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32話 生存者



 真夜中、嵐が止んだ穏やかな海の上を船が滑る。白髪の青年は甲板に出て、白い息を吐いていた。


「アルバちゃ〜ん、寒くないのぉ?」


『ちょっと寒いけど、ローブもあるし大丈夫だよ』


 長い金髪を揺らして、青年の横に少女が張り付く。


『ルカはお腹出してるからなぁ』


「うぅ〜…」


 魔王の腕に縋る様に、少女は彼にくっ付いた。


「アルバちゃん?今夜は寒いから私をベッドであっためて?」


「ララルカ!お兄様に、なんて事言うの!?」


 突如現れた垂れ目の少女が赤い顔で2人の間に割って入る。彼女も寒いのか、しっかりローブを着込んでいた。


「お兄様?如何されたのですか?」


『うん、気のせいだと良いんだけど…、僕の嫌な予感って大体当たるからね。落ち着かないんだ』


「んん〜?何か起こるの?」


 目を細め辺りを見ても、真っ暗な海が広がるだけ。


『例えば氷山にぶつかるとか』


「もぉ、お兄様、怖い事言わないで下さいよ。こんなボロい船で氷山になんてぶつかったら沈没しちゃいます。我々の国の船でしたらなんて事ないですが」


『この船もボロくはないけどね』


 寧ろしっかりした造りだと思う。ただ、客船と言うより航海に重きを置いた造りをしているだけで、決して古い訳でもない。


「ん〜?」

 

