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31話 船旅



 5日後の朝、港街には沢山の人々の姿があった。朝市の賑わいは相変わらずだが、大きな船が停泊する為の船着場に普段は見慣れない城の騎士が整列している。

 そこには数日間停泊していたモンブロワ公国の国旗をはためかせる大きな船が1隻、ずっしりと横たわっていた。

 今にも動き出しそうな船を前に、別の国の使者がお帰りになるそうだ、と口々に噂し他国の使者とやらを一目見ようと人々が押し寄せ熱気と喧騒に包まれていた。


 傍らの音楽隊が奏でる壮大なメロディが人々の耳を楽しませていた時、豪華な6頭馬車が2台乗り付け、中から他国の使者として遣わされた人間と、違う馬車の方から城からの見送りで五天王筆頭が現れた。

 イシュベルトとホーリー、ヘンリクとバッハ、マルコは港の様子に驚いて緊張した面持ち。こんな豪華な見送りは考えてもいなかった。


 五天王筆頭とフードを被った黒いローブの人物、五天王の金髪の少女と垂れ目の魔導師も、イシュベルト達の後に続き船へ渡された板を踏み、船内へ乗り込む。


『じゃぁ、リリス後を頼むね』


「はい、アルバ様。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 漆黒の髪の女性は別れを惜しむ様に主人の手を両手で握った。


「もぉ〜リリアス、此処まで来る事なかったじゃない」


「アルバちゃんの護衛はまっかせてぇ!」


 絶世の美女は主人と離れ難いのか何時迄も近くに居る。イシュベルトとホーリーが近付くと女神の様に微笑んだ。


「リリアス殿、短い間でしたが、本当に世話になった!」


「…此方こそ、アラン様」


「俺はまた何れ此処に戻って来るだろう。その時はまたリリアス殿を訪ねるので迎えて下さると嬉しい」


「その時を楽しみにしておりますね」


 本当に心待ちにするかの様に、彼女は唇で綺麗な弧を描く。イシュベルトは深くお辞儀して今日までのおもてなしに感謝を示した。


「皆様も、お元気で」


 彼女がホーリーの後ろに控える冒険者にも穏やかな笑顔を向けると、船の上で作業していた乗組員まで赤くなり、仲間に小突かれて仕事に戻っていた。


『じゃぁ、行って来るね!』


 目立つからと頭まですっぽりフードを被った魔王は、船から降りた美女と、港まで見送りに来た騎士達へ手を振った。


「お土産は任せてぇ〜」


「行ってくるわね」


 船の甲板から身を乗り出す金髪の少女と、上品に手を振る垂れ目の魔導師。


「アルバちゃん?どしたの?」


 自らの主人がフと掌に視線を落としていた。


『いや、最近リリスによく手を握られるなって思って』


 それを聞いた金髪の少女はニィと笑う。魔導師は呆れた様に口角を下げていた。物珍しい外国船の出航に、ブルクハルトの人々は惜しみ無く何時迄も手を振っていた。




























 ブルクハルトを出航して3日、ホーリーは苛々しながら煙草の吸口を噛んだ。(もう我慢出来ない!)この3日間は海も穏やかで天気も良かった。

 ブルクハルトから食べ物もお土産も、些か貰い過ぎではないかと思われる程に積んで国に帰れば気分良く名誉挽回出来る筈なのに。


 原因は甲板に居る魔王に他ならない。彼は船酔いだと言ってほぼ部屋に篭っているか、天気の良い昼間は甲板で昼寝をしている。そこ迄はギリギリ許そう。しかし、しかしだ。


「アルバちゃん!見て見て!」


「ちょっと、ララルカ!お兄様は気分が優れないのよ?静かにしてて!」


 今も甲板の隅の帆の日陰で横になっていて、可愛らしい若い女達を侍らせ好き放題だ。


 垂れ目に泣き黒子のある魔導師が彼を膝枕していて、その白い髪を撫でながら本を読んでいる。明るく活発な少女も彼に構ってほしいのか、気を引こうと片手で大砲を持ったり鳥を捕まえたりしていた。


『大丈夫、大丈夫。横になってたら随分楽だよ。それよりシャル脚痛くない?』


「大丈夫ですよお兄様」


 果たして白髪の少年の視界は今どうなっているのだろうか。垂れ目の少女は胸が大きい。ローブも脱ぎ、薄手のブラウス姿で、胸元は惜しみ無く開いている。膝枕をして貰い仰向けでいるって事は、否応なしに突き出たソレが視界に入ってくる筈だ。


 ホーリーは女性に膝枕などして貰った事は生まれて1度もないし、そのアングルで間近に胸部を見るなど夢のまた夢の話。そして体調が優れない時に優しくして貰える、それらが酷く羨ましいと思った。


