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2話 魔王



 真っ暗闇の中、声がする。

 それは僕を必死に呼んでるような気がした。

 声を頼りに踠くと、朧げだった意識がはっきりしてくる。


『ん……、』


「王陛下、気が付かれましたか!?」


 目に涙を溜めて、僕の肩を揺すっていた女性が心底ホッとしたように此方を見ていた。

 記憶に新しい、女神のイザベラさんと比べても全く見劣りしない絶世の美女だ。


 黒髪は腰の辺りまで長く、紫色の瞳が涙で揺れて宝石みたいに見える。古代ギリシャの貴族っぽい人が着るような衣を身に纏っていて装飾品が眩い。

 頭飾りのチェーンに角が付いた変わった飾りを付けている。胸元が大きく開いている白い衣は、彼女の傷みとは無縁そうな艶やかな黒髪が良く映えている。


 それにしても、その服は少し露出が多いと思うよ。


 僕がぼけっと目の前の女性に見惚れていると、彼女はハッとしたように身体を強張らせ僕から離れて跪いた。(え、何…?どうしたの?)見れば地面に額がくっ付くのでは、と思うほど頭を垂れている。


「大変申し訳御座いません!御身に何かあったのかと、卑小な身でありながら不届きにも玉座に上がってしまいました!このご無礼、死んでお詫びを致します!!」


『わ、わ、ちょっと!?』


 顔色の悪い美女が手を掲げると、その手に細い刃のナイフが出現した。

 それをまさか自分の喉に躊躇いなく突き刺そうとしたものだから、現状把握も出来ないまま慌てて静止させる。


 僕が立ち上がってナイフを掴むと同時に女性は目を見開いていたが、僕の言った事が理解出来たのかゆっくりと刃物を下ろした。


「お、王陛下…、……?」


『えーっと、』


 様子がおかしい事に気付いたのか、紫色の瞳が戸惑っている。

 どう説明したら良いのだろう。


 僕は足の力が抜けて、近くにあった椅子に尻餅をついた。何も分からない現状で、全部正直に話すのは躊躇われる。


 僕は今までの君が知ってる僕じゃなくて、違う世界の僕なんだ!今までの僕は死んだんだ!なんて、信じてもらえる自信がない。


 そもそも、何も無い所からナイフが出現する信じられない光景を見てしまった。此処は間違いなく日本じゃない。僕が知ってる世界でもない。(王陛下って何?)


『王陛下って…?』


「何を仰られますか。貴方様は我々の主人様、この地を治めるアルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト様であらせられます。貴方様を王陛下と呼ばせて頂くのは我々の誉れで御座います」


 此方の世界の僕の名前、長すぎでしょ。


『ごめん。えーっと、僕が意識を失う前の事、知ってる事を教えてくれる?』


「も、勿論で御座います!」


 落ち着きを取り戻し、階段の1番上ではなく中段の開けたスペースへ改めて跪き拳を突いたこの女性が言うには、僕が此処に座っている時突然青白い光に包まれてそのまま意識を失ったらしい。


「その光…、何やら稲妻のような光でした。まるで雷が落ちたような大きな音が轟き、王陛下を包み込みました」


 あー、それはもしかしたら僕が雷に撃たれて死んじゃったからそんな乗っ取り方になってしまったんじゃないかな。

 暫くビリビリと放電、その時に髪がパリパリと音を立てながら真っ黒から真っ白に変化したらしい。


 そう言えば、と髪を摘んでみると雪のように真っ白い色をしていた。


「麗しい陛下はどの様な髪色でもお似合いになります!」


 うっとりと頬を赤らめてそう言う彼女に、僕は少し居心地が悪くなる。

 

『あの、申し訳ないのだけど…』


「はい…?」


『…今までの記憶が無いんだ』


「お、王陛下…記憶が無い、とは…?」


 本当にごめんね。でも、嘘じゃ無いよ。


 僕はこんな綺麗な女性に尽くして貰える事をした覚えは無いし、君の名前だって知らないんだ。

 此処が何処も分からないし、僕が玉座たる立派な椅子に腰掛けている理由だって分からない。


 僕は不運が祟って自然に身に付いた、へにゃっとした情け無い困ったような笑顔を向けた。


『君の名前は?』


「っ、…はい!私はリリアス・カルラデルガルドで御座います」


 名前を改めて聞いた僕に、何故か嬉々として教えてくれる。

 最後に「お、王陛下は私を、その…リリスと呼んで下さっておりました」と照れた様子でもじもじとしていた。何で照れる必要があるのかな?