 周囲を注意深く見ていた金髪のリボンが兎の耳みたいに揺れ、気付いた時には甲板の1番前の木に飛び乗っていた。


「アルバちゃん?もしかしてあれ?」


 あれ、と指差した方向を見てみると、壊れた木材が沢山浮かんでいる。


『ん?これは…』


「何処かの馬鹿が、嵐に飲まれて転覆しちゃったのでしょうか?」


 浮かんでいるのはどうやら船の残骸の様だ。垂れ目の彼女の瞳は冷め切っていて、特に興味もなさそうだった。進むにつれて大破した無残な船の瓦礫が多くなる。


『いつ頃の?』


「1、2時間ってとこかなぁ?新しいよ」


 様々な残骸が船首にぶつかるものだから、乗組員の男達も甲板へ上がり様子を見にきた。夜霧が立ち込めて、視界が悪い。


「おいおい、こりゃぁ」


「船長を起こして来い!」


 船内の人々が慌ただしく行き来し騒ぎ始める。


「なんだこりゃぁ!?」


 そこへホーリーとイシュベルトも合流し、酷い状況を目の当たりにして声を上げた。


「嵐でしょうか?」


「いや、魔物の仕業か?まだ近くに居るんじゃないだろうな?」


「アルバちゃん〜!何か居るよぉ」


 弾んだ声で飛び跳ねる少女は、こっちこっち、と手招きをしている。その声に、魔物かと怯えた乗組員も一緒になって彼女が居る方へ近付いた。

 魔王が『何?』と身を乗り出すと、其処には瓦礫に必死に掴まる人間が見える。


『人じゃないか。ボート降ろせる?』


 魔王の発言に多くの者がとんでもないと走り寄った。


「馬鹿言うな!此処には魔物が居るかもしれねーんだぞ!?」


「気の毒だが、見捨てるしかねぇよ」


「助けたりなんてもたもたしてたら、俺達が食われちまうぜ」


 白髪の青年は口々に言い放たれる言葉を聞きながら、流れていく人間の方を見る。(子供…)瓦礫に掴まっているのか、乗っているのか、生きているのかさえも分からなかった。


『分かった』


 詰め寄っていた男達がホッと息を吐く。


『ルカ!周囲の警戒を!何か見えたら直ぐに知らせて!シャル!いつでも魔法が使えるようにしてて!』


 魔王が突然部下に大声で指示を出した。そして、次の瞬間には。


「お兄様!!?」


 部下の制止も無視してローブを脱ぎ海へ飛び込んでいた。青年が浮かんでいる瓦礫の元へ泳いでいる間に、漂流していた子供の手がその木片を放してしまう。


『チッ…』


 険しい表情で彼は海へ潜り、先程の子供を探した。しかし海の中は真っ暗で、水温も身体を刺される様に冷たい。

 誰もが無駄だと思った。このままでは、潜ってしまった青年も死ぬと。


『ぷはぁ!』


 皆が固唾を飲んで見守っていると、少し離れた水面に魔王が現れた。その腕には先程の子供がしっかり抱かれている。


「嗚呼、くっそ!」


「おい!ボートを降ろせ!」


 乗組員の男達が直ぐ様動いた。船に戻ったびしょ濡れで髪が凍り付いた魔王を垂れ目の少女が「無茶し過ぎですお兄様!」と魔法で温めている。


 乗組員が子供の生死を確認し、生きていると分かると毛布に包んだ。


『シャル、先にこの子を温めてあげて。僕は短時間だったけど、この子は長く冷たい海に居たんだ』


「しかし!……、分かりました」


『あー…海水が冷たくて目が覚めたよ。極寒の海は1000本のナイフに突き刺されてる様な感じだっけ?よく分かった』


 乗組員の男達に肩を叩かれたり、讃えられたりしながら彼も毛布を受け取る。


「アルバちゃん、怪我ない?」


『大丈夫だよ』


 指示された通り、周囲を見ていた金髪の少女が魔王の近くに降り立つ。


「アルバちゃんの嫌な予感、分かっちゃった!」


『え?』


「あっちにボートが3隻、…100人くらいかな?救助待ってるみたい!」


 ニコニコと彼女は自分が見た物を説明した。周囲の男達は眉を寄せる。


『待ってるなら、行ってあげないとねぇ』


「おい、待て!そんな事したら…」


 青冷めたホーリーが前に出て、汗を流した。しかし皆が思っている事だった。そんな事をしては、残りの食べ物でモンブロワ公国までもつか分からない。

 何より、100人もこの船に乗れるかが怪しいものだった。それに、救助を待つ人間がもっといる事も考えられる。魔物が居るかもしれないこの恐ろしい海で救助活動などリスクが高い。


『魔物はルカが何とかしてくれるから心配ないよ。食料はリリスが多く積んでくれてるし、実はお土産の中に焼菓子もある。怪我はシャルが治すし、そんなに心配要らないんじゃないかな?』


 気軽な感じでそう言って、また部下に向けて命令を下していた。


『シャル、【拡声器フリーボイス】使って生存者に呼び掛けて。多分、魔物が居たなら彼らの精神はギリギリだろうから』


「分かりました」


『長引くし、音を出すからルカは引き続き警戒ね』


「はぁ〜い」


 テキパキと動く部下とは違い、乗組員の動きは鈍い。男達は自分達の命と、救助を待つ人間の命と板挟みになり考えあぐねている様子だった。


『此処はモンブロワ公国の海なんでしょ?早くしないと国の仲間が死んじゃうよ。水温は氷点下だ。低体温症になるには十分だと思わない?』


「だ、だ、ダメに決まっているだろう!?」


 息を荒くしたホーリーが、魔王に勇敢にも立ちはだかる。


「どうせ平民の船だ!平民が少しばかり死んだ所で、俺達には関係無いじゃないか!」


 言葉にされると、辛いものがあった。此処に居る男達は自らも平民で、人の命に優劣があるとは思っていない。しかし、現状を顧みると臆するものがあった。


「いえ、救助に行くべきです」


「男爵…」


「マイン男爵…」


 船乗りの肩に手をやりながら、励まし進み出る。


「他国の王がこれ程、我々の国の国民を大事にして下さるのです。ここで我々が逃げてしまうと、モンブロワ公国の船乗りは笑い者ですよ。幸い魔物は、ブルクハルトが誇る五天王の彼女達が引き受けてくれると言うのです。仮に水龍が来たって、彼女達には敵いませんよ」


