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33話 モンブロワ公国




 生存者を救助して数日、やっとモンブロワ公国の港が見えて来た。


 その間、白髪の青年は救助した人間に分け隔て無く接し、彼の為に例の美女が用意したモンブロワ滞在中の自身の衣類や日用品を生存者に与えていた。

 彼は食べ物も口にせず、笑顔で皆に配っている。見兼ねた2人の部下が自らの食事を半分ずつ分けていたが、満足な食事とは程遠かっただろう。垂れ目の魔導師が純水を生み出し、水不足だけにはならなかった。


 生存者だけではなく乗組員にも疲労が窺える。港が見えて来た事が彼らの活力になり、知らせを聞いた船内にそれぞれ明るい歓声が沸いた。

 イシュベルトもホッと息を吐き、生存者、乗組員や船長、冒険者と互いを労り合う。


『もう着くんだね』


「陛下、あの…何と言って良いのやら…本当に有り難う御座います」


『うん?』


「皆の体調を気遣って下さった事、魔物に怯える彼らを励まして下さった事、そして食事もろくに摂らず、皆に配っていた事…寒さに凍える彼らに衣服を与えて下さった事、陛下の部屋を彼らの為に使用する様進言して下さった事、全てに感謝を…!」


『え?いや、食事はシャルとルカに分けて貰ったし、寧ろ彼女達に悪い事しちゃったなぁ』


 甲板で大陸を眺める2人に目をやりながら、魔王は困った表情をしていた。


『それより、マイン男爵?君は大丈夫かい?眠れてないみたいだけど』


 白髪の青年はイシュベルトの目の下の濃いクマを見て心配する。


「ははは、…何分こう言った事は初めてで。…夜の内に助けた者の容態が急変しないかとか、クラーケンが今度は此方を襲ってくるのではないか、など変に緊張してしまいまして。我ながら細い神経です」


『辛いならシャルに治癒を掛けて貰うかい?』


「いいえ、魔導師様の手を煩わせる事もありません。モンブロワ公国にやっと着いたのです。緊張も解け、今日からぐっすり眠れる事でしょう」


 イシュベルトは安心しているのか弱々しく微笑んだ。


「陛下は、こう言った不幸な災難アクシデントに慣れていらっしゃるのですか?対応も堂々としていて、実に見事で御座いました」


『そうだね。アクシデントには慣れてるよ』


 金髪の少女が此方に手を振っている。それに笑顔で応えながら、魔王のルビーアイが遠くを見詰めた。


『運悪く、会社の会議室に閉じ込められた事があってね。あの時はその後連休で4日間誰も其処に来なかった。知ってるかい?人体は3日〜5日水を摂らなければそれだけで脱水で死んでしまう。それに比べたら…』


 イシュベルトの不思議そうな視線に気付き、青年は話を打ち切る。曖昧な笑みを浮かべて『また後でね』と部下の元へ歩いて行った。


 今の話で、彼は以前想像を絶する飢えと渇きに苦しんだ事があると、それだけはイシュベルトも理解出来た。だからこそ、海で魔物に襲われ死の縁を漂よい憔悴し切った彼らの気持ちが痛い程分かり、寄り添う事が出来るのだと。普通の王では考えられない経験が、今の彼を作り上げているのだ。





























 モンブロワ公国は小さな国ではあるが、気候にも恵まれ比較的豊かな国だ。面積にして約9万㎢、人口600万人、貴族の王ステファン・ビルク=モンブロワ大公が筆頭に、公爵ディューク侯爵マーキス辺境伯マーグレイブ伯爵カウント子爵バイスカウント男爵バロン、と大勢の貴族を従えている。其々が与えられた爵位に応じた大きさの領地を収めており、古くから貴族社会が根付いた小国だ。


 港に着いたイシュベルト達はまず生存者に十分な食事と休息が摂れる様に計らい、船の船長と乗組員に後を任せた。彼らは最後まで魔王にお礼を言い、別れを惜しんで宥めるのが大変だった程だ。


 港町の宿に一泊し、体力を回復させてから大公の居る最大の都市シャリーンへ向かう。朝の港の町を歩いているが、イシュベルト達がどうしてもブルクハルトの港街と比べてしまうのは仕方の無い事だった。

 水の都と謳われる街の美しさが忘れられず、見慣れた筈の当たり前に言い表せない虚無感があるのだ。


『なるほどね、ギルドって世界中にあるんだ』


「そうなんですぜ、陛下。この国だと今向かってるシャリーンと、次に栄えたサントグリルだな」


 船旅で魔王に慣れたヘンリクが砕けた調子で会話している。


『何でブルクハルトには無いの?』


「そりゃぁ、陛下が許可してないからでは?」


 バッハも話に加わった。この世界には冒険者ギルドと言うものが存在し、冒険者の仕事を斡旋している。

 基本的に冒険者は国に縛られず各国を廻り、冒険者ギルドを回り生計を立てている。主な仕事は魔物モンスター狩り、鉱石の発見、薬草採取など多岐に渡る。報酬を用意出来れば誰でも依頼出来、だがそれを受けるかは冒険者次第だ。

 冒険者と言う職業は自己責任が付き纏い、その為ギルドは目安となる難易度を設け掲示板に貼り出すのだ。


「俺達はこれでもAランクの冒険者なんですぜ」


「Aランクぅ?今時の冒険者ってレベル低いなぁ」


 後ろを歩いていた、腕を頭の後ろに組んだ金髪の少女が心底小馬鹿にした様に笑う。


「はは!そりゃぁ、ブルクハルトの五天王様にはAランクじゃ敵いやしませんよ」


「あれぇ?ヘンリクちゃん分かってんじゃん?」


 此処まで実力差が開いていれば、認めるのも清々しい気分だった。魔王の横に居た泣き黒子の魔導師も口角を持ち上げている。


『シャル、ブルクハルトに冒険者ギルドが無いのって…何か理由があるの?』


「それは、至高のお兄様が棲まう尊きブルクハルト王国に冒険者の様な気性の荒い不粋な輩を入れる訳にはいかないからです」


 にっこりと綺麗な笑みで、ヘンリク達が居るにも関わらず悪怯れる様子も無い。


『いやいや、でもきっと国民の誰かは何か依頼したい案件があるかもしれないし』


「例えばぁ?」


『魔物とか…護衛とか?』


「魔物は竜騎士が討伐するしぃ、護衛も騎士団が頼まれればするしぃ」


『薬草採取とか…』


「ユリウスの研究者チームが嬉々として採取してますね」


『…物探しとか?トイレ掃除とか…』


 国での冒険者ギルドの必要性に疑問を持ってしまったのか、魔王が肩を落とした。彼が言葉を無くして黙っていると、ヘンリクが明るく声を上げる。


「もしもブルクハルトに冒険者ギルドが出来たら、是非寄らして貰いますよ」


「だな!またあの美味い飯も食いたいし」


『本当?仕事も物探しかトイレ掃除だけど…』


 しょぼんとした魔王は申し訳なさそうに沈んだ声だった。


「いや、国が認める冒険者ギルドが有ればブルクハルトに気軽に行ける。仕事の内容は置いといて、陛下の国にはそれ以外の魅力があります」


「未知の武器や防具、鉱石…ちょろっと街を見たが宝の山だったぜ」


『うーん、今鎖国状態だからね。国を開くの、リリス達は許してくれるかな?』


 大国を統べる魔王にしては弱気な発言だ。港町を歩きながら、手配した馬車が置かれたエリアへ向かう。その途中、人々が足を止め人集りになっている場所があった。


『何かな?』


 背伸びをした白髪の青年は興味深そうに其方を見る。如何やら革製品を扱う店の前で騒ぎが起きているようだ。イシュベルトは周囲の人間の雰囲気で状況を察したのか、眉を歪めた。


