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27話 毒花



「今、何と…?」


『え?だから、その花畑を燃やしちゃったのは僕達なんだ。正確に言えば、僕の願いを部下が叶えてくれたんだけどね』


 目の前の男はあの残忍で凄惨な現場を、作り出したのは自らだと白状しているではないか。


 イシュベルトはあの悲惨な焼け焦げた死体や、長閑な花園だった面影の無い焼け野原と化した現場を思い出し拳を握った。風態に騙されてはいけない、彼は正真正銘の本物の魔王だ。人間の命を何もと思っていない。


『ルカ、そう言えば目撃者は皆殺しちゃったんだっけ?』


 玉座の下に控えていた金髪の少女に、魔王が声を掛ける。


「うん!皆殺しにしたよぉ」


『……その中に一般人居ないよね?』


「うぅ〜ん、大体は常用してたのは分かるけど、真夜中だったからなぁ。真っ暗な花畑を愛でる変わった人が混ざってたらうっかり殺しちゃったかも」


 てへ、と舌を出す娘が今回の主犯であるとハッキリした。ラピスの花畑は国では長閑な観光地として有名な、希少な存在だった。他の土地では育たない為、モンブロワ公国全土を上げて保護しあの美しい花を守ってきた。

 しかし、この青年は何故か可憐なラピスの花を焼き払う様部下に命じ、絶滅させてしまった訳だ。


「こ、これは…国際問題だ!分かっているのか!?」


 ホーリーが真っ赤になって大声を出す。そもそもこの文書を見た所で、知らないとシラを切れば此方はそれを呑み込まざるをえなかった筈だ。


 なのに馬鹿正直に犯人は僕達です、と宣言するなど余程の考え無しか、責められた所でどうにでもなると高を括っているか、此方を心から侮っているか。


「幾つも我が国の法律を犯してる!密入国、殺人、器物損壊…細かい物を挙げるとキリがない程だ!」


『密入国は初耳だなぁ。ルカ、ちゃんと手続きしないと』


「え〜?だって手続き面倒だったしぃ、人間の国境もチョロいしぃ」


 金髪の少女は此方を振り返って、小馬鹿にした様に一瞥して見せた。


『出来るからってやっちゃいけない事はあるんだよ』


「…ん〜…アルバちゃんがそう言うなら、…今度から気を付ける」


 金色の瞳をフッと伏せて、面白く無さそうに口を噤む。疲れた様子で溜め息を吐いた白髪の青年は、激昂するホーリーを見下ろした。


『この件は近々…此方から、謝りに行こうと思ってたんだ、…うん、本当さ、……多分』


 歯切れの悪い言葉だった。魔王は『そんなに大切にしてたの?』と困った様に言う。


「大切も何も、あの花はあそこでしか育成出来ない希少な花だったんだ…!ただの気紛れで焼き尽くすなど、言語道断だ!いくら魔王でも、出来るからとやってはならない事はある!貴様が言ったじゃないか!」


 王座に座る青年へ向けて指を差し、唾を飛ばして憤慨する。実害はモンブロワ公国に発生しており、それを責めないでどうする。(こんなガキに舐められて溜まるか…ッ!)正義は此方に有るのだ。


 イシュベルトは言い過ぎだ、と視線でホーリーを牽制した。しかし言われた本人である魔王は気にした様子も無く『本当にその通りだね』と眉をハの字にして肯定する。


『確かに、ああ言う花を育てるのは自由だね。利益も出るだろうし、国ぐるみでそう言う商売をしてた事に対しては僕は口出しするつもりは無いよ』


 モンブロワ公国では滅多に見れない青色の美しい花々を公開し、あの場所は観光地として親しまれていた。


『それで、僕はどうしたら良いのかな?謝れば許してくれる?』


「あ、謝って済む問題ではないッ!」


 お手上げ、と玉座に凭れる王に、果敢にもホーリーは食って掛かった。


『リリス、損害の賠償金として此方が提示できる金額は?』


「はい。ラピスの花が生み出す利益も計上し、大金貨1万枚程でしたら準備が出来ています。それ以上はお時間を頂ければ直ぐに」


「な…っ」


 イシュベルトは余りにも高額な金額を提示され絶句した。庭園にそんな収益はない。人の命は金では買えないが、先程の遣り取りを見る限り、この魔王が摘み取った命に対し重く考えているとは考えられなかった。

