景が目に映ったラークは苛立たしげに舌打ちをした。



















 その日の夕方、ゴブリン討伐に行ったFランク冒険者パーティが重傷を負って帰還した。


 ギルド内は慌ただしく動き、中位ポーションを彼らに飲ませ3階のベッドで休ませる。依頼内容、難易度設定に問題は無かったかと審議されて、ラークは冷や汗を掻いていた。


「想定よりも多くのゴブリンが居たそうだ」


「巣があったみたい。そこへ来た冒険者を罠に嵌めたんだって」


 暗い表情で分析していく同僚達は、誰も口にはしなかったが原因が難易度設定の甘さにあるのではないかと醸し出している。


「偶然近くに竜騎士が居て、冒険者を助けてくれたそうだ」


「命の恩人だな…」


 ゴブリンが目撃された周辺に幸運にも国直轄の騎士が数名居て、冒険者をギリギリの所で救い出してくれたそうだ。


 冒険者のクエストは基本的に自己責任だが、明らかに依頼と異なる内容だった場合や難易度がそぐわない場合、ギルド側の責任になる事もある。ラークは指輪型の通信石で誰かと通信している遠くのアルバへ視線を投げ、奥歯を噛んだ。(俺よりあんな奴の目利きが正しいだと!?認めねぇぞ…)話を聞いていたハイジが大きく溜め息を吐き、「で?誰が受付したんだ?」と珍しく真面目な声を発した。


「シロの野郎ですよ!その受付したの!」


 通信して近くに居ないのを良い事に、声を大にしてラークは嘯く。しかし「彼、逆に難易度低くないかラークさんに抗議してなかったか?」とあの現場を見ていた職員に暴かれ、彼を見る周囲の目が険しいものになった。


「おいおい…。出来の良い新人に焦るのは分かるが、嘘は吐いちゃいかんぜラーク。お前は暫く謹慎な」


「う、申し訳ありません…」


 ハイジの言葉にラークは肩を落とす。


「おい新人!」


『…?、はい?』


 通信を終えて此方に来たアルバに、口元を吊り上げるハイジは無精髭を撫でた。


「お前、明日から受付に入れ」


『え…』


「ハイジさん!?」


 周囲の職員も驚愕して、ギルドマスターがまだ酔って譫言を言っているのではと疑う。新人の立場でこのギルドの受付に立つなど、前代未聞だった。

 ブルクハルトの冒険者ギルドは比較的エリート職員の集まりだ。専門の知識を持つ者、他ギルドのベテラン、そして元Sランクのギルドマスター。

 未知の国の最初の冒険者ギルドの設置だった為に冒険者組合が気を揉んで、どんな事にも対応出来そうな人材を派遣したのだ。中にはラークの様にエリートとしてちやほやされていた為プライドが高い者も居るが、全体的にレベルが高い。


 そんな中で新人がギルドの顔として受付に立つなんて。


「他の奴にも良い刺激になるだろぉ?うかうかしてたら、新人に追い越されるってな」


 悪戯っぽい笑みでクックック、と笑うハイジは彼曰くヒョロヒョロのアルバの背中を叩いた。それに蹌踉めいた彼は、意味が分かっていないのか困った顔で笑っていた。



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