「クソッ」


 クッキーの一件でイシュベルトから厳重に注意を受け、彼には近付かないようにしていたが、大国の魔王が船酔いなど呆れる話だった。


「陛下、ご気分は如何ですか?」


 イシュベルトが魔王に近付きお辞儀をして片膝を突く。白髪の青年は上体を起こし、弱々しい笑顔を見せた。


『初日よりマシかなぁ。作業を手伝えなくてごめんね』


「とんでも御座いません!船の作業は乗組員にお任せ下さい。今度は此方がもてなす側、ごゆっくりとなさって下さいね」


『有り難う、助かるよ』


「お水をお持ちしましょうか?ご入用の物がありましたら、仰って下さい」 


 イシュベルトは人の良い笑顔で戻って行き、それを金髪の少女が「あのオジサン、分かってんじゃん?」と得意げに鼻を鳴らす。


『ルカ、失礼な言い方しちゃダメだよ』


「え〜?だってぇ」


 青年の横にしゃがんだ明るい少女の額を、人差し指でツンと軽く突っつき『ルカ』と念を押すと、彼女は額を抑えながら何とも幸せそうな顔でニヤニヤ笑っていた。


『う…、やっぱり起きてると気分悪いなぁ』


「お兄様お兄様」


 顔色悪く口元を抑える青年のローブの端を摘んだ垂れ目の少女が、自身の膝をポンポンと叩く。


『…うん、じゃぁお言葉に甘えて』


 再び膝枕をして貰い、青年は『眼福だなぁ』なんて呟いていた。少女達には意味は分からなかった様だが、ホーリーやその他甲板に居た男達にはしっかり伝わっていた。

































 その日は朝から海が荒れていた。船が余りに揺れるので、魔王も部屋から出て来ない。室内でまた少女達に優しく介抱されているのだと思うと、ホーリーは無性に腹立たしくて何とか邪魔してやりたくなった。


 魔王に与えられた部屋に忍び寄って、周囲に誰も居ない事を確認する。そっと隙間から覗くと、其処には魔王が奥のソファで横になっているだけだった。

 (寝てる…?)いつもの、はだけたダラしない格好で無防備に寝息を立てている。寝ている彼は、いつもの情け無い笑みを浮かべている時とは異なり婉麗さが際立っていた。

 こうしていると、女達が騒ぐのも無理もないと思える程に。白い肌、細い腰回り、均衡の取れた身体。ゴクリ、とホーリーの喉が鳴る。


「あははは!」


 ホーリーの身体が跳ね、隣の部屋へ視線を動かした。如何やら彼女達は、今は自分達の部屋へ居る様だ。今度は其方に静かに近付き、聞き耳を立てた。


「だぁかーらぁ、私は断然伯爵!」


「え〜?あの冒険者は?」


「まぁあの筋肉ムキムキのオジサンも良いと思うけどぉ、やっぱり伯爵かな!」


 伯爵?伯爵と言えば自身の事だ。間違い無い。


「私もアラン伯爵なんだけど」


「ちょっとシャルルちん!取らないでよぉ」


 これは、世に言う恋話と言うやつか?ホーリーは信じられない気持ちで扉に張り付いた。室内から女の子が燥ぐ声が聞こえる。(これは、間違い無い…)

 思いも寄らぬモテ期にホーリーは鼻の下を伸ばした。リリアスと言う女性ばかり見ていて、彼女達をよく見て居なかったが2人ともとても可愛いらしい容姿をしている。


 美しい金髪の少女は黄金の瞳で、明るく御転婆な一面もあり笑顔は人懐っこそうで快活そのものだ。動き易さを重視した服装で、胸部を隠すだけの布と上着でヘソやお腹は丸出し。ショートパンツにガーターベルトで膝丈上の靴下を止めている、変わった格好だ。


 もう1人は水色の髪に瞳、垂れ目気味な目の横には特徴的な黒子がある娘。薄手のブラウスに大きな胸、膝丈のスカートに黒タイツを履いている彼女は、ギルドの受付か有名な書庫に居そうな見た目をしている。


 そして2人とも雰囲気は全く異なっているタイプの美人だ。ホーリーは腕を組んで悩む。


 2人に好かれているとなると、あの漆黒の髪の美女、リリアスは如何する?彼女は決して忘れる事が出来ない。彼女を本妻にして、あと2人を愛人にするのが1番良いか…?何より金髪の少女は胸が平坦で色気が少ない。それは垂れ目の少女が補ってくれるとして、…いや、やっぱり決められない。


 ホーリーはモテる男も辛い、と首を振ってその場を後にした。



































 この日の海は嵐で、容赦の無い大粒の雨と横殴りの風が船を襲っている。波は荒れていたが、揺れる地面に慣れてきたのか船内で魔王を見掛ける事が多くなった。


「陛下、少し宜しいでしょうか?」


『うん、どしたの?』


 談話室で乗組員と談笑していた魔王に、イシュベルトが難しい顔をして声を掛けた。


「もうすぐ、モンブロワ公国の領海に入ります。その後数日で大陸が見えて来ますよ」


『それは嬉しいね!船に慣れては来たけど、やっぱり地面が恋しいからさ』


「それで、ご相談なのですが、…この嵐、恐らく魔物の仕業ではないかと」


『へぇ、それは怖いね』


 あまりに軽く言ってのけるので、本当はそうは思ってないのではないか、とイシュベルトが内心訝る。(魔族を統べる魔王なのだから当然か?)


「……はい。ですので、嵐を突っ切るのは少々危険で、迂回した方が良いと船長が申してまして」


『そっか!任せるよ』


「申し訳ありません…」


 幸い食料は多めに積まれているし、数日遅れをとるくらいならなんて事は無い。イシュベルトは立ち去る間際に『タイタニック号みたいにならなきゃ良いけどねぇ…』と青年が零した聞いた事の無い言葉に頭を捻った。



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