『分かった、リリス。暫く迷惑を掛けるかもしれないけど、宜しくね』


「ご迷惑だなんて…!王陛下のお役に立つ事こそ、至上の喜びです…!」


『その、王陛下って言うのもなんだかなぁ。…簡単にアルバで良いよ』


「よ、よよ良いのですか!?私などが、尊いお方のお名前を……しかも愛称を口にしても…」


 リリスは興奮して少しの間息を荒くしていたが、その形の良い唇で震えるように僕の名前(、らしい)を恐る恐る呼ぶ。

 愛称って言うか、名前が長過ぎてそれしか覚えられなかったんだ。


「アルバ様…」


『うん?』


「記憶が無くなってしまったと言うのは、誠なのですね」


『そうだよ。だから色々教えて欲しいんだけど』


「お任せ下さい」


 にっこりと微笑んで、リリスはふくよかな胸元に手を当てた。


「このリリアス、アルバ様の記憶が無くなったとしても忠実なるしもべに変わりありません。どうぞ、何なりとお申し付け下さい」


 僕はリリスの豊かな胸へ視線がいくのを誤魔化して、周囲の建物の造りを見回す。玉座、と聞いた気がするが僕と彼女以外は誰も居ない。


 頭上には大きなシャンデリアが輝いており、それが4つ等間隔で並んでいた。1番奥には大きな扉がある。

 僕が座る椅子の目の前は階段で、高い位置からこのだだっ広いホールを見下ろすような感じ。


 高級そうな赤いカーペットが敷かれて、重そうな扉まで切れ間なく続いている。

 両脇から円柱が並び、見上げる程高い天井から赤く細長い旗が掲げられていた。


 それは国の王にこそ相応しい、見事な玉座だった。今更、僕は此方の世界に居た彼がとんでもない人物だったと思い知る。


 リリスの献身的な対応、言葉の端々から読み取れる忠誠心、(これは、マズイな…)玉座に座る事が許されている僕。


 思い違いを期待して、リリスに問いかける事にした。


『あの、さ。此処って――…』


「はい。此処は大陸南部に位置するアルバ様が統治する国、ブルクハルトの居城です」


 僕が治める国って何だろう?なんだか頭が痛くなってきた。

 僕は普通の会社員だ。統治なんて出来ないし、やり方も分からない。


 内心焦っていると、リリスは穏やかに微笑んで「アルバ様はそこに居て下さるだけで十分です。外部の煩わしい統治や調整は全て我々にお任せ下さい」と飛び付きたくなる提案をした。


 でもそれに甘えたら、ダメ人間確定では?


『気遣ってくれて有り難う。…うん、出来る事は少ないと思うけど僕も一応協力するね』


「アルバ様…っ、王がそこまで民を……ブルクハルトの民は御身の慈悲深さに涙を流すでしょう!」


 お、大袈裟だな…。でもリリスは実際に、感極まった様子で涙を流して鼻を啜っていた。


 どうやら本当に、僕はこの国の王様なようだ。


 僕の服装はリリスとよく似ていて、古代ギリシャの衣装みたい。何の意味があるのか分からないけど、肩から赤色の布が足元まで伸びていて、腰の帯の役割をしている布で纏めて落ちないように留めてある。


 今の僕だけじゃ絶対正しく着れない、よく分からない服だ。


「アルバ様は昔から、その格好が楽だからと城ではそういった服装をしておいででした」


『つまり、この国の人が皆、こんな服を着てる訳じゃないって事だね』


 もしかしたらリリスは僕の格好に合わせてそんな格好をしているのかもしれない。

 確かに部屋着としては楽かもしれないけど、リリスみたいな若い女性も居る城でこの格好は余りにだらしなく思われないだろうか。


 鎖骨まで丸見えだけど上等な生地を使っているのか、凄く触り心地や着心地が良い。


『この国で、リリスはどんな役割をしてるの?』


「はい。私はアルバ様を補佐し守護する五天王の纏め役の任を仰せつかっております。その他に国の運営、財政面の管理を主な仕事に」


 うーん?僕の代わりに色々仕事をしてくれていた凄腕の秘書って感じかな。


『記憶を無くす前の僕ってどんな人だった?』


 何となくイメージを掴みたくて言ってみた言葉だったが、リリスのただならぬ様子が目に入り思わず口を噤む。


「嗚呼、嗚呼…!アルバ様は我々にとって至上のお方です!大陸随一の強大な力を持っておられる事は間違いなく、力だけではなく英知に優れ、我々は足元にも及ばずながら誠心誠意お使えしたく思っております!」


 目を輝かせながら鼻息荒く語ってくれたリリスは、僕が若干引いてると分かるとコホンと咳払いした。


「とにかく、アルバ様は最高のご主人様なのです」


『どうして、そこまで…』


「強い者にこそ従うのは当然の理です。幼少の頃アルバ様に命を救われた日から、私の命はアルバ様の物です。死ねと言われたら喜んで命を断ちます』


『死ねなんて言わないから自殺なんてしないでね』


 どうやらリリスは命を救われた手前、盲目的に僕に従っているようだ。

 それにしても強い者に従う世界?何だか僕にはハードルが高い世界な気がするなぁ。


 僕に武道の心得なんて皆無だ。喧嘩だってした事もないし、気弱だから苛めっ子に逆らった事もない。


「ぐず、…アルバ様のお望みのままにーー…」


 何だかよく分からないけど、リリスも泣いているしどうしよう。


『えーーっと、リリス?この国ってどの位の大きさなのかな?』


「ブルグハルトですか?魔大陸の5分の1を占める大国です」


『魔大陸…?』


 聴き慣れない単語を鸚鵡返しする。


 大陸と大陸の間に挟まれた、間大陸であってくれ。そうじゃないと僕は――…。


 祈る様にリリスを見下ろして、次の言葉を待った。


「はい。魔族が多く住む大陸です!」


 彼女の悪意の無い花のような笑顔で、僕はバラバラに打ち砕かれる。


(つまり、つまり今の僕は魔王って事じゃないかぁあ!)


 僕は自分の不運を嘆かずにはいられなかった。



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