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40話 アルバイト



 イシュベルト邸から城へ戻った僕はその足でリリスに逢いに彼女の執務室へ訪れた。

 珍しい訪問者に扉の前に控えていたメイドさんが少し焦っていて、何とも微笑ましい。リリスに取り次いで貰うと直ぐに扉が開かれた。


『お邪魔するね』


「アルバ様!如何されたのですか?」


 僕の見間違いじゃなければ嬉しそうにしてくれたリリスが出迎えてくれる。


 彼女の仕事部屋は僕の執務室より少しだけ狭いが、十分の広さと過ごしやすさが確保されたスペースだ。僕の名ばかりの仕事部屋と違って実用的な資料や書類が多く、綺麗に整理整頓されてとても見易い。


 僕が部屋の様子を見ながら『今忙しいかい?』と聞くと、彼女は優しく微笑んだ。


「アルバ様より優先させる事などありません」


『ごめんね、ちょっと相談があって』


 リリスの案内で机の後ろ奥にある小休憩出来そうなテーブルと椅子が置かれた部屋に通された。

 そこへ向き合う形で座り、メイドさんが紅茶を運んで来て話を始める。


『僕、冒険者になろうと思うんだけど』


「ッ!?、」


 突拍子もない発言にリリスのヴァイオレットの瞳が見開かれ、僕を凝視した。

 彼女は凄く頭が良いので、与えられた情報は緻密な頭脳に濾過され僕が何故その様な言動に至ったかを真面目な顔で導き出そうとする。しかし、彼女の頭脳を持ってしても正解が分からなかったらしく「それは…何故か窺っても?」と恥を凌ぐ様に聞いて来た。


『ちょっと欲しい物があって、お金を稼ぎたいんだ』


「そ、それでしたら宝物庫に十分な金貨と宝石が…」


『国のお金じゃなくて、これは…その、僕個人が欲しい物だからそれを使う訳にはいかないんだよ』


「国の資産はアルバ様の物と同義です!」


 必死な様子で訴えてくる彼女に、どうしたものかと頭を捻る。前回の僕の無茶振りで街を建設するに当たって、僕は相当な額を国に負担させてしまった。

 これ以上僕の勝手で国の資産を使うなど、申し訳が立たない。湯気が昇る紅茶を一口飲み、頭の中をスッキリさせた。


『ほら、街を作る時に無茶言って、沢山お金使っちゃったし』


「その様な事は!使ったと仰っても微々たる物ですし、今の街の発展具合から予測するに後数ヶ月あれば利益の方が上回ります!これだけの利益を生み出したのは他でも無いアルバ様のお力です!」


 ……そうなの?いやいや。


『僕も少し世の中を知らないとね。城に篭ってばかりじゃ、判断出来ない事もあるし』


「しかし…、」


『あ、安心してね、冒険者になると言っても危ない依頼は受けないよ。僕が熟せる依頼なんて物探しとトイレ掃除くらいさ』


「とんでもありません…ッ!」


 一応王様の肩書を持つ僕が街でトイレ掃除なんてしてたら彼女の立場が無いかな?でもどうしても身を守る魔道具が欲しいのだ。植木鉢の事もあるし、こればっかりは譲れない。


「…何を購入するのか窺っても宜しいでしょうか?」


『うーん…、』


 魔道具で欲しい物があると言ったら、リリスは有無言わさず買って来てしまいそうだしなぁ。


『僕にとってはそれが有るのと無いのとでは死活問題だとだけ…。それに、これは僕自身がやらなきゃ意味が無い』


 そう、僕自身で稼いで買ってこそ意味がある。魔道具は魔力の無い僕に絶対必要な物だし、誰かに買って貰うなど筋違いだ。(嘘は言っていない)


 言い渋る様な曖昧な言葉に、リリスは息を飲んでいた。難しい顔をして、泣きそうになって、真面目な顔で僕を見る。


「…畏まりました。アルバ様にとってそれ程の問題だと仰るなら、私がお止めする訳にはいきません。アルバ様の思慮深いお考えが推察すら出来ない愚かな私をお許し下さい」


 全然思慮深くない。僕の単なる我儘だ。


「しかし、冒険者になるのではなく、その…金銭を稼ぐ事が出来て、城の外の仕事であればどの様な仕事でも宜しいのでしょうか?」


『うん、全然大丈夫だよ。出来れば安全な、力を使わない仕事だったら助かるなぁ』


「アルバ様のお力は強大ですものね!それに王と言う立場を思えば、何かあっては国の一大事です。比較的安全な仕事を厳選します」


 リリスが笑って的外れな事を言う。違う、違うんだよリリス。安全な仕事じゃないと出来ないのだ。


『助かるよ。でも、何で冒険者はダメなの?』


「……アルバ様の力量だとSランクは確実です。依頼によっては、数日王都を離れなければならない依頼もあるでしょうし、国を跨ぐ依頼もあるかもしれません。それに、…その」