 それだけ金がある事をアピールしているのか?そもそも国家予算並みの金を、こんな簡単に…しかし、時間さえあればまだまだ用意出来る様な言い方だ。


 イシュベルトは測りかねていた。そもそも、何故ラピスの花を焼き払う必要があったのか。


「陛下…、は、発言を許して頂きたい」


『うん、どうしたの?』


「何故、陛下は我々の国の花を焼き尽くしてしまう事を望まれたのですか?花を手入れする職人を皆殺しにしてまで…」


『え?』


 青年は何処か間の抜けた返事をして、暫く黙り込んでしまう。すると、眼鏡を掛けた七:三頭の賢そうな魔族が「王陛下、彼らはラピスがどう言う花なのか知らないのでは?」と進言した。


『……嗚呼、なるほど。職人ってモレルの友達?つまり僕は、この人達には絶滅危惧種に認定された、希少な花を気紛れで焼き払った性悪の魔王って事で認知されちゃってる訳かぁ。困ったなぁ』


「違うと言うのか、この悪魔め…ッ!」


 ホーリーが忌々しそうに顔を顰めてそう吐き捨てると、その場の空気が変わる。汗がどっと噴き出して、息をするのさえ苦しい程に、悪寒が身体を駆け巡った。イシュベルトが突然何事かと、気配を手繰ると魔王の下に控える魔族達から凄まじいプレッシャーを感じた。


 笑顔に隠している者、無表情に隠してる者と様々だが並々ならぬ威圧感を感じる。中でも金髪の少女は不快感を隠す事無く目を見開き、あからさまに此方を敵視していた。


「悪魔?悪魔って言ったの?アルバちゃんを?黙って聞いてたら失礼じゃない?さっきからさぁ?何なの?」


『ルカ、構わないよ。この件に関してはこっちが悪いからね』


「でも…アルバちゃんが丁重にもてなすって言ってなきゃ、国境にも入れないまま死んでた連中がさぁ。しかも時間より遅れてこんなに待たせて?何か勘違いしてるんじゃないかなぁ?」


『待ってる間は僕も好きな事してたから、全然良いんだけど』


「良くないよぉ、単なるゴミクズの分際でアルバちゃんを待たすなんて!アルバちゃんを前に聞く姿勢がなってないしぃ…テメーら頭が高いんだクソがぁ」


 金髪の少女の顔が見る見るうちに歪んでいく。瞳孔が開いた恐ろしい形相で睨まれ、ホーリーは悲鳴を上げて腰を抜かした。

 周囲に居たイシュベルト達にも重々しい確かな殺気が放たれ、皆膝から崩れ落ちる。鼓動が激しくなり、息が苦しかった。(、殺される)


『ルカ、僕は何も気にしてないよ。皆怖がってるから止めようね』


 青年は建前なのか本気なのか分からないが、少女に軽快に笑う。

 白髪の青年が制止して少女に笑い掛けると、嘘の様に空気が軽くなった。禍々しく立ち込めていた殺気が霧散して、にぱっと笑顔になり「そっか、ごめんごめん!」と魔王に謝る。

 イシュベルト達は恐る恐ると言った様に立ち上がった。


「でも、許される事じゃない、です。アルバ様への暴言の数々死んで償うべきです」


「氷漬けにして首を国に送り返しては?お兄様」


 角の生えた小さな少年と、氷の様な目で此方を睨む魔導師が恐ろしい事を口にする。そして眼鏡を上げた長身の男が、やれやれ、と言う風に肩を竦めた。


「皆さん、リリアスを見習って下さい。考えている事は別にして、ほら、何の屈託もない笑顔でしょう?」


 それを聞いた全員が女神の様な微笑みを浮かべる彼女に視線を向ける。注目された彼女はにっこり笑って首を傾げた。

 ホーリーは聖母の様な眼差しの彼女に焦がれ、うっとりと小さな溜め息を吐く。


『皆落ち着いてね。ユーリ、彼らにラピスを詳しく説明出来ない?ラピスラズリの現物って残ってるかな?』


「畏まりました。研究室にありますので、お持ちしますね」


『良かった。僕は説明が苦手だし、ユーリ頼むよ』


「……っ、どんな理由が有ろうと、知った事ではない!」


 やっと立ち上がったホーリーは毒吐く。すると、魔王はホーリーを不思議そうに見た。膨大な魔力の象徴のルビーアイに見詰められた彼は及び腰になり、威勢は鳴りを潜める。


『僕は別に、僕がした事が正しいとかを言いたいんじゃないんだ。理由を言っても、君達は納得出来るものじゃないと思うし、だからどうした?って言われればそれでお終い』


「な、何…?」


『僕は自分が思う最善を尽くしたってだけ』


 和かに話した青年は、戻って来た眼鏡の男の手から小粒の錠剤を受け取った。


『ラピスラズリって知ってる?』


























 ラピスラズリの説明を事細かに受け、イシュベルトは言葉を失っていた。まさか、あの鮮やかな花からそんな恐ろしい作用がある薬が作れるなど知る由もなかった。

 それはホーリーも同様らしく、難しい顔をしている。始めは信じられない、と一蹴していたが、眼鏡の男の詳細な説明と分析データ、成分表、実験データと確かな情報を羅列され信じざるをえなくなった。


