34話 謝罪
馬車に揺られる事数時間、シャリーンの都市に到着した。ブルクハルト王国の王を迎えるに当たってステファンが街の者に歓迎する様言い聞かせたのか、城壁を潜ると民衆が笑顔で此方に手を振っている。
街全体が赤煉瓦の壁で統一され、その3階から人々が白い紙吹雪を降らせていた。魔王が乗る馬車を引く馬の蹄が、城へ続く舗装された広い道を踏み鳴らしている。
『わぁ、』
舞う紙吹雪を窓から見ながら、魔王が声を漏らした。
「城で大公閣下が、陛下の到着を心待ちにしておられる様です」
『歓迎してくれるの?嬉しいなぁ』
街の様子を嬉しそうに見ている彼に、イシュベルトが今後の予定を話し始める。
「この後、城に着き次第大公閣下がお会いしたいと仰っています。そして小休憩を挟み、夜の舞踏会のご準備をして頂き、パーティーをご堪能下さい。大公閣下主催で御座います。きっと城で盛大な舞踏会になるでしょう」
『パーティーかぁ、出なくても大丈夫?』
「い、いえ…、陛下の為に催されるので…その」
少し不安そうな魔王がイシュベルトに上目遣いに聞いた。彼は無自覚だろうが、そう捨てられた子犬の様な顔で見られるとイシュベルトも困ってしまう。
『じゃぁ、城へ行く前に寄り道しても良い?』
「はい、大丈夫です。大公閣下は着き次第と仰っておりましたので」
『良かった』
城に到着する前に寄りたいところがあると言う。その行き先をイシュベルトが聞いた時、彼は目を瞬かせた。
ブルクハルト王国の王が所望したのは玩具屋だった。急に向かう方向を変えた前方の馬車を、ホーリー達が乗った馬車が追う。玩具屋の前で止まった馬車から魔王が伸びをしながら降りた。
「おいおい、いきなり何だ?」
『ごめんね?ちょっと寄りたくて』
「今から大公閣下と会うのだぞ!?」
玩具屋など、とホーリーが喚くが『リリスがどうしても欲しいんだって』と聞くと「で、では仕方ないな!」と自らも店に入る。
玩具屋の中は商品が棚に高く積み上げられた、子供が好きそうな物が多くあるありきたりな店だった。
「リリアス殿はどの様な物がお好きなのだ?」
『リリスは…可愛い物よりシンプルな物とか好きかなぁ』
「なのに土産に玩具かぁ?」
『うん…珍しく彼女が欲しい物を言ってくれたんだけど…玩具屋にならあるかなって』
縫いぐるみを手に取りながら魔王が質問に答える。ホーリーはシンプルなデザインの、上品な置物を吟味した。玩具屋の中を暫く歩いた後、魔王は口から血を滴らせたクマの縫いぐるみと、幼女が好きそうなフリルが沢山あしらわれたドレスに身を包んだ人形を店主に持って行こうとした。
「お、おい?それは」
『うん?こっちの人形はニコに…』
ホーリーはあの小さなメイド服の少女を思い出す。と言う事は。
『こっちのクマはリリスに』
「いやいや、リリアス殿にはこう言う…美しい物だろう?」
ホーリーが突き出したのは、クリスタルの置物。中には気泡で惑星が象られていて、光の屈折でとても美しい光を放っていた。
『だって、欲しがってた物も無さそうだし、これリリスに似合うし…』
「似合う筈がないだろう!?」
血を滴らせたクマの縫いぐるみなど、あの美女が喜ぶ訳がない。多少ディフォルメされて可愛らしくはなっているが、美女に血塗れのクマなど。
そもそもシンプルな物の方が彼女の好みだと言っていたのは魔王だ。
『意外と気に入ってくれるかもしれないし』
「女心という物が分かっていないな、魔王殿は。俺は此方を買おう。そしてリリアス殿に渡してくれないか?」
『え?良いの?有り難う』
ホーリーはクリスタルと引き換えに懐から金貨を取り出し、店主に渡す。魔王が買おうとした物の代金は国から支払われるらしく、綺麗に包装されて戻ってきた。
店主にお礼を言って馬車に戻ってきた魔王は、お土産を前に上機嫌だ。
「良い物見付かったぁ?」
馬車で待っていた金髪の少女は彼の表情から察したのか口元を緩める。
『うん。リリスも喜ぶと思う』
「もう…お兄様が選びに行かなくても、私達に言って下されば…」
『リリスが珍しく欲しいって強請ってくれたんだ。折角だし僕が選びたいよ。日頃彼女には苦労を掛けてるからね』
魔王が『ユーリとメルには何が良いかな?』と言うと「ユリウスはその辺の草でも、お兄様から貰った物なら歓喜しますよ」と黒い笑みの魔導師がアドバイスした。
それに続き「メルちゃんはサンドバックとかかなぁ?ホラ、半人前を痛ぶるの好きだし」と金髪の少女は悪怯れる様子もない。
『……』
何とも言えない表情を浮かべた魔王を乗せて、馬車が動き始める。イシュベルトは無理矢理笑う事しかできなかった。
城に到着した一行は直ぐ王が待つ広間へ通された。ブルクハルトの城に大きさは満たないが細部の造り込みが窺える見事な城だった。
大きな窓から太陽光がよく入る明るい広間で、ステンドグラスが色取り取りに輝いている。玉座にはステファンが座っており、正装で頭に王冠を乗せていた。玉座へ続くレッドカーペットを魔王と部下2人が歩いていく。イシュベルト達は3歩ほど離れた所を続いた。