『うん?』


 珍しく彼女は言葉を濁す。僕の力量じゃ1番下のFランクが確実だ。


「アルバ様のお姿を、長期間見る事が出来ないのは、私が寂しいので…。我儘を言って申し訳ありません」


 少し俯き可愛い事を言ってくれる。僕はへらへら笑って、子供の様に下を向くリリスの頭を撫でた。


 モンブロワ公国から僕が買って来たお土産の血塗れのクマが誂えたショーケースに入れてこの部屋に飾られている事には触れないでおく。(気に入ってくれたなら嬉しいよ)因みにアラン伯爵のクリスタルは誤って落として割ってしまったらしい。


『大丈夫大丈夫、短期バイトのつもりだから』


「畏まりました。……アルバ様、ブルクハルトの国王陛下である事は伏せての、アルバイトと言う事で宜しいでしょうか?」


『そっちの方が助かるよ』


 周囲に怖がられて仕事するのも気が滅入るし、国王自らアルバイトって自分で希望した事だけど、ブルクハルトの人達からしたらこの国大丈夫かな?って不安になるよね。


「では、早急に対応しますので、心苦しいのですが少々お待ち下さい」


『有り難う、頼むね』

































 ブルクハルト王国、王都商業地区に聳え立つ真新しい建物を前に、僕は息を飲んだ。


 外壁は白の3階建、やたら広い玄関は階段を登った奥で、頭上にシンボルマークの刻まれた旗が靡いている。

 その周囲に居る人は人間も魔族も手練れと思われる立派な体格で、戦闘スタイルに合わせた装備で身を包んでいた。

 僕は自分の存在が場違いである事を改めて感じ、恐縮そうに身を縮める。何とか受付まで辿り着き、そこへ居た女性に声を掛けた。


『あの、』


「はぁーい!こんにちは!冒険者になるお手続きですか?それともご依頼なされますか?クエスト完了報告は彼方で、クエストをお選びになられる場合は掲示板へご案内させて頂きます!」


 ギルドの制服を着た可愛いらしい2つ結びの元気な女の子は明るい声と笑顔で僕の用件を聞く。


『どれでも無くて、アルバイトをさせて貰えるって聞いて来たシロって者だけど…』


 僕が情け無いへにゃりとした笑顔でそう告げると、少女は訝る様な視線を向けた後、奥から誰か連れて来た。


 身長は僕を裕に超える恵まれた体躯、鍛え上げられた筋肉に刻まれた無数の古傷、白髪混じりの髪を後ろで縛った侍みたいな格好の無精髭の男。些か酒気を帯びた彼は僕を見て、たまげたとばかりに声を発した。


「嗚呼?なんだぁ?お前がアイツの紹介のシロか?」


 僕は身バレを防ぐためにリリスの仲介では無く城に居る騎士団所属のメルの部下から紹介された事になっている。

 更にシャル直々の認識阻害の魔法が込められた赤縁眼鏡を掛け、瞳の色も水魔法で黄色に変えて貰った。真面目そうな雰囲気を演出するためユーリに倣って七三分けの髪型で、何時ものギリシャ風の服では無くワイシャツとズボンのラフな格好だ。


「ほぉーん、ヒョロヒョロのガキじゃねぇか。…、だから危ねぇ仕事はさせんな、と」


 僕を隅々まで見た無精髭のオジサンは顎を掻いて、眉を顰めている。


「まぁ、アイツの頼みだしな。よし良いだろう、こっちへ来な」


 僕は会釈をしてカウンターの横から冒険者ギルドの受付へ滑り込む。先程の少女が驚いて見てたけど、愛想笑いをしておいた。


 僕が案内されたのは書斎の様な部屋で、そこには空になった酒の瓢箪が数個床へ転がっている。椅子に座ったオジサンは机に肘を突き、此方に鋭い視線を向けた。


「俺は此処のギルドマスターを務めるハイジだ。宜しくな」


『宜しくお願いします』


 この人がギルド長なのか、と理解した僕は笑って挨拶を返す。見たところ魔族で、彼には歴戦の猛者を思わせる風格があった。


「仕事はやりながら覚えて貰うぜ」


『頑張ります』


 ブルクハルトに新しく建てられた冒険者ギルド。そこが今日から僕の仕事場だ。


 リリス曰く出来てまだ日が浅いから人手が疎らで潜り込み易く、ギルド内は書類仕事が主で冒険者になるより比較的安全。認識阻害の眼鏡を掛けているから、僕の顔を知る人が来ても一見しただけではバレる心配もない。

 何処からどう見ても白髪の赤眼鏡でちょっと冴えない青年が冒険者ギルドで初めてのアルバイトに励むだけ。


 僕は久々の高揚感に手で拳を作り、緊張で乾いた唇を舐めた。


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