 言い逃れは出来ない、ラピスは確実に毒花だ。それを育てていた職人達は、ラピスの効力を知り金の為ブルクハルトを薬物の恐怖に陥れた連中の仲間だった。

 ブルクハルト王国で薬物が原因で死亡したと思われる魔族の数を知り、イシュベルトは慄く。(知らなかったとは言え、まさか国がそれを大切に育てていたなど…)知らなかった、では済まされない人数だ。これだけの国民が亡くなり、王として問題視しない訳がない。


 根本の原因を断ちたいと考えるのは当然で、やり方は多少強引であったが結果的にブルクハルトの民は歓喜している。

 最善を尽くした、との言葉は正にその通りだった。苦しむ民の為、王として最善を尽くしたのだ。


「これは……、我々だけでは判断し兼ねます。大公に連絡を取り、また後日伺わせて頂ければと思うのですが…」


 イシュベルトは心苦しい思いで魔王に頭を下げる。すると白髪の青年は目を輝かせ、『じゃぁ、ここに泊まるのはどう?』と楽しそうに提案した。


『此処は客室用の部屋が沢山余ってるし、専属のメイドさんを1人1人に付けるよ。大公?に連絡を取るなら、防音の効いた会議室もあるし、自由に使って欲しい』


「しかし、…陛下」


『街まで少し距離があるし、また来て貰うのも心許無いしね。聞けば長旅だったって言うし、城でゆっくり寛いで欲しいなぁ』


「大変なお心遣い、誠に有り難う御座います。では、お言葉に甘えさせて頂こうと思います。本日中に連絡を取りますので、また明日…、陛下へお会いする事は出来ますでしょうか?」


 イシュベルトは何と慈悲深い統治者なのかと心が震える。ラピスラズリの一件もありモンブロワ公国の人間を良く思ってる筈もないのに、魔王陛下はそんな素振りも見せず此方を気遣ってくれていた。


『僕はいつでも大丈夫だよ。其方に都合の良い時間をメイドさんに言付けしてくれたら、僕も会う準備をしとくね』


 歓迎されていると勘違いしそうになるくらいだ。イシュベルトは自らの国が犯してしまった過ちを悔い、それでも寛大な応対の魔王に涙が溢れそうになる。


 すると、いきなりホーリーが一歩玉座へ近付いた。


「あの、また明日もお会いできますか?リリアス殿」


「……」


『リリス、知り合いかい?』


「いえ…」


 ホーリーは恋をした少年の様に瞳を輝かせ、魔王へ傅く美女へ言葉を投げる。彼女は戸惑った様に微笑み、白髪の青年の質問を遠慮がちに否定した。


「リリアス殿!もし宜しければ、私の主催するパーティーにお越し頂けないだろうか?」


「!!?」


 (何を、…何を言っているんだ!?)イシュベルトは今までこれ程人を殴り飛ばしたいと思った事はない。

 魔王のお心遣いに代表としてお礼を言う事も無く、彼の側近の美しい女性を口説こうとしている。


『へぇ!パーティーだって!リリス、行って来たらどうだい?』


「いえ、その…。お恥ずかしながら、仕事を溜めてしまっておりますので、…アラン様、大変光栄なお話ですが」


『仕事はユーリと僕で何とかしとくよ?たまにはリリスも休まないと』


「…い、いえ。至高の御身にお仕えするのが私の喜びで御座いますので」


 自らの主人の申し出を拒否するのは彼女にとって苦痛なのだろう。初めて笑みが崩れ、酷く申し訳なさそうな顔をしている。


『そう?…うーん、人間の大陸かぁ、僕も行ってみたいなぁ』


「…、っアルバ様!?」


『ねぇ、アラン伯爵!僕が行っちゃダメかな?パーティーには出なくても良いからさ』


 ニコニコした魔王陛下がそう言うと、ホーリーとイシュベルトは想定外の言葉に息を忘れた。予想外なのは魔族達も同じらしく、動揺している。


 絶世の美女は固まって、頬が痙攣していた。

 



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