「ブルクハルト王国の王よ、よく来てくれた!わしはステファン・ビルク=モンブロワ。モンブロワ公国の王である」
顔がよく見える位置に来た時、ステファンが立ち上がり挨拶をする。イシュベルトとヘンリク、バッハ、ホーリーとマルコはその場で膝を突いた。
『初めまして、僕はブルクハルト王国のアルバラード…、…、だよ。彼女達は僕の信頼出来る部下で五天王のルカとシャル。会うことが出来てとても嬉しいよ』
穏やかな笑顔で挨拶を返す魔王の左右横で、金髪の少女と垂れ目の魔導師が抑え切れない様な笑みを浮かべている。
「アルバラード…殿で良いかな?」
『うん。じゃぁ此方も…うーん、ステファンさん?』
「な…っ大公閣下に無礼であるぞ!」
ホーリーが後ろで叫んだが、それをステファンが片手で制する。
「良いのじゃホーリー。彼は一国の王で、私も一国の王。立場は対等である」
イシュベルトは密かに、喚いたホーリーに鋭い視線を向けた。ブルクハルトの玉座の間で、無礼を働いた自らの行為を棚に上げ王同士の会話に割って入るなど言語道断だ。
先の言葉を借りるのであれば、青年を敬称で呼ぶ事をしないホーリーは自らを王だとでも言うのだろうか、と。
ステファンは魔王が此処に入って来た瞬間から腹の中を探ろうと注意深く観察していた。魔王を陛下ではなく名前で呼んだのは、位置どりを確認するためでもある。
此方の方が現在弱い立場にあるが、魔王はどう考えているのだろうか、とさり気無く探りを入れる為でもあった。結果、魔王もステファンを大公閣下と呼ぶ事は無く、互いを五分五分で見ている事が分かった。
ホーリーの茶々のお陰で彼にもそれと無く“対等”を匂わせる事が出来たし、まずまずだ。
「船での事は聞いておる。アルバラード殿、沢山の我が国の民を助けてくれた事、国を代表してお礼申し上げる」
『良いよ、お礼なんて。成り行きだったしね』
困った様に笑いながら、彼は肩を竦める。ステファンは彼の一挙一動を見逃さない様に注目していた。
イシュベルトから報告があった通り、容姿端麗の言葉では言い表せない美しさがある青年だ。
『それより、ラピス焼いちゃってごめんね』
「ッ!」
先手を取られたとステファンは思った。
「い、いや…あの花は…アルバラード殿の国を苦しめる元凶となった花だ。この世に無い方が…良かったのやもしれん」
『本当?良かった!』
安心した、と胸を撫で下ろす青年は『実は賠償金とか、お詫びの品とか…お土産とか持って来てはいたんだけど、海に投げ捨てて来ちゃったんだ』と笑う。
『モンブロワ公国の領海内らしいし、探せば出て来ると思うんだけど、』と腕を組んで唸る魔王に対して、ブルクハルト王国に向かった船の船長から細かい報告を聞いていたステファンは「とんでもない…」と徐に首を振って見せた。
「ラピスラズリと言う、薬物の事はイシュベルトから聞いておる。それを国で保護してしまっていた事については、遺憾に思っておったのじゃ」
『うん?』
「仮にアルバラード殿がそれらを持って来ていたとしても、わしはそれらを受け取らなかったであろうな」
魔王が意外そうな、拍子抜けとでも言う様な顔をする。
『あれ?じゃぁこの件に関してはお咎めなしって事で良いのかな?』
「……、勿論じゃ。それで此方は一向に構わん」
『そっか、良かった!やっと肩の荷が降りたよ』
明るく笑った魔王を前に、ステファンが少々呆気にとられた。心中を察した様にイシュベルトが小さく微笑む。
「では、…アルバラード殿がこのモンブロワ公国に来られたのは…」
『うん?国で凄く大切に育てていたみたいだから、直接謝りたくてね。それと、観光かな?』
「観、光…じゃと?」
『僕は人間の暮らしに非常に興味がある。近々、ブルクハルトも国交をしようと思うんだ。国は確かに豊かで必要はあまり無いのかもしれないけど、国民の皆も外の世界の刺激に飢えてる筈さ』
鴨が葱を背負って来るとはこの事か。ステファンはこの話に飛び付くのを必死に堪えて、深呼吸した。
「成る程な…、」
『そうそう、魔大陸の常識が此方に通じるかとか、逆にユニオール大陸の常識って何だろう?ってね。冒険者ギルドにも行ってみたいな。確か冒険者組合に言えば、ブルクハルトにも可能ならギルドを作ってくれるって聞いたよ』
「そうじゃな…。魔大陸の国々の中で冒険者ギルドが無いのは7カ国の内3つだけじゃったのう」
その3カ国は強大な力故に冒険者を必要としない国、もしくは国交をしていない謎多き国なのだ。その他の国が決して弱小と言う訳じゃない。その地を統べる魔王の好みや匙加減だ。
国の滅亡が掛かっていると思い、胃が荒れる程構えていたがこれはチャンスだ。ステファンは今夜の舞踏会で魔王と友好な関係を結び、モンブロワ公国にとって有利な条件での国交条約を結ぶと決心した。