「貴様ぁッ何をやっているんだ!!」


「も、申し訳ありません…ッ」


 上等な服を着た肥えた男が、みすぼらしい格好の男を簡易な鞭で打っている。見れば足元に荷物が転がっていた。


「貴様などより価値のある物だ!それを、落とすなどッ」


「申し訳ありません…ッ」


 振るわれる鞭にマルコが怯える様に魔王の足元に隠れてしまう。


『彼何かの罪人?』


「いえ…恐らく平民の奴隷の生まれの者でしょう。この国では奴隷は生まれてから死ぬまで奴隷です。彼らの、その子供も奴隷になります。抜け出すには戦場で武勲を上げ爵位を得るしか無い。だから彼らは喜んで戦争に行くのです」


『ふーん、…』


 苦虫を噛み潰した様な表情のイシュベルトの言葉に、魔王は納得したのかしてないのか分からない声を上げる。

 興味が失せたのか、彼はマルコをの頭をポンと撫で何事も無かった様に歩き出した。
























 目指す都市、シャリーンは此処から馬車で数時間掛かる。馬車の大きさから魔王と部下2人、イシュベルトを乗せた馬車と、ホーリー、ヘンリク、バッハ、マルコで其々メンバーが分かれた。

 イシュベルトは魔王にモンブロワ公国の事を知ってほしくて、つい通る街道や由緒ある橋、自然豊かな観光地の説明してしまう。そんな彼の話を白髪の青年は目を輝かせて聞いていた。


『マイン男爵、あの石は?』


窓から見える街道沿いの大きな石に縄が結い付けられている。イシュベルトはそれを見て「あれは結界石ですね」と答えた。


「数年前にこの辺りで暗黒騎士の姿をした魔物が出まして。……とても強く、残忍で、生きたまま人間の顔の皮を剥がしたそうです」


『え、怖』


 首元を抑えた魔王が痛々しそうに顔を歪めて正直な感想を口にする。あまりに普通な人間の様な反応にイシュベルトは微笑んだ。


全身鎧フルプレートに身を包んだ、世にも恐ろしい魔物だったそうです。数年経った今でも、この国の者は恐れています」


『そうだね…そんな目に遭わされちゃ、何年経っても忘れられないだろうね』


「なので、そう言った魔物が街道に入れない様に、あの石を等間隔に置いているのです」


『クラーケンとか暗黒騎士とか、人間の大陸は物騒だね』


「魔大陸の方が強大な魔物が多いと聞くのですが、…」


 笑顔を顔に無理矢理張り付けた白髪の青年は、垂れ目の魔導師に向かって『本当?』と聞く。「本当です」とにっこり返されて青年は項垂れていた。


「大丈夫大丈夫、アルバちゃんはちょー強いし」


『大丈夫じゃないよ。強くもない』


「ご謙遜を、陛下」


 彼が強くないと言ったら誰が強者になるのか。若くして実力で国の頂点に昇り詰めた彼は、魔大陸でも7人居る魔王の中でも4番目の最凶だ。

 彼が王を名乗ったのは文献では2年前になる。確か序列は、制度に名を連ねる魔王同士の精査で最初の位置付けを決める。それが初めから4番目など前代未聞だった筈だ。本来なら下の順位から虎視眈々と上位を狙うもので、彼は規格外としか言いようがない。


 しかしこうして居ると彼が魔王である事も忘れてしまうくらい穏やかな人物だ。イシュベルトがブルクハルト王国を訪れた時や、魔物が居るかも知れない海での救助活動、彼は人への思いやりに溢れた人柄である。

 (もう疑いようもない…)人並外れた力を持っているが故に畏怖されてはいるが、その人望、カリスマは本物だ。


「陛下の国の民は、幸せですね」


「そう!そうなのイシュベルちゃん!」


 金髪の少女は満足そうに胸を張る。自身の名前が微妙に略されていた事に、彼は触れるべきか迷った。


「良いでしょう?アルバちゃんが王様で!」


 自慢する様に、嬉しそうににこにこと眉を上げている。イシュベルトは心の底から「ええ、本当に」と笑った。



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