 それを聞いた乗組員達は意を決した様にそれぞれの持ち場につく。青筋を立て喚くホーリーを他所に船は救命ボートの方へ向けて動き出した。
























「おい!毛布を早く!」


「スープは残ってるか!?」


 船内に男達の声が響き、慌ただしく動いている。救助した103名の精神は崩壊寸前だった。

 皆が涙を流して感謝を述べ、生きてる事を喜び合い、毛布に包まって寒さに耐えて震えている。垂れ目の魔導師が怪我や凍傷のある者を程度の重い順番に診ていた。


『シャル、大丈夫かい?』


 そこへ彼女の主人が通り掛かり、多量の魔力を使っている彼女を心配する。


「大丈夫ですお兄様!例え人間でも、お兄様が助けると決めた者達でしたら絶対に死なせません」


『うん?有り難う。僕も手伝えたら良いのだけどね』


「ふふ、お兄様は昔から治癒魔法だけは苦手でしたものね!」


『はは…』


 魔王は頬を掻いて目を泳がせた。


「彼らの話では、如何やらこの海域にクラーケンが出たようです」


『クラーケン?』


 少し真面目な垂れ目の魔導師は、先程聞いた生存者の話を主人に説明する。


 クラーケンは海の災害と言われる強大な魔獣であり、その全貌は明らかになっていない。ただ巨大な蛸や烏賊の様な多足類生物に似ていると船乗りの間では有名な話だ。

 生存者曰く、いきなり船が何かに座礁したと思ったと。何事かと調べてる間に船底から浸水し、瞬く間に海底に引き摺り込まれたらしい。

 そんな中で救命ボートを海に浮かせる事が出来たのは奇跡とも言えた。しかし殆どの者は一度暗い海に投げ出されており、凍えてしまった。

 ボートに泳いで辿り着いたまでは良いが、低体温症で死んだ者も居たと言う。身を寄せ合いもうダメだと諦めていた時、この船が見えたのだ。


 横から「陛下!」と船長の声がして、青年は其方をみる。彼の声色からして良いニュースでは無い事が予想出来た。


『どうしたの?』


「9時の方向に後1隻、20名ほどの生存者を確認しました」


『助けてあげたら?』


「それが、その…後数日、全員分食料と水がもつかどうか…。それに、もう100人でギリギリだったこの船に20人なんて…」


『僕は数日くらい食べなくても平気だから、全部彼らに回してあげて。後は…そうだな、僕らが持ってきた積み荷は彼らに必要な物を除いて海に捨てちゃって構わないよ。金貨とか美術品とか。あっても重いしね」


 それを聞いた船長は驚いた顔をして「陛下…貴方…」とブルブル震えている。


「はは、最初この船にブルクハルトの魔王を乗せると聞いた時は正直どうなるかと思いましたが…陛下への噂が全てデタラメで驚かされるばかりです」


『はは、人間の大陸でも噂になってるんだね』


 魔王は困った様にへにゃっと笑った。







 

 ヘンリクとバッハは救助活動を行なっている間、周囲の海へ目を光らせていた。金髪の少女は浮いた瓦礫に器用に飛び乗って、船からじゃ見えない奥を眺めている。


『ルカ!』


 海の上に立っていた金髪の少女はその声に直ぐ反応し、にっこり笑って船に戻って来た。


『クラーケンだって』


「嗚呼、あの怪物かぁ」


『大丈夫そう?』


「余裕!ブルクハルトは何処とも国交してないから皆知らないだけで、実は竜騎士が何匹か討伐してるよぉ」


『そうなの?』


「そうなのぉ」


 歯を見せて笑う少女の言葉にヘンリクが絶句する。


「信じられねぇ…海の大災害だって言われる魔物を何匹も討伐だと?」


「しかも竜騎士って言えば、ブルクハルトの国境に居た人達だよな?」


 彼らの頭に、港街を案内してくれた青年の笑顔が蘇えった。(本当にバケモノ揃いじゃねーか!)


 救助が終わり、船員達が杞憂に胸を撫で下ろす。海の真ん中でクラーケンに襲われ、125人もの人間が助かった事は不幸中の幸いだった。夜間の救助活動は困難を極め、全員の生存者を船に乗せるまで明け方近くまで時間を要してしまった。


『さて、皆を乗せたは良いけどこれからどうしようか』


 困った様に笑った魔王が朝日に照らされて、イシュベルトの目に神々しく映る。他国の人間の為に自ら極寒の海に身を投げ、人命を優先し、それでいて傲り高ぶる事はない。見れば彼の上等なローブも救助した生存者の肩へ貸しているではないか。


 救助活動が始まると自室に籠もって鍵を掛けてしまったホーリーとは大きく違った。(これが…ブルクハルトの王か…!)イシュベルトの心が震